絶望の花 前編
作戦の決まったデュラウスとヘリアンは、オーバー・ドライヴを使用しながら、ルシーラへと急接近。
とにかく、ルシーラの気を逸らし、七美のチャージが完了する時間を稼ぐ。
やり方は特攻に近いが、これ以外に手が無い。
「チクショウが、これもう特攻だろ!」
「でも、これ以外、方法はない!」
「……いのち知らず、てゆーやつ?」
槍とレイピアを構えるルシーラは、正面から向かってくる二人を警戒。
デュラウスはランスを、ヘリアンはナイフを構え、一緒にルシーラへと攻撃を行う。
同時に繰り出されるランスとナイフを認識しつつ、ルシーラは舌を鳴らし、両方向からの攻撃を受け止める。
「チ」
レイピアでナイフを、槍でランスを防ぎ止め、一気に攻勢へとでる。
向けられたグングニルとレイピアは、禍々しいオーラをまとい、二人に襲い掛かる。
槍は、利き手で使用しているせいか、速度はレイピアと同等。
命中する寸前で回避するが、天をまとっている事で、攻撃範囲は増大しており、かすっただけで、アーマーを切り裂く程。
「チクショウ、何だよこの攻撃!」
「手を、緩めるな!」
「ほらほら!この程度で終わり!?」
二人がかりで戦っているというのに、攻撃する隙が無く、ひたすらルシーラの攻撃を受け続ける。
しかも、放たれてくるのは、一撃一撃が、イベリスやカルミアに放ったような、強烈な一撃にも匹敵する威力。
当たったら終わりとも言える攻撃の数々に、デュラウスは必死に食らい付き、攻撃を受け流す。
マトモに受ければ、大破は必須の猛攻を前に、お互いに庇い合いながら防ぐが、長く続くような状況ではない。
「どうしたの!?私、まだほんきのはんぶんも出してないよ!」
「だったら、コイツで!」
何としてでも、ルシーラの猛攻を止めようと、デュラウスは、背中にマウントしていた太刀を引き抜き、力任せに振り下ろす。
ランスと太刀を使い、ルシーラの持つ槍とレイピアを絡まらせ、ほんの一瞬だけ、動きを止める。
本当に一瞬のできごとであったが、その瞬間を、ヘリアンは見逃さず、ナイフを振る。
緑色の風をまとうヘリアンのナイフは、ルシーラの首に差し掛かっていく。
だが、この程度で首を取れる程、ルシーラは甘くなかった。
「ッ、厄介」
襲ってきた事に、今気づいたかのような表情を浮かべるルシーラだが、ヘリアンはそれどころでなかった。
振り抜いたヘリアンの手に握られているナイフは、完全にへし折れていた。
天を身体にまとうルシーラの体は、ヘリアンのナイフの魔法をかき消し、強化されている肉体を前に、ただのナイフでは、太刀打ちできなかった。
「……うるさい、なぁ!」
「ッ!」
ナイフを捨てたヘリアンは、デュラウスを蹴り飛ばしたルシーラからの槍を、バックステップで回避。
瞬時にバックパックから、ライフルを二丁取りだし、射撃を開始。
バトルライフルと呼ばれる、大型の弾丸を撃ちだせるライフルによる、実弾射撃。
エーテル式ではないので、かき消される事も、吸収される事も無いが、やはり通常の弾丸は、ルシーラに通用しない。
「こんなこどもだまし」
「その障壁、反則」
弾丸は全て障壁に阻まれ、力なく床へパラパラと落ちて行ってしまう。
遠くへ行ったヘリアンが、再び奇襲をしかけられないように、ルシーラはレイピアを振り上げ、魔法により、炎の槍を作り出す。
「そんな物、まほーの前じゃ、いみないよ!」
「ッ!」
「イフリート・スピア!」
大量に降り注ぐ炎の槍を、ヘリアンは気休め程度に狙撃する。
だが、炎と接触した弾丸は、瞬時に融解し、意味をなさなく成ってしまう。
まるで爆撃の中にでもいるかのような爆発の中、ヘリアンは逃げ回りつつ、射撃を続ける。
容赦なく魔法を繰りだし続けるルシーラは、槍とレイピアを構え直しながら、デュラウスの方を向く。
視線の先では、凄い形相になりながら、デュラウスがランスと太刀を持ちながら、接近してきている。
「こんチクショウがぁぁ!!」
「ほんとうに、うるさい!」
