風邪ひいた時、変な夢見がち 前編
アラクネとラズカが、正式に付き合う事を許可され、記念のパーティーを控えていた頃。
アリサは引き続き、山を探索していた。
アラクネの協力によって、山に住まう蜘蛛達の協力を得られたおかげで、山の隅々まで捜索範囲を広げることができた。
と言っても、当の本人は、モンドの元で、山の蜘蛛達との交易による共存体制を確立するべく、話し合いの席を設けている為、この場には居ない。
彼女が言うには、この山には近寄ることも許されない場所が有るので、其処にさえ行かなければ、何処でも好きに探して良いとありがたい言葉をもらった。
ただ疑問なのは、連邦側である筈のアラクネが、ナーダ陣営であるアリサに何故協力しているのか、という事。
本人曰く。
『別に、私はナーダを打倒したいとか、そんなのないの、ただ純粋に蜘蛛達の研究をしていたかっただけ、偶然生まれたのが連邦だっただけだし』
という事で、アリサに協力しており、むしろ自分を化け物みたいな恰好にさせた連邦には、協力しようとは思えないらしい。
色々と誤解も有ったとはいえ、喧嘩を吹っ掛けたのはアラクネの方、その落とし前も含めて、捜索の手伝いを自ら申し出てくれた。
アリサとしても、できれば土地勘のある人間から、協力を得られることは、ありがたい限りだ。
何より、アラクネは、同じ母星からの出身、敵側にも心が無いとなると、この世界への技術漏洩は無いと考えても良い。
「(しかし、あの子一体どんな訓練を……)」
捜索の最中、アリサは宿で寝込んでしまっているシルフィの事についても、考えを巡らせていた。
アラクネと対峙した際に使用したスキルの反動で、全身が筋肉痛に成ってしまっており、動こうに動けない状態である為、彼女も欠席している。
アリサのデータベースに有る身体強化魔法は、一時的に身体能力を向上させるというだけで、寝込んでしまうような副作用は無い。
症状とアラクネからの証言から考えても、彼女が使用したスキルは、アリサもよく知る物だ。
「(太古の昔に、鬼人たちによって確立された技術、鬼人拳法、鬼人術、呼び方は多々あるが、あれを使えるのは、限られた人間だけ)」
鬼人、人間と鬼の混血種の中でも、人間の血が色濃く出ている種族を指している。
彼らは強制的に、自らの中に眠っている鬼の力を目覚めさせるべく、特殊なエーテル操作を長年の研究によって開発し、所謂魔の力を肉体に顕現させるものだ。
その反動はすさまじく、本来であれば肉体だけでなく、精神的にも負荷がかかる為、下手をすれば廃人に成ってしまう。
会得する前提条件として、人間以外の遺伝子を宿している事があげられる。
里に住まうエルフたちの遺伝情報が、どんなものなのかは不明だが、少なくともシルフィの父親という人物は、その遺伝子を持っている。
とはいえ、シルフィの父が使えるからと言って、その娘も使用できるとは限らない技術だ。
奥義に至る全てを会得する道のりは、中卒の派遣社員から社長に、包丁一つ握った事も無い中年の料理初心者が、寿司屋の板前になる位の難易度とも言われている。
「(……改めて考えると、無理な話だよな、まぁ、今はそんな事よりも、装備の捜索だな)」
巡らせていた考えをアーカイブしつつ、アリサは捜索に注力しだす。
因みに、こうしている間に、再び刺客が来るかもしれないので、シルフィの元には、ナイト・スパイダーを一体護衛につけてもらっている。
何か有れば、すぐにアラクネの元に危機が知らされる事になっている。
一先ずシルフィの事は、この際置いておき、現状の把握も行う。
「(やはり、スレイヤーの存在が一番の弊害だ、現在の戦況を覆すためにも、装備の回収は、優先で行わなければ)」
捜索と同時に、現在の戦況に関する事も、思考していく。
アラクネがまだ連邦に居た二十年前、そのころは両陣営共に、戦力が拮抗しており、戦争そのものは膠着状態にあった。
彼女たちの世界で起きている戦争に、用いられている兵器には、特殊な装甲材が用いられており、従来の兵器では破壊が難しい物と成っている。
その為、高威力と高機動を両立できる兵器が必要と成り、現在採用されているエーテル・アームズの先駆けとして、コンバット・スーツと呼ばれる、人型の兵器が制作され始めた。
その後、技術の発展によって、人間サイズにまで、規模を縮小したアンドロイド兵が登場した。
アンドロイド兵や、コンバット・スーツを一足先に正式採用したナーダには、その分戦力アップにつながり、数だけは一丁前の連邦から、戦術的なアドバンテージを、一気に覆す事になった。
当然、ナーダの陣営たちは、それらの技術を盗まれないように、情報の漏洩防止を徹底していた。
だというのに、情報の多くが連邦に流れ、連邦製のコンバット・スーツや、アンドロイド兵が量産され始め、ついにナーダ達は、この世界へと逃げる羽目になった。
この原因を作ったのが、スレイヤーと言う存在だ。
アンドロイドでもないのに、人間以上の戦闘能力を有している事から、敵からも味方からも恐れられている、化け物みたいな、というより、化け物である。
そんな存在であっても、実は公の場に一度も姿を見せたことが無く、その存在はほとんど都市伝説じみており、軍部に属していたアラクネも、噂を聞いた事が有る程度だった。
