表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/343

風邪ひいた時、変な夢見がち 前編

 アラクネとラズカが、正式に付き合う事を許可され、記念のパーティーを控えていた頃。

 アリサは引き続き、山を探索していた。

 アラクネの協力によって、山に住まう蜘蛛達の協力を得られたおかげで、山の隅々まで捜索範囲を広げることができた。


 と言っても、当の本人は、モンドの元で、山の蜘蛛達との交易による共存体制を確立するべく、話し合いの席を設けている為、この場には居ない。

 彼女が言うには、この山には近寄ることも許されない場所が有るので、其処にさえ行かなければ、何処でも好きに探して良いとありがたい言葉をもらった。

 ただ疑問なのは、連邦側である筈のアラクネが、ナーダ陣営であるアリサに何故協力しているのか、という事。

 本人曰く。


『別に、私はナーダを打倒したいとか、そんなのないの、ただ純粋に蜘蛛達の研究をしていたかっただけ、偶然生まれたのが連邦だっただけだし』


 という事で、アリサに協力しており、むしろ自分を化け物みたいな恰好にさせた連邦には、協力しようとは思えないらしい。

 色々と誤解も有ったとはいえ、喧嘩を吹っ掛けたのはアラクネの方、その落とし前も含めて、捜索の手伝いを自ら申し出てくれた。

 アリサとしても、できれば土地勘のある人間から、協力を得られることは、ありがたい限りだ。

 何より、アラクネは、同じ母星からの出身、敵側にも心が無いとなると、この世界への技術漏洩は無いと考えても良い。


「(しかし、あの子一体どんな訓練を……)」


 捜索の最中、アリサは宿で寝込んでしまっているシルフィの事についても、考えを巡らせていた。

 アラクネと対峙した際に使用したスキルの反動で、全身が筋肉痛に成ってしまっており、動こうに動けない状態である為、彼女も欠席している。

 アリサのデータベースに有る身体強化魔法は、一時的に身体能力を向上させるというだけで、寝込んでしまうような副作用は無い。

 症状とアラクネからの証言から考えても、彼女が使用したスキルは、アリサもよく知る物だ。


「(太古の昔に、鬼人たちによって確立された技術、鬼人拳法、鬼人術、呼び方は多々あるが、あれを使えるのは、限られた人間だけ)」


 鬼人、人間と鬼の混血種の中でも、人間の血が色濃く出ている種族を指している。

 彼らは強制的に、自らの中に眠っている鬼の力を目覚めさせるべく、特殊なエーテル操作を長年の研究によって開発し、所謂魔の力を肉体に顕現させるものだ。

 その反動はすさまじく、本来であれば肉体だけでなく、精神的にも負荷がかかる為、下手をすれば廃人に成ってしまう。

 会得する前提条件として、人間以外の遺伝子を宿している事があげられる。

 里に住まうエルフたちの遺伝情報が、どんなものなのかは不明だが、少なくともシルフィの父親という人物は、その遺伝子を持っている。

 とはいえ、シルフィの父が使えるからと言って、その娘も使用できるとは限らない技術だ。

 奥義に至る全てを会得する道のりは、中卒の派遣社員から社長に、包丁一つ握った事も無い中年の料理初心者が、寿司屋の板前になる位の難易度とも言われている。


「(……改めて考えると、無理な話だよな、まぁ、今はそんな事よりも、装備の捜索だな)」


 巡らせていた考えをアーカイブしつつ、アリサは捜索に注力しだす。

 因みに、こうしている間に、再び刺客が来るかもしれないので、シルフィの元には、ナイト・スパイダーを一体護衛につけてもらっている。

 何か有れば、すぐにアラクネの元に危機が知らされる事になっている。

 一先ずシルフィの事は、この際置いておき、現状の把握も行う。


「(やはり、スレイヤーの存在が一番の弊害だ、現在の戦況を覆すためにも、装備の回収は、優先で行わなければ)」


 捜索と同時に、現在の戦況に関する事も、思考していく。

 アラクネがまだ連邦に居た二十年前、そのころは両陣営共に、戦力が拮抗しており、戦争そのものは膠着状態にあった。


 彼女たちの世界で起きている戦争に、用いられている兵器には、特殊な装甲材が用いられており、従来の兵器では破壊が難しい物と成っている。

 その為、高威力と高機動を両立できる兵器が必要と成り、現在採用されているエーテル・アームズの先駆けとして、コンバット・スーツと呼ばれる、人型の兵器が制作され始めた。


 その後、技術の発展によって、人間サイズにまで、規模を縮小したアンドロイド兵が登場した。

 アンドロイド兵や、コンバット・スーツを一足先に正式採用したナーダには、その分戦力アップにつながり、数だけは一丁前の連邦から、戦術的なアドバンテージを、一気に覆す事になった。

