想起の戦場 中編
リリィ達とルシーラが出会う前。
七美は、隕石の如く勢いで、シルフィの里に到着。
直前で勢いを絞ったので、ちょっとクレーターが出来ただけで済んだ。
移動に使用し、地面に突き刺さった槍を回収し、辺りを見渡す。
「……アイツらの姿は……やっぱり無いか……ま、アイツらの事だ、勝手に先に行ってんだろ」
槍による衝撃で、リリィ達が里に来たという証拠は消し飛んだが、彼女達の事なので、先行していてもおかしくないと言う考えに至る。
どうやってレッドクラウンを運んだのか、それだけが地味に気に成ったが、忘れて目的地へ足を運ぶ。
場所や行き方といった物は、ヘリアンから報告を受けたので、その方法に従っていき、縦穴へと到着する。
「……こんなの作る奴の気が知れないな」
地の中心まで掘られているかのように深い穴を前に、七美は槍を穴に投げ入れる。
そして、投げた槍の上に、ひと昔前の魔法少女のように乗り、魔法で降りる勢いを殺しながら、下へと降りていく。
七美が槍を使うのは、そう言った魔法少女が箒の上に乗る事を再現したかった、というのは秘密である。
「(何か、あたしの秘密が一つバクロされた気がするが、気のせいだよな?……ん?リリィ達か?ッ!?)」
穴を落下していると、違和感を覚えた後で、七美は何者かの気配を感じ取った。
気配は一つしか感じないが、アンドロイドであるリリィ達は、気配を感じないので、当然だろう。
だが、その気配を感じ取った七美は、何故だか身の毛のよだつ恐怖を、近づきながら感じた。
「……何だ?この、身体の芯から凍り付くような感覚は」
一度接触したことが有るシルフィとは、まるで違う気配だと悟った七美は、魔法少女ごっこを止め、自由落下を開始。
感じる気配は、森に足を踏み入れた時点で気づいても、おかしくない位、強烈な物。
恐らく、地上とダンジョンを隔てる何かのせいで、感じ取れなくなっていたのだろう。
そうでもなければ、七美が気付けない道理がない。
「……ん?」
「ッ!?アイツは」
下層にたどり着くなり、七美の視界に入り込んできたのは、金髪エルフの少女。
彼女の前に降り立った七美は、彼女の姿を目にする
髪はボサボサ、というよりは、かなりの癖毛。
着用しているボロボロのローブでわかり辛いが、身体はイベリスと同じくらいのスタイルだ。
そして、エルフとは思えないような、血のように赤い目に、額の大きな傷。
彼女の姿には、見覚えがあった。
「……お前、ルシーラ、か?」
「ッ……何でわたしの名前をしってるの」
「あ、ちょ、ちょっと待て、整理するから」
初対面の七美に、いきなり名前を言われたせいで、相当警戒してしまったらしく、ルシーラは左腰のレイピアに手をかけた。
せめて、敵意と警戒を解かせるために、七美は槍を地面に突き刺し、頭の整理を始める。
ルシーラの事は、シルフィとジャックから聞かされているし、写真も見せてもらった。
なので、本人と断定できたが、彼女の誤解を解くには、やはり、シルフィの名を出すのが一番だろう。
いきなり叔母と名乗っても、変人扱いされて終わりだ。
だが、説得しようにも、七美はジャック程トークが上手くない。
「あなたは誰なの?」
「あ、えっと、あたしは、その……(なんだ?年齢の割に、言葉から幼さを感じる)」
「……こたえて」
「その、あ、あたしは、お前の姉の……シルフィと知り合いでな……その、写真で、見たんだよ、あ、名前とか、ちゃんと、聞いてる、うん」
「シルフィ……シルフィ、お姉ちゃん?」
「そ、そう!あたしは、シルフィお姉ちゃんの、友達なんだ」
「……」
「る、ルシー、ラ?」
シルフィの名を出した途端、ルシーラはうつむく。
