追憶の迷宮 前編
シルフィの里を調査した翌日。
アラクネ達は、前日に帰宅したので、彼女達を除き、一行は宿泊した宿の一階で、顔を合わせていた。
因みに、ジャックとイベリス以外は、不機嫌極まりない顔をしている。
「ゆうべはお楽しみだったようで」
「あ、あははは」
カルミアの発言に、シルフィは顔を赤くしながら、なんとも言えない笑みを浮かべた。
その横では、リリィがホワホワとしながら、余韻に浸っている。
明らかに、ついさっきまでお楽しんでいた様子なうえに、シルフィの首筋には、赤い跡がいくつも見られる。
この宿の壁は薄く、ジャックでなくても地味に聞こえて来るので、ジャック以外は、ほぼ生殺し状態だった。
因みに、ジャックの方は、コーヒー片手に、肌をやたらとツヤツヤさせている。
「いや~、俺はいい娘達を持ったぜ」
「お前はそれで良いのかよ」
「娘の幸せを祝福できない奴なんて、人間失格だぜ」
「書類審査も通って無いような奴が何言ってんだ」
カルミアとデュラウスのツッコミを無視しながらも、ジャックは煙草に火を付ける。
紫煙を吹かしながら、ジャックは朗らかな笑みを崩すことなく、リリィとシルフィの関係を祝福する。
だが、その笑みの片隅には、多少の影が有った。
「……俺は良い家族を持てたものだ、まぁ、心残りは有るが」
「心残り?」
「そうだ」
ジャックの言う心残り。
普通であれば、生まれる瞬間に立ち会えなかった、とか、赤子のシルフィを抱けなかった。
といった事を想像するだろうが、ジャックは違った。
「この胸で、シルフィに授乳できなかった、これが俺の唯一の心残りだ!」
「誰かコイツの口縫い合わせて乳もぎ取れ」
超大マジメに言い放ったジャックの言葉に、デュラウスは呆れかえった。
他のメンバーは、地味に予想通りだったので、それほどの反応はせず、呆れながら聞き流した。
だが、リリィだけは、何故か過剰に反応を見せ、席から立ちあがって、ジャックを上から睨みつけだす。
「大尉、そう言った発言はいかがな物かと」
「ほう、姑の俺にたてつくと?」
「ええ……シルフィに授乳するのは、この私の役目です!」
「おい、誰かこのバカ共止めろ」
ジャックに反発するリリィであったが、彼女の発言も、聞くにたえない物。
いい加減にやめて欲しいと思いながらも、デュラウスが静止を要求したが、呆れてしまっている他のメンバーは、止めに入ろうとしなかった。
そのせいで、二人の言い合いは、更にヒートアップし、ジャックも席を立ち、リリィの前に立ちはだかる。
「介護用ふぜいが、随分ないいぐさだな」
「介護用、ふぜい、ですか、知らないのですか?最近のオプションには、あんな事でもこんな事でもできる物が有るんですよ」
「アアン!?その程度で勝ち誇ってんじゃねぇぞ!この前そう言うのできるって言って、シルフィにドン引きされてただろうが!」
「ッ、そんな所まで聞いてるとか、もうプライバシーの侵害ですよニコ厨!そもそも、酒に煙草好きのアンタが授乳とか、シルフィに不健康極まりねぇだろうが!それ位認識しとけや!」
「テメェこそ!何がプライバシーの侵害だ!んなもん、テメェらも造作も無くできんだろうが!そもそも!テメェはテメェで、ただ赤ちゃんプレイがしたいだけだろうが!この変態が!」
二人の言い合いに、シルフィ達は完全に他人のフリをするべく、席を移動。
もう聞いているだけで恥ずかしく成ってしまうが、そんな事はお構い無しに、二人の喧嘩は続く。
いや、既に手が出てしまっており、拳と暴言が飛び交い出す。
「誰が変態だ!テメェにだけは言われたくないわ!腹ぶち抜かれて死ね!主役でもない炎使いキャラなんて、中盤差し掛かった辺りで見せ場もらって死ぬのがお決まりの敗北者じゃけぇ!」
「敗北者はテメェだ!青髪とか緑よりの髪色のヒロインなんざ!良い感じのポジションとか人気持つくせに、結局主人公に選ばれる事は滅多に無い悲しきヒロインの象徴だろうが!溶鉱炉で溶かしたろうか!?ガラクタが!!」
「ねぇ、アンタ等うるさい」
