勝者と敗者 中編
爆破された地下の通路にて。
ザイーム達は部屋のエレベーターで逃げたが、ジャック達は爆破に巻き込まれてしまった。
だが、二人は生き延びていた。
「はぁ、アンタの予測通りだったな」
「ああ、だが、私の予測とやり方を、しっかりとやり遂げる君も、相変わらず凄い物だ」
爆破の前。
爆破される事を読んでいた少佐は、部屋を出た瞬間にジャックにしがみついた。
そして、ジャックは言われた通りに、エレベーターへ直行。
爆破される前に、エレベーターシャフトの中へ逃げ込み、難を逃れたのだ。
「しっかし、よくもまぁこうなるって予想できたな」
「あの部屋には、エレベーター機構のような物が有った、あいつ等はあの部屋ごとここに来ている、なら、このエレベーターと、無駄に長い通路は何のために有るのか、そう考えると、あいつ等がやる事は一つ」
「気に入らない奴を、生き埋めか」
「ああ、修復の方は、地盤沈下の工事だのと言ってしまえば、表に気付かれにくい」
「成程な」
少佐の予測に感服しながら、ジャックはシャフトを登って行く。
先ほどの爆破の衝撃でできた、周辺のコンクリートのヒビに指をかけ、少しずつ上へ進む。
少佐を担いでいるせいで、指の負担が大きいのがネックだ。
「……やっぱり、あのオペレーションを実行するか?」
「当然だ、我々が彼らの要求を断ったいじょう、もう我々は用無しだろうな」
「そうか、七美が、守ってやれるといいが」
「……」
「どうした?」
「いや、私の取り越し苦労だと願う」
シャフトを上がりながら、少佐はオペレーションの発動を決めた。
だが、彼の腹の内では、心配事が巡っている。
七美は、リリィ達と一緒に調査へと赴いた。
もしも、その調査の最中に何かトラブルがあったら。
そんな不安を、取り越し苦労である事を、少佐は願う。
「(だが、そうでなかったら、基地で必要以上の犠牲がでる危険がある)」
「……奴らの狙いは、リリィなのか?それとも、マザーか?」
「……恐らく、マザーだけだろうな、彼らは特異点を超えたアンドロイドは、忌むべき対象としている」
「だが、量子コンピューターは欲しい、か」
難しい顔をする少佐に、話題を変える名目で、ジャックは話を振った。
量子コンピューター・マザーの存在自体は、一般市民を除いて、随分前から知れ渡っている。
政府関係者としては、喉から手が出る程欲しい物だろう。
だが、リリィ達アンドロイドは、真っ先に切り捨ててもおかしくない。
そんな話しをしている内に、エレベーターへ到着する。
「ついたか」
「ああ、今、床を壊す」
「わかった……」
ジャックは、エレベーターの床を引きはがし、内部へ侵入。
すぐさまエレベーターから出ると、周囲を気にしながら議事堂の外へと出る。
その間に、少佐は思い出したジャックの言葉の意味をたずねる。
「……ジャック、お前は、自分の事を負け犬だと思っているのか?」
「いきなりなんだ?」
「さっき自分で言っていただろ」
「まぁな、だが事実だ」
「事実?」
「そうだ」
こっそり議事堂の外へと出ると、ジャックはオペレーション開始の合図を行おうとする。
体内に隠しておいた信号弾を、無理矢理引き出す。
巻いていたビニールを取り、信号弾を上に構え、引き金を引く。
それと同時に、少佐からの質問に答える。
「一部では百戦錬磨の精鋭部隊なんて呼ばれているが、実際俺は、戦争に勝った事が無い」
「……君にとっての勝利は、随分と複雑なんだな」
撃ちだされた信号弾は、黄色の煙幕を撒きながら、上へと昇って行く。
これで、オペレーションの開始が、同士達に伝わる。
それが終わると、ジャックは信号弾を捨てて、二人で議事堂の敷地内から出る。
警備が有るには有るが、これでも二人は隠密部隊の出。
少佐も、多少の鈍りがあるが、まだまだ現役と言える動きを見せてくれている。
「流石だ少佐、ブランクがあるとは思えねぇ」
「誰が君に潜入のイロハを教えたと思っている」
「そうだったな、けど無茶すんなよ、もう歳なんだから」
「まだまだ若いのには負けん」
そんな軽口を叩きながら、二人は敷地から脱出。
近くに停まっていた車を見て、笑みを浮かべながら手を振る。
すると、車の運転席の窓が開き、サングラスをかけるダークエルフの少女が顔を出す。
「よう、予定通りだなメイル」
「……はい、では急いで乗ってください、信号弾は見ました」
「そうか、では、さっそくベース224へ向かってくれ、そこから本格的に始める」
「了解」
彼女はメイル伍長。
ダークエルフでありながら、標準語で話す珍しい人物だ。
それと、基本的に任務中はあまりはっちゃけてくれない。
内面は良い奴なので、単純にクソ真面目なだけである。
彼女の乗る車に乗り込んだ二人は、そのまま彼らの基地へと移動を開始。
正に未来都市と呼べるような往来を、交通規則を守りながら走る。
