絶望の花 中編
後半、自分で書いておきながら結構きつかったです。
数十分前。
ルシーラは、リリィ達がダンジョンに入った直後に、里に足を踏み入れていた。
「……なにこれ?」
故郷の惨状を前に、ルシーラは目をキョトンとさせた。
数百年前、家を飛び出してから、初めて帰ったこの里。
辺りを見渡しながら、ルシーラは嫌な予感になりながら、シルフィ達と過ごした家へと、足を踏み入れる。
「お姉ちゃん!?」
家に帰ったルシーラは、必死になってシルフィの事を探す。
だが、辺りを見渡しても、有るのは壊れた家具や、ホコリまみれの物ばかり。
シルフィどころか、この里の何処にも、人の気配は無い。
この事実に気付いたルシーラは、額の傷を抑えながら、しゃがみ込む。
「……お、姉、ちゃん……うっ」
激しい動悸、荒くなる呼吸と共に、ルシーラは強い吐き気を覚え、今度は口を抑え込む。
汗を大量に流し、徐々に強くなる吐き気に抗えず、ルシーラは口から内容物を戻してしまう。
「はぁ、はぁ、また、なくしちゃう?なくしちゃうは、やだ……う」
うずくまりながら、ルシーラはトラウマを想起した。
これからもずっと続く筈だった幸せ、その全てを奪われ、人間達の欲望をぶつけられ、癒えぬ傷を、いくつも負った。
そして今、再び同じような事が、目の前で起きている。
だが、今回は、全てが異なる。
「……そうだね……え?わかった、行ってみる」
立ち直ったルシーラは、その足をルドベキアの部屋へと運ぶ。
わずかながらの希望であったが、今はそれに賭けるだけだった。
最愛のシルフィに会えるのであれば、なんだって良い。
そう思いながら、ルシーラはルドベキアの部屋にたどり着き、地下への階段を発見する。
「……ここだね?」
階段を見つけるなり、ルシーラはすぐに階段を降り、その先の縦穴も、ちゅうちょ無く落下していく。
その先で、ルシーラは後に続いて来た七美と出くわした。
彼女の口から、シルフィの名前が出た途端、ルシーラはトラウマを回避するために、戦闘を開始。
もう二度と、同じ絶望を味わう事無いように、邪魔者は全て排除しようとする。
――――――
現在。
ルシーラは、底知れない喜びと共に、うっとうしい思いに駆られていた。
ようやくシルフィと再開したと思えば、リリィ達まで、邪魔者として加わった。
そのおかげで、余計な手間をとる事になっている。
そして何より、許せなかった事が、いくつも有った。
「(お姉ちゃん、どーして?どーして、アイツらをかばうの?どーして、私を、見てくれないの?)」
傷つき、圧倒的な力の差を見せつけても、目の前で刀を構えるリリィ。
ルシーラは、彼女へ強い嫉妬を覚えていた。
先ほどから、シルフィの心は、リリィの方へ向いている事位、ルシーラにも解る。
ずっと向けられたかったシルフィからの愛、その全ては、リリィの方へ向けられている。
そう考えただけで、ルシーラの妬みは、爆発的に膨れ上がった。
それだけでも許せないのに、更に許せない事が、先ほど起こった。
「(見た事ない、私でも、あんなにうれしそーな、幸せそーな……お姉ちゃんの、表情)」
何百年も一緒に居て、ルシーラは見た事が無かった。
あれだけ、シルフィが心の底から喜び、幸福を覚えている所を。
当時のシルフィが、浮かべていたのは、心で泣きながら、無理矢理不幸を誤魔化している笑み。
そして何より、家出をするきっかけを作った、あの時の事。
シルフィは、その時の事さえ、すっかり忘れてしまっているようにしか見えない。
「……ッ」
「キャッ!」
「シルフィ!」
「お前に、姉さんは渡さない」
ルシーラは、シルフィの事を雑に放り投げ、転んだ所に、再びドーム状の結界を展開し、動きを止める。
そして、リリィを前にし、次元収納の応用で、自らの手に入り口を、弾かれた槍の元に出口を作り、グングニルを手元に戻す。
「……私だって、お前にシルフィを渡さない、お前は、ただ、酔っているだけだ」
「……何に?」
「愛している自分に、だ……いや、シルフィを愛している、自分に酔っている、以前の私のように」
「だから何?アンタには関係ない、私と姉さんの、本物の愛は、誰にも否定できない」
「いや、私が否定する!お前の歪んだ愛を!私がシルフィ学び、姉妹達から教えられた、本当の愛で、お前を否定する!」
リリィは、ルシーラの言葉に憤慨し、蒼白い炎をたぎらせる。
それを見たルシーラは、レイピアを引き抜き、再び二刀流の構えを取り、リリィを見下しながらセリフを発する。
「なら来な、生きてすらいない、人形ふぜいが」
「チ、私からすれば、人間ふぜいだ!」
オーバー・ドライヴを発動したリリィは、小細工無しで、正面から突撃。
