オペレーション・ダンディライオン 前編
ルシーラとの闘いから、一か月以上が過ぎた。
カルミア、ヘリアン、イベリスら三名は、リリィの亡がらを運びながら、ダンジョンをさ迷っていた。
以前、リリィ達が迷い込んだような、坑道のような道とは違う。
レンガ造りの、ひと昔前のゲームのダンジョンのような景色が広がっている。
「……あの、何時になったら基地に戻れるのですか?」
「……このペースでいけば、後二時間」
「ようやくですわね」
三人は、報告と修復のために、一度基地への帰還を決めた。
だが、基地の地下にあるダンジョンの入口、そこへ通じる転移装置は、起動されていない。
なので、この広いダンジョンを、徒歩で移動しながら、基地へと戻っているのだ。
一番良いのは、最寄りの転移装置から、基地から一番近い転移装置へ、転移する事なのだが、それは叶わない。
その事を、カルミアは何食わぬ顔で愚痴る。
「せめて、どっかの転移装置が使えれば良かったんだけどねぇ」
「……ッ」
カルミアの言葉に、イベリスはサイドアームである手斧を握り締め、カルミアへと食い掛ろうとする。
「貴女が以前暴れ回ったせいでしょう!おかげでレッドクラウンは要注意指定の魔物に登録されて、わたくし達に有無を言わさずに襲いかかって来る始末ですわ!!」
こうなっている理由は、ほとんどカルミアのせいだった。
ヤサグレ時代の彼女が、山で機銃掃射を行い、港町でミサイルをばらまいたりしたおかげで、レッドクラウンは指名手配のような物をされている。
そのせいで、レッドクラウンを見つけた冒険者達は、イベリス達の説得に応じる事も無く、襲いかかってくるのだ。
おかげで、極力冒険者に出くわさないように、迂回する事も何度か有った。
そのウップンをぶつけようとするイベリスを、ヘリアンは何とかなだめようとする。
「イベリス落ち着いて」
「これが落ち着いていられまして!!?」
「悪かったって」
まさか暴れた事が、こんな所で影響を出すとは、カルミアも思っていなかったようで、自分で言っておいて、ショックを受けていた。
とは言え、言い合っていても仕方がない。
何しろ、補給もつきかけており、装備もガタガタなのだ。
こんな所で、無駄な時間を使う訳にも行かないと、イベリスは一旦落ち着く。
「はぁ、とにかく、今は歩きましょう」
「そう、それがいい」
「……ところで、イベリス、左腕はどんな具合?突貫だし、ガタがあったら、すぐに言って」
「現状に問題はございませんわ、少し重心が傾いている位で……あなたの方こそ、大丈夫なのですか?」
「何とかね」
現在のイベリスは、ルシーラ戦で負傷した左肩に、無理矢理サブアームと盾を移植している。
カルミアの言う通り、強引な施術なので、安定性には欠けている。
とは言え、それはレッドクラウンも同じ事。
予備パーツを使って、何とか応急処置をしたが、先の戦闘でバックパックを紛失し、満足な修復を行えていない。
なので、コックピットはむき出し、半身は大破したままで、何とか歩けている状態。
だが、そんな状況でも、ヘリアンのおかげで、難をしのげている。
「でも安心して、二人の事は、私が守るから」
「頼りにしておりますわよ、一番損傷が少なかったのですから」
「そうそう、何か戦闘に参加してるようで、あんましてなかったからね、アンタ」
「合理的と、いって欲しい」
そんな二人が居ながらも、三人が無事にいられたのはヘリアンのおかげだ。
リリィから拝借したガーベラを使い、何とかここまで来ることができた。
何しろ、彼女だけは、胴体を切断された程度で、表立って戦っていなかった。
それも有って、ほとんど万全の状態で魔物と戦い続けている。
「ま、おかげで、こうして安全に戻れてるんだけど」
「そう言う事」
「ところでカルミア、お聞きしたいのですが」
「何?」
「例の、新型の義体というのは、もう完成しているのですか?」
内心ヘリアンに感謝しながらも、三人は目的地へと移動して行く。
とは言え、ただ帰る為だけに、こうしてノコノコと逃げている訳ではない。
置き去りにしてしまったデュラウスと七美を、何としてでも連れて帰り、ルシーラへのリベンジを果たす。
その為には、エーラが制作しているという、新型の義体が必要になる。
まだ制作段階らしいので、イベリスは開発状況を、カルミアに訊ねた。
「アタシが見た限りでは、基礎理論の構築が、半分くらい済んでた程度だったからな……エーラがしっかり休養とって、好意率よく作業してれば、一体位はできてんだろ」
「多分そう、私が確認した時には、右足だけ、できてた」
「そうですか、では、それをリリィに……あ」
できる事であれば、リリィにその新型の義体を渡す事ができれば。
そう考えたイベリスだったが、重要な事を忘れていた。
リリィのドライヴは、ルシーラによって破壊されている。