ぶつかり合ったデュラウスとルシーラは、激しく切り結ぶ。
お互いの使う武器が、周りの人間には視認できない程、勢いよく衝突する。
デュラウスは、自分の叩き出せる最高の技と力で、何とかルシーラに攻撃するが、足止めにしかならない。
何しろ、ルシーラはこうして斬り合っている最中であっても、ヘリアンに向けて、魔法を放ち続けている。
しかも、飛んできているライフル弾を、障壁で防ぎながらである。
「(どんな脳ミソしてんだコイツ!?俺とヘリアンの同時攻撃に、平気で対処してやがる!!)」
二方向から攻撃を受けているというのに、少し機嫌を悪くするだけのルシーラに、デュラウスは苦い顔をする。
だが、そんなデュラウスを前に、ルシーラはどんどん機嫌を悪くしていく。
「うるさい……」
放っている炎魔法、使用している武器。
この両者の赤黒さは、どんどん禍々しくなっていき、二人への攻撃は、より激しさを増す。
「うるさい、うるさい!」
「ッ!?(ちくしょう、攻撃がどんどん重く、そのうえ早えぇ!)」
「やば、もう、避けきれ……」
「うるさい、うるさい、うるさい、うるさいうるさい……」
ルシーラのパワーとスピードは、徐々に上がっていき、デュラウスでも対処しきれなくなる。
完全に対処が不可能になるレベルの連撃を繰り出したルシーラは、目を見開き、デュラウスを打ち上げる。
「うるさいんだよぉぉぉ!!」
「ガハッ!!」
デュラウスの義体とアブクマは、無残にも切り裂かれ、武器も全て破壊される。
それだけでは終わらず、ルシーラはグングニルを構え、穂先から赤黒い球を連射。
赤黒い球は、容赦なくデュラウスへと撃ち込まれ、なすすべも無く被弾。
もはや、悲鳴を上げるようなヒマも無く、爆炎に包まれていく。
「……やっと、しずかになった」
破損した天井の破片が、パラパラと降り注ぐ中で、爆炎からデュラウスが落ちて来る。
顔の人工皮膚は半分近く剥がれ落ち、全身は焼け焦げ、右腕も消失するという重症を負ってしまっている。
その横でも、威力を増した炎の槍の爆発に巻き込まれていたヘリアンも、既に倒れていた。
だが、機能を停止したデュラウスと違い、ヘリアンはまだ立ち上がろうとしているのを、ルシーラは見逃さない。
「……まだいきてたの?」
「ッ……(足を、損傷した……七美は……まだ?)」
何とか立ち上がろうとするヘリアンに、ルシーラは歩いていく。
迫りくる恐怖前に、ヘリアンはこっそり七美の方を向くが、まだチャージが終わっていない。
爆発の衝撃で、片足を損傷してしまい、自由に動けないヘリアンへと、ルシーラは槍を構える。
「これで……ッ!?」
「……気付かれ、た」
騒ぎが沈静化したせいで、ルシーラはチャージ中の七美を認識してしまった。
ヘリアンは一秒でも時間を稼ぐべく、予備のナイフを持ち、ヤケクソ気味に襲い掛かる。
「この!」
「ッ!」
だが、赤黒い光をまとうレイピアで、ヘリアンの体は上下に両断されてしまう。
機能の停止は起きなかったが、ルシーラが七美の元へ向かうだけの隙を与えてしまう。
「何をしたとこで、いまさら!」
ルシーラは、未だにチャージを続ける七美に向かって、グングニルを構える。
レイピアは鞘へ納め、両手で保持しながら、七美へと接近。
赤黒い紫電をまといながら、ルシーラは七美に向かって槍を繰りだす。
「桜我流槍術・刺電雷突!!」
「……ありがとう、お前ら、後で何かおごる……いや、それ以上の事は保証する」
七美は、桜我流の技を繰りだしてくるルシーラへ向けて、チャージしていた技を繰り出す。
「桜我流槍術・四の奥義『雷之神!!(いかづちのかみ)』」
「ッ!!?」
七美が繰り出した、雷属性の奥義は、ルシーラの槍と激突。
放たれたのは、ルシーラの物より、遥かに鋭く、強烈な勢いの突き技。
刺電雷突との差異は、使用される魔力の量と、防御や回避する事を全て捨て、攻撃にのみ一点集中させる技。
