表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルフとガイノイドの百合劇場  作者: B・T
マリーゴールド編
240/343

紅蓮の花言葉 中編

 ジャックが敵を引きつけたおかげで、ドレイク達は無事撤退を完了。

 その代わり、最後に残っていた地下への通路が破損。

 もう出入りができる状態でなくなってしまった。


「少佐!」


 ジャックを置いてきた事に、後ろ髪を引かれるドレイクだったが、少佐と合流に成功。

 避難の方も、後一分程度で完了するという所まで進んでいた。

 最後まで残っていた少佐も、戻って来たドレイクに笑みを向ける。


「おお、ドレイク、お前たちも、無事で何よりだ」

「ええ……ですが、大尉だけは」


 この撤退が終了した後、基地は自爆するようになっている。

 つまり、避難できなかったジャックは、ここに取り残されるという事だ。

 それを知るドレイクは、苦い表情を浮かべてしまう。

 だが、それは少佐も同じ事。

 それでも長年共に戦ってきただけあって、大丈夫だという、根拠のない確信が有る。


「……そうか、だが、アイツの事だ、のらりくらりと包囲をかいくぐって、またひょっこり現れるさ」


 無理矢理作った笑みで、少佐はそう言った。

 ギャンブルの当たりは悪くとも、戦場では無類の強運を持つ。

 そんな彼女の悪運の強さに、今はかけるしかない。

 それに、大隊規模程度で止まる程、ジャックはヤワではない。


「……」

「少佐?」

「あ、いや」


 だが、少佐は言い知れぬ不安に駆られた。

 報告に有った、改造人間と呼べるような部隊。

 彼らもまた、新兵程度の練度しか持ち合わせていない。

 そんな連中でジャックを止めるなんて、爆走する車を生身で止めに入るような物。


「(……いや、まてよ、討ち取る事はできなくとも、多少抑え込む事位ならばできる)」


 不意に脳裏をよぎった不安が、少佐に疑念をもたらした。

 とある仮説を幾らか混ぜる事で、確信へと変わって行く。

 ジャックの事を、数秒近く抑え込む事に成功したら。

 そう考えると、彼女を仕留める為に使える兵器は、いくつもある。

 思い浮かぶ中で、彼女を確実に仕留められるとすれば。


「(……反応弾、いや、正規軍のあいつ等が、どんな理由であれ、廃絶された兵器を使うなんて……そうなると……)チハル!」

「は、はい!」

「今すぐこの付近の、いや、上空の熱源を調べろ!太陽以外の熱を探るんだ!」

「え、わ、わかりました!」


 避難作業を手伝うチハルを止めた少佐は、熱源を調べさせる。

 もしも少佐の読みが当たり、太陽以外の熱源が確認されたら、今すぐ人員だけでも避難させなければならない。

 焦る少佐を横に、チハルは上空に高熱原体を確認する。


「ッ、な、なんでしょう?これ」

「どうした!?」

「た、太陽じゃありません、ですが、反応弾数十発分に相当するエネルギー体が」

「ッ、やはり衛星兵器か!!」


 天井を見上げた少佐は、大声でそう発した。

 彼の言葉を聞いた避難中のスタッフは、顔面を蒼白させる。

 噂には聞いていた、反応兵器ではない、また違った戦略兵器の存在。

