想起の戦場 前編
リリィ達がダンジョンに閉じ込められた頃。
七美は、出撃の準備を終えていた。
エーラ特性の武装類と、食料等の物資を詰め込んだアイテムボックスを携え、見晴らしのいいヘリポートに出る。
変態の姿を横目に。
「よう、行ってらっしゃいだな」
「……」
「ちょ、無視は無いだろ!」
なんとも清々しい笑みを浮かべ、手を振るジャックだったが、七美は完全にスルーして進んで行く。
何時もの事とは言え、これからまたしばらく会えなくなるのだから、挨拶位してほしいジャックは、すぐに追いかけだす。
半ベソをかきながら追いかけて来たので、七美は舌打ちをし、今回は特別だと、足を止めて振り返る。
「チッ」
エーラを取り押さえるのに忙しかったせいで、大分予定が遅れてしまっているので、早くしてほしい所。
その気持ちは表情にも現れ、ジャックの事を冷めた目で睨む。
「何だ?」
「まぁまぁ、落ち着けって、またしばらく会えないんだから」
「……そうだが、あたしは別に構わない」
「ふえ~、お姉ちゃん悲しいよぉ」
「うるさい、そもそも、お前は……いや、何でもない……選挙、頑張れよ」
「うん!お姉ちゃん頑張っちゃう!」
「切り替えの鬼だな」
「まぁ、そう言わずに……」
「ッ!」
相変わらず冷たい態度をとって来る七美に、ジャックはウソ泣きをするが、次のセリフで、笑顔を取り戻した。
それから間髪いれずに、ジャックは七美の事を抱きしめる。
しかたがないので、七美はジャックの包容を受け入れ、姉の温もりを味わう。
「……お姉ちゃん、行っちまうが、頑張れよ」
「……わかってる、ジェニーに、よろしくな」
「ああ、アイツの骨も、埋めてやらんとな……それと、最近新作のケーキを練習中のようだが?」
「……ああ、まだ練習中だが、お前が帰って来る頃には、完成させとく」
「おう、楽しみしてる」
七美の背を軽く叩いたジャックは、そのまま基地の中へと戻って行く。
なんとも寂しそうで、重たい背中。
あまり見たくない物だが、先を急ぐべく、七美はリリィ達の向かった方へ、狙いを定める。
六人は、既に先行していると思われるので、急ぐために全身のエーテルを集中させる。
「……フンッ!!……ッ!」
槍を全力で投げた七美は、その後を追って飛び上がる。
そして、投げた槍に追い付いた七美は、槍に座り、槍に乗せられた慣性に従って、リリィ達の元へと向かった。
――――――
その頃、キレンと別れたリリィ達は、一時の休憩を始めていた。
なんとも広い空間で、何時どんな魔物が攻めて来るのか、分からない状況。
とても疲れなんて取れた物ではないが、シルフィが人間である以上、腹は減る。
持ってきた不味い携帯食料を、嫌な表情で食べながら、座り込んでいた。
リリィ達も、特に必要はないが、シルフィに合わせて、床に座り込んでいる。
そんな中で、まだデュラウスの機嫌は治っていなかった。
「あんのクソアマ、マジ気にくわねぇ」
「ああいう奴なんでしょうね」
怒りの理由は、先ほどのキレンの態度。
あの他人行儀な言動は、デュラウスの逆鱗に触れるような事だった。
しかし、シルフィを除き、リリィ達はこれといって気にしていない。
「つか!何でお前らそんなに落ち着いてんだ!?ムカつかねぇのか!?」
「あの人に言う事も、一理あります」
「オメェにアイツの何がわかるってんだ!アアッ!?」
「ちょ、やめてよ、こんな所で」
キレンの言動を肯定するかのような、リリィの発言に、デュラウスは食い掛る。
シルフィに止められながらも、デュラウスはリリィの胸倉を掴み上げる。
それでも、リリィは先ほどの発言を訂正することは無かった。
それどころか、デュラウスに対し、軽蔑に近い眼を向ける。
「……やれやれ、これだから元戦闘用は……地獄も経験した事無いクセに」
「ッ……悪かったよ」
頭に血が上っていた事で、デュラウスは忘れてしまっていた。
デュラウス以外のアンドロイドは、人間達の理不尽のせいで捨てられた。
勝手に作られては、人間達の手となり、足となり命令通りに働き、切り捨てられた。
誰からも称賛されることも無く。
その事を思い出したデュラウスは、リリィの事を手放す。
「……落ち着いた?」
「ああ」
「デュラウスちゃんの気持ちもわかるけど、一旦落ち着かないとね」
「……すまん、俺らしくなかったな」
「血の気が多いのは、貴女らしいとは言えますわね」
「んだとゴラ!?」
「イベリスさん!」
折角落ち着いたのに、イベリスが焚きつけたせいで、また怒りが再燃してしまった。
食料の包みを捨てたシルフィがストッパーとなり、何とかなだめる事に成功する。
彼女達の茶番を見ながら、レッドクラウンから降りたカルミアは、キレンの事について、考えていた。
なぜだか解らないが、カルミアは、彼女に親近感のような物を感じており、少し気になっている。