それ故に、外れれば二撃目を撃ちこむ事も、相手からの攻撃を、防御も回避もする事もできない、デメリットを持つ。
だが、その分威力は絶大。
それを表すかのように、七美の槍はグングニルを弾き飛ばし、天の防御を突き破り、反射的につき出されたルシーラの右腕に、ダメージを与える。
「ああああ!!」
「どうだ!?」
吹き飛んでいくルシーラを前に、七美は姿勢を崩し、床に転んでしまうが、すぐに立ち上がり、警戒する。
シルフィには悪い事を下かもしれないが、今は罪悪感を覚えているひまは無い。
槍を構え直し、ルシーラのほうへと視線を移す。
「……なんだ?」
「……痛いぃ、い、たああいぃ!!」
「……」
七美は、ルシーラの様子に首をかしげた。
確かに、ルシーラの右腕は、七美の雷によって、酷い火傷を負い、手もグチャグチャになっている。
七美の奥義は、単体に対しては、ジャックの奥義よりも、破壊力は高い。
そんな攻撃を受けて、全身が吹き飛んで無いのも驚きだが、天を使えるのであれば、片腕程度の傷は、すぐに治せてもおかしくない。
だというのに、ルシーラは怪我をした子供のように、床に倒れながら泣き叫んでいる。
怪我や痛みに、耐性が無いとしか思えない。
「(罠か?見たところ、かなりの古傷が有るってのに、あの程度で根を上げるようには……)」
とても不自然な様子に、七美は警戒するが、好機と捉えた七美は、槍を展開する。
ほぼ全ての魔力を使用してしまったため、千鳥足になってしまっているが、それでも何とか、ルシーラの元へたどり着く。
「なんだか知らんが、拘束させてもらうぞ」
「う、ううぅぅ~ッ!」
うずくまり、痛みをこらえようとするルシーラに、七美はサスマタ状にした槍で抑え込む。
そして、七美は六つの筒を再び展開させ、足や腕を、稲妻でできた拘束具で、縛り上げる。
シルフィに気を使い、生け捕りを選んだが、このままでは、再び暴れ出してもおかしくはない。
そう考えた七美は、再度説得を試みる。
「……いいか、ルシーラ、もう一度言うが、あたしらは、お前らの敵じゃない、お前の、家族だ」
「……」
「もう暴れない、そう言って、皆に謝れば、必要以上に怒らん、このくだらない喧騒も、それで手打ちにする」
謝った程度で許されるような状況でないのは、七美も承知の上であるが、義理であっても、ルシーラは自身の姪。
双方に何らかの誤解があったかもしれないので、落ち着いた後で、しっかりと謝罪してもらえれば、七美はそれでよかった。
だが、そんな甘い事を考える七美とは裏腹に、ルシーラの殺気はおさまらない。
「……おい、聞いてんのか?暴れないと」
「いやだ」
「は?」
「いやだ、いやだ、もういやだ、失いたくない、お姉ちゃんも、お姉ちゃんとすごす温かさも、みんな、私のもの」
「だから、謝ればシルフィとは、いくらでも居ていいと言っている」
とても、七美の言葉がルシーラの耳に入っているのかさえ怪しい言動。
オマケに、ルシーラは再び、独り言をつぶやき出す。
相変わらず、何を言っているのか解らないが、パターン的に良くない事を察する七美だった。
「……おい、どうした?」
「ッ」
「な!?」
ルシーラの流していた涙は、ぴったりと止まり、さらに、七美の作り出した拘束具を、全て引きちぎった。
それだけにとどまらず、右腕の傷を瞬時に治し、槍の穂先を掴み、押し返しだす。
「おい、まだやる気か!」
「……ふふ、当然でしょ?だって、まだ終わってないもの」
「何だと(なんだ?さっきと別人みたいだ)」
不気味な笑みを浮かべたルシーラは、先ほど以上に、どす黒い殺意をぶつけながら起き上がる。
七美の魔力が枯渇している事を差し引いても、全く抑え込めず、なすすべなく押し返されてしまう。
「フンッ!」
「しまッ!」
「ほら、返すよ!!」
押しのけられた七美は、槍を手放しながら宙へ上がり、ルシーラはそこへ、容赦なく槍を投げつける。
弾丸以上の速さで迫る槍に、七美は反応する事が出来ず、串刺しにされてしまう。
貫かれた七美は、柱に激突。
