マリーゴールドの花言葉 前編
ストレンジャーズ壊滅の一か月前。
リリィ達が侵入したダンジョン内にて。
キレンとルシーラは、戦いによって崩壊するダンジョン内で、互いににらみ合っていた。
イベリスら三人が撤退してから、約二時間が経過しても尚、戦いは終わっていなかった。
二人の発する気迫だけで、大気が揺れる程の緊張が走り、その場にいる生物の肌を、ピリピリと撫でる。
なんとも息苦しい空間である。
「はぁ、はぁ、こんな奴が居るなんて」
そんな中で、キレンはルシーラの戦闘力に驚きを隠せずにいた。
二時間の戦いのすえに、キレンは既に肩で息をしている。
だが、目の前に居るルシーラは、息こそ上がっているもの、まだ余力がある。
体力には、自信があったキレンだが、技や魔法を使うためのペースを誤ってしまったのだ。
何しろ単体を相手に、こんなに戦いが長引いたのは初めてだった。
「(何時もは、この半分もいかないのに……アース・ドラゴンと戦った時だって、こんなに長くは続かなかった)」
彼女が覚えている中で、もっとも長引いた戦いは、アース・ドラゴンとの死闘。
たった一人で挑まされながらも、強固な防御を力技で突破し、命からがら撃破に成功した。
だが、目の前のルシーラという少女を相手には、どんな攻撃をしても、防がれ、避けられてしまう。
仮に当てたとしても、強靭な再生能力で元通り。
厄介な事に、ルシーラの保有する魔力の量は、キレンの想像を遥かに上回る物。
強固な障壁や急速な再生を行っても、疲れる様子は一切無い。
「(それに、アイツの魔法は妙だ、魔力を使った攻撃が、全部無効化されている気がする)」
「さて、そろそろ終わらせるぞ!」
「ッ」
滝の様に汗を流すキレンは、向かってくるルシーラを警戒する。
底なしの体力を持つルシーラを前に、キレンは敗北を悟った。
体力と魔力は限界、しかも、魔法の類は全て無効化されてしまう。
ある程度対策をしていなければ、勝てる戦いではない。
「……ここは、引くか」
「行け!レーヴァテイン!!」
距離を詰めながら、ルシーラはレーヴァテインを振るい、巨大な炎の刃を飛ばす。
その技を前に、剣を納めたキレンは、使えるだけの魔力を使い、魔法を使用する。
「……ディープミスト!!」
「ッ!」
キレンが作り出したのは、視界を遮る程の濃霧。
先ほどまでの戦いで、下手に魔法を使えば無力化される事は解っていた。
それに、ルシーラの力の前では、ちょっとやそっとの霧ではかき消される。
しかし、逃げる程度であれば、少しの隙があれば十分だ。
「この程度の霧!」
レーヴァテインを力強く振り抜いた事で、霧は一瞬にしてかき消される。
視界はクリアになり、警戒をするが、キレンの姿が何処にも無い事が判明する。
あらゆる方法を用いて、彼女の姿を探すが、完全に雲隠れをしてしまっていた。
「……逃げ足も達者になったか……まぁいい、こちらの目的は達成された」
レーヴァテインを次元収納に入れたルシーラは、その足でシルフィの元へと向かう。
結界を解除し、魔法でシルフィを眠らせ、すぐに撤収した。
――――――
その頃。
ルシーラから逃れたキレンは、キャンプの付近にたどり着き、剣を杖代わりにしながら座り込んでいた。
「はぁ、何とか逃げきれた」
久しぶりに全力を出したせいで、体中がバキバキになっており、簡単なストレッチでほぐしていく。
ここ暫く、人知れずこのダンジョンで過ごしていたせいで、対人戦闘はかなりごぶさた。
それも合わさり、心身共に疲弊してしまっている。
こんな時どうすれば良いのか、キレンはしっかりと理解している。
マルコをモフモフするのだ。
「はぁ……こんな時はやっぱり……あれ?マルコ?」
待たせていたマルコを呼ぼうとしたが、何処にもその姿が無い事に気付く。
フェンリルとは言え、刷り込みがしてあるおかげで、それなりの忠犬に育っている。
なので、命令はそれなりに聞いてくれる為、勝手に出て行ったりはしない筈。
疑問と不安を抱えながら、キレンは辺りを見渡す。
