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エルフとガイノイドの百合劇場  作者: B・T
マリーゴールド編
239/343

紅蓮の花言葉 前編

 

 全てが黒く腐った世界。

 亡者は体を、生者は心を腐らせた。

 人を見捨て、身体を弄る事になんの罪悪感も無くなった。


「ん、グ……」


 泣き叫び、助けを懇願する少女と、自分たちを見捨てて逃げた仲間たちに発砲する少女。

 二人は抱き合い、唇を重ねると、心中を図った。

 落ちた先で、少女の嘆く声だけが響き渡る。

 紅ちゃん……


「ッ!……ゆ、夢、か」


 異世界の基地襲撃の翌日。

 ベース224は、ジャックが到着した数時間後に包囲された。

 しかも向こうは用意周到で、転移装置の妨害電波を発生され、退路は遮断されている。

 この基地に集合した戦力を用いて、籠城戦を行い、現在はこう着状態。

 ジャックはしばらくの休養を取る為に、眠りについていた。

 だが、久しぶりに見た夢は、なんとも目覚めの悪い物だった。


「……あーあ、何で今頃思い出すかね……」


 寝汗でびっしょりだったが、シャワーなんて浴びている余裕はない。

 何しろ、今ジャックが居るのは包囲された基地の外。

 報告の為にたまたま帰還していたドレイクがいたおかげで、ひと時の休息が出来た。

 と言っても、壁にもたれかかりながら、座って寝る位だ。


「大尉、大丈夫ですか?」

「まぁな、目覚め最悪だけど……」


 ドレイクからの問いかけに答えながら、ジャックは立ち上がる。

 ついでに口から垂れていたヨダレもぬぐいながら、ジャックは基地の周囲を見渡す。

 寝る前に大打撃を与えてやったので、向こうも大分疲弊している。

 せめてチハル達が、転移装置を使えるようにしてくれるまで大人しくしてほしい。


「……さて、あいつ等がどれ位大人しくしてくれるか」

「あれだけやりましたからね……しばらくは無理かと」

「まぁこっちもこっちで、結構消耗してるし、たたみかけろー、なんて事はできないしな」


 基地の周辺を取り囲んでいるのは、大隊規模の連邦兵。

 オマケに、滅多に支給してくれないような兵器の数々。

 重戦車エレファント、重装型のエーテル・アームズ。

 彼らに基地をボコボコにされ、負傷者も大勢出たが、未だに犠牲者ゼロなのが奇跡のような物だ。

 元々戦闘員の少ない部隊なので、今マトモに動けるのはドレイクとジャック位。

 他のメンバーや少佐は、逃げる為の準備を進めている。


「(さて、寝てる間に少佐達は、準備進めてくれたかな?)」


 携帯食料を食べながら、ジャックは無線機を取りだす。

 せめて、逃げる準備ができている位の事は済んでいて欲しい。


「少佐、そっちはどうだ?」

『ジャックか、こっちは準備が終わったところだ、後少しで転移装置も使えるようになる』

「そうか……なら、負傷者は下げさせよう、次にあいつ等が攻勢に出たら、俺とドレイクだけ何とかする」

『大丈夫なのか?』

「何とかするさ……お前ら!動ける奴は負傷者を連れて、転移装置へむかえ!」


 無線をきったジャックは、仲間達に命令を出していく。

 多少不服ながらも、聞き入れた仲間たちは移動を開始。

 本当であれば、一矢報いる事位はしたいのだろう。

 それでも、夢で見た事がどうも頭から離れずにいた。


「(……俺は、もう失わない、どれだけ負けようが、どれだけ、辛酸をなめようが、俺は……)」

「大尉?」

「ッ、どうした?」

「いや、その、顔色が……」

「は?……何だ?この胸の感じ……う、クソ」


 どうにも気分が悪い事に、ドレイクに言われて気付いた。

 ヴィルへルミネに体をいじられてから、滅多な事で動揺する事は無かった。

 その筈が、ただの夢ごときで動揺してしまっている。

 胸の痛みもあるし、息も心なしか上がっている。


「……きにすんな、この程度へでもねぇよ、それに、俺はお姉ちゃんだぜ、この程度……」

「ですが、貴女ともあろう方がこんな状況で、そんな新兵みたいな反応」


 今のジャックは、新兵のような状態になっている。

 軍人として多くの兵士とかかわってきただけあって、ドレイクにもそれ位解る。

 ドレイクとしては、そんな状態でジャックを戦わせる訳にはいかない。

 だが、この状況は、それを許してくれなかった。


「……ッ!」

「砲撃!?」


 はるか遠くから、重戦車からの砲撃が響き渡る。

 いち早く気づいたジャックは、待機させていたドローンを稼働。

 隊列を組ませ、砲撃を防ぎ止めた。


「悪いがドレイク、話はここまでだ」

「……みたいですね」

