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エルフとガイノイドの百合劇場  作者: B・T
マリーゴールド編
236/343

勝者と敗者 前編

 基地が襲撃を受ける数日前。

 ジャックと少佐は、議事堂に呼び出されていた。

 今は少し待って欲しいと言われて、無駄に豪華な調度品の並ぶ部屋で待たされている。

 そんな待機時間の中、ジャックの表情は曇りに曇っていた。


「あ~、ちくしょ~、分かり切っていたとは言え……はぁ」

「……」


 理由は簡単。

 先日の選挙で、子供でも分かる位の差を付けられて敗退したのだ。

 一応のロビー活動はしていたが、今回当選した派閥の支持率を覆すにはいたらなかった。

 それはどれとして、ジャックは自分の目の前に座る少佐に視線を送る。


「……あああ!クソ!マジでこれどうすりゃ良いんだ!?少佐ぁ!」

「はいはい、少し静かにしていろ」

「チ」


 呑気に新聞を読む少佐に、ジャックは舌を打った。

 解り切った結果だったとは言え、ここまで無関心でいられると、流石のジャックも頭に血を登らせてしまう。

 ジャックは、やたらと落ち着く少佐の新聞を取り上げ、選挙結果の書かれているページを見せつける。


「オメェは何でそんなに落ち着いてんだ!?見ろよ!この号外に書かれてる選挙結果!ご友人の政敵さんこっちの倍以上の票取ってんぞ!」


 ジャックの言う通り、陰ながら支持していた少佐の友人より、今回当選した議員の方が圧倒的に勝っている。

 しかもよりによって、その政敵さんの派閥はアンドロイド否定派の中でもかなり過激な方。

 このままゴタゴタが沈静化すれば、リリィ達がどうなるか解らない。

 焦るジャックとは対象的に、少佐はこの事態を予想していたような言動を取りだす。


「そもそも、今回当選したザイーム共の党は、長年にわたって連邦政府の中核のような立ち場に有った、ネットでどれだけ叩かれようと、そう言う機器に疎いお年寄りの方々は、彼らに票を入れてもおかしくない」