「マルコぉ?マルコ~?」
「ワン!」
「あ、居た、もう、どこに行って……」
マルコの名を呼び続けていると、意気揚々とした吠え方でキレンの前に現れた。
早速モフモフしようかと思ったが、背に乗せて来た物を見て硬直してしまう。
「マルコ、誰がそんな奴ら連れて来いって言ったの?」
「ワン!ワン!」
「……」
マルコが連れて来たのは、大破したデュラウスと、気絶している七美。
二人を下ろしたマルコは、まるで投げたフリスビーを返しに来たかのように尻尾を振る。
良い事をした事に変わりは無いが、キレンとしては、いい子だとほめるのは気が引けてしまう。
何しろデュラウスには、人を助けない宣言を明確にしてしまっている。
なので、このまま助ければ、何と言われるか解らない。
「……はぁ、マルコが相手だと、甘くなっちゃうな~」
だが、彼女の可愛さに免じて、ここは二人の治療をする事にした。
――――――
マルコが七美達を運んで、しばらくした頃。
ルシーラは、ダンジョンから脱出。
シルフィを連れて、とある場所へと足を踏み入れていた。
リリィ達が活動していた大陸、葵の故郷、あらゆる国の大陸から、遥かに離れた、絶海の孤島。
そこに降り立ったルシーラは、島の中央にある広場へ移動。
「……あった、やっと着いたよ、お姉ちゃん、私たちのおしろに」
広場の中央にポツンと建てられている、レンガ造りの小屋。
その周囲には、ルシーラが制作した、人間サイズのゴーレムたちが、広場と小屋の手入れを行っている。
ルシーラは彼らを無視しながら、小屋へと入って行く。
一人で建てた家だが、中々いい出来だと自負している。
内装は、三人で生活する事を前提としていたので、それなりに広い。
二階も有り、そこには三人一緒に寝られる位、広い寝室が設けられている。
「まずは、お姉ちゃんをおこさないとね」
二階の寝室に入ったルシーラは、捕まえた魔物の羽毛でできたベッドに、シルフィを寝かせる。
世界中を旅し、色々と吟味して作った自慢の一品だ。
そのベッドにシルフィを寝かせると、なんとも恍惚な笑みを浮かべる。
ずっと前に聞いたおとぎ話のマネで、ルシーラはシルフィの唇にキスをする。
「さ、起きて」
「ッ!」
キスをすると同時に、シルフィは飛び起きた。
目を覚ますなり、シルフィは周辺の警戒を開始。
シルフィの記憶は、キレンに逃げられた辺りで止まっている。
なので、驚いても無理はない。
だが、起きたシルフィはルシーラを認識するなり、敵意の籠った目を向けだす。
「……ルシーラちゃん、ここは、どこ?」
「ここはね、私たちのおしろだよ」
「お、お城?」
「そう、私と、お姉ちゃんだけの、りそーきょー、ずっと前に言ったでしょ?いつか、家族だけですごしたいって」
「……」
ルシーラの発言に、シルフィは眉をひそめた。
何しろ、シルフィの記憶にそれらしい会話は存在しない。
なんとかして思い出そうと記憶を巡らせても、そんな話をした覚えは無い。
シルフィの前に座り込んだルシーラは、崩れた笑みを浮かべだす。
「ふ、ふふふ、そう、やくそく、したの、でも、でもね」
「る、ルシーラ、ちゃん?」
「でもね、なんでなの?なんで?なんで?なんで?どーして?どーして?どーして?私を……いじめたの?」
「……え?」
壊れた機械のように、何度も同じ単語を出した後で、シルフィは聞き捨てならない言葉を耳にした。
シルフィ自身、ルシーラの事をいじめていた記憶はない。
むしろ、いじめを受けていたのはシルフィの方。
最近はその辺りの記憶が鮮明になっており、それははっきりとしている。
だが、シルフィは気づいてしまう。
「(どういう事?いじめられていたのは、私だけの筈、学び舎でいじめを受けて、それで……それで、どうなったの?)」
思い出したくもない記憶が、徐々に鮮明になっている。
族長の手で、封印されていた記憶。
それらを思い出していると、こめかみにルシーラの手が添えられる。
シルフィの頭に手を添えたルシーラは、目を細める。
