朝の蜘蛛は縁起が良い 後編
深夜の山にて、アリサたちは、町長の私兵部隊に囲まれていた。
彼女たちを囲む弓兵と魔法使いは、弓を引き、アラクネやほかの魔物達に狙いを定めていた。
アラクネの支配下にある蜘蛛達は、今にも飛び掛かりそうな雰囲気だが、何とか静止させている。
完全に巻き添えをくらったハード達冒険者にも、矛先は向けられており、アリサも、民間人には手を出せないので、どうにか逃げられないかと、思考を巡らせていた。
「おいおい、このままだと、俺たちまであんたらの仲間入りだぞ」
「何言ってるんですか?もう私達は同じ穴のムジナですよ、どうせなら、ここは俺に任せて早く逃げろとか言ってください、依頼料金の一部は、手向けの花に使いますから」
「何で俺がそんな大役引き受けないといけねぇんだよ!お前が任されろ!」
「イヤです」
「喧嘩はそこまでだ」
アリサとハードの喧嘩に割り込んだのは、なんとラズカの祖父だった。
護衛数名を引き連れ、包囲している兵士たちよりも、前へ出ると、ラズカへと手を差し伸べる。
「ようやく見つけたぞ、さぁ、おじいちゃんの元へおいで、もう怖い思いはさせん」
「嫌だ!あんたの元に戻る位なら、ここで串刺しに成った方がまし!」
「そうですよ!どんなことが有っても、ラズカさんとアラクネさんの魂は、私達の心の中で、永遠に生き続けますよ!」
「何で私たちが死ぬことに成ってるのよ!お前が私達の心の中で永遠に生き続けなさい、鉄くず!」
「ちょっと待ってくれ!俺達はこの馬鹿どもとなんも関係ねぇ!俺達だけは見逃してくれ!」
「何さりげなく自分たちだけで助かろうとしてんの!?」
再び内輪もめを始めた五人の前に、一本の矢が放たれ、喧嘩は止むが、祖父の怒りは止まなかった。
また彼の抱いている、カビの生えた論理を聞かされる羽目となる。
一言一句同じ内容であり、同じ話を聞かされたアリサやハードはもちろん、生れてから何百回も聞かされたラズカも、うんざりしながら聞き流していた。
始めて聞いたアラクネは、頭の古いおっさんだと思い、シルフィに至っては、ムカつく顔を思い出していた。
「ねぇ?なんなのアイツ、里の族長代理並みに腹立つんだけど」
「酔ってる時も同じ事言っていましたね」
「え?何の事?」
酔っていたこともあり、当時の事を何も覚えていないシルフィからすれば、何のことか訳が解らなかった。
アリサと私語をしていたら、また人の話を聞いていないシルフィに対し、青筋を浮かべながら杖を向ける。
「貴様、あの時のエルフだな!また儂のありがたい説教を聞き流すとは、何事か!」
「え?何?あんたとは初対面なんだけど」
「とぼけるな!!先日儂にした無礼な行い、万死に値する!貴様らもそいつら魔物と同罪じゃ!」
「(キサマら?もしかして俺達も入ってるのか!?)」
「え?私なんかやっちゃいました?」
「主人公の私より先に言わないでもらえます?」
「ええい、何をしている!早くラズカを連れてこんか!」
シビレを切らした祖父は、自分を警護している兵士に、ラズカを連れてくるように命じると、聞いていたナイト・スパイダー数体が、連れ去られるのを防ぐべく、兵士たちの前に立ちふさがる。
同時に、立ちはだかった数体のナイト・スパイダーへと、一部の弓兵達が、彼らに照準を合わせる。
その動きに反応したアラクネや、他の蜘蛛達も、攻撃しようものならば、一斉に飛び掛かろうという姿勢をとった。
一触即発の空気が漂う中、少女の声が、響きわたった。
「いい加減にして!!」
喉が裂かれんばかりの声を上げたラズカの声に、皆は反応し、戦闘態勢が緩み始める。
皆の視線を集めながら、ラズカは口にする、自らの思いを。