だが、リリィが本気を出す中で、ルシーラは彼女の姿に目を細める。
遅い。
七美を除き、リリィ達の動きというのは、とても遅い。
ルシーラから見て、オーバー・ドライヴで加速したリリィ達でも、まだまだ遅すぎる。
「炎落とし!!」
「ッ」
一般人からすれば、まばたきの間に、距離を詰めたリリィであったが、ルシーラからしてみれば、時間がかかりすぎている。
当然、リリィの放つ一撃も、ハエが止まりそうな程、遅く見え、レイピアによって簡単に弾かれた。
「チ、炎討ち!」
「遅い!」
振り下ろした刃を簡単に弾かれたリリィは、すぐに巻き返し、ルシーラの首へ、刀を横へ振り抜いた。
首に刃がさしかかる寸前で、ルシーラは槍を振り抜き、リリィの事を吹き飛ばす。
「ッ!?早い!」
先に攻撃した筈が、大振りな槍のルシーラの攻撃が、先にリリィの体を切り裂いた。
赤黒い魔力をまとう、グングニルの一撃は、鎧ごとリリィの体を傷つける。
傷口から、ボタボタと人工血液を溢れさせながら、立ち上がったリリィは、恐れる事なく、ルシーラへと向かう。
対するルシーラも、槍とレイピアで、リリィを迎え撃つ。
「これだけ力の差を見せつけても来るなんて、恐れる心さえないのか!?」
「怖くても、力量が圧倒的でも、私は、お前を絶対に倒す!それだけだ!」
わずかにだが、全体的なスピードの上がったリリィに、ルシーラは涼しい顔で切り結ぶ。
デュラウス程の手数は持ち合わせていないが、一撃が比較的重い。
必死な表情でガーベラを振るリリィだが、その必死さと裏腹に、ルシーラは余裕を感じている。
外部からの妨害も無く、対象が巨大な訳でもない。
これといった特徴が無い、ただ誰かの戦い方を真似ているかのような動きに、ルシーラは退屈さえ覚える。
「この程度?もう少しちゃんとやって欲しいんだけど」
「ッ、この!」
「(……フ、フフフ、でも、何だ?この感じは)」
まるで、子供相手にチャンバラをする剣道経験者のように、ルシーラはリリィの攻撃を寄せ付けない。
そんな中で、ルシーラは笑みを浮かべていた。
リリィからしてみれば、余裕の笑み。
だが、ルシーラの中では、別の感情が渦巻いている。
「(フフフ、そうだ、懐かしい!この感じ!そうだ、来い!無謀と分かりながらも、敵わぬと解っていても向かってくる、無謀でしかない勇士!)」
「(コイツ、笑う余裕が有るのか!)」
斬撃を放つ力を、スピードを、更に上乗せして行くリリィであるが、それでもルシーラには、紙一重も届かない。
どれだけ切っても、分厚い壁に阻まれるように、リリィの剣は、全く届かない。
「(あの槍使いとコイツは違う!ほかの連中とは、明らかに!)」
「ハアアア!!」
「(フフフフ!まさか、こんな奴が居た何てね!ここで壊すのが惜しい位だ!)」
デュラウスとヘリアンが戦っていた時よりも、ルシーラは苦戦を始める。
だが、その中で、快感を得ていた。
ただ機嫌を悪くしていた時とは違う、純粋悪に染まる笑みは、先ほどまでの彼女とは、まるで別人に思える。
その事に、薄々気付きながらも、ルシーラから距離を取ったリリィは、最後の手段に出る。
「……こうなったら、これで!」
「ッ、あの構えは」
「ほう、それがお前のとっておきか」
リリィが取った構えに、ルシーラは備え、シルフィは目を丸くした。
おぼろげであるが、シルフィの脳裏に浮かんだのは、かつてジャックが使用し、自らの刀と、肉体を犠牲に、大量の魔物を葬り去った技。
「桜我流剣術・壱の奥義!火之迦具土!!」
「来い!」
蒼い炎をまとい、突撃するリリィを相手に、ルシーラも一直線に突き進む。
赤黒い炎と、蒼い炎は激突し、辺りにある全てを巻き込むように爆発。
その威力は、結界に守られたシルフィの周辺が、綺麗さっぱり無くなってしまう程だった。
「リリィ!ルシーラちゃん!」
涙を流しながら、爆炎に飲まれた二人の名を、シルフィは呼ぶ。
そして、それから数秒後、目の前に落ちて来た刃を見て、シルフィは目を見開く。
「……ルシーラ、ちゃん」
シルフィの目の前に落ちて来たのは、ルシーラの使用していたレイピアの刃。
断面を見る限りでは、溶断されており、リリィの技が、ルシーラの武器を破壊した事を暗示している。
徐々に煙は晴れていき、改めて二人の状態を見ようと、シルフィは意を決し、視線を上げる。
「……あ、ああ」
見えて来た光景に、シルフィの表情は、絶望に染まった。
ルシーラのレイピアは、確かに折れており、彼女自身も負傷している。
だが、それ以上に、リリィは深手を負っていた。
ガーベラを握っていた筈の右腕は、肩から先が無く、腹部はルシーラの右腕が貫通している。
「り、リリィ!!」
シルフィの叫びと共に、ルシーラの右腕は、リリィから引き抜かれた。
