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エルフとガイノイドの百合劇場  作者: B・T
マリーゴールド編
241/343

紅蓮の花言葉 後編

 ジャックに攻撃が行われた頃。

 衛星軌道上にある軍事基地の指令室にて。

 この基地で務めているオペレーターたちは、固唾をのんでモニターをみていた。


「これが、アルテミスの力か」

「反応弾なんかより、余程野蛮じゃないか?」


 ジャックに向けて放たれた、大型のビーム砲『アルテミス』

 その過剰な威力に、賛否両論の声が上がっていた。

 砲撃の影響で地上の様子がわかり辛いが、凄惨な事に成っている事は明らか。

 そんな中でザイームは、兵器の完成度と結果に対して笑みを浮かべる。


「この私を侮辱した事、後悔するがいい、狂犬娘が」


 アルテミスの命中アナウンスが響き渡る中、ザイームは倒れるジャックの姿を想像する。

 彼女のしぶとさは有名だ。

 反応弾以上の破壊力を持つ兵器を受けても、生きている事位は想像できる。

 それでも、死にかけ程度にはなっているだろう。


「おい、あの下品なメス犬だが、死んでいようといまいと、身体が残っていたら回収するように伝えろ」

「御意」

「ッ!おい!熱源が移動しているぞ!」


 ザイームが部下に命令した瞬間、オペレーターの一人が叫び出した。

 その言葉に、他のオペレーターたちも騒ぎ出す。

 何の冗談かと思い、それぞれが熱源を確認し始める。

 アルテミスの熱でセンサーの表記がわかり辛いが、確かに熱源が動いているように見える。


「ッ、これは……地上部隊!どうなっている!?」

「だめです!先ほどの攻撃で、通信状況が不安定になっています!」

「……やはり、生きていたか、だが、しつけは活きが良い方が、やりがいがあるな」


 ――――――


 戦闘を再開したジャックの戦い方は、さらに残虐性を向上させていた。

 特に欠損した右腕を補う炎の腕は、その残虐さを際立たせている。

 伸縮自在の腕はヘビのようにうごめき、攻撃対象を焼き殺す。

 当然、ジャックの攻撃方法はそれだけでない。

 体力の消耗を感じさせない程俊敏な動きで、打撃を繰りだしている。


「な、何だよ!?コっ」

「早すぎる!動きをとらえれっ」


 彼女の動きを認識し、何か反応する前に頭を潰される。

 エーテル・アームズ『ルプス』も、その動きを捉えきれず、コックピットごと焼かれる。

 今のジャックは、エーテルの蛇口を全開にしている状態。

 ただでさえ瀕死だった体で、こんな事をすれば死への片道切符だ。

 そんな事お構いなしに戦い続けるジャックは、兵士を踏みつぶしながら夢想する。


「(こうちゃん……私、今まで気づかなかったよ……)」


 紅華の言葉の意味。

 ジャックは、約束をたがえてなんかいなかった。

 紅華はずっと、ジャックの心の中にいた。

 比喩などではなく、実際に彼女の中で生き続けていた。

 今も、これからも。

 ずっと内側からジャックを支えていた。


「(ずっと、そばに居てくれたんだ、今までずっと、私のすぐ近くに!)」

「こ、こんな奴だなんて聞いてないぞ!」


 紅華の存在に気付いたジャックは、敵対する音を拾いながら戦いを続ける。

 先ほどの閃光で、もう目なんて見えない。

 臭いも、触覚も何も感じない。

 音だけが彼女の認識できる唯一の情報源だ。

 意識もほとんど上の空で、もはや味方が全員逃げた事さえ認識できていない。


「う、撃て!撃ちまくれ!」

「クソ、クソ!」


 鞭のようにしなり、変幻自在の右腕は隊員の放つ銃撃を受け止める。

 恐れながら射撃をする彼らの方へ、ジャックは振り向く。

 焼けただれているかのような顔に、一瞬怯えても射撃の手は緩めない。


「来るな!来るな!」

「離れやがれ!!」


 銃撃をかき消しながら、笑みを浮かべるジャックは兵士へ接近。

 恐れおののく彼らに、炎の刃を繰りだす。

 少しでも触れれば、一瞬にして火だるまになる火力の刃。

 これによって、激痛を伴いながら死を味わう。

 正に悪魔を前にしているかのような戦いだ。


「この……悪魔め!!」

「(コイツは……そうか、あの時の……哀れな奴らだ、大義の為という生きる言い訳の為に、戦場にかりだされて……いや、それは私も同じか)」


 焼き切られた仲間を見ながら、プラムはジャックにブレードを向ける。

 だが、今のジャックには、彼女の怒りはあまり通じない。

 上の空の意識の中、声でプラムを認識できた程度。

 それでも、目の前に居る彼女たちに共感し、哀れみはじめる。


「(……少佐、アンタも同じだ、アンタも私に同じ事をした……でもこいつ等とは違う、利用するためなんかじゃない……ただ、生きる為の理由づくりを手伝ってくれただけ……)」