そして、口を小刻みに動かしだし、何やらブツブツと呟きだす。
七美の耳は、ジャックのように鋭い訳ではないので、何を言っているのかは不明。
だが、七美の中の本能は、危険信号を告げだす。
「お前が、お前が……」
「(なんだ?マズイ、この状況は、マズイッ!!)」
ルシーラから突然あふれ出てきた、どす黒い殺気。
今すぐにでも逃げださなければ、絶対に殺される。
しかし、逃げたとしても殺されると、本能で気づいた七美は槍を引き抜き、まばたきと同時に、ルシーラの方を向く。
「ッ!!」
その時、七美の目が捉えたのは、ルシーラの持つレイピアの先端。
一秒にも満たず、七美とルシーラとの間は埋められていた。
しかし、七美が反応できないレベルではないのが幸いし、瞬時に飛び上がった七美は、ルシーラの突きを回避する。
「チ」
「この、人の話を聞け!!」
レイピアの突きは、七美の足を掠め、最終的に穴の壁に激突。
土煙を浴びるルシーラの周囲に向けて、七美は六つの筒を展開し、電流を流す。
ルシーラを囲った筒から出て来た電流は、彼女の事を完全に包囲、動きを封じ込める。
さながら、電撃の檻だ。
「……へ~、こんな事できるんだ」
「良いか、あたしは、お前の敵じゃない!シルフィの居場所を聞きたいなら、教えてやる!」
「……てきか、みかたか、そんなのかんけー無い、それに、お姉ちゃんのいるとこは、あなたのあたまから、直接ぬきとる」
「な……お前、意味解っていってんのか!?」
「うん、わかってなければ、言わない!」
「ッ!」
セリフの終了と同時に、ルシーラは七美の形成した檻を突破。
再度、レイピアは七美に向けられ、今度は斬撃を連続して繰り出される。
まるで、レイピアが複数に見えるくらい、高速で繰り出される斬撃。
檻を破壊され、戸惑う七美であったが、僅かな間で繰り出される連撃に慣れていたおかげで、そのレイピアを受け止める。
「お前、一体何なんだ!?」
「……私のこうげきを止めるなんて」
「答えろ!あたしがお前に一体何をした!?」
「……うるさい」
「え?」
レイピアを抑え込む七美の槍は、徐々に押され出す。
しかも、七美の言葉がシャクに障ったのか、ルシーラの力は更に上がる。
その怒りに呼応するかのように、ルシーラの持つレイピアに、鈍い銀色の光が灯り、徐々に黒く染まり、やがて、赤黒い色へと変色する。
それを見た七美は、目を見開く。
「ッ!お前、まさか!」
「どいつもこいつも、私のじゃまばかり!!」
「やめ」
「みんな、消えちゃえぇぇぇ!!」
驚く余裕さえなかった。
まばたきさえする瞬間さえなく、壁に大量の切創ができあがった。
同時に、七美の体も貫かれ、斬られる。
一瞬にも満たない内に、数百という回数の攻撃の中、七美は電撃を発生させた。
本来であれば、周辺の敵を一掃するための魔法だが、ルシーラの攻撃の前には、気休め程度の防御にしかならない。
「ダアアアア!!」
吹き飛ばされた七美は、全身から血を吹き出しながら、近くにあった扉をぶち破る。
ダンジョンの内部へと逃れたおかげで、何とか斬撃に押しつぶされずに済んだが、恐怖はこれで終わらない。
アドレナリンのおかげか、痛みはそれほど感じないが、傷は再生できず、血が垂れ流しになっている。
「……しぶとい、うるさい、うざい、めざわり、そんざいが、じゃまっ!」
「……はぁ、はぁ……」
槍を杖代わりに、立ち上がった七美の目が捉えたのは、大きく目を見開くルシーラ。
その目を見た途端、七美の体は、恐怖に侵される。
鋭い目つきから繰り出される、刃のような眼光。
見るだけで、鼓動は早まり、汗は流れ、息が乱れる。
戦意さえ蝕む恐怖を感じる七美に、ルシーラは容赦無く魔法を繰りだす。