「ご無事でなによりです」
「ああ……まだ助かったとは言えないがな……俺の武器は?」
「そちらに」
「あんがとよ」
移動中、怪しい音を聞いたジャックは、メイルに預けていた武器を回収。
新しい刀と、何時もの454マグナム。
この二つを受け取ると、襲撃に備える。
「追跡は?」
「確認できるだけでも五台」
「……よし、メイル、できるだけ距離を稼ぎながら、エリアD-57へ」
「了解!」
少佐からの命令を受けたメイルは、素晴らしいドライビングテクニックを駆使して移動を開始。
路地裏を通ったり思いっきり逆走したりしていき、もう追跡者だけでなく、警察からも狙われそうなルートで進む。
おかげで、車内は震災みたいな状態。
助手席にシートベルトを使って座る少佐と違い、ジャックは後部座席。
しかも、装備を整えるために、ベルトをしていなかったせいで、車内のあちらこちらに激突している。
「ちょ!逃げるのも良いけど!もうちょっとデリケートな運転できねぇのか!?」
「安心してください、これでもワイスピ全部視聴しているので!」
「映画見ただけでこのテク!?てか、全然信用できねぇ!」
「何かと聞かれると、三代目の大泥棒みたいな無茶ぶりだな」
「確かに、ですが安心してください、これは四駆です!」
「そう言う問題じゃねぇ!(マジメでもやっぱダーエルか!)」
そんな軽口を叩きながらも、メイルはその運転技術をフル活用して逃走する。
彼女の才能もあるのだろうが、非常事態でなかったら、免停どころではない。
とはいえ、この車は、メイルがエーラに頼んで作って貰った特別製。
車全体の防弾加工は勿論、色々なギミックも搭載されてある。
警察の妨害程度であれば、容易く振り切れる性能を持っている。
ぜっさん逆走しながら、メイルは信号無視上等でアクセルを吹かせる。
そんな彼女達の車へと、前方から追跡してきたワゴン車が突っ込んでくる。
「ちょ!前!前!」
「大丈夫です!」
ジャックの心配を他所に、メイルは当たり場所を微調整。
体当たりしてくる車を正面から受け止める。
それによって、とてつもない衝撃と慣性が発生。
「え?」
ジャックのマヌケな声も仕方がない。
明らかに質量は向こうの方が上。
しかし正面から突っ込んできた車は、後方から跳ね上がりだす。
ジャック達の乗る車の上を回転しながら飛んでいき、後ろの道路へと落ちていく。
しかも、見る限りではメイルの車は、少しへこんだ程度。
「ふぅ、私の愛車を正面から止めようなんて、無謀な事しますね」
「お、おう……(この後、俺が敵を引きつけるプランなんだが、コイツで轢き飛ばすだけで十分な気がしてきた)」
――――――
敵の追撃を退け続ける事数十分。
何度も襲ってきた追跡者たちの車を弾き飛ばしながら、目的地のスラム街にたどり着く。
半ばスラムのような場所で、周辺には宿無しの人間が屯する場所。
追跡を振り切りながら、その内の一角の廃墟へ入り込む。
「つきました」
「よし、ジャックここで別れよう……ジャック?」
「オロロロ……」
作戦通り、ここで別れて、ジャックが敵の一部を足止めする。
その手順を踏もうとしていたが、ジャックはすっかりリバースしてしまっていた。
一応、ちゃんと窓から顔を出している。
とはいえ、色々ツッコミどころもある。
「……バルチャーでビュンビュン飛び回ってる奴が、車酔いとは」
「う、うるせぇ、それとこれとは全然違うんだよ、ウエッ」
「まぁいい、メイル、ジャックの足は?」
「ここに記してあります」
三人の逃げ込んだ廃墟の商業施設。
その入り口近くの大広間には、メイルの乗る車の模倣品が置いてある。
それを囮に、ステルス機能を発動させた車を使って、メイル達は別の場所に隠れる。
ジャックは残り、敵の無力化を始めた瞬間に逃走を再開。
後を追う為の足は、メイルが予めいくつか隠しておいた物を使用する。
その隠し場所を記した紙を受け取ったジャックは、車から降りる。
「よし、俺は後から行く、見つかるなよ」
「解っています、大尉、ご武運を」
「そっちも、幸運を祈る」
「気を付けろよ、奴らがここまで追ってきているという事は、それだけの自信が有るって事だ」
「わかった」
少佐達はステルス機能を発動し、息を潜める。
外に出たジャックは、迎撃のために身を隠す。
――――――
ジャックが身を隠した数分後。
三人を追跡していた全ての車が到着。
エーテル・カービンと、高周波ブレードを持つ彼らは車から降り、廃墟を包囲。
三個分隊の規模が廃墟へと突入していく。
「よぅし、ヴァルキリー隊の初陣だ、そろそろ古い連中には、ご退場願おう、人類の崇高なる世界の為に」
到着したのは、ヴァルキリー隊の面々。
取り回しが良く、室内戦では効果的な威力を持つカービンを構えながら、クリアリングを始める。
