追憶の迷宮 後編
リリィ達が部屋の奥に閉じ込められ、一時間が経過。
ダンジョンに閉じ込められるという状況に、戸惑っていた彼女達だが、すぐにそんな事はどうでも良くなった。
「……何でこんな目に」
「こっちは軽い気持ちで来てんだから、心の準備位させろって話だな」
リリィとデュラウスは、背中合わせになりながら、蒸発して行く魔物達を眺めていた。
閉じ込められた、という事自体解決した訳ではないが、それ以前に、襲い掛かって来た大量の魔物達を前に、三周回って冷静になってしまった。
何しろ、襲いかかって来たのは、ゴブリンやトロール等の上位個体だけでなく、ゲームなら、ボスキャラ扱いの化け物たちの上位種。
おかげで、いつになく苦戦を強いられた。
「ダークネス・サイクロプスに、インフェルノ・ケルベロス、それに、ヘル・サラマンダー、葵さん達から頂いた情報によれば、一体や二体相手するだけでも、Bランク以上の冒険者数個小隊分は必要な個体ばかり」
「はぁ、こんな激戦になるとは、思ってもみませんでしたわ」
「(苦戦したとはいえ、そんな魔物をこの人数でやれるリリィ達って)」
リリィの近くでは、血がベットリと付いたメイスを拭うイベリスが、ため息交じりに呟いた。
ストレリチアのレールガンや、レッドクラウンのビーム砲さえ、耐えきるような連中だった。
おかげで、全員がオーバー・ドライヴを使用する羽目になった。
葵達も、討伐した事はあるようだが、その時は他のパーティと合同だったとの事だ。
そんな魔物達を少人数で倒したことに、シルフィはちょっとした恐怖を覚えていた。
「でもまぁ、結果的に勝てたし、別に良いだろ」
「でも、結構、苦戦した、となると、ここは、かなり深い部分」
「そうなるな」
「連戦ともなりますと、わたくし達でもどれほど持つか……」
ヘリアンの言う通り、先ほどまで戦っていた魔物達は、リリィ達でも苦戦をしいられたレベル。
それも、大群で攻めて来た。
質や量を考えても、以前リリィ達が迷い込んだポイントより、はるかに深い。
だが、ダンジョンである以上は、必ずどこかに出入り口がある。
「さて、ここに居ても、しかたありません、移動して、出入り口を探しましょう」
「でも、アテも無く探すのは危険じゃない?」
「そうですが、扉が消失した以上、これ以外方法は有りません……ですが、冒険者にさえ出会えれば、出入り口に位置を聞き出せます、それに賭けましょう」
シルフィの言う通り、今回は退いたが、次も簡単に行くとは限らない。
リリィ達の強さであれば、それほど気にするような事も無いだろうが、ダンジョンには未知の強敵が居る事も有る。
補給も限られているので、アテも無く動き回るのは危険だが、今はそれ以外に方法が無い。
しかたがないので、リリィ達は行動を開始する。
「なぁカルミア、こんなとこ、見た事有るか?」
「いや、アース・ドラゴンを回収するために、それなりに深い場所まで潜ったけど、こんな所は初めて」
道中、デュラウスがカルミアに、この場所の記憶があるか尋ねたが、カルミアも、こんな場所は初めてらしい。
アース・ドラゴンが居たのは、当時この世界の冒険者達が到達していたポイント。
おかげで、タイラントや、他のドラゴン系のような魔物も、使役できた。
だが、現在地で遭遇した魔物達の質や、物量を考えても、かなり深い場所だ。
「……ん?」
「どうしました?」
「……誰かいる」
「え?早速ですか?」
「うん、でも、魔物の気配も有る」
弓状態のストレリチアを構えたシルフィは、誰かの気配を察した。
敵意こそ無いが、近くに魔物の気配も感じるので、警戒を強める。
全員武器を構えながら、気配のする方へ移動して行くと、次第にテントが姿を現す。
「これって」
「キャンプの、跡」
「……火が消えて間もない、でも、こんな所に人何て」
見つけたのは、誰かがキャンプをしていた跡。
テントだけでなく、物資の入っている木箱や、焚火の跡もあるので、完全にこの辺りに住み着いている。
リリィ達でも苦戦するような魔物が、大量にはびこるこのポイントに住む。
そんなバカみたいな事をする人間は、リリィ達の知る限り、ジャックか七美位だろう。