気付いたヘリアンは、カルミアに話しかける。
「……カルミア、何か?あった?」
「……いや、ただ、アイツの気持ち、わからないでもないと思ってな」
「確かに、褒めは、しないけど、気持ちは、わかる」
カルミアの言葉に、ヘリアンは賛同する。
ヘリアンもカルミアも、というか、デュラウス以外の姉妹は、人間からの迫害を受けていた。
断定はできないが、カルミアの予想では、キレンも過去に、人間から酷い扱いを受けていた可能性はある。
人助けを続けている内に、性根が腐ったというのが、カルミアの推察だ。
「それに、おせっかいで人助けできる奴なんて、ジャックかシルフィ位お人よしじゃないとね」
「悪かったね、お人よしで」
「クク、こう言ったらあれだけど、事実でしょ?アタシ、アンタの事殺そうとしたのに、最終的に助けるなんて」
「ッ、でもさ、ジャックは私以上に、お人よし、というより、おせっかい焼きだからね」
カルミアのお人よし発言で、話に参加したシルフィは、ジャックのおせっかいエピソードを思い出す。
カルミアの言うように、殺そうと襲いかかって来た奴を助けるなんて、お人よしもいい所。
その性格は、ジャックの遺伝だと、認めたくなる。
なんとも、ありがた迷惑な遺伝であるが、ジャックの場合は、お人よしのニュアンスが、多少異なる。
「基地で過ごしてた時、掃除してやるって、無理矢理部屋に押しかけて来たりね」
「ああ、やりそう」
「お節介焼き、というよりは、母親やりたいだけですね」
「多分ね……でも、掃除終わった後で、部屋に戻ったら、私の机に身に覚えのない薄い本が置かれてた……しかも姉妹百合物」
基地で過ごしていた時の、ジャックとの触れ合い。
そのエピソードの一部を話し終えると、場の空気が固まった。
確かに、それほど過激でないにせよ、ピンク色の本は売店で売っているので、シルフィでも手に入れる事は容易。
しかし、リリィが発作を引き起こす事を懸念し、購入はしていない。
ジャックの事なので、やりかねない話だけあって、シルフィには同情しか無かった。
「やりそう、というより」
「やりたかっただけですわね」
「息子の部屋を掃除したら、出て来た薄い本まで整理して机に置いておく、あるあるですね」
「てか、私としては姉妹百合置かれた事が嫌なんだけど……まぁ、全部ジャックごと燃やしたから関係ないけど」
「親に何してるんですか」
「大丈夫、少佐さんには許可とったから」
「そう言う問題じゃねぇだろ」
リリィ達から同情の目を向けられる中で、シルフィは本当に嫌だった事を告げた。
ジャックはともかくとして、シルフィとしては、妹と肉体関係を持つことは避けたい。
なので、姉妹百合だけは、布教しないでほしかった。
とは言え、ルシーラは大切な家族の一人。
なぜかジャックやウルフスから、関わるなと言われているが、大切な妹、いかがわしい関係だけは築きたくない。
「……(そういえば、あのキレンって人、何か既視感があったんだよね)」
ルシーラの事を考えていたシルフィの脳裏に、何故かキレンが映り込んできた。
白髪の知り合いといえば、エーラ位なのだが、キレンの髪は、種族の象徴だとか、アルビノだとか、そう言う類には見えなかった。
そして、おぼろげながらも、既視感を覚えた。
モヤのかかる記憶から、既視感の正体を探っていると、出て来たのは、またルシーラの姿だった。
「(……あれ?……あの子って、確か金髪……)」
金髪である筈の、ルシーラの姿。
だが、白髪の彼女を、目にしたことが有るような気がするのだ。
「……何で、ルシーラ、ちゃんが?」
「……大丈夫ですか?」
「……ゴメン、何か、思い出せそう」
「む、無理しないでくださいよ」
キレンに感じた既視感。
それは、次第にルシーラに結びついてく。
一緒にジェニーの訓練を受けて居た頃、ルシーラは、キレンに似通った外見をしていた。
そして、初めて話した日の事も、同時に浮かび上がって来る。
「……確か、森で、倒れてる所を、お父さんが、つれて、来て……」
「ちょ、ちょっと、大丈夫ですか?」
頭を両手で抑えるシルフィは、ルシーラの姿を始めて見た時の事を思い出した。
――――――
三百年前。
雨の酷い夜の事。
夜の見回りから帰って来たジェニーが、申し訳なさそうな顔を浮かべながら、ルシーラの事を連れ帰って来た。
その時の彼女は、どういう訳か大けがを負っており、大量に出血していた。
放置すれば、確実に死んでしまう状態だったが、ジェニーの処置のおかげで、なんとか一命をとりとめた。
「ねぇ、この子、大丈夫なの?」
「熱が下がっていない、あんまり触っちゃダメだぞ」
「はーい」
体中に薬草と一緒に包帯を巻き、ミイラ状態になっている当時のルシーラ。
当時、シルフィは百歳と少しの年齢という、人間の感覚で言えば、まだ小学一年生位の年齢。