 少佐の友人、ジョージの政敵であるザイーム・ウィクトルの当選。

 少佐の言葉も一部合っているかもしれないが、彼らが裏で何かをしていてもおかしくはない。

 このままでは、友人との約束を守る事が出来なくなってしまう。

 それは人の縁を重んじるジャックにとって、それは我慢ならない事。

 バックパックから書類を取りだしたジャックは、それを手に体を震わせる。


「グ、クソ、友人との約束が有るというのに」

「……ジャック、お前の気持ちはわかるが……」

「ちくしょう、ちくしょう……」


 悔やむジャックを見て、少佐は新聞を取り戻しながらも、苦い表情を浮かべる。

 彼女が友情に無駄に熱い事は、少佐も承知している。

 だが、当選結果を覆すというのは、もう不可能だ。


「このままだと……俺達ロリコンの居場所は、更に狭くなる一方じゃねぇかぁぁ!!」

「何の事だ!?」

「チクショウめぇぇ!折角こうして、ロリコンでも暮らしやすい世界を望む方々の署名を集めたってのに!」

「誰だ!?一体だれがそんな物に署名するんだ!?」

「松坂ちゃん、山田さん、武市さん、他五十七名の方々……クッ、無念!」

「その残念な思考をどうにかしろと言っている!!」


 先ほどから残念な事を言い続けるジャックの頭を、少佐は丸めた新聞紙でぶっ叩いた。

 なんとも良い音を立てたが、新聞紙程度ではジャックは止まらない。

 しかたが無かったので、少佐はテーブルの上の灰皿を鷲掴みにする。


「こうなれば、丁度いいし同士達の為に直談判してやらぁ!!」

「いい加減にしろ!このダボがアア!!」

「ヒデブ!」


 使用した灰皿は陶器製。

 地味に重く頑丈なので、ジャックの頭をかち割る程度ならできた。

 そのおかげで『ロリコンにも人権を』などと言う看板を抱えるジャックを止める事に成功。

 今にも小学生名探偵が、駆けつけてきそうな状況が出来上がった。

 そんな最悪なタイミングで、待合室の扉が開く。


「失礼いたします、大統領が、および、で、す……」

「……はぁ、安心しろ、これでも生きている」


 迎えの人にとんでもないタイミングを見られたが、少佐は気にする事無く、着崩れたスーツを直す。

 何食わぬ顔で迎えの人の方へ歩いていくが、その時違和感を覚える。

 どういう訳か、迎えの人の顔は冷静。

 それどころか、階級章を見る限りでは、彼の階級は大佐クラスだ。

 とても送迎に使うような身分ではない。


「(……まてよ、さっきの声、まさか)」

「相変わらずですな、お二人共」


 何となく正体をさっした少佐に気付き、迎えに来た人は帽子を脱ぐ。

 現れたのは、古傷の後が見られる初老の人間の顔。

 少佐の顔は、久しぶりに友人と偶然出会ったような笑みを浮かべる。


「これは、お久しぶりです、イキシア大佐」

「いえ、こちらこそお久しぶりです、少佐殿、大尉殿」


 お互いに敬礼をしながら、旧友との再会に花を咲かせた。

 元ストレンジャーズの将校、イキシア大佐。

 部隊を抜けた後も、正規軍の一人として出世街道を進んでいた優秀な人物だ。

 当時は少尉だったが、何時の間にか二人そろって階級を抜かされていた。


「敬語はおやめください、今は、貴官の方が階級は上です」

「いえ、今の私が有るのは、貴官らのおかげです、失礼な態度は取れません」

「おお、鼻垂れだった少尉さんが、いまや大佐殿ですか、めでたい、めでたい」

「お前はもう少し自重しろ」


 何事も無かったように復活したジャックも、イキシアとの再会を喜ぶ。

 だが、以前のような接し方には、少佐も目を細めた。

 一応軍の人間なのだから、社交辞令の一つでも意識してほしい所だ。

 オマケに、まだ節操を欠くつもりのようで、書類をイキシアにつき出す。


「それじゃ、大佐就任記念に、ここにサインしてくれ」

「は?」

「いい加減にしろ!!クソレズロリコンが!!」

「ドロア!!」

「……相変わらず騒がしい人たちだ」


 ジャックがイキシアに出したのは、先ほどの署名活動の書類。

 どさくさに紛れてイキシアのサインも貰うつもりだったらしいが、少佐のアッパーカットで阻止された。


 ――――――


 数分後。

 ジャックの暴走がようやく終わったので、三人は議事堂の地下へと降りていた。

 地下にあるのは、一部の人間しか入れない特別な会議室。

 流石のジャックと少佐だけでなく、イキシアも、訪れるのは初めての場所だ。

 エレベーターに揺られながら、三人は地下へと向かっていく。


「……噂には聞いていたが、まさか、私達が行く事に成るとは」


 三人の向かう会議室は、大統領と、限られた有力者のみが行く事の出来る場所。

 何の話をしているのかまでは解らないが、ロクな場所でないのは明白。

 ジャックは、少佐の言葉を肯定しながら、イキシアへと質問を投げかける。


「ああ、コイツは、ただ事じゃねぇな……イキシア、何か聞いてないか?」