腹部から大量に出血するリリィは、膝から崩れ落ち、レイピアの柄を捨てたルシーラの右腕がかざされる。
「久しぶりに楽しめた」
「ダメ!」
シルフィの静止も虚しく、ルシーラの手から、赤黒い炎が射出された。
強烈な爆発と共に、吹き飛ばされたリリィは、仰向けに倒れてしまう。
それを見たルシーラは、悪意に満ちた笑みを浮かべだす。
「フ、フフフ……フハハ、ハハハハ!」
高笑うルシーラは、シルフィの元へ歩み寄り、結界を解く。
泣きじゃくるシルフィを見下ろし、右手を差し出す。
「フフ……これで、邪魔者はいなくなった、さ、行こう、姉さん、二人だけの箱庭に」
「ッ!」
だが、シルフィはその手を払いのける。
予想外の行動に、ルシーラは目を見開く彼女へと、シルフィはストレリチアを連射重視の形態に変化。
銃口を向けられたルシーラから、笑みが消える。
「……何のマネ?」
「許さない、たとえ、ルシーラちゃんでも、あの子を、私の、大切な人に、あんな事をした貴女を、私は、許さない」
大粒の涙を流しながら、ルシーラに銃口を向けるシルフィだが、その引き金は、決して引けなかった。
たとえ、リリィをいたぶった相手であっても、目の前に居るのは、紛れもない妹。
殺意を一切感じないルシーラは、ただのお遊びと感じてしまう。
「姉さん、こんなオモチャ、振り回す歳じゃないでしょ?」
「ッ!」
ストレリチアを掴んだルシーラは、その握力で握りつぶし、その辺に投げ捨てた。
武器を失ったシルフィは、再び座り込みそうになるが、ルシーラは彼女の事を支える。
完全に意気消沈のシルフィを見ても、ルシーラは何も見えていないかのように、笑みを浮かべだす。
「これで、これでようやく、あの子の……フフ」
「ま、て」
「……しつこい」
再び笑みを無くしたルシーラは、声のした方へと視線を移す。
そこには、もはや立っているだけで精いっぱいと、いった具合のリリィが、ナイフを構えながら立ちはだかる。
各所の傷は、未だに癒えておらず、それどころか、無理して動かしているせいで、自壊しかかっている。
「まだやる気?」
「とう、ぜんだ……お前の、アアア、ア愛を、ひテテって、い、するママまで、わt、しはワワワ、た、たかう」
むき出しになったセンサーアイを光らせ、機能を失いかけている喉を強引に動かしながら、ルシーラへと迫って行く。
その足取りも、健全とは言えず、普通に歩くより遅い。
「声もろくに出せない人形が……そうだ、姉さん、見せてやろうよ」
「……何、を?」
「私達の、真実の愛って奴を……」
「ムグ!!」
「ッ!!?」
ルシーラは、おもむろにシルフィと唇を重ねた。
しかも、かなり深く、濃厚なキスを、リリィに見せつける様にして行っている。
そんな光景を見て、リリィは黙っていなかった。
「ッ……き、貴様ッ!」
「や、りり、みな、ング!」
「ル」
容赦なくキスを続けるルシーラを前に、何かが切れたリリィは、正面からルシーラに接近する。
今まで感じた事が無い位、深く、暗い、嫉妬と悲しみ、そして、絶望。
それだけを動力源に、リリィは足を動かし、ナイフの刃をルシーラへ向ける。
「ルシーラアアアアア!!」
「フン、安い挑発にのっちゃって」
「ッ!?」
悪意の笑みを浮かべたルシーラは、シルフィから唇を離す。
シルフィの事を、右腕でしっかりとつかみながら、ただ正面から向かってくるリリィに、グングニルを突き刺す。
しかも、その穂先は、リリィのドライヴを正確に貫いており、シルフィに、更なる絶望をもたらす。
「リリィ!!」
「解ってた、そこが、貴女の弱点だって事位はね」
「……」
声すら出ないシルフィに対し、リリィは優しい笑みを浮かべた。
死期を悟ったリリィは、お構いなしに進み、ルシーラへと抱き着き、一気に走りだす。
「ッ!お前!」
突然の事で、シルフィを手放してしまったルシーラは、これ以上シルフィから離れまいと、足に力を込める。
だが、その程度でリリィは止まらず、むしろ、更に足を速める。
そんな彼女を見て、シルフィは全てを察する。
「せめて、一矢報いてやる!!」
「まさか、ダメ!リリィ!!」
「伏せてくださいませ!」
「イ、イベリスさッ!」
リリィの行動の真意を察したのは、もう一人の存在、イベリスは、再起動して早々に、残った盾を使い、シルフィの事を守る。
イベリス自身も、シルフィに覆いかぶさる形を取る。
その数秒後、とてつもない爆発が周囲を襲う。
ダンジョンその物を破壊しかねないその爆発は、再起動したばかりのイベリスを焼く。
他の姉妹や、七美さえも巻き込む大爆発は、激しい閃光と共に、轟音を辺りにまき散らした。
まるで、そこに太陽が有るかのような、熱と光だった。