 ずっと募らせてきた、生きる言い訳。

 生きる為の何かが欲しかったジャックにとっては、何でも良かった。

 少佐の示してくれた戦争根絶を掲げる事で、その形を成していた。

 でも、本当はそんな事どうでも良かった。


「(でも、少佐、アンタがそうやって、私を生かしてくれたおかげで、私は気づく事ができた……こうちゃんのくれた、私が生きる、本当の理由に)」


 何か一つだけでもいい、追い詰められている心身に、目的を与えたかった。

 そんな物を持っていなかったジャックに、少佐は漠然とした目的を示してくれた。

 それだけで、生きる為の言い訳は十分だった。

 だが、今は違う。

 果たさなければならない目的が、いくつもある。

 それが、今のジャックが生きる理由だ。


「(今度こそ、私は目的をはたす、少佐と、ドレイク、そして、私の家族みんなが、逃げるまでは、絶対に死ねない)」

「殺す!」

「ッ」


 振り下ろされたプラムのブレードは軽々とかわし、鋭い蹴りを放つ。

 バランスを崩し、地面に倒れ込むプラムへと、ジャックは飛び掛かる。

 右腕を鎌のように変形させ、頭を潰そうと迫って行く。


「ッ!」

「プラム!下がれ、コイツは俺がやる!」

「隊長!」


 その寸前で、隊長がジャックにタックルを仕掛けた。

 おかげでジャックの軌道はずれ、二人そろって別の場所に激突。

 隊長はジャックに対しナイフを引き抜き、心臓に何度も突き刺す。


「この!化け物め!」

「(私の人生は、全部こうちゃんと少佐のおかげで有る、私に、愛を教えてくれた、何も無かった私に、希望を、未来をくれた)」

「ッ!」


 紅華や少佐達との記憶を想起しながら、ジャックは馬乗りになる彼を右腕で拘束。

 体全体に巻き付くジャックの腕は、その体を全焼させる。

 焼け焦げた隊長の体は、締め付けでバラバラにし、その辺に捨てた。


「(だから、私も、あの子達に、未来を……)」


 血の涙を流しながら、ジャックは立ち上がる。

 彼女の無き視界に映るのは、紅華の姿と、今まで散って行った仲間。

 そして、今を生きている仲間たち。

 守れなかった、巻き込んでしまった、そんな罪悪感を覚えてしまう。

 だからせめて、今を生きている仲間たちには、一秒でも長く生きて欲しい。


「(無意味にはさせない、こうちゃんが、私にくれたこの命は、あの子達の未来を照らす炎だ)」

「よくも、よくも隊長をぉぉぉ!!」

「(少佐、ドレイク、みんな……ッ)」


 怒りを露わにするプラムは、ジャックへとブレード構えながら進む。

 彼女を迎え撃つべく、ジャックは炎の右腕を構える。

 だが、もう体力は限界を迎えた。

 右腕の速さは、一般人でも避けられる位に遅くなってしまう。

 そして、簡単に間合いに入り込まれたプラムのブレードは、ジャックの心臓を捉える。


「……ゴフッ」

「死ね、死ね……他のメンバーは逃したが、お前だけは私が殺す!せめて、お前だけでも!」

「……他は、のがし、た……」


 プラムは間髪入れずブレードを返し、左側へとはらった。

 心臓ごと左腕は斬り落とされ、左右の腕を失ったジャックは倒れだす。

 ギリギリだった魔力も無くなり、炎による補強は無くなってしまう。

 涙と血を垂れ流しながら倒れるジャックは、プラムの言葉を思い返す。


「はぁ、はぁ……これで」

「は、ははは」

「ッ、何がおかしい!?」


 トドメを指すべく、ブレードを振り上げたプラムは、笑い出したジャックを前に体を硬直させる。

 もうマッチ程度の火も出せないジャックに、反撃の手段はない。

 だが、プラムのセリフに、ジャックは感涙していた。

 もう声なんてろくに出ないのに、弱弱しくかすれる声を、必死にひねり出す。