 世間の目は鋭いかもしれないが、条約にひっかかる事は無い。

 それを使用するという事は、核シェルターを兼任するこの基地であっても、どうなるか解らない。


「何時発射されるかわからん!早く避難しろ!」

「了解!」


 少佐の判断は間違って居なかった。

 この一分後に、ジャックが取り押さえられた場所に攻撃が落ちる前に避難は完了。

 少佐達の居た地下施設がむき出しになる程、強力な攻撃。

 のんびりしていたら、地盤と一緒に消し飛んでいただろう。


 ――――――


 少佐達が避難を完了した頃。

 ジャックは、力なく横たわっていた。

 全身は焼けただれるように痛み、息をする事さえ辛い。

 全ての力を再生に集中させて強行したが、欠損した右腕も治らずにいる。


「(エーテルが、もうねぇ、身体も、冷えてきやがった……今まで何度も死を感じた事はあったが、これが、本当の死、か)」


 バルチャーも刀も無くなり、残るのは戦闘スーツの一部のみ。

 戦えたとしても、逃げる事がやっとだろう。

 迫りくる死を前に、ジャックは仰向けになる。


「(……思い返せば、戦いばかりの人生だったな……この世界に来てから、殺して、殺して、殺して……俺は)」


 ただひたすらに戦場を渡り歩き、多くの命を奪ってきた。

 だから何時かは、こんなしっぺ返しが来ると覚悟していた。

 戦場という、負けるか死ぬかの二択の世界。

 その中でずっと生きて来た、負け続けてきた。

 敵、味方、市民、何時も数え切れない屍の上で、ずっと泣いていた。


「(でも、楽しい事もあった、あいつ等と、出会えて、ここに来る前だって、あの子と……あれ?)」


 薄れゆく意識の中、ジャックの脳裏をよぎったのは過去の思い出。

 今居るこの世界に来る前の記憶が、どんどん呼び覚まされていく。

 しかし、その記憶を前に、ジャックは違和感を覚えた。


「(そうか、これが、走馬灯か……でも、何だ?何かがおかしい……)」


 腐りに腐った、ジャックの故郷。

 化け物がはびこり、多くの人の命が消えていく世界。

 地獄と言う言葉がよく当てはまる、滅びゆく世界。

 まだ子供のジャックは、一人の少女に助けられ、恋をしていた。

 軍人だった彼女は、シェルター代わりになっていた基地の補給のために、危険な外を探索する任務に就いていた。

 そんなシェルターで古雑誌をよみながら、ジャックは何時も彼女の帰りを待っていた。


「(なんだ?誰だ?……)」


 部屋の隅でうずくまっていると、一人の少女がボロボロの軍服をまといながら帰って来た。

 幼少のジャックは、部屋に入って来た少女の元に、笑顔で駆け寄っていく。


『こうちゃん!おかえり!』

『蓮ちゃん!』


 こうちゃん。

 この言葉を発したのは、幼少期のジャック。

 そして、部屋に入って来た少女の口から出て来た名前は、蓮。

 この一部始終がトリガーとなり、ジャックは真実を思い出した。


「(……ああ、そうだ)」


 たった一つのきっかけ。

 これだけで、今まで封じ込めていた記憶が掘り起こされた。

 ずっと目を背けていた真実に、ジャックは涙をこぼす。


「(俺は……私は、紅華じゃない、私が、私が蓮だ……リリィと、ジェニーと同じ、作られた、存在)