数人ずつ分かれていき、洗練された動きで行動する。
「こちらデルタ1、二階に到着、これより行動を開始する」
元はショッピングモールだったこの廃墟。
隠れる所も逃げる所も多い。
出入り口になるような場所は、罠や見張りをたてているので、何かあればすぐに連絡が来る。
「しっかし、俺達精鋭の俺達の初任務が、テロリストの始末とはな」
「ああ、しかも、たった二人にこの人数とは」
「上の連中は何を怯えてんだろうな」
光の射さない部屋の中を、暗視装置を使って捜索を開始。
その中で、隊員達は無駄口を叩き出す。
司令部から伝えられているのは、軍から脱走した元司令官と、その護衛。
この二人を抹殺しろとの事だったが、随分前から訓練を続けて来た彼らには、少々刺激が少ない。
動きだけは身体に染み付いているので、見かけは良い。
だが、内面はまだまだ新兵。
そんな彼らへ、上から大量の銃弾が降り注ぐ。
「ッ!何だ!?」
「上からだ!」
天井を突き破り、降り注ぐ454マグナムをものともせず、上の階へと発砲。
崩れる瓦礫と共に、ジャックも一緒に降りて来る。
煙に紛れながら彼女が部隊の中央に降りたのを見た部隊達は、正常な判断を欠く。
一気に吹き出たアドナリンの影響だ。
現場に慣れていない事が災いし、ジャックの方へと発砲する。
「ウヲオオオ!」
「死ね!死ね!」
「バカ!そっちには味方が!どわ!」」
組まれていた円陣の中央にいたジャックへの発砲。
それは、味方に向けて撃つ事も同じ。
使用しているエーテル・カービンは、戦闘スーツを貫通。
着弾した部分の身体を削る様にして、ダメージを与える。
「ッ、しまった」
「おい!あいつは何処だッ」
フレンドリーファイアに気づき、すぐに発砲を中止。
そのすぐに、ジャックを探そうとする兵士は、肘鉄を頭部に受けてしまう。
割れたヘルメットに向けて容赦なく発砲し、間髪入れずに隣にいた兵に回し蹴りを放つ。
「フン!」
「ゴっ」
「ッ、蹴り一発で……この化け物が!」
ジャックの蹴りで、首を飛ばされた姿を見た生き残りの一人。
彼は転がっていた仲間の武器も取り、ジャックに向けて発砲。
スーツのおかげで、反動を気にせずに連射を行えるが、無意味だ。
ジャックは、まだ生きている隊員二人を、念力で持ち上げ、盾代わりに前に出す。
「ッ!?卑怯者が!」
「女一人相手に、大人数でくる奴に言われたくない」
「い、いつのま」
前方に集中しすぎたせいで、ジャックの接近に気付かず、蹴りで首をはねられてしまう。
そして、ジャックは倒れ込む隊員達の中に、生き残りを探しだす。
同士討ちの時点で、半数近くが倒れたが、全員致命傷という訳ではない。
彼らの使っていたカービンを拾い上げ、生存者に向けて発砲する。
「グ!」
「ガ!」
「ダ!」
「あとは……クリア……ん?」
生き残っていた三人の頭部に発砲。
その後、倒れている面々の心臓にも一発ずつ撃ちこみ、銃は捨てた。
そのまま去ろうとするが、兵士の首の断面に違和感を覚える。
銃をしまい、刀を引き抜いたジャックは、腕を斬り落とし、その断面を観察する。
「……金属製の人工皮膚と筋線維……こいつはまるで、アリサシリーズだな」
見た限りでは、リリィ達の義体に構造は似ている。
ドレイクのように、全身をサイボーグ化させているようだが、少し違う。
と言っても、大雑把な部分は同じだ。
違うのは使用されている素材。
リリィ達の物は、エーテル制御等の為に、一部に有機繊維を用いている。
だが、彼らの物は全てが金属でできている。
「……コイツは、基地に持ち帰るか」
サンプル様に、斬り落とした多くの手足を、バックパックに入れる。
しかし、こうしている間に、少々後悔があった。
せめてサンプルとして、頭部や心臓も持ち帰れるとよかった。
「ま、他にもいるし、サンプルとしては十分だな」
「こっちだ!」
「居たぞ!攻撃しろ!」
「……素人共が、ま、良い研究材料が来てくれたな」
――――――
その頃。
外で待機していた車内にて。
「……デルタ1はロスト、そして、次はデルタ2がロストするか……流石だ、ジャック」
全ての車両では、運転手を除いて全て廃墟の制圧に取り掛かっている。
だが、彼だけは一人残って待機していた。
命令違反であるが、彼のやり方の一つでもある。
「これだけ派手にやるという事は、もうじきあの男は逃げるか」
何とも渋い声で独り言をつぶやきながら、男はヘルメットを取って素顔をさらす。
褐色の肌に、白い髪をもつ初老のダークエルフ。
エレティコは、戦斧を手に、車から降りていく。
それと同時に、どこからかエンジン音が鳴り響く。
彼の予想通り、少佐達の乗る車は逃走を開始したのだ。
「……お前たちは見逃してやる、だが、俺の部隊を壊滅させたツケを払って貰うぞ、ジャック・スレイヤー!」