「(その時、ルシーラちゃんはどうしてたの?私を守ってた?違う、私は、この子は)」
「へ~、あいつらだけじゃ、なかったんだ……わたしたちの、じゃまをするのは」
「ッ!」
ずっとカギをかけていた記憶が、明らかになっていく。
その事に気付いたルシーラは、光の無い笑みを浮かべる。
「……おもい出した?かいだんから落とされて、水をかけられて、物をぶつけられて、わるくちを言われて……いたくて、つらくて……ねぇ、なんであんな事したの?」
「え、ち、ちが」
ルシーラの発言によって、シルフィの記憶は更に鮮明になって行く。
考えたくも無かった可能性、思い出したくも無い事実、背を向けていた真実。
徐々に明らかになっていく過去に、シルフィは震えながら首を横にふる。
一緒にこぼれた言葉に、ルシーラは目を見開き、シルフィの事を押し倒す。
「きゃ!」
「ちがわないよ、ずっと、苦しみながら笑顔になって、私をわらってたじゃん、あんなにいっしょだったのに、ほかの人たちといっしょに、わたしを、いじめた、わすれちゃったの?」
「……あ、ああ」
「どう?こんどこそ、おもい出してくれた?」
一切の光が無いルシーラの瞳は、シルフィに恐怖を与えながら、埋もれていた記憶を呼び覚ましていく。
ずっと記憶から消していた、他の思い出で誤魔化していた。
シルフィの本当のトラウマが、明らかになって行く。
浮かび上がって来る数々の記憶で、シルフィは罪悪感に襲われる。
「あ、ああああ!!」
ずっと目を逸らしていた真実。
鮮明になった記憶で、シルフィは大粒の涙をこぼしながら発狂した。
里がどうだとか、リリィ達がなんだとか、そんな偉そうなことを言えるような立場でないことを、思い出してしまった。
「……ッ、お、お姉ちゃん?」
「ごめんなさい!ごめんなさい!ルシーラちゃん!ごめん、ごめんね、う……ウワアアアア!!」
ルシーラに抱き着いたシルフィは、ジェニーの死を想起した時以上に泣き叫ぶ。
同時に、リリィ達との思い出にキレツが入った。
彼女達の記憶も、やり取りも、全て自己満足のまやかし。
自分の罪から逃れるために見ていた、ただの白昼夢。
ずっと理不尽な理由で虐げられていた彼女達を救う事で、背けていた罪を忘れようとしていた。
「(……そうだ、私に、あの子達と一緒に居る資格なんて……いや、それどころか、救う権利なんて、最初からなかった、私に許されているのは、私が壊した、この子へのしょく罪)」
「ふふ、ふふふ~、お姉ちゃ~ん、お姉ちゃ~ん」
涙で顔を汚すシルフィとは反対に、ルシーラは嬉しさに顔を緩ませる。
光の灯らないその笑みは、シルフィの事を縛り上げていく。
「(そうだ、私のせいだ、私が、この子を壊したから、リリィ達は……)」
「もーいいんだよぉ、もう、わたしたちをいじめる人なんて、もういないもん、それに、もう痛いのも、つらいのも、もう無いんだよ」
「……」
記憶が呼び覚まされた事で、シルフィはルシーラの過去をある程度思い出した。
ルシーラは、早くに両親を亡くした。
父は彼女の目の前で殺され、母親は自らの目の前で息を引き取った。
その苦しみ故か、ルシーラの内面は幼い状態が続いている。
「(自分の内面を殺さなければならない位、この子は傷付いていたのに、なのに、私は……)」
「ずっと二人だけ、二人きりの、あたたかいひび……かんがえただけで、しあわせだね」
「……そう、だね(そんな訳がない、ここがどこだか知らないけど、誰とも関わらない生き方なんて……でも、これは、私の義務、私の責任だから)」
偽りの笑みを浮かべるシルフィは、考える事のほとんどを放棄する。
リリィとの思い出も、楽しかった記憶も、全て捨てていく。
もう彼女とは、一生関わる事が無いだろうから。
いや、ダメージを回復させたら、どんな手を使ってでもここを見つけるかもしれない。
「(リリィ、ごめんね、私、もう貴女の所に、戻れない)」
もう自分には、リリィと関わる資格はない。
自分にそう言い聞かせるシルフィは、目から光をなくした。