「きえろ、きえろ、きエろきエろきえロ!キエロッ!!」
「させるか!」
左手に、赤黒い球体を作り出したルシーラは、それを七美へと撃ちだす。
まだ恐怖をぬぐい切れないままだったが、七美は槍をつき出し、魔力の球を貫く。
球体は爆散し、発生した衝撃波で、七美は奥の方に居るリリィ達の元に、吹き飛ばされていった。
――――――
そして、ルシーラは、吹き飛ばした七美を追いかけ、思わぬ収穫を得る。
ずっと探していた、シルフィの事を見つけたのだ。
「あ、居た、見つけたよ、シルフィ、お姉ちゃん」
艶やかな笑みを浮かべるルシーラであったが、彼女を前に、リリィ達の内心は、穏やかではなかった。
特にシルフィは、何故ルシーラが七美を攻撃するのか、その理由がわからずにいる。
しかも、ルシーラの持つレイピアを覆う光は、リリィ達のよく知る物。
シルフィの元へと、ゆっくり歩み寄るルシーラを前に、シルフィも戸惑いながら、歩み寄る。
「お姉ちゃ~ん」
「ルシーラ、ちゃ」
「下がってください」
「ッ」
だが、ルシーラからあふれ出る、尋常じゃない気配と殺意を感じ取ったリリィは、シルフィを下げさせた。
同時に、太刀とランスの二つを構えたデュラウス、右目を出し、ナイフを構えたヘリアンも、前に出る。
シルフィの背後でも、七美を守る様に、イベリスとレッドクラウンが後方で待機する。
そして、ルシーラはシルフィの事を下げさせたリリィに、七美にぶつけた物と、同じ目を向ける。
その眼光に負けないよう、リリィは二人よりも前に出て行く。
「誰?じゃまだから退いてよ」
「うるさい、ですよ、退いて欲しかったら、その馬鹿みたいな殺気、抑えてくださいよ……もしくは、そんな危険な技を使う理由を説明してください」
「……そう、どかないんだ」
「待ってルシーラちゃん!リリィ!話を!」
シルフィが何か言いかけた瞬間、ルシーラの姿は、リリィ達の前から消える。
移動した形跡もなく、ヘリアンの目も、ルシーラが動く様子を捉えられなかった。
本当に、その場から姿を消したようにしか、リリィ達には見えなかった。
「一体、どこに」
「後ろだ!リリィ!!」
「ッ!!?」
「お姉ちゃぁん」
リリィ達は、全身の人工筋肉の筋、一本一本に力が入った。
何故なら、三人の後ろに、既にルシーラが居たのだ。
しかも、センサーにさえ反応がなかったので、カルミアに言われるまで、リリィ達は気づけなかった。
驚いているリリィ達を他所に、ルシーラはシルフィの頬に、手を添える。
「会いたかった、ずっと、ずぅ~っと」
「ッ……わ、私も、だよ」
ルシーラに手を添えられたシルフィは、彼女を見上げる。
触れられた瞬間、底知れない恐怖を覚えながらも、シルフィは無理に笑みを浮かべ、返答した。
今のシルフィの感情の割合で、嬉しさはたったの一割にも満たない。
何しろ、喜びたくても、奈落のように深く、不気味な目を前に、シルフィは恐怖を一番に感じていた。
その恐怖を前に、立つ事が精いっぱいな位身体を震わせ、涙を流してしまう程だ。
「……うれしいなぁ、泣いちゃうくらい、喜んでくれるなんて」
「う、うん……」
「……はは、寒いのかな?そんなに震えちゃって」
「そんな訳あるかぁあああ!!」
「その手を放せぇえええ!!」
「彼女に、近寄るな!!」
恐怖におびえるシルフィを前にする、ルシーラに対して、リリィ、デュラウス、ヘリアンは、攻撃を仕掛けた。
リリィは、蒼い炎をガーベラにまとわせ。
デュラウスは、太刀に赤い紫電をまとわせ。
ヘリアンは、ナイフに風をまとわせる。
ルシーラの三方向から、桜我流の技をそれぞれ繰り出すが、三人の攻撃が当たる直前。
ルシーラの顔から、笑みが消える。