それでも、アリサという兵器が開発されているのは、実在しているという証拠である。
「(それにしても、あの蜘蛛達、献身的だな)」
先ほどから捜索を手伝ってくれている蜘蛛達、彼らはこれと言って愚痴を溢す(事ができるかは別として)ことも無く、光学迷彩で姿を消している物体を探し続けている。
アラクネの命令とはいえ、彼らからすれば、どんなものなのかさえ解らない代物の筈。
それなのに、先日まで敵対していたアリサに、協力をしている。
蜘蛛と言うのは、群れる種類も居るが、基本的に成虫は群れることは無い、しかし、アラクネの従える蜘蛛達は、何の不満も無く、彼女に従っている。
初めて会った時のように、命令を無視する個体も居るには居るようだが、蜘蛛達は基本彼らのように従順だ。
本人曰く、最初はそんな個体ばかりだったとか……
なんとなくだが、アリサは自分たちと彼らの姿を重ねてしまっていた。
従順に付き従い、主人にその身を捧げる姿。
アラクネの対応から見ても、蜘蛛達をぞんざいに扱っているというわけでは無く、むしろ立派な上司のように、彼らをまとめ上げている。
反対に、アリサが今まで服従してきた人間たちは、大半がクズのような人間だった。
老人ホームの経営が傾き、真っ先に切り捨てられ、リサイクルショップへと売り飛ばされ、様々な企業に買い取られた。
当時のアリサのスペックは、それほど高くはなく、ただ言われたことをやり、仕事をこなしたところで、褒められたりはしなかった。
それが当たり前だと、もっと気を利かせろ、頼まれた以上の仕事をやれと、言われ続けた日々。
そして誰もが言う、使えない奴、ポンコツ、無能。
「(そもそも、プログラムされていない事ができるAIを、民間が手に入れられる訳ないってのに、本当にクソな連中だったな、挙句、あのハゲ課長といい変態部長といい、溜まってる不満全部私にぶつけやがって)」
アンドロイドへのパワハラなんて、罪に問われることなんてない。
だからこそ、ぶつけると罪を問われる事になる人間への怒りを、自分たちにぶつけていた。
アンドロイドは人間以上に変えが効く、だからこそ、使えないと判断されれば、すぐに斬り捨てられる。
「(……彼らは幸せだな、あのような優しい人物の元に仕えられるなんて、私はもう、マスターのような方にお仕えできる事は、無いに等しいか、でも、彼女は)」
もくもくと作業を行う彼らの背中を見ながら、改めてシルフィの事について考え始める。
アリサからすれば、シルフィはこの世界で初めて出会い、そして最も怪しい人物。
考える程、シルフィと言う存在は、良く解らない。
明らかに人を殺した事が無く、実戦も経験したことのないような反応に、敵と呼べるかもしれない相手を前にして、当たり前のように泥酔する。
とても、敵対している、という自覚があるようには思えない、友人と接しているようにしか見えない。
「(それに、あんな言葉まで)」
イャートを殺害した時と、宿まで連れていき、部屋で休ませた時、他にも何度か、ポツリと言っていた。
『ありがとう』
この言葉を、アリサは久しく言われた記憶が無かった。
しかも、不器用ながらも、笑顔を浮かべながら。
アンドロイドにそんな事を言う奴なんて、現代には滅多にいない。
それどころか、人を助けるという事は、当たり前の事だという認識が強い。
人間を助けた結果、救助したアンドロイドは大破する。
こういった事故が起きた場合、そのアンドロイドに称賛されることは無く、救助された方にしか、人々の目は向かない。
アンドロイドが大破したところで、また作りなおすか、新しい物を用意すればいいだけ。
そう、アンドロイドは物だ、どんなに人間に寄せようとも、その事実だけは変わらない、無機物の塊であるという事に、変わりはない。
消耗品の安否を、いちいち気にするような人間が居ないように、アンドロイドが壊れようが、心配するような人間はめったに居ないのだ。
そんな扱いをしなかったのは、アリサのマスターただ一人だった。
彼は、アンドロイドの研究員という事もあってか、人間の身でありながら、アンドロイドという存在そのものに、特別な感情を寄せている人物だった。
「(アラクネは、どうやらそう言った偏見が無いらしいが、シルフィもそうなのだろうか?それとも、本当にアンドロイドという事さえ解らないのか?)」
だとしたら、母星で受けていたような仕打ちは、シルフィと一緒に居れば、そんな目に遭うようなことは、無いのかもしれない。
本当にこの世界の住人であり、アリサがアンドロイドという事を、シルフィは本当に知らないというのなら、彼女の事を、信用しても良いのかもしれない。
マスターの元に居た時のように、大切に扱ってくれるかもしれない。
そんな夢みたいな考えがアリサの中を巡るも、すぐにそんな考えを振り払い、考えを改め始める。
「(いや、そもそも、この行為自体が、彼女の芝居という可能性も有る、仮に知らなかったとしても、知ればきっと、彼女も……)」
アリサに冷たい視線を送る、シルフィの姿が思い浮かんでしまう。
ただの無機物の塊の胸を借りていたのかと、ただの機械に、お礼なんて言っていたのかと。
「(……馬鹿馬鹿しい、そもそもアンドロイドが、謝礼なんて求める事自体、間違っているしな)」
考えていた事があほらしく成ったアリサは、両の頬を叩き、装備の捜索を再開した。