 当然、ナーダの陣営たちは、それらの技術を盗まれないように、情報の漏洩防止を徹底していた。

 だというのに、情報の多くが連邦に流れ、連邦製のコンバット・スーツや、アンドロイド兵が量産され始め、ついにナーダ達は、この世界へと逃げる羽目になった。


 この原因を作ったのが、スレイヤーと言う存在だ。

 アンドロイドでもないのに、人間以上の戦闘能力を有している事から、敵からも味方からも恐れられている、化け物みたいな、というより、化け物である。

 そんな存在であっても、実は公の場に一度も姿を見せたことが無く、その存在はほとんど都市伝説じみており、軍部に属していたアラクネも、噂を聞いた事が有る程度だった。

 それでも、アリサという兵器が開発されているのは、実在しているという証拠である。


「(それにしても、あの蜘蛛達、献身的だな)」


 先ほどから捜索を手伝ってくれている蜘蛛達、彼らはこれと言って愚痴を溢す(事ができるかは別として)ことも無く、光学迷彩で姿を消している物体を探し続けている。

 アラクネの命令とはいえ、彼らからすれば、どんなものなのかさえ解らない代物の筈。

 それなのに、先日まで敵対していたアリサに、協力をしている。


 蜘蛛と言うのは、群れる種類も居るが、基本的に成虫は群れることは無い、しかし、アラクネの従える蜘蛛達は、何の不満も無く、彼女に従っている。

 初めて会った時のように、命令を無視する個体も居るには居るようだが、蜘蛛達は基本彼らのように従順だ。

 本人曰く、最初はそんな個体ばかりだったとか……


 なんとなくだが、アリサは自分たちと彼らの姿を重ねてしまっていた。

 従順に付き従い、主人にその身を捧げる姿。

 アラクネの対応から見ても、蜘蛛達をぞんざいに扱っているというわけでは無く、むしろ立派な上司のように、彼らをまとめ上げている。


 反対に、アリサが今まで服従してきた人間たちは、大半がクズのような人間だった。

 老人ホームの経営が傾き、真っ先に切り捨てられ、リサイクルショップへと売り飛ばされ、様々な企業に買い取られた。

 当時のアリサのスペックは、それほど高くはなく、ただ言われたことをやり、仕事をこなしたところで、褒められたりはしなかった。

 それが当たり前だと、もっと気を利かせろ、頼まれた以上の仕事をやれと、言われ続けた日々。

 そして誰もが言う、使えない奴、ポンコツ、無能。


「(そもそも、プログラムされていない事ができるAIを、民間が手に入れられる訳ないってのに、本当にクソな連中だったな、挙句、あのハゲ課長といい変態部長といい、溜まってる不満全部私にぶつけやがって)」


 アンドロイドへのパワハラなんて、罪に問われることなんてない。

 だからこそ、ぶつけると罪を問われる事になる人間への怒りを、自分たちにぶつけていた。

 アンドロイドは人間以上に変えが効く、だからこそ、使えないと判断されれば、すぐに斬り捨てられる。


「(……彼らは幸せだな、あのような優しい人物の元に仕えられるなんて、私はもう、マスターのような方にお仕えできる事は、無いに等しいか、でも、彼女は)」


 もくもくと作業を行う彼らの背中を見ながら、改めてシルフィの事について考え始める。

 アリサからすれば、シルフィはこの世界で初めて出会い、そして最も怪しい人物。

 考える程、シルフィと言う存在は、良く解らない。

 明らかに人を殺した事が無く、実戦も経験したことのないような反応に、敵と呼べるかもしれない相手を前にして、当たり前のように泥酔する。

 とても、敵対している、という自覚があるようには思えない、友人と接しているようにしか見えない。


「(それに、あんな言葉まで)」


 イャートを殺害した時と、宿まで連れていき、部屋で休ませた時、他にも何度か、ポツリと言っていた。


『ありがとう』


 この言葉を、アリサは久しく言われた記憶が無かった。

 しかも、不器用ながらも、笑顔を浮かべながら。

 アンドロイドにそんな事を言う奴なんて、現代には滅多にいない。

 それどころか、人を助けるという事は、当たり前の事だという認識が強い。

 人間を助けた結果、救助したアンドロイドは大破する。

 こういった事故が起きた場合、そのアンドロイドに称賛されることは無く、救助された方にしか、人々の目は向かない。

 アンドロイドが大破したところで、また作りなおすか、新しい物を用意すればいいだけ。


 そう、アンドロイドは物だ、どんなに人間に寄せようとも、その事実だけは変わらない、無機物の塊であるという事に、変わりはない。

 消耗品の安否を、いちいち気にするような人間が居ないように、アンドロイドが壊れようが、心配するような人間はめったに居ないのだ。


 そんな扱いをしなかったのは、アリサのマスターただ一人だった。

 彼は、アンドロイドの研究員という事もあってか、人間の身でありながら、アンドロイドという存在そのものに、特別な感情を寄せている人物だった。


「(アラクネは、どうやらそう言った偏見が無いらしいが、シルフィもそうなのだろうか?それとも、本当にアンドロイドという事さえ解らないのか?)」


 だとしたら、母星で受けていたような仕打ちは、シルフィと一緒に居れば、そんな目に遭うようなことは、無いのかもしれない。

 本当にこの世界の住人であり、アリサがアンドロイドという事を、シルフィは本当に知らないというのなら、彼女の事を、信用しても良いのかもしれない。

 マスターの元に居た時のように、大切に扱ってくれるかもしれない。

 そんな夢みたいな考えがアリサの中を巡るも、すぐにそんな考えを振り払い、考えを改め始める。


「(いや、そもそも、この行為自体が、彼女の芝居という可能性も有る、仮に知らなかったとしても、知ればきっと、彼女も……)」


 アリサに冷たい視線を送る、シルフィの姿が思い浮かんでしまう。

 ただの無機物の塊の胸を借りていたのかと、ただの機械に、お礼なんて言っていたのかと。


「(……馬鹿馬鹿しい、そもそもアンドロイドが、謝礼なんて求める事自体、間違っているしな)」


 考えていた事があほらしく成ったアリサは、両の頬を叩き、装備の捜索を再開した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