「本当に、何でみんな、わたしのじゃまをするの?」
三人の攻撃によって、ルシーラの着ていたローブは裂かれる。
だが、それだけだった。
逆に、奇襲を仕掛けた筈のリリィ達は、一瞬の内にルシーラの強烈な打撃を受けていた。
「アガッ!」
「グッ!」
「ガハッ!」
「人でも無いにんぎょーが、わたしのお姉ちゃんに、近よるな!!」
たった一撃で怯むリリィ達へ、ルシーラは容赦なく追撃をくわえる。
レイピアで斬り、より強烈な打撃をくわえた後で、ヘリアンの足を掴み、他の二人目掛けてフルスイングした。
「どっか行け!」
投げ飛ばした三人に向けて、今度はレイピアの先端に形成した、赤黒い魔力を撃ちだされる。
赤黒い魔力の球は、三人に直撃し、爆散する。
様子を伺っていたイベリスは、恐怖を押し殺しながら、リリィ達を見下すルシーラへと迫る。
「しょせん、にんぎょー」
「よくもあの子達を!」
今の光景だけで、ルシーラの異常性を確信したイベリスは、一撃で終わらせるべく、オーバー・ドライヴを使用。
回せるエーテルの全てを、身体能力に回し、巨大な鉄塊であるメイスを、ルシーラの頭目掛けて振り下ろす。
「……うるさい」
「(いくらこの化け物でも、頭部さえ潰してしまえば!!)」
とんでもない金属音が、ダンジョン一体に響きわたった。
イベリスの全体重、全出力。
出せる力の全てを出したおかげで、イベリスの攻撃力は、限界以上のものとなる。
ダンジョンの頑丈な床に、ヒビが入り、辺り一面に突風が吹き荒れ、シルフィと七美は、その風の餌食となる。
「……このてーど?」
「……そ、そんな」
だが、ルシーラは無傷だった。
それどころか、イベリスの持つメイスに、ルシーラの左手がめり込んでいる。
イベリスのメイスは、簡単に崩れ落ち、破片は金属音を立てながら、地面に落下した。
「わ、わたくしの、メイスが、こうもあっさり」
「じゃま、じゃまじゃま、ジャマ!」
「ダメ!イベリスさん逃げて!!」
黒い感情に支配されるルシーラは、レイピアをつぶしてしまう程の力で握る。
それをみたシルフィは、何が起きるのか、直感で察し、イベリスに警告するが、もう遅かった。
「死んじゃえ」
「ッ!?」
何とか盾を構えたイベリスであったが、無駄な事だった。
イベリスの盾は簡単に貫かれ、その余力を残したまま、わき腹を消失させる。
「アアアアア!!」
「イベリス!」
「イベリスさん!!」
イベリスは、悲鳴を上げ、人工血液をまき散らしながら吹き飛ばされ、柱を破壊しながら、天井に激突する。
その光景を、カルミアとシルフィは目にした。
重装甲が売りの、イベリスのアーマー、レールガンさえ耐えきるシールド、それらを、一撃で破壊し、なおかつ、イベリスに大ダメージを与えた。
とても、自分の目が信じられずにいる。
「ッ、こ、こんな、のの、きき、聞いて、ません、わ……」
大破したイベリスは、床に落下しながらも、何とか立ち上がろうとするが、損傷が激しく、機能を停止させてしまう。
その様子を、レッドクラウンの中で見ていたカルミアは、センサーから、イベリスの反応が消えてしまうのを確認する。
「ウソだろ……イベリスの信号が、途絶した」
驚くカルミアを他所に、ルシーラはレイピアを構え直し、シルフィの元へと移動。
イベリスの大破に目を奪われるシルフィを守る様に、辺りを見渡す。
辺りには、先ほどの攻撃で飛ばされた筈のリリィ達も戻り、既に戦闘態勢に入っている。
オマケに、七美も立ち上がり、何とか立ち直ったカルミアも、参加しようと配置につく。
そんな彼女達を前に、ルシーラは一切の恐怖を感じず、不気味な笑みを浮かべる。
「さぁ、次はだぁれ?」