「少佐!避難状況はどうだ!?」

『ついさっき開通した!十分、いや、八分でいい!時間を稼いでくれ!』

「了解!」


 沸き上がる感情を押さえつけながら、ジャックはバルチャーを呼び寄せる。

 この戦いの為に、ジャック自身が勝手に改造した代物。

 バルチャー・タキオンアサルト。

 リリィ達との闘いの反省を適当に生かして、基地に有ったガラクタを取り付けた物だ。


「行くぞドレイク、話はそれからだ!」

「……わかりました」


 古株の一人だけあって、ジャックのコンディションが最悪なのはわかる。

 いっその事、ジャックも逃げてくれた方が、ドレイクもやりやすい。

 それでも、状況が状況だ。

 今は出来る限り彼女の助けになろうと、前へ出る。


「(基地が崩れたら元も子もない、やはり重戦車をやるか)」


 銃弾の雨をかいくぐりながら、ドレイクは一気に前へとでていく。

 先ほどドローンで防ぎ止めたが、その主砲は脅威だ。

 通常のタンクとは違い、エーテルによる砲弾を繰りだす。

 そんな物を撃たれ続ければ、基地の電源設備にダメージがあっては困る。


「桜我流剣術・嵐舞!」


 敵を蹴散らしながら、ドレイクは単独で最優先目標の重戦車へと接近。

 嵐のように繰り出される連撃を、走りながら放ち、防御陣形を崩す。

 敵を大量に切り刻みながら、重戦車を間合いに捉える。


「桜我流剣術・嵐鬼流!」


 ドレイクの斬撃の餌食となった重戦車は、僅かな時間で地面ごと細切れにされた。

 一秒にも満たない時間で、数十回にわたって切り刻まれた。

 目標を一つ撃破し、ドレイクは間髪いれずに周辺の兵士を刻む。


「(一機撃破……大尉)」


 ついでにエーテル・アームズも切り裂いたドレイクは、周辺を見渡す。

 目に留まるジャックの戦いには、それほど違いが有る訳ではない。

 だが、心なしか力押しが過ぎる様に思える。

 何時もの事と言えば、そうなのだが、今回は少し違うように見えてしまう。


「(……クソ、ここで大尉を失ったら、我々の今後に影響がでてしまう)」


 向かってくる敵兵を切り裂きながら、ドレイクはジャックを逃がす事を考え始める。

 最大戦力の一つである、スレイヤー一人を撃破。

 この事実が有るだけで、連邦側の部隊内の士気は上がるだろう。

 同時に、ストレンジャーズ側の士気は駄々下がりだ。

 もちろん、ジャックがこの雑兵達に殺されるとは考えづらい。

 それでも、妙な胸騒ぎが止まらない。


「(こいつ等だって、大尉を簡単に倒せると思っていない筈、だったら、なにか隠し玉が有ってもおかしくない!)」


 目標である重戦車に向かって、敵を倒しながら進むドレイク。

 その意識のほとんどは、無理して戦いを続けるジャックの方へ向いてしまう。


「(すぐに助けに行きたい、だが……集まれば、こいつ等の砲撃が更に基地に向かってしまう)」


 できれば、優先的に助けに行きたい。

 だが、数が数な上に、今回の作戦目標は撤退。

 今も避難を続ける部下達を見捨てる訳には行かない。


「(クソ!クソ!!)」


 ――――――


 ドレイクが苦悩しながら戦っている頃。


「(落ち着け、何時もの事だ、耳をかすな!)」


 ジャックは、アップグレードしたバルチャーの性能をフル活用して交戦を続ける。

 背面に搭載した強力なキャノン砲、バルチャー・クラッシャー。

 鳥の足のようになっているブーツを変形させて、ドリルとして使用する蹴り。

 鋭い爪による貫き手。

 地上と空中を行き来しながら、以前よりも攻撃方法の増えたバルチャーで、次々敵を引き裂いていく。


「(こいつ等……そうか、あの時の連中か)」


 他の連邦兵と違い、ジャックに襲い掛かっているのは、ヴァルキリー隊の面々。

 異世界の基地を襲い、廃墟でジャックと交戦したメンバー。

 彼らや一般の連邦兵を蹴散らしていくが、どうにも耳が痛い。


「(黙れ、クソ、うるせぇ……)」


 普段から聞いている、死者の怒号。

 殺した連邦兵たちの悲痛な叫びが、ジャックの耳を刺激する。

 今までどうって事無かった彼らの声が、今はどうしようも無く気持ち悪い。


「(後二分か……)ドレイク!」


 四方八方から繰り出される攻撃の雨。

 それらをかいくぐりながら、ジャックはドレイクへ無線を繋げる。

 少しノイズが入っているが、命令を伝えるには十分だ。


『ッ、待っていてください!すぐに助けに』

「いやっ、お前は撤退しろ!後は俺がやる!」

『しかし!』

「こいつ等には、何かあるのは間違いない!とすると、狙いは俺だ!」

『ッ……』


 ジャックの言う通りだった。

