追憶の迷宮 中編
ジャックとヘリアンが、一時的に帰還した翌日。
シルフィは、宿屋の一室にて、里で見つけた本に目を通していた。
「ルー、レグザ、コマーン……えっと、こっちは、るーふぃ?……じゃない、リーフオん?……何だったかな~」
シルフィは、記憶を頼りに、本の解読を進めていたのだが、ほとんど頼りにならず、解読は進んでいなかった。
文字自体は、地下で見つけたコンピューターのキーボードと同じ物。
しかし、ジャックとリリィも、知らない文字であるうえに、記憶も曖昧、解読が難航していた。
「どうです?進行の方は」
「あ、リリィ……全然だよ、記憶も曖昧だし」
頭を悩ませていると、リリィが部屋に入って来た。
彼女の姿を見るなり、シルフィは、本を読んでいた疲労が晴れたかのように、笑みを浮かべる。
そんなシルフィへと歩み寄ったリリィは、後ろから抱き着く。
以前のシルフィであれば、かなり動揺したかもしれないが、慣れたのか、快くリリィを受け入れる。
「焦る事は有りません、世界が滅ぶわけでもないので」
「そうだけど……でも、この本がカギのような気がするの、私が、どうして色々忘れているのか」
シルフィとしては、自分の記憶や、色々と浮かんできた謎を解くカギは、本の解読に有ると考えている。
本の文字を見ていると、何かを思い出しそうになるので、間違いはない。
なので、必死に解読に勤しむシルフィだったが、リリィにとっては不服でしか無く、不機嫌そうに眼を細める。
「それもいいですが、本ばっかではなく、もう少し私にもかまっても良いかと……」
「昨日さんざんかまったでしょ……てか、いい加減無機物とか機械に嫉妬するの、止めたら?こっちも気が休まらないから」
「そうですけど……」
つい先日、さんざん交わったのだが、シルフィの意識がこうして本にばかり向いてしまっている。
この事が、どうしても嫌だった。
そんなリリィの気持ちを汲み取ったのか、シルフィは席を立つ。
「もう、相変わらずかまってちゃんだよね」
「良いじゃないですか、それに、私の胸でワンワン泣いてた貴女に、言われたくないですよ」
「そ、それは……で、どうするの?」
「そうですね、丁度、私達二人だけですし」
立ち上がったシルフィは、リリィと抱き合いながら、話をした。
そして、話を終えると同時に、リリィは背伸びをしながら、シルフィと唇を重ねる。
身長差のせいで、立ってキスをするときは、どうしてもリリィが苦労する形になってしまう。
「ん……はぁ、歯がゆいですね、こんな風につま先で立たなければならないとは」
「でも、必死に背伸びするリリィ、とても可愛い」
「う、うるさいです」
シルフィの言葉に、恥ずかしさを覚えながらも、リリィはもう一度唇を塞ぐ。
いっその事、義体を新調して、身長をシルフィと同じにしてやろうかと思ってしまいながら、リリィは唇を離す。
どうやら落ち着いたらしく、シルフィは昨日の事について訪ねだす。
「……ねぇ、そう言えば、昨日アラクネさんと何か話してたの?」
「ああ、いえ、ちょっと、お話とプレゼントを」
「プレゼント?」
「ええ、彼女用に調整したスーツと、無線機を予備含めて三つと、アイテムをいくつか」
「何でそんな」
「大尉と話し合って、許可は取りました」
昨日、リリィは蜘蛛達の山にて、アラクネと二人で話をしていた。
周りの人間にも聞かれたくない話だったので、第三者の介入しにくい山を選んだ。
その理由は、ここに来たもう一つの目的。
アラクネ達に、エーラが開発したアイテムを、いくつか横流を行う事。
ジャックと少佐からは、許可をとっており、色々と足跡も消してある。
その事を伝えたリリィは、シルフィともう一度キスをしようとする。
「ま、それはさておき、もう一度」
「また?」
「何度しても、減る物ではありませんから」
「もう」
「お楽しみのとこ失礼」
「チ(メスガキが)」
「あ、カルミアちゃん」
だが、そう単純には運ばず、シルフィ達の部屋に、カルミアが入って来る。
口元がピクついている辺り、結構ご立腹のようだ。
お楽しみを邪魔され、嫌そうな顔を浮かべるリリィを無視するカルミアは、二人の元に歩み寄っていく。
「アンタねぇ、ヘリアンから通信が来たから、シルフィ呼んで来るだけでしょ」
「良いじゃないですか、姉たる私の特権です」
「何が特権だ、これならイベリスに行かせるんだったよ」
「まぁまぁ、それで、ヘリアンさん、戻って来るの?」
「そう、少佐から、引き続きあの部屋の事を調べてくれって、もう一度里に行って、調査を再開することになった」
「ちょ、重要な話じゃん」
「だからさっさと呼んできてほしかったの」
「ホントにゴメン!」
カルミアから重大な事を伝えられたシルフィは、すぐに頭を下げ、本と装備を持って、宿を飛び出していく。
勿論、目的地は故郷の里だ。
――――――
暫くして。
リリィ達は、大量の武器弾薬を持って戻ってきたヘリアンと合流を果たした。