この世界で知り合った人間にも、そんな事をするような人間はいない。
「ワンッ!!」
「ッ!?」
「何だ!」
調べていると、かなり声の太い犬に吠えられた。
犬の声がした方へと、全員一斉に武器を向け、その姿を視界にとらえる。
白銀の毛並みを持った、巨大な犬、というより、狼が威嚇しながらリリィ達の前に立ちはだかっていた。
「こ、こいつは」
「フェンリル、こんな個体まで……大きさ的に幼体だけど、油断すんなよ」
体長三メートルはある、巨大な狼。
カルミアは、いままで集めたデータを元に、解析を行った結果、一番近いのはフェンリルという事が判明した。
狼系列の魔物の中では、最強クラスの個体だ。
見たところ子供であるが、リリィ達でも、どうなるか解らない。
緊張を漂わせていると、響いて来た少女の声によって、少しだけ和らぐ。
「ちょ、タイム!タイム!……もう!勝手に飛び出ちゃダメって、言ったでしょ!」
「ク~ン……」
「……だ、誰?」
どこから出てきたのか解らないが、リリィ達の警戒を解いたのは、フェンリル同様、銀色の髪を持つ少女。
エーラと同類かと思ったが、獣の耳や尻尾が見られず、エルフという訳でもない。
比較的軽装の甲冑に、剣が一本と、ナイフが複数に、ヘルメットも着けていない。
とてもこんな高難易度の場所で、生活できる恰好には思えない装備の少女は、フェンリルの頭を掴み、お説教を始める。
「もう、メ、だよマルコ、僕の言う事は、ちゃんと聞かないと」
「ク~ン……」
「うん、反省できてえらい、次は気を付けてね」
「ワン!」
「……あの、貴女は?」
まるで、ペットの犬と、その飼い主のようなやり取りにリリィ達はすっかり硬直していた。
リリィは、その硬直を破り、銀髪の少女に話しかけた。
だが、少女はマルコと呼ばれた少女は、少し暗い顔をしながら、リリィ達の方を向く。
手は剣に添えられており、敵意も薄っすらと感じる。
「……それより、先にそっちが名乗るのが、筋じゃない?」
「……失礼しました、私はリリィ、この子は、シルフィです」
「よ、よろしく(……この子、目が灰色?違う、私と同じ?……何だろう、なんか、既視感が……)」
「それと、その他大勢です」
少女の発言に従ったリリィは、自分とシルフィの紹介はするが、カルミア達は適当に済ませた。
その事に腹を立てたデュラウスは、鋭い蹴りをリリィの腰へとおみまいする。
「フンッ!」
「ゴフッ!」
「……今のはリリィが悪い」
良い感じのものを貰ったリリィは、その場にしゃがみこんでしまうが、他の面々は、彼女を完全無視。
シルフィも、完全にリリィが悪かったので、特に弁護することなく、話を続けさせる。
「ごめんね、この子達は、リリィの妹の……」
「カルミア」
「デュラウス」
「ヘリアントス、ヘリアンって呼んで」
「イベリスと申します」
自己紹介を終えるが、それでも少女は警戒を緩めておらず、キツイ目つきは緩まない。
だが、一応敵意が無い事は伝わったらしい。
「僕は、キレン、この子はマルコ」
「ま、マルコ?」
キレンと名乗った少女だったが、隣に居る狼の名前に、シルフィは目を丸くした。
何しろ、マルコ感が一切ないのだ。
全く丸く無く、むしろギザギザに尖っているようにしか見ない。
しかし、キレンは普通の犬のように、マルコをなで始める。
「そ、さっきはごめん、そこの黒いのに反応しちゃったみたいで」
「そ、そうなんだ……(丸!フェンリルが普通の犬みたいに可愛がられてる!てか、普通に可愛い!)」
「マルコ……もしかして、マルコシアスから、とってる?」
「まぁね」
「それ、魔物ってか悪魔じゃん」
「良いじゃん、似たような物だし」
「そう言う物?」
フェンリルに、狼の悪魔の名前を付けた事で、少し話が弾んだが、復活したリリィは、キレンに、鋭い目つきを浮かべる。
今リリィ達が居る場所は、先ほどの戦いがあった場所から、それほど離れていない。
そうとう鈍くなければ、先ほどの戦闘に気付いてもおかしくはない。
距離的にも、戦闘が終わるころには、移動はできる。
「あの、先ほど私達は戦っていたのですが、その戦闘はお気づきに?」
「……まぁね」
「ああ、だから隠れてたの」