 封じられた過去は、次々と表へと現れていく。

 蓮と七美、二人に親は居ない。

 試験管から生まれ、こうして今まで生きて来た。

 七美とは自我が芽生える前に別れ、蓮は紅華に拾われた。


「(でも、私は、こうちゃんに助けられた、あの子が、私の事を救ってくれた)」


 紅華と初めて出会ったのは、蓮に自我が芽生えてしばらくした頃。

 当時の故郷は化け物であふれており、彼女達の産まれた研究施設は壊滅していた。

 任務でそこに訪れた紅華と偶然出会い、保護された。

 それから、ほんの数日だけだったが、蓮は紅華と共に過ごした。

 本当に僅かな時間だったが、今の蓮にとっては、かけがえのない時間。

 だが、そんな時間は、あっという間に終わりを告げた。


「(……仲間に見捨てられて、二人取り残されて、化け物に襲われて、私達は)」


 避難場所だった基地も、化け物どもに壊滅させられた。

 紅華と蓮は基地のヘリポートまで逃げたが、途中で紅華が負傷してしまった。

 そのせいで、二人は見捨てられた。

 忌々しい記憶を掘り起こしながら、ジャックは残った左腕を掲げる。


「(それでも、二人の愛を誓う為に、私達は……)」


 左の薬指を眺めていると、あの時はめた小さな指輪の幻覚が映る。

 化け物に襲われる前に、二人はオモチャの指輪をはめて、結婚式のマネをした。

 その後で、一緒に飛び降り自殺を図った。

 ずっと一緒だという、約束を交わしながら。


「(でも、結局私は、生き残った、兵器として作られたせいで、飛び降りただけじゃ死ねなかった、約束を、破った)」


 転がっていた紅華の死体に泣きすがり、絶望する自分の姿を思い出す。

 約束一つ守れなかった罪悪感から、蓮は紅華の人格を自分の中に作りだした。

 無理矢理一つになり、共存するために。

 だが、当時の彼女の自我と呼べる物は、あまりにも未成熟だった。

 そのせいで、蓮としての人格は崩壊。

 二つの人格がツギハギを成すことで、紅蓮という人格が出来上がった。


「(……ああ、私は、最低だ)」


 蓮は更に涙を流す。

 この世界に来てからほとんど泣いていなかったが、今は支えが無くなったかのように、あふれて来る。

 何者にも成れず、何も成せず。

 ただ、生きる為の言い訳だけを募らせ続け、生きて来た。


「(こうちゃん、そっちに行っても、また、抱きしめてくれるかな?)」


 涙でかすむ視界を、蓮はそっと閉じた。

 この時彼女の心臓は、確かに停止した。


 ――――――


「……ん、あれ?私は」


 目覚めた蓮は、上体を起こして辺りを見渡す。

 一面中白がひろがる空間に、立ち尽くしている。

 この時だけで、自分の死を悟った。

 何しろ、来ている服や傷は、全て元通りになっているのだから。


「……そっか、私、死んだんだ……やっと、解放された」


 手を付きながら座り込む蓮は、涙を流しながら歓喜した。

 自我を取り戻してから、死を望む気持ちが強くなっていた。

 痛み、恐怖、絶望、哀しみ。

 いままでナノマシンが抑え込んでいた負の感情が、一気にあふれ出した。

 その反動は、死を望む程の苦痛だった。


「何から、解放されたんだ?」

「ッ!」


 泣き崩れていた蓮は、聞き覚えのある声にゆっくりと顔を上げる。

 視線の先に立っていたのは、ずっと会いたかった恋人。

 茶色い髪をショートポニーにまとめ、軍服を着込んだ少女。

 紅華は、蓮の目の前で腰を下ろしていた。


「こ、こうちゃん!」

「久しぶりだね、蓮ちゃん」


 まるで離れ離れになっていた子供が、親と再開できたかのような表情で紅華へ抱き着く。

 胸の中で泣く彼女を受け入れた紅華は、頭をそっとなでる。

 久しぶりに味わえる紅華の温もり。

 何時も甘えさせていた蓮だったが、紅華の前ではただの少女となった。


「こうちゃん、こうちゃん、会いたかった、ずっと」

「そうか……俺もだ、俺も、貴女に会いたかった」

「うん……ねぇ、今度こそ一緒に行こう、今度こそ、一緒に死のうよ」

「……」

「……こう、ちゃん?」


 今度こそ、一緒に死ぬ事が出来る。

 そんな希望を抱く蓮だったが、紅華は彼女の言葉を容認できなかった。

 それを表すかのように、紅華は蓮を突き放す。


「え?」

「だめだ、お前は、まだ、こっちに来ちゃ、いけないんだ」

「ッ、何で!?私、もう嫌だ!痛いのも、怖いのも、こうちゃんと離れ離れになるのも!もう……いやだよ」

「ッ……」


 号泣しながら再度抱き着く蓮は、更に力強く抱きしめる。