今回は、ヘリよりも大きな輸送機を使い、レッドクラウンと、その予備パーツも輸送してきた。
「お疲れ様です」
「うん、大変だった」
「お、エーテル・ギアまで持ってきたのか」
「うん、必要に、なるだろうから」
リリィ達は、ヘリアンの持ってきた武器を下ろしていき、アイテムボックスへと詰め込んでいく。
持ってきた武器の中には、リリィ達のエーテル・ギアも入っており、意気揚々と装着を始める。
シルフィも、久しぶりにストレリチアに袖を通し、ウキウキとしている。
「懐かしいね、もう何か月ぶりかな?」
「そう言えば、シルフィは数か月ぶりでしたね」
「装備が終わったら、皆、聞いて欲しい、ことが有る、後で、いい?」
感慨に浸っている間に、武器の積み下ろしは終了し、輸送機のサブパイロットとして来てくれたスタッフを見送る。
その後で、ヘリアンは少佐からの伝言と、出発前に起きたトラブルについて、報告し始める。
「……それで、聞いて欲しい事って?」
「……まず、私達は、基本的に、身を隠す事が、優先、このダンジョンを、調べた後は、どこかに、身を隠す」
「それは承知しておりますわ、他に何か無くって?」
「えっと、曹長が、繰る筈だったけど、先に、行動する事に、なった」
「七美も来るのか?」
そう、ヘリアンの言う通り、今回は七美もくる予定だったのだが、ちょっとしたトラブルで、足止めをくらっている。
何しろ、目覚めたエーラが、再度研究にのめり込もうとしたのだ。
ジャック達が持ち帰った情報に、余程興味をひかれたらしく、今度は一週間でも二週間でも、徹夜する気で居た。
なので、今はジャックと七美によって、押さえつけられている最中である。
「その筈、だったけど、六徹した後なのに、また無理しようと、していたから、ジャック達に、足止めされてる」
「成程、それで遅れると」
「そう」
「無理も無いか、ただでさえ、新型の義体の研究にお熱だったし、そこにアタシらの見つけた情報に、テクノロジー、目にすれば、エーラなら食いつくか」
「流石カルミアちゃん、最近のエーラさんに詳しいね」
「まぁね、褒められても、あんまり嬉しくない事だけど」
ヘリアン達の話を聞いていたカルミアは、レッドクラウンを起動させながら、エーラの現状について話した。
嬉しくも無い事で、褒められながらレッドクラウンを立ち上がらせると、他のメンバーからの視線を集める。
改めて、レッドクラウンの大きさを認識すると、一つ問題が浮上した。
「……あの、貴女も来るつもりですか?」
「え?そうだけど?悪い?」
「悪い、というより、入り口が、とてつもなく、狭い」
そう、レッドクラウンでは、地下の入口を通る事すらできないのだ。
それどころか、入り口のある部屋まで行く事も叶わない。
報告で、そのような事を言っていたのを思い出したカルミアは、口内のビーム砲を起動させる。
「あ、そういや、そんな事言ってたな……よし、下がってろ、主砲で吹っ飛ばす」
「ちょ!やめてよ!あんなのここで撃ったら、大騒ぎだって!」
「え~、そうでもしないと、レッドクラウンが入れないし、それに、エルフの里なんて、吹っ飛ばしてナンボでしょ?」
「アンタもかい!?もう良いよそのネタ!一体何時の話!?」
「懐かしいですね、まぁ、昔の天丼に、いくら新しい物乗せても、無意味ですが」
ビーム砲をチャージするカルミアであったが、シルフィによって止められ、カルミアは渋々砲門を引っ込める。
それと同時に、色々懐かしい話題も上がって来たが、シルフィとしては、もう聞き飽きた話題だった。
その横で、感慨に浸るリリィのセリフを聞いていたヘリアンは、変な事を口走りだす。
「でも、これから先、作者も書いてて、勝手に鬱に、なりかけた、展開になるから、今のうちに、ギャグを入れといたほうが、良い」
「え?」
「……ん?」
ヘリアンの発言で、場の空気が変に氷付いたが、ヘリアン自身も、自分で何を言ったのか覚えてないのか、首を傾げてしまう。
「あれ?私、何か、言った?」
「……と、とりあえず、カルミアちゃん、どうしても来たい?」
「……できれば」
「……しゃぁねぇな、いっそバラして運ぶか」
「え、マジで言ってる?」
「しかたありませんわね、その大きさでは、アイテムボックスにも、入りませんわ」
「う」
とりあえず、ヘリアンの発言は置いておき、デュラウスはレッドクラウンを運び入れる方法を提案する。
カルミアとしては、整備以外でレッドクラウンをバラバラにすることは、できればしたくない所。
しかし、イベリスの言う通り、レッドクラウンの大きさでは、アイテムボックスにさえ入らない。
容量的に入らない事は無いが、今の状態で入れようとすれば、袋がはち切れる。
なので、カルミアは仕方なく、レッドクラウンの解体を決めた。
――――――
一時間後。
一行は、レッドクラウンを解体し、地下へと移動。
最下層へと辿り着き、レッドクラウンの組み立て作業も完了した。