「私は、もう昔の考えに縛られたくない!たとえ子供が作れなくても、自分が好きに成った人と一緒に添い遂げる!」
響きわたった彼女の思いが、皆に伝わったかは定かではないが、長年の決まり事に背くような事を聞かされた祖父は、黙っていなかった。
「わがままも、いい加減にせんか!孫の頼みでも、聞ける事と聞けないことが有る!第一、同性の付き合いなんぞ、ただの足かせにしかならんわい!そんな魔物なのか人間なのか解らん化け物と、付き合える筈がなかろう!」
祖父が言うのももっともだ。
ラズカの付き合おうとしているアラクネは、元人間とはいえ、事実を知らない周囲の目から見れば、魔物以外の何物でもない。
魔物とは、人間の敵だ。
互いに互いの血肉を求め、平穏を脅かし合う仲だ。
そもそも、この山に住む蜘蛛達は肉食、もちろん人間の肉も食らう習性も持っている。
そんな連中の頭と付き合うなんて、町の評判にも影響も出てくる。
それでも、それを解っていても、ラズカはアラクネへの好意を諦めようとはしなかった。
「……だったら、見せてあげる、私の覚悟」
周りからは冷ややかな目で見られる、そんな事は百も承知だ。
その事を証明させるためにも、わからずやの祖父を納得させるためにも、ラズカはアラクネに近寄り、背伸びをしながら、自分の唇を、アラクネの唇に重ねた。
突然の事に、アラクネは目を見開き、顔を真っ赤に染め上げてしまう。
二人のキスシーンに周囲の兵士に編成されている男たちはもちろん、ハード達冒険者の男たちは、武装を解除しながら、彼女らから距離をとる。
遠くから眺める男たちは、二人のキスシーンを、ただ黙ってみているしかなかった。
「え?ちょっと、本当に?」
「ヒューヒュー、お熱いですね~」
因みに、シルフィは女性同士のキスにたじろぎ、アリサは冷やかしていた。
二人を見た祖父は、驚きながら後退り、がっくりと膝か座り込んでしまった。
今まで愛情をこめて育て、更には女性とはどうあるべきかを、ずっと教えこんできた愛孫が、その教えを反し、同性だけならばまだしも、人間なのか解らない化け物と、愛を誓う光景を、受け入れられなかった。
「嘘だ、こんなの、夢としか」
「夢ではありませんよ、父上」
「ッ!?モンド、何故ここに!?」
サーベルを携え、髪をオールバックにした、上等な服装の男性が、老人の背後より護衛数名と共に現れた。
モンド、レンズの町の現町長にして、ラズカの父親である。
彼の登場に、ラズカは唇を離し、羞恥で卒倒しかかっているアラクネを抱えながら、父親の方へと視線を向けた。
「父上、わたくしも、そのような古風な考えには、もう賛同しかねます、今は男女平等の時代、昔は女性の仕事、男性の仕事、などと揶揄されていた沢山の仕事も、今は男女の境が無くなり始めています」
「モンド、お前まで、何を言っているのだ」
「魔物との交際までしているとは思いませんでしたが、愛娘が、そんな茨の道を進む覚悟が有るのなら、支えられるところまで支えるのも、親の責務でありましょう」
「お父さん、じゃぁ、私達、付き合ってもいいの?」
「ああ、しかし、君達の歩む道は、文字通り茨の道、本当に突き進めるかは、君達の頑張りにかかってる、それは、承知の上か?」
異種族同士の付き合いは、珍しくは無い、しかしそれは、エルフと人間だったりと、世間一般から、人間だと認知されている者同士の話だ。
人間と魔物、相いれない二つの種族が交わる、こんなのはおとぎ話にしかない話だ。
本当にそんな道を、二人で歩む覚悟が有るのか、モンドは再び娘たちに問いただした。
ラズカとアラクネは、互いを見つめ合い、少し微笑むと、そんな質問は愚問だと言うばかりの表情で、父を見つめた。