「私の方も、貴方方をよんで来いと言われただけですので、詳細は存じ上げません」

「そうか、すまん……」


 イキシアの言葉に嘘はない。

 だが、ひっかかるのは、七美達の報告と、最近連邦軍の間で流行っているフレーズ。

 ジャックと少佐は、これらに関係する事だと睨みだす。


「大佐、最近、軍の間で、奇怪な言葉が流行っているとか」

「ええ、現大統領が、選挙のロビー活動の折に、広め出した言葉です」

「……人類の崇高なる世界の為に、か……何ともカルトじみた言葉だ」


 アンドロイドを人間に近づける事への否定、人間こそが世界の中心である。

 それを武器にする彼らの思想を、カルト教団のような方法で広めている。

 七美達から受けた報告の中に、そのような物が有ったのだ。

 じっくり考察したい所だが、その前にエレベーターが到着してしまう。


「ッ、間の悪い……」

「しかたありません、では、この道をまっすぐ行ってください、私はここまでです」

「了解しました、案内、ご苦労様です」

「いえ、無事をお祈りしています」


 イキシアに見送られた二人は、不気味に続く通路を渡って行く。

 そんな二人の後ろ姿を見ながら、イキシアは一礼し、エレベーターの扉を閉める。

 一つの疑問を抱えながら。


「(……あの大尉が丸腰?あまりにも不用心すぎる、そんな初歩的なミスをするような人では無いのだが)」


 イキシアが疑問に思ったのは、ジャックが丸腰という事。

 ここに来る前。

 少佐の拳銃を預かったが、ジャックは銃どころか、ナイフさえ持っていなかった。

 彼女の身体能力であれば、武器無しで色々とできるだろう。

 だが、少佐の護衛ともなれば、せめて何か一つくらいの武器を持っていてもおかしくない。


「(それに、噂ではあの人達は、アリサシリーズ達を匿っているとか……もしそうだとすれば、あの作戦が展開されても、おかしくはないか)」


 ――――――


 イキシアが地上へ戻った頃。

 ジャックと少佐の二人は、件の部屋へと足を踏み入れていた。

 薄暗い部屋に、大きなテーブルが一つとイスが人数分置かれるだけの不気味な部屋。

 そこに腰を掛けているのは、正式に招待されたVIPたち。

 二人の席は用意されていない。

 警戒した少佐は、辺りに視線を散らしながら、ジャックに出来る限り小さな声で話しかける。


「……ジャック」

「(安心しろ、殺意の音は無い)」


 少佐の意図を察したジャックは、周囲に刺客の類が居ない事を合図で報告。

 多少安堵しながら、少佐はこの薄暗い空間で視認できる情報を観察。

 そして、ザイーム大統領含め、VIPたちと顔を合わせる。

 二人は同時に敬礼し、コードネームを名乗る。


「連邦軍特殊工作部隊ストレンジャーズ、サルビア・レウカンサ少佐、現着いたしました!」

「同じく、ジャック・スレイヤー大尉、現着いたしました!」

「……初めまして、かな?国会等で、何度かすれ違っているが」


 怪し気な笑みを浮かべながら、ザイームは二人に挨拶を交わす。

 テーブルの最奥に座る彼と、左右対称に数名。

 種族は多種多様であるが、警戒する事に越したことは無い。

 味方と呼べる人物は、どこにも居ない。

 それよりも、彼らがどんな要件でここへ呼んだのか、少佐は打ち明ける。


「それで、今回はどういった件で、我々を?」

「……単刀直入に言おう、君は、今の社会をどうおもう?」

「……」


 ザイームの問いかけに、少佐は首を傾げた。

 連邦発足から、およそ八十年余り。

 バラバラだった世界は統合され、人類は宇宙にまで進出。

 それでも争いの火種だけは、残されていた。

 その火種を消したと思っても、何度も何度も燃え上がり、半年ほど前にようやく鎮火した。


「現状は、長くは続かなくとも、平和であると認識しております」

「……そう、確かに、現状は平和そのものだ」


 少佐の回答に、ザイームは頷く。

 だが、回答の一部に賛同しただけのように思える。

 ジャックの耳からしてみれば、野心の声がしている。


「だが、まだ不完全だ、私が望む、人類の崇高なる世界には、程遠い」

「……崇高なる世界?」

「そうだ、争いは無くなったが、貧富の差、飢餓、エネルギー問題、それらは未だに解決していない」

「ええ、それで?」

「全ての問題を解決し、外宇宙へと更に文明を広げる、それこそが、人類の崇高なる世界と言えるだろう……その目的の為にも、君達には、我々の計画を後押ししてほしいのだ」

「……」

「……」


 ザイームの言葉を聞くジャックと少佐は、彼の言葉には賛同できなかった。

 一見すれば、良い事に聞こえるのだが、どうも腹の奥が見えない。

 何しろ、煮え切らないセリフばかりで、信用さえもできない。

 そんな彼へと、少佐は反論する。


「私にとっての平和と、貴方にとっての平和は、どうも違うように思えますが」