貫通した槍は、柱に刺さり、七美の動きを止める。
魔力がほとんど底をついている七美に、槍を引き抜く力はなく、そのままぐったりとしてしまう。
「さて、アンタは一番厄介そうだし、これで、終わらせる」
左手をつき出したルシーラは、手のひらに赤黒い魔力を生成。
先ほどまで使用していた物より、遥かに高い出力の魔力は、辺りの空間を歪めてしまう程。
確実に七美を消すつもりでいる。
だが、これ以上の事を止めるべく、行動する少女がいた。
「止めて!もうやめて!!」
「……」
シルフィだった。
ルシーラが痛みに叫んでいる時、ルシーラの制作した結界が緩み、何とか脱出してきたのだ。
ルシーラの前に両手を広げながら立ちはだかるシルフィは、もう一度説得を始める。
「お願い、あの子達は、私の家族なの、だからこれ以上は、もう止めて、貴女も、あの子達も、もう傷つく所なんて、見たくない」
「……あの子達は、ね……私は違うの?」
「ッ!そ、それは、ち、違うよ、ルシーラちゃんも、ちゃんとした家族だよ!」
「……」
シルフィの言葉に、ルシーラは何を思ったのか、準備していた魔法を消し、シルフィの前へと歩み寄る。
だが、シルフィへと向かう足は、どこか怒りのような物を孕んでいる。
先ほどまでのルシーラの事を見ていたシルフィは、今の彼女には、恐怖しか感じていない。
身震いさせるシルフィの首を、ルシーラは鷲掴みにする。
「ッ!」
「ねぇ、さっきから気になってたけどさ、何でアイツらの味方ばかりするの?私は、姉さんを助けようと必死なのに、何で、あいつ等の心配ばかりするの?ねぇ、教えて、ねぇ、ねぇ、ねぇねぇ!」
首を掴みながらシルフィを持ち上げるルシーラは、先ほどまでとうって変わり、流ちょうに喋りだす。
しかも、鋭い眼光は、シルフィにも向けられており、あの艶やかな笑みは、どこにも無い。
「あ、グ、は、放して」
「……放したら、ちゃんと答えてくれる?私よりも、あいつ等を優先する理由、私の事愛してるなら、家族だと思ってるなら、ちゃんと答えてくれるよね?そうだよね?私は、姉さんの事、こんなに愛してるんだから、姉さんも私の事、愛してくれないと嫌だよ」
「わ、わかった、わかったから」
「……」
シルフィの願いを聞き入れたルシーラは、手を離し、シルフィの事を床に下ろす。
せき込みながら、息を整えていくシルフィは、身体を恐怖におぼれさせながら、ルシーラを見上げる。
目の前には、彼女の知る妹の姿は無く、もっと別の何かを見ているような気分に成ってしまう。
そんなシルフィの気持ちとは裏腹に、ルシーラはまたシルフィのホホに触れる。
「ヒッ」
「さ、放してあげたよ、だから、話して、アイツらを庇う理由」
シルフィをのぞき込む、ルシーラの目。
ハイライトすらなく、奈落の底どころか、地獄の底でも映しているかのような、禍々しさを放っている。
彼女の気に障るような事を言おうものなら、このまま、顔を卵のように潰してしまうかもしれない。
そんな恐怖で、シルフィはすっかり怖気づいてしまう。
「え、えっと、その」
「答え、られないの?」
「ち、違う、の、その」
恐怖で言葉が出ないシルフィに、ルシーラは手の力を強め、本当に頭を握りつぶしそうな所まで持ってきた時。
ルシーラの背後から、足音と共に、待ったを入れる者が現れる。
「そんなの、答える必要ありませんよ」
「り、リリィ!」
「……」
体中をボロボロにしながらも、歩いてくるリリィを見て、シルフィの顔に笑みが戻った。
そんなシルフィを見て、ルシーラは更に機嫌を損ねた表情を浮かべ、リリィの方を向く。
「まだ邪魔する気?アンタの仲間は全滅、残ってんのは、アンタだけ、勝ち目無いでしょ」
「ええ、ですが、私は貴女に負けられない、愛に見返りを求める貴女だけには、絶対に負けられないんですよ!」
「ッ」
ガーベラを構えたリリィを前に、ルシーラは歯を食いしばる。
身体から、赤黒いオーラを沸き上がらせながら。