量産型を使えば、どうにかなるかもしれないが、活動限界時間の短い部分がネックだ。
「……どうしましょう、義体があっても、肝心のドライヴが」
「しかたがない、今は、リリィを治す事に、専念しよう」
「そうだな、ほら転移ポータルが見えて来た、基地までもう少しだ」
歩く事一か月半。
三人は何とか、基地の入口へと到着した。
その安心のせいで、心なしか、義体の重量が一気に重くなった気がした。
何しろ一か月以上歩きっぱなし、アンドロイドの身でも、やはり補給なしは辛い。
「さて、七美さんの事、エーラさんに何と申し上げれば……」
「むしろ、それダシにすれば、快く義体渡してくれそうだけど」
「そんな事できませんわよ」
「……」
「ヘリアン?」
目的地に到着し、浮かれるイベリスとカルミアだったが、先に足を進めるヘリアンは、表情をけわしくしていた。
彼女の表情が、冗談ではなく、本気の物だと感じるなり、イベリスも手斧を片手に、警戒を強める。
「何かありまして?」
「……銃声」
「ッ!?なんですって!?」
ヘリアンの言葉を聞き、三人は急いで基地の内部へと入り込む。
すると如何だろうか、基地の電力は落ちており、非常灯によって、赤く染まっている。
辺りからは銃声や爆音が響き渡り、完全に戦闘状態に陥っている
「一体、何が」
「とりあえず、上へ、昇降機は無事」
「よし、行くぞ」
一先ず、状況の確認を行う為に、ヘリアンの見つけた昇降機を使い、上の階へと移動する。
上がって行く度に、銃声や爆音は強くなっていく。
現状、攻撃を受けているのは明らかであるが、こんな事をする勢力が解らない。
ナーダの残党は、もうこの基地を攻めるだけの戦力を持っていない。
魔物達も、下手に刺激しない限り、これだけの攻撃をしてくる事は考えられない。
だが、警戒するに越したことは無く、三人は戦闘態勢をとりながら、上の階へ到着する。
「ッ!」
「クソッたれが!グアっ!」
「チクショウ、やりやがったな!」
「危ない!」
上の階に到着するなり、二名のストレンジャーズ隊員を発見。
内一名が被弾し、もう一人は、銃撃をされた方へ打ち返しだす。
しかし、敵は彼へと数倍の規模で打ち返してきたため、イベリスは早急に身を乗り出す。
「ッ!お前は!」
「じっとしてくださいませ!」
「カルミア!牽制射撃!」
「了解!」
イベリスは、無理矢理移植したシールドを使い、銃撃を防ぎ止めた。
その後、ヘリアンはカルミアへ指示を出し、レッドクラウンの頭部バルカンを向けた瞬間。
カルミアは、相手の正体に目を見開く。
「お、おい、何で連邦軍の連中が!?」
「気にするな!撃て!奴らは敵だ!」
「……そう言う事なら!」
カルミアが見つけたのは、連邦軍の正規兵たち。
余計に状況のつかめなくなったカルミアだったが、ストレンジャーズ兵の言葉のおかげで、射撃を行う。
向かってきているのは、分隊規模。
カルミアのバルカン斉射に合わせ、ヘリアンも射撃を行い、イベリスも砲撃を開始。
おかげで、連邦兵たちは、一時的に引いていく。
「……退いた……でも、一人」
「ええ……あの、一体何が」
一人を犠牲に、連邦兵たちが逃げて行った事を確認したイベリスは、守っていた味方から離れ、状況を聞き出す。
その時、ストレンジャーズ兵は、イベリス達の事を睨むように見たが、しぶしぶ何が起きたのかを話す。
「……オペレーション・ダンディライオンが、発令された」
「ッ!……という事は」
「ああ、選挙は惨敗、俺やアンタ等は、今や反政府勢力さ」
「そ、そんな」
オペレーション・ダンディライオン。
少佐とジャックが、もしもの時に備えて用意していた緊急作戦。
内容は単純、逃げる事、生き残る事を、何よりも優先する事。
以前から、連邦政府内で、ストレンジャーズに対し、好ましくない動きは有った。
リリィ達アンドロイドの保護、軍や政府その物への反発。
こうして攻撃するための大義名分が出来れば、こうなる事は、想像に容易かった。
その予防策として、隊内全員に通達されていた事だ。
「……とにかく、ここでじっとしていても仕方がない、逃げ場のルートAに向かうところだ、お前たちも来い」
「……わかりましたわ、こうなったのも、わたくし達の責任、しっかりと護衛いたします」
この基地では、避難場所が二か所用意されている。
ルートAとルートB
このどちらかから逃げる事に成っている。
もう一人の隊員には悪いが、持っていた装備品を回収し、遺体は放置。
彼らが向かっていた、ルートAの方へと、移動を開始する。
「そうだ、紹介が遅れたな、俺はカルロス上等兵だ、アンタ等の事は聞いてる」
「そう、なら紹介は省く……ッ!ここも!」
「クソが、人間どもめ!!」
もはや基地中連邦の正規兵であふれている。
室内という事も有って、レッドクラウンの動きは制限され、過剰な威力の武器は、あまり使えない。