目の前のルシーラを前に、無邪気ながら、少しムズムズしていた。
そんな幼少のシルフィを他所に、ジェニーは買い置きの薬を見に、部屋を移っていく。
「それじゃ、お父さんは薬持ってくるから、イタズラしないで、その子を見てなさい」
「はーい」
返事をしたシルフィは、眠るルシーラに興味を移す。
ジェニーに言われた通り、下手にいじらない様にするが、ウズウズしてしかたがなかった。
同性で年下のエルフは、当時居なかった事も有って、初めての年下に、シルフィは心を躍らせていた。
「……な、ナデナデなら、いいかな?」
お姉さんぶりたい年ごろのシルフィは、ちょっとだけなら、と、ルシーラの頭をなでる。
小声で、よしよしとつぶやき、ちょっとだけお姉さんを堪能する。
そうしていると、ルシーラの瞳から、涙がこぼれ落ちる。
「お、かs……ん」
「……よ、よしよし、大丈夫、怖くない」
「……ん」
「あ」
声をかけながら頭をなでていると、ルシーラの目が、薄っすらと開く。
――――――
「シルフィ!シルフィ!」
「ッ!……私」
記憶に捕らわれていたシルフィは、リリィの呼び声によって、意識を取り戻す。
そのせいで、記憶のビジョンは途切れてしまった。
だが、最後に見えた記憶の後。
ルシーラの目が開いた後、大急ぎでジェニーを呼びに行った事は覚えている。
「……ルシーラちゃん、何であんなに傷ついてたんだろ」
「傷?……そう言えば、准尉が森で拾って来たと、おっしゃっておりましたね」
「うん、でも、結構、というか、かなり傷付いてた、確か、剣の刺し傷とか、切り傷とか」
「お尋ね者、だったのでしょうか?」
「あ、いや、でも、私より何個か下位だから、拾った時はまだ子供だったよ……当時からイベリスさん位のスタイルだったけど」
小声でグチをこぼしたシルフィだったが、少し引っ掛かりを覚えた。
相変わらず、ルシーラの関連する事は、断片的にしか思い出せず、ようやく思い出したとしても、途中で終わってしまう。
今回は、初めて会った日の事という、普通にしていても、思い出せそうにない事を、今回は思い出した。
だが、何故傷付いていたのか、その後どうなったのか、詳細な事までは思い出せないでいる。
「……ルシーラちゃん」
「大丈夫ですよ、きっと、全部思い出せます、それに、妹さんを探すのは、貴女の本来の目的でしょう」
「そう言えばそうだったね」
リリィとシルフィは、すっかり自分たちの世界に入ってしまい、心置きなくイチャつき出す。
もちろん、まだ休憩の際中なので、姉妹達は目の前に居る。
おかげで、また羨ましい所を見せつけられている。
「クソがクソがクソが」
「落ち着いて、どうどう」
「少しは状況考えろや、チクショウめ」
「お顔が歪んでいましてよ」
相変わらず嫉妬深いカルミアとデュラウスであったが、ヘリアンは今回、なだめる側に回っていた。
イベリスと一緒に、嫉妬で今にも暴れ出しそうな二人を止める。
そうしていると、遠くの方から、爆発音が響き渡る。
「何だ!?」
「新手?」
「ッ」
雷鳴のような音。
恐らく、応援として駆けつける予定だった七美だと推察し、一行は、すぐに戦闘態勢をとる。
カルミアも、早急にレッドクラウンに搭乗し、警戒を始める。
そんな中で、シルフィは呆気に取られていた。
「え、な、なん、で?」
「シルフィ?どうしたのですか?」
「……何で、七美さんと、ルシーラちゃんが?」
「え!?」
シルフィの衝撃的な発言に、リリィは爆発のした方を振り向く。
確かに、七美の物と思われる電撃が走り回っており、そのすぐ近くには、別の強力な反応も有る。
それがルシーラだと、断定はできないが、見る限り、七美を相手に圧倒しているようだ。
かなり苦戦しており、再度起こった爆音と共に、七美はリリィ達の元へと吹き飛ばされてくる。
「ッ!」
「ガアアアア!!」
「七美さん!」
飛ばされてきた七美は、イベリスとデュラウスによって受け止められ、丁重に降ろされる。
傷だらけの彼女の元へと、リリィ達は駆け寄り、シルフィは、身体を震わせながら、七美が吹き飛ばされてきた方向を見つめる。
「曹長!一体何が!?」
「お、お前ら……に、逃げろ」
下ろされた七美は、全身をきざまれており、傷も治っているようには見えない。
動けない事は無いだろうが、ダメージが深刻すぎる。
そんな七美の容態を、心配したいシルフィであったが、七美が飛ばされてきた方から、巻き上がる煙の中から出て来る影に、目を奪われていた。
「……あ、ああ」
「ッ、まさか、あれが」
「……ルシーラ、ちゃん」
煙から現れたエルフの少女は、レイピアを片手に、リリィ達の元へと歩み寄って来る。
そして、一行の中から、シルフィの姿を見つけるなり、殺気に染まっていた表情から、一気に艶やかな笑みを浮かべる。
「あ、居た、見つけたよ、シルフィ、お姉ちゃん」