「誰だってそうだ、誰にでも思う平和が有る」

「……では、貴方の思う平和とは?」

「……全てに厳格なる裁定と、調和をもたらす、それこそが、人類進化であり、万物の霊長たる人類のあるべき姿でないか?その世界を作る為には、君達の力が必要になる」

「……くだらねぇ」


 ザイームの思う平和。

 それを聞いたジャックは、目を細めながら否定した。

 彼の発する言葉にのったエーテルは、彼女に真実をもたらした。

 言葉に混ざる彼の本物の平和に、ジャックは酷く拒否反応を示す。


「……君の発言は聞いていない」

「うるせぇ、テメェの考える平和に何がある?ただの虚無じゃねぇか、俺は勿論、少佐も、そんな事容認できねぇ」

「ずいぶんと言うな、君も我々連邦政府に尽くしてくれたというのに」

「ッ」


 本来であれば、口を慎むべきなのだろう。

 だが、それ以上に、ジャックの怒りは強くなっていた。

 特に最後の言葉だけは、流石のジャックも認められず、テーブルを踏みつけだす。


「何時誰がテメェらクソの為に戦った!?俺は、何時だって俺の為に戦っている!!ついた陣営が、たまたまテメェらだっただけだ!まかり間違えば、俺はテメェらの首を貰っていた!!」

「……サルビア君」

「ッ、な、何でしょう?」

「飼い犬のしつけ位、しっかりしたらどうだい?どうやら、思考する力もないようだ」

「も、申し訳ございません」


 怒りを爆発させるジャックを前に、ザイームは一切動じなかった。

 それどころか、ジャックの神経を逆なでする言葉ばかり使う。

 だが、少佐にとって、彼らははるか上に居る存在。

 頭を下げるほかない。

 きっちりと頭を下げる少佐の事を、テーブルから足を離したジャックは無理矢理立たせる。


「少佐、コイツらに頭何か下げる必要は、ない!」

「ッ」

「ほほう、どうやら、君の耳は本当に特別なようだね」

「……ああ、テメェらは、絶対に償えねぇ罪を犯そうとしている、しかも、テメェはそいつを自覚してやがる」

「ジャック、いい加減放せ」

「あ、すまん」


 少佐から手を離しながら、ジャックはここに居るメンバー全員を睨む。

 その目には殺意がこもっており、その気になればここに居る全員を殺す気でいる。

 だが、今はその時ではない。

 沸き上がる殺意を抑えるジャックを前に、ザイームは反論しだす。


「……罪、そして償い、か、君のような勝者であれば、分かる事だろうに」

「勝者?俺はただの負け犬だ」

「そうか、ならば解らないだろう……罪や償い、そんな物は、敗北し、全てを失った者が、生きる言い訳を探した結果だ、すなわち」


 相変わらず、ジャックの神経を逆なでするザイームは、更に言葉を続ける。

 それこそ、ジャックの理性を消し飛ばす程の。


「絶対的な勝者というのは、なんの罪に問われる事は無い」

「ッ」

「ジャック!抑えろ!」

「……」


 一歩踏み出し、ザイームの元へ向かう前に、少佐はジャックを静止した。

 少佐のおかげで、踏み込みで床を割るだけで済んだ。

 その事に感謝しながら、ジャックは懐から煙草を取りだし、魔法で火を付ける。


「……すまん」

「いい……しかし、大統領、彼女がここまで拒否反応を示す以上、私も賛同しかねます」

「……そんな狂犬の言葉を真に受けるのか?」

「それも有りますが、彼女をただの狂犬としか見れない貴方では、我々を使いこなす事はできないでしょう」

「……そうか、釣れた大魚を、わざわざ逃がすか……まぁそれもいいだろう、下がって良し」

「……では」

「チ」


 少佐は、彼らにもう一度敬礼し、部屋を出て行く。

 対して、ジャックは吸っていた煙草をポイ捨てし、地面に踏みつける様に火を消す。

 扉が閉まると同時に、彼らの居る部屋は一部変形し、上へと移動する。

 退室した彼らをみて、ザイームは込み上げて来る笑いを、何とか抑え込む。

 それは、周りのVIPも同じ事。

 ジャックの発言には、あまりにも幼稚という事に、失笑を禁じえなかった。


「これだから、若い人間と言うのは、ククク」

「まぁ、よいではありませんか、若いうちは、ああして無鉄砲なほうが」

「じゃが、これでは目的に一歩遠のいたのではないか?」


 VIPの一人が言い放った素朴な疑問。

 彼らの計画は、少佐とジャックの事を取り込む事も前提に考えられている。

 しかし、ザイームはその対処方の一つや二つ、予め考えている。


「ご安心を、優秀な政治家と言うのは、しっかりと用意してあるのですよ、第二、第三の刃を」


 そう言い、ザイームは指を弾く。

 すると、彼らが居た階の辺りから、爆音が響き、強い振動が襲った。


「もう君達は用済みだ、我々の求める物は、あれだけだ」




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