そんな事を言い訳にしても、攻めて来る連邦兵が減る訳ではない。
「居たぞ!アンドロイドだ!」
「撃て!人類の崇高なる世界の為に!」
「崇高なる世界の為に!」
「何?このカルト集団」
そのもどかしさや、他の隊員達の安否を気にしつつ、敵兵を排除し、目的地へと向かっていく。
妙にカルトじみた事を言っていた事は無視し、必死に避難場所へと向かう。
目的地であるルートAは、転移装置の有る基地の中腹。
まだ敵の部隊は、そこに集中していないようだ。
基地内の構造は、それほど詳しく報告していなかったおかげだろう。
「……それにしてもお前ら、その傷は」
「説明は後、踏んだり、蹴ったりな事に、変わりは無い」
「そ、そうか」
カルロスも、以前の戦争に参加していた隊員の一人。
なので、今のイベリス達の損傷具合で、何があったのか気になるが、今はそれどころではない。
ヘリアンもイベリスも、カルミアも、この状況に憤りを感じている。
この基地は、イベリス達姉妹にとって、シルフィ達との思い出の場所。
そこが、見るも無残に破壊されている。
シルフィを奪われ、敗走し、その挙句に、連邦軍からの攻撃。
あまりにも不運が重なっている。
「……もうじき」
「ああ、見えて来た……おーい!俺だ!アンドロイドの嬢ちゃんたちも居るぞ!」
「おお!この野郎、よく生きてたな!」
苦しい思いをしながらも、何とか目的地へと到着。
カルロス達を認識した隊員達は、築いていたバリケードを緩め、受け入れてくれた。
レッドクラウンは入れないので、バリケード前で応援に加わる。
室内に入るなり、生存者たちでひしめき合う光景が、ヘリアン達の目に入る。
「良かった、こんなに生存者が」
「ですが、何時ここが発見されるか……」
「お、お前ら!」
大勢の生存者を前に、安堵していると、群衆の中からエーラが飛び出してきた。
スーツに着替える余裕さえなかったのか、汚れた白衣をまとっている。
「何でお前らが?」
「事情は後で説明いたします、早く避難を」
「……無理だ、妨害電波のせいで、避難場所へのワームホールが開かないんだ、今は全力で対処に当たっている」
「そうですか」
エーラ達は脱出のためにこうしてここに移動したが、肝心のポータルが使用不能になっている。
今はチナツとチフユが、妨害をかいくぐろうと尽力している。
時間はかかるだろうが、ここに居るのは非戦闘員がほとんど。
もしも攻められたら、一網打尽にされるのがオチだ。
だが、そんな事よりも心配事が有るのか、エーラは顔に影を落とす。
「……それに、慌てて出てきたから、あれが」
彼女の様子を見て、ヘリアンはエーラの肩を掴み、あれ、というのが何なのかを問いただす。
「まさか、新型の義体が」
「……ああ……開発データなんかは、何とか持ち出せたが、義体その物を持ち出す前に」
どうやら、新型の義体は、研究所に置き去りになっているようだ。
義体について、ある程度の事を聞いていたヘリアンは、表情を歪め、回収を決意する。
「……取りに、行ってくる」
「ヘリアン!」
「あれが、連邦に回れば、私達の、反撃の手段は、無くなる……イベリス」
「ッ」
「これ、リリィの復活に、必要」
回収しに行こうとしたところを止めたイベリスに、ヘリアンはガーベラとデータを渡す。
送ったデータは、ルシーラとの戦闘データ。
ここに来るまでに、三人で共有できるデータの全てを合わせた物だ。
再戦した際に、少しでも有利になる為に。
「イベリスは、ここに残って、皆を、守って、私は、カルミアと一緒に、義体を回収して、Bルートから逃げる」
「で、ですが」
『賢明な判断だ、どのみち、アタシ達はそこから逃げられそうにない』
「あ、貴女達お二人でも、どうなるか」
無線で話しかけて来たカルミアや、ヘリアンの言葉。
それらに動揺するイベリスの心配は、もっともだ。
何か隠し玉があっても、不思議ではないというのに、二人で行かせるのは、気が引けてしまう。
何しろ、襲ってきているのは、連邦の本隊。
ストレンジャーズを相手に、何の策も無く来ているとは考えづらい。
そんな考えを聞いていた、隊員の一人が手を上げる。
「なら、ワイも行ったる」
「ッ!ウィルソン伍長」
「……良いの?」
「ネロはんは被弾しとるし、ドレイクはんも、元の世界に戻っとる、今アンタ等と対等に戦えんのは、ワイだけやさかい」
等といっているが、ウィルソン自身も、被弾しているらしく、頭に包帯を巻いている。
だが、彼だって、ドレイク達と肩を並べる存在。
ちょっとやそっとの被弾程度で、へこたれる程、軟弱ではない。
「……それじゃ、他に生存者を探しながら、義体を回収、その後で、Bルートから逃げる」
「りょーかい!」
「……ご武運を」
「頼んだぞお前ら」
そして、ヘリアン達は、義体と仲間の回収と共に、この基地から逃げる為の行動を開始する。