リリィの言い放った質問に、キレンがうなずくと、何故キレンが身を隠していたのか、シルフィは納得する。
先ほどのような大群を前にすれば、普通は隠れるか逃げるかの二択だ。
戦闘の規模から考えても、姿をくらました方が、けん命な判断といえる。
しかし、キレンは、シルフィの言葉には、首を横に振る。
「そっちは残念、単純に君達が来たから隠れたの、人を斬る訳には行かないからね(ま、あのエルフ以外は、違うみたいだけど)」
「そうですか、ま、隠れた理由については言及いたしませんが、私達が戦闘をしている時、何処に居たのですか?」
「……君達には関係ないよ……もしかして、何で助けに来なかったのか、とでも言いたいの?」
「そうではありません、お騒がせしてすみませんと、申し上げたかったのです」
「そう……良いよ、この辺りだと、あの程度珍しくないから」
今の程度が珍しくない。
その発言で、キレンはこの辺りに長く活動している事が判明した。
しかも、リリィ達でさえ、全滅させるのに一苦労させた大群を、あの程度、と称した辺り、かなりの実力者だ。
「そうでしたか……所で、出入り口が何処にあるか知りませんか?私達、迷ってしまって」
「……そうなんだ、ま、気を付けてね」
「……それだけですか?」
「え?それだけ、だけど?」
「ッ」
キレンの態度に、リリィは少し頭に来た。
完全に他人事感を出しているので、思わず殴りかけたが、社交辞令として我慢する。
リリィは、自分にも悪い部分は有ったと言い聞かせ、先ほど採取できた魔石をいくつか差し出す。
「……すみません、出口を教えてください」
「……ッ」
「あ」
「テメ!」
キレンは、差し出された魔石を、手で払いのけた。
彼女の態度に、リリィ以上に頭に来たデュラウスは、手を出しかけるが、リリィに止められる。
このような事をされる事位であれば、リリィは予想通りだった。
「おい、どういうつもりだ?」
「悪いけど、お金とかそう言う問題じゃない、そもそも、僕は人を助けない、なにが有ってもね」
「チ、クズ女が!」
キレンの発言に、デュラウスは殴り掛かろうとするが、今度はシルフィも一緒に止めに入る。
それに続き、イベリスも止めに入りだす。
「ちょっと、デュラウスちゃん、落ち着いて!」
「落ち着けるか!」
「初対面の方に危害を加えるおつもりですか!?」
血相を変えて襲い掛かろうとするデュラウスは、二人に任せ、リリィはキレンの前にでる。
正直、彼女の言う事も解らないでもない。
彼女には、リリィ達を助ける理由は、今のところない。
だが、先ほどの冷たいセリフを吐く理由にはならいが、ここは大人の対応を見せる。
「妹がすみません、訳は訊ねませんが、気持ちはわかります……大方、助けても、自分が得をするわけでは無いから、といった所でしょう」
「へぇ、納得できるなんてね……ま、あながち間違いじゃないよ、おせっかいの情けなんて、人の為にも、僕の為にもならない……助けたとしても、全てそいつの望み通りに運んでなければ、罵倒や叱責、助けられた恩なんて、感じないやつばかりだもの」
キレンの言葉に、シルフィも少し怒りを感じ出すが、共感もしてしまう。
デュラウスも、彼女の発言は少し解るが、認めたくないような事でもある。
そんな中で、二人以外は、首を縦に振った。
何しろ、心当たりしかなく、キレンの性根が腐った理由は、何となく察した。
「……では、どうやら、私達はここに居ては邪魔のようですね、これで」
「おい!リリィ!何納得してんだ!?」
「まぁまぁ、もう行こうよデュラウスちゃん」
「……チッ」
舌打ちをしながらも、デュラウスはシルフィとイベリスをはねのけ、先に行ったリリィの後を追う。
そして、イベリス、カルミア、ヘリアンも続くと、最後にシルフィが頭を下げて、彼女達の後を追いかける。
マルコと一緒に残されたキレンは、彼女達の後ろ姿を見送りながら、過去の事を思い出す。
「……そうだ、誰かを救っても、救った本人は、救われない……誰も、救う人の痛みを知らないから」
「……ク~ン」
「……あ、ゴメンね、そろそろ、ご飯にしようか」
「ワン!」
すり寄って来たマルコに、キレンはホホを緩ませる。
そして、食事がまだだったことを思い出し、準備を始める。