「もちろん」
二人同時に答えた。
すると、微笑んだモンドは、兵士を下げさせると、今回関わった人たちに、謝罪を始める。
そんな息子の姿に、祖父は怒りを爆発させ、持っていた杖を力任せにへし折り、息子めがけて投げつける。
「認めん!こんな事、ワシは何が有ろうと認める物か!!」
「父上!」
「貴様も、古き良き教えに背くなど、倫理観がかけているのではないか!?」
「いい加減にしてください、私からすれば、倫理観のかけているのは、父上の方ですよ!」
「何、ワシのどこがじゃ!」
「私の妻にも、恋仲であった女性が居ました、なのにあなたは、それを知りながら、強引な見合い結婚で、彼女たちを引きはがしたのでしょう!」
モンドは、奥さんとの婚姻の事を思い出し、自らの父親に食って掛かる。
彼と奥さんは、もともと許嫁同士だったのだが、それはあくまで家同士で勝手に決められていたこと、本人たちは見合いの席まで、会ったことすらなかった。
当時、モンドも同性同士の付き合いには、反対意見は有ったが、父親程過激な姿勢は、持っていなかった。
お互いに、結婚には反対をしていたが、家柄の事もあって、断ることはできずにいた。
お見合い結婚の後、彼の奥さんは、恋人との約束を果たせず、モンドと結婚してしまった事に、深い罪悪感を抱いていた。
ラズカを生み、モンドとの夫婦関係は、ある程度良好ではあったが、まだ心残りがあるらしく、陰でコソコソ逢引きをしていた事が判明する。
その事実を知ってから、モンドは同性愛に対し、寛容に成り始め、今では二人の付き合いは、旦那であるモンド公認である。
その事をカミングアウトすると、モンドの父は、激情し始める。
「貴様、本当に儂の血を引いているのか?そんな愚か者に育てた覚えは無い!」
「愚かなのは、過去の自分たちです」
最初は同情の気持ちから、公認していたが、そんな二人の関係を見ているうちに、モンドは自身の体に変化があることに気が付いた。
「何より、彼女たちの姿を見ていると、この胸が、ときめき、なんともいえぬ心地になるのです」
「んな!?不倫を認めるというのか!?」
「いえ、あれは不倫ではありません、正倫です!あれこそ真の愛!」
自身の息子が言った事へのショックは、非常に大きかったらしく、モンドの父親は、白目をむき、泡を吹きながら倒れてしまった。
そんな彼を、兵士達の手で回収させると、モンドはアラクネの元へ行く。
「アラクネさん、貴女とは後でじっくりお話をいたします」
「はい」
「冒険者の皆さんも、本日はお騒がせいたしました、報酬の方は、きっちりお支払いいたします」
「別に良いさ、金が入るなら」
「では、私の娘に恋人ができたことを祝して、後日宴を執り行います、皆さんも、よろしければご出席してください、高級品の酒をたくさんご用意いたします」
高級品の酒を用意する。
その言葉だけでも、装備代に金を割いて、何時も安酒しか飲んでいなかった冒険者たちは、大気が震えるほどの歓声を上げた。
皆が喜んでいる中で、ハードだけはふとした疑問を浮かべていた。
「なぁ、俺ら何か忘れてないか?」
「ああ、俺もなんか引っ掛かってるんだよな」
「アッ!!」
部下の言い出した疑問を聞いていると、その会話を聞いていたシルフィは、皆の喝采が止むほどの大声で、叫び出した。
「どうかしたんですか?」
「ガイさん、どこ行ったの?」
『あ』
ハード達の疑問の答えを、シルフィは口にすると、この場に居る全員で、行方不明になったガイの捜索が始まった。
その後、戦いに巻き込まれ、瓦礫に埋もれていたガイが見つかったのは、朝日が昇り、山に陽の光が差し込みだした頃だった。