「やった、初めて勝てた……私達の戦争で、ようやく、勝てた……こうちゃん、みてて、くれたよね?私、やっと、勝てたよ……」


 これは、政府や誰かに頼まれた戦いではない。

 他の誰でもない、ジャック自身が選んだ戦い。

 誰かの目的でも、何者からの命令でもない。

 ジャック自身の掲げる目的が、ようやく果たされた。

 味方を一人も死なせないと言う目的が、ようやく叶った。

 自分の生死なんてどうだっていい、今はただ、目的を果たせた事が何より嬉しい。


「……」

「これが、勝利の、美酒、か……良いなぁ~……」

「ッ!!」


 だが、そんな勝利よりも、勝利の美酒よりも。

 ジャックにとって、何よりの心残りは、死ぬ間際まで思い起こされる。

 最愛の娘と、彼女を愛してくれた少女。

 この二人だけが、何よりの心残りだった。


「リリィ、シルフィ、お前たちの、未来を……わたし、は……」

「……負け惜しみを……負け惜しみを言うなぁ!!」


 彼女の今わの際に放った言葉に、プラムは憤慨した。

 ジャックに殺された、連邦の兵士や、同僚の仲間たち。

 彼らの犠牲を無下にするかのような発言に、彼女への恨みを募らせる。

 ブレードを力強く握ったプラムは、涙を流すジャックの頭を容赦なく潰す。


「勝利したのは私達だ!勝ったのは!勝利したのは!隊長と同士達の勇敢な犠牲だ!お前たち無法者に、勝利は許されない!ほかの連中も、すぐに始末してやる!この戦いの勝者は、隊長たちだ!お前の負けだ!クソヤロオオオ!!」


 何度も何度もブレードを振り下ろし、沸き上がる怒りと憎悪をぶつける。

 号泣するプラムは、ジャックの血で染まったブレードを投げ捨て、膝から崩れ落ちる。

 地面を殴り、己の無力さを憎んだ。

 勝ったはずだというのに、ジャックの満足そうな笑みに、敗北感を覚えてしまったのだ。

 様々な感情が迷走する中で、プラムはただ一人絶叫した。


 ――――――


 一か月後。

 非番のイキシアは、葉巻を吹かしながらニュースに目を通していた。

 内容は、ジャック達ストレンジャーズの壊滅をほのめかす物。

 だが、大佐クラスともなれば、軍の内部事情はある程度知る事が出来る。

 ほのめかされていても、ジャック達が壊滅させられた事を察するのは容易い。


「(現政府への不満から、一部の軍隊が武装蜂起、か)」


 明確にストレンジャーズが武装蜂起したとは報じられていないが、イキシアは察した。

 少佐達は、政府達と反りが合わない事が多かった。

 元隊員としては、その事は熟知している。


「(……あの人達を壊滅させられるとすれば、噂のあれか)」


 テロリストの壊滅理由は、脅迫に使用しようとしていた反応兵器の暴発。

 だが、ベース224に反応兵器の類は無い。

 それらの要因無しに今の連邦軍が彼らを倒すには、噂が臭っていた衛星兵器。

 イキシアのような大佐クラスでも、詳細を教えられていない代物だ。


「(彼らは一体、何を企んでいる)大尉、少佐……」


 わざわざ軍の信用を下げるような筋書きに、イキシアは頭を悩ませる。

 あの二人の生死が不明である事に変わりは無い。

 もしも今の政府が良からぬ事を考えているとすれば、何が起きるか解った物ではない。


「(エーテル兵器、ナノテクノロジー、そして、外宇宙への進出……)」


 浮かび上がる三つのヒント。

 少なくとも、これらはこの数年で急速に発展した。

 現政府にとっては、これらが必要な事なのだろう。

 この一件でストレンジャーズが壊滅していなくても、弱体化は必至の筈だ。


「(いざとなれば、私が……)」


 葉巻の火を消しながら、イキシアは一つの決心を固めた。



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