「アアン!?なんか言ったかゴラ!?」
「外野がしゃしゃり出てくんな!」
二人の言い合いを仲裁したのは、一人の少女。
喧嘩が白熱している真最中のせいで、関係のない少女にも、暴言を吐くが、止めに入った少女を見た途端、二人は硬直する。
二人の視界に現れたのは、拳をバキバキと鳴らす、ラズカの姿。
目には影がかかり、額には青筋が浮かんでいるので、既にお怒りである。
「アンタ等、まさかこりずに喧嘩?」
「あ、いや、その、」
「そ、そんな訳、無いじゃないですか、アハハハ」
「そうそう」
「ふーん、まぁいいや、喧嘩やめてくれるならそれで」
今度は本気の鉄拳が繰り出されそうな空気だったので、リリィとジャックは、大人しく喧嘩を止めた。
ラズカも、これ以上の騒動は望まないらしく、ここは黙認し、一緒に来ていたアラクネと共に、別の席へとついた。
そんなラズカから逃げる様に、二人はシルフィ達の席へと移動し、妙に顔つきを鋭くしたジャックは、まじめな話を始める。
「……えっと、うん、さて、本題に入るが、俺は今日中に基地に戻って、三日後辺りには、本土に帰る事になった」
「急ですね」
ジャックの発言に、リリィ達は目を丸めた。
何しろ、昨日今日ここに来たばかりだというのに、もう帰ると言い出しただから。
ジャックの事だから、もう少し観光なりでもしていくのかと思っていた。
だが、彼女達の反応に、ジャックは頭を抱えながら答える。
「いや、ここに来たのはこいつ等に連行されただけで、まるっきり予定通りだからな」
「そう言えばそうだったな」
「すっかり、忘れてた」
「お前らなぁ」
発言の通り、ジャックが本土へ戻る事は、元から決まっていた。
その日が迫っている中で、カルミア達に連行され、この始末である。
というか、この会話で、ジャックは今までスルーしていた疑問が浮き彫りになった。
「……つか、前から気になってたけど、何でアンドロイドが忘却だのなんだのがあるんだよ?」
「知らないです……しいて言うなら、パソコンにいれてたファイルが、何処に有ったか解らなくなるとか、そんな感じじゃないですか?」
「え?何?そんな感じなの?」
「容量一杯になったら、頭の働きが悪くなるの位、人間も機械も同じだし」
「まぁ、それは解るけど、良いのか?その解釈で」
「良いんじゃね?どうせこの作品、ファンタジーに無理矢理SFブッ込んでるようなもんだし、細かい事気にした方が負けだ」
「(デュラウスに言い負かされた)」
リリィ、カルミア、デュラウスと、納得できそうで、できないような発言を前に、ジャックは困惑する。
しかし、デュラウスの言う通り、細かい事は、気にした方が負けのような物だ。
とは言え、デュラウスに論破されたのが、少し気に食わなかったジャックだった。
それはそれとして、ジャックは、煙草の灰を灰皿に落としながら、話を本題へと戻していく。
「とりあえず、この状況は利用できる、ヘリアン以外は、引き続きここに居てくれ、装備類は、ヘリアンを送り返すと同時に届けてやる」
「何で、私?」
「お前、あの妙なコンピューターから、データ引っこ抜いたんだろ?そのデータをマザーに移植しないとだろ」
「……わかった(少し、調べたかった事が、有ったけど、仕方ないか)」
「でも、何で私達はここに残るの?」
ヘリアンが頷いたよこで、シルフィは、何故ここに居残りなのかを、ジャックに訊ねる。
紫煙を吹かせるジャックは、その理由について、簡潔に述べだす。
「そもそも、ラベルク以外のアリサシリーズが、基地に居る事自体問題なんだ、報告では、アイツとアキレア達以外は、破壊した事に成っているからな、今後、安全な状況になるまでは、ここに身を隠した方が良い」
「……そっか、そうだよね」
「選挙で確実に勝てる見込みも有りませんし、下手をすれば、数年は身を隠す事に成りそうですね」
現状、選挙だの事後処理だのといった、状況の混乱を利用して、リリィ達の存在を隠蔽している。
それらが落ち着けば、何らかの監査が入る事は明確。
ならば、リリィ達が何時もの調子で無くとも、存在している事に問題がある。