 そんな蓮を、紅華は苦しい表情を浮かべながら見つめだす。

 紅華だって、蓮と同じ気持ちだ。

 もう離れたくない。

 だが、まだ蓮は死んではいけない。

 蓮を引き離した紅華は、彼女のホホに平手打ちを放つ。


「ッ!」

「……お願い、わがままを言わないで、お前はまだ、死んじゃいけないんだよ!」


 まさかこんな事をしてくるとは思わなかった蓮は、平手打ちをまともに受けてしまう。

 涙をポロポロと流す蓮は、何故だという表情を浮かべながら紅華を見つめる。


「な、なんで」

「……お前には、生きる言い訳じゃない、真っ当な理由がある!死ねない、死んじゃいけない理由がある!そうだろ!?」

「ッ、そ、そんなの、無いよ……」

「あるだろ、お前の、蓮ちゃんの、大事な人は、まだ生きている」

「ッ……」


 紅華の言葉を聞いた蓮の脳裏を、リリィとシルフィの姿が過ぎった。

 二人の事を思い浮かべた蓮は、唇を噛みながら両手を力強く握りしめる。

 あの二人であれば、もう大丈夫だろう。

 そんな手前勝手な考えで、蓮は言葉を連ねる。


「……あ、あいつ等なら、もう大丈夫、七美も居るし、きっと、二人なら大丈夫だから」

「……逃げるな」

「……」

「逃げるな!!リリィと、シルフィの未来の為に!お前はまだ、やるべき事が沢山ある筈だ!手を出したのなら、終いまでやれ!!」


 紅華は涙を流しながら、蓮を叱る。

 彼女の本音も、蓮と同じだ。

 ずっと一緒に居たいし、このまま一緒にあの世へ行きたい。

 だが、リリィとシルフィとの約束を果たすまでは、連れて行くわけにはいかない。


「……」

「大丈夫だ、俺はずっと一緒に居る」

「え?」

「今までも、これからも、俺は、ずっとお前のそばに居る、だから、寂しい事なんて、もう何もないんだ」

「こうちゃ、んッ」


 優しい瞳を蓮に向けながら、紅華は唇を重ねる。

 こうする事で、蓮は紅華の真実を知った。

 どうして紅華が、リリィ達の事を知っているのか。

 そして、何故こうも厳しく接するのか。

 それを知った蓮は、紅華の事を抱きしめてキスを返す。


「(そっか、そうだったんだ……私にも、会ったんだ、生きている意味が、生まれて来た理由が)」


 ――――――


 その頃、現実では衛星兵器の着弾に、歓喜と驚きの混じった声が響いていた。

 降り注いだのは、反応弾数十発分の威力を持つビーム兵器。

 着弾地点は赤く染まり、先ほどまで基地があった場所がごっそり無くなっている

 そんな物を撃ちこまれて、平気でいられる生物なんて存在しない。


「遂に、あの無法者を葬れた」


 廃墟でジャックとの戦いを生き延びたハーフエルフの少女『プラム』も、その光景には感慨を感じていた。

 声を上げていなくとも、内心は喜びで満ちている。

 最初の任務はしくじってしまったが、今回は任務を果たせた。


「(それにしても、凄まじい熱気だ、照射終了からかなり経過しているというのに)」


 衛星兵器照射によって発生した熱気。

 まるで火事の現場に居るかのように、凄まじい熱風が吹き荒れている。

 ヘルメットやスーツを着用していなければ、この余波だけで焼け死んでいたかもしれない。


「やったなプラム、これでお前の仲間の仇が取れたぜ」

「はい、これで同士達も浮かばれるでしょう」

「ああ……ん?なんだ?」


 プラムの所属する部隊の隊長が、彼女に話しかけた数秒後。

 突如として謎の振動と、衝撃が発生。

 いきなりの事で、隊員達はざわめき出す。


「何だ?」

「まさか、アイツ、生きて……」

「そ、そんな訳ないだろ、あれで生きていたら、本当に化け物だ」


 彼らの悪い予感は的中した。

 衝撃が発生した数秒後、彼らの囲っていた重戦車が爆散。

 同時に、今度はマグマの近くにでもいるような熱が襲い掛かる。


「じゅ、重戦車が一瞬で、い、一体何が」

「おい、誰か居るぞ!」

「あ、あれは!」


 プラムの睨む先には、溶けた装甲をかき分けて出て来る蓮の姿が有る。

 その姿は、正しく異形。

 欠損し、肉の削げた部分は、物質化するレベルの炎で補強されている。

 その炎の熱は、触れただけで重戦車の装甲を液状化させる程だ。


「ば、化け物だ」

「な、何なんだよ、これ、なんの冗談だ!?」

「一体何なんだ!?」

「(さぁ、始めようか、私の、私達の意思で行う、戦争を……ジャック・スレイヤーとして」


 怯える兵士達目掛けて、復活したジャックは襲い掛かる


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