 補給や増援を待たずに攻めて来た辺り、彼らには何らかの奥の手が有る。

 無策とも言えるような攻勢に出たという事は、それだけ自信があるという事だろう。

 何かは予想できていないが、下手をすればドレイクまで巻き込みかねない。


「俺が倒れたら、誰が他の連中を引っ張る!?お前と少佐だけだ!!」

『ッ……了解しました』


 通信を終えたジャックは、全力で暴れ回る。

 オーバー・ドライヴと悪鬼羅刹の併用によって、赤く、熱く燃え上がる。

 妙な事をされる前に、敵を一掃すれば良い話だ。


「(何であんな事口走っちまったかね?)」


 先ほどのセリフには、ジャック自身も驚きだった。

 こうして全力で動き回っていれば、めったな事では負けない。

 悪鬼羅刹を使用した状態であれば、実弾は無効、敵兵も簡単には近づけない。

 負ける要素といえば、今のジャックの精神状態。


「……」


 おかげで、不安が抜けずにいる。

 先ほどの夢もそうだが、同時に思い出したこともある。

 リリィ達との闘いの後、師匠であるザラムの元で、再び修行を行っていた時だ。


『お主には、まだ魔力を完全に制御しきれない心の迷いが有るようじゃ、いや、捨てられない過去、認められない現実があるのじゃ、故に、お前は本来の力を出し切れておらん』

「……捨てられない過去、か」


 ザラムの言葉には、確かに心当たりは有る。

 確かに、今でも過去を捨てられずにいる。

 それでも、目の前の仲間を守れる力さえあれば、それでよかった。


「(……そうだ、俺は、仲間を守れればそれで良い!目的を果たす、今度は負けない、今まで俺は!俺、は……)」


 かつてレリアにも言った事。

 どんな形であれ、目的を果たした方が勝ち。

 それがジャックにとっての正義。

 だが、ジャックは気づいてしまった。

 自分が内心掲げていた本来の目的。


「(何が良いんだよ、俺は、一体何人死なせた?何人守れなかった?)」


 仲間を死なせない。

 それが、ジャックが掲げていた目的だ。

 死なせた仲間よりも、多くの仲間を救ってきたかもしれない。

 だが、それでも死なせた事に変わりは無い。

 守るといいつつ、いくつもの命が彼女の手から零れ落ちた。

 その罪悪感が、どういう訳か今になって襲い掛かる。


「う、ぐ」


 襲ってきた罪悪感によって、ジャックの集中力は途切れた。

 その影響で、高まっていた体温は一気に冷め、敵の接近を許してしまう。


「今だ!」

「抑え込め!」

「ッ!!」


 複数人からの刺突によって、ジャックの体は串刺しにされる。

 槍や剣で貫かれたジャックは、自由を奪われてしまった。

 体温を再燃させようと、エーテルを操作しようとするが、乱れた意思がそれを許さない。

 それどころか、通常の身体強化さえもロクに扱えなくなってしまっている。


「(どうなってやがる!?チクショウ!何で、何でこんな時に集中できない!?)」

「今だ!撃て!」

「人類の崇高なる世界の為に!」

「崇高なる世界の為に!」


 例のフレーズを吐いた途端、ジャック達の居る場所は爆散。

 残存していた重戦車による砲撃だ。

 通常のタンクと違い、そんじょそこらの榴弾とは比較にならない威力の攻撃。

 これによって、ジャックを抑え込んでいた兵士達は蒸発。

 ジャックもそれなりのダメージを負ってしまう。


「ガアアア!」


 バルチャーの装甲を無くしながら、ジャックは地面に転がる。

 今の彼女は、よだれが出る程恰好の的。

 重戦車部隊は、容赦なく砲撃を続行していく。

 ドローン操作さえ行えないジャックは、爆発につつまれていく。

 今のジャックは、とにかく耐えるしかなかった。


「ッ、はぁ、はぁ」


 砲撃は止み、辺りに土煙が舞うなか。

 数十発の砲撃を受けながらも、ジャックは必死に立ち上がろうとしていた。

 かすむ視界、全身の激痛、上がっている息。

 ただでさえ精神状態が不安定だというのに、これでは再生も満足に行えない。


「はぁ、はぁ……まだ、まだ、終わって……」


 刀を杖代わりに、何とか立ち上がったジャック。

 武器は手に持っている刀だけ、それでも戦おうと周囲を見渡す。


「……敵が引いてる?」


 彼女の耳でも、確かに解る。

 敵が尻尾をまいて逃げ出している。

 これまでの必死さを考えると、とてもあり得ない行為だ。

 だが、この状況の意味を悟り、上を向いた時にはもう手遅れだった。


「ッ!!」


 突如降り注いだ光の柱。

 雲を貫き、地を割る槍のような一撃が、ジャックを呑み込んだ。



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