なので、装備類は持てるだけ持たせて、ここで身を隠した方が、まだ安全だ。
「ああ、その覚悟でいてくれ、この事は、少佐も許可下ろしてくれるだろうし……さて、ヘリアン、そろそろ行くぞ」
「了解」
話を終えたジャックは、煙草の火を消し、ヘリアンを連れて、宿を出て行った。
――――――
数時間後。
ジャックとヘリアンは、基地に到着し、事のてん末を、少佐へと報告した。
「……そうか、それで、回収できた情報は?」
「今、ラベルクが、解析している」
「そうか……では、リリィ達には、この後も調査を進めさせよう、報告に有った本は?」
「シルフィが持っている、何でも、ちょっとだけなら、読めるって事だ」
「……」
報告に耳を傾ける少佐は、思考を巡らせていく。
古代文字の存在や、それを用いたコンピューター、考えただけで、頭がこんがらがってしまう。
しかし、こうしてジャック達が、ふざける様子が無い辺り、情報は真実と言える。
考えをまとめた少佐は、膝を叩き、新たな指令を下す。
「ヘリアン君、済まないが、他にも調査を続けるべく、再度地下へもぐってくれ」
「了解」
「ジャック、七美君にも声をかけてくれ」
「構わないが、良いのか?」
「ああ、上の方も、選挙が終わるまでの一か月前後は、大人しいだろうからな」
「そうか、なら、声かけとく」
「では、ヘリアン、装備を整え、リリィ達と合流してくれ」
「了解」
命令を下した少佐に、二人は敬礼し、早速行動に移りだす。
ヘリアンは、必要になりそうな武器弾薬をかき集め、リリィ達のエーテル・ギアを、輸送機へ積み込むべく、行動を開始。
ジャックは、少佐からの提案の通りに、七美のいる研究室へと足を運んだ。
「おーい、七美、居るか?」
「あ、ジャック」
研究室に着いたジャックは、七美と顔を合わせる。
何時もなら、ハグするためにダイブやらをしたかもしれないが、今日のジャックはマジメモード、セクハラは無かった。
七美の表情は、その事にたいする困惑、というよりは、別の方の困惑具合だった。
「……どうした?」
「いや、あれ、如何したもんかなと」
「うひゃ、ウヒャヒャヒャぁぁ~」
とりあえず、ずっと耳に入っていたし、目にも止まっていた現実を、ジャックは受け入れた。
そこには、何時になくヤバい表情を浮かべたエーラが、奇声を上げながらキーボードを叩いている。
目のクマも、何時も以上に分厚く、目も真っ赤に染まっている。
ホホもこけ、辺りにはエナジードリンクの缶が散乱しており、今の彼女の状態は、一目りょう然だ。
「……なん徹目だ?」
「六徹目」
「寝かせろ」
「そうする……協力してくれ」
「はいよ」
七美の頼みを聞き入れたジャックは、二人一緒にエーラを連行しようとする。
とりあえず、機械にダメージが入らないように、能力は無しにしている。
「おい、いい加減にしろ、さっさと寝ろ」
「ほら、一緒に寝てやるから、行くぞ」
「……えあ?」
「(顔ヤバ)」
改めて見たエーラの顔は、本当に酷い物だった。
正にブラック企業の社畜のような表情、しかも、これが彼女の望んでいる状態なのだから、恐ろしい話だ。
もうこれ以上やられて、身体を壊されても悪いので、さっさとデスクから離そうするが、エーラは、頑なにそれを拒んだ。
「……おい、何してんだ、犬っころ」
「エーラ、頼むから寝てくれ、これ以上は本当に体壊すぞ」
二人がどんなに引っ張っても、エーラは机にかじりつくように離れようとしなかった。
不眠不休で、弱っている感じはみじんも無く、むしろ二人を相手に互角に張り合っている。
流石の二人も、そろそろ本気を出し始める。
「いい加減にしろ!駄犬!休めってのがわかんねぇのか!?」
「フーッ!!フーッ!!」
「おい!夜以外で猫みたいになるな!休めっての!!」
「え、夜お前がタチなの?」
「ッ!?」
思わず出てしまった言葉に、七美は顔を赤く染め上げ、ジャックを殴り飛ばした。
その後、エーラは七美の奮闘のおかげで、半日近く寝かせる事に成功した。