弾薬類も、先に詰め込んでいたので、既にアイテムボックスはパンパンの状態だったので、一部パーツは、素手で運ぶことに成った。
「はぁ、やっと終わりましたね」
「普段なら、クレーンとか使う作業だし、ま、エーテル・ギアがあるし、楽勝だろ……しっかし、本当に環境がダンジョンとはな」
「カルミアちゃん、ダンジョンに行った事あるの?」
「まぁね、基地の地下にも入り口有るし、あの島とかで使った魔物の回収とかしてたから」
「なるほど」
リリィの愚痴を聞き流し、カルミアはレッドクラウンを起動させながら、シルフィの質問に答えた。
カルミアにとって、ダンジョンはかなり慣れ親しんだ環境。
魔物の回収や、レッドクラウンの試運転等で訪れたので、このメンバーの中では、経験は一番多い。
話を終えると、駆動系や、武器に何の異常も無い事を確認し、レッドクラウンを立ち上がらせる。
相変わらずの大きさであるが、この先の扉は、何とかくぐれそうだ。
「よし、先に進むとするか」
「そうですね、さて、行きますか」
「うん、それじゃ、早速、開ける」
「任せろ」
レッドクラウンの起動を確認するなり、リリィ達は部屋の有る方を振り向く。
何故だか、以前と比べて、禍々しい雰囲気をおびており、入る事をためらってしまう。
しかし、こんな所で止まっていられないので、早速、デュラウスとヘリアンが、部屋へと通じる扉に手を置く。
この先に何が有るのか、わかりきっているが、警戒する事に越したことは無いので、気を緩めずに扉を開ける。
「……あれ?」
「……どういう、事?」
扉の先には、何も無かった。
厳密には、部屋は有るのだが、先日見た物とは違う。
まるで、どこかの神殿のように、柱が等間隔に置いてある、真っ白な空間。
雰囲気のまるで違う場所を、目にしたリリィ達は、思わず硬直してしまった。
「おい、どういう事だ?これは、昨日まで、確かにコンピューターの有った部屋だったよな?」
「ええ、間違いありません、写真も有りますし」
「途中で道を間違えたのではありませんか?」
実際にあの部屋を目にしたメンバーは、状況が全く分からなかった。
証拠となる写真は勿論、ヘリアンは実際に、コンピューターにアクセスした。
物が無くなっている、というのであれば、まだ納得はできたが、環境そのものが変わっている。
イベリスの言う通り、道を間違えたのかと、一瞬思ったが、ここまで一本道、間違える筈がない。
「ここまで一本道だっただろ?そいつはあり得ねぇよ」
「そ、そうでしたわね」
「ですが、調べてみましょう、何か解るかもしれません……イベリス、先頭を任せます」
「了解しましたわ」
「じゃ、アタシは最後尾になる」
「お願いします、シルフィは、私から離れないでください」
「わかった」
怖い物見たさで、リリィ達は順番に部屋へと入って行く。
周辺を警戒しつつ、メイスと盾を構えるイベリスから順に、部屋へ侵入する。
入ってみると、その空間はとても広い。
身長五メートルのレッドクラウンが、思う存分暴れられる位だ。
部屋というには、あまりにも広い環境だ。
「レッドクラウンが入っても、余裕が有りやがる」
「……ここがダンジョンだとすれば、それだけ大きな魔物が生息している可能性がありますね」
「だったら、戦いがいが有るぜ」
「調子に乗らないでくださいませ」
デュラウスの発言に、イベリスが注意していると、彼女達の後方から、重々しい音が聞こえて来る。
まるで、扉を閉じたかのようなその音に、六人は顔を青ざめる。
「おい、何だ?今の音」
「ま、まさか」
恐る恐る振り向いた先には、壁しかなかった。
出入り口の類は無く、それどころか、最初から扉なんてそこに無かったように、消えてしまっている。
それを見たカルミアは、壁へと駆け寄る。
「ど、どう言う事だ!?扉が消えやがった!」
「そんな!?」
壁にたどり着くなり、カルミアは乱暴に叩き出す。
だが、叩けど、蹴れど、もはやそこは、ただの頑丈な壁。
レッドクラウンの打撃をくらっても、まるでびくともせず、扉として開く事は無かった。
それどころか、レッドクラウンのセンサーでも、そこに扉が有ったという事は、立証できない。
「……う、ウソだろ、扉が、完全に消えやがった」
「と、言う事は」
「私達、閉じ込められちゃったの?」
「というより、ダンジョンに締め出された、といった所でしょうか」
「マジかよ」
「そんな……」
――――――
リリィ達が困惑している頃。
一人の少女の元へと、白銀の毛並みを持つ一匹の狼が駆け寄っていた。
「……ん?如何したの?マルコ」
「ワン!」
マルコと呼ばれた狼は、主である少女に、頭をわしゃわしゃと撫でられながら、感じ取った気配を報告した。
たった一吠えだったが、少女は目を丸めてしまう程、なんとも珍しい事を告げられた。
「……え、珍しいね、こんな所に人が来るなんて……ま、僕には関係ないけど」




