記憶の森林 後編
シルフィが倒れた後。
リリィ一行は、彼女を連れ、一旦町へともどり、アラクネの紹介した宿で、ひと時の休息を行っていた。
シルフィは、リリィの介護の元、二階で寝かせ、ジャック達は食事を楽しんでいた。
「やれやれ、謎を解くどころか、増しただけだったな」
「ほんとだよ、オマケに、シルフィがまた倒れちゃったし」
愚痴をこぼしながら、ジャックは運ばれてきたステーキを前に、笑顔でナイフとフォークを構える。
そのグチに呼応したのは、カルミア。
彼女の発言に、ジャックは首を傾げる。
「また?」
「アイツらの事監視してた事あんだけどシルフィの奴、事あるごとに気絶したり、寝込んだりってかんじ」
「そんな事がね……てか、アイツ大丈夫なのか?」
一キロ以上は有る肉塊を、ガツガツとむさぼりながら、カルミアとの話を続けた。
シルフィとリリィが、二人で行動していた頃、監視していたデータは、カルミアの中に全て入っている。
なので、熱を出したり、力の使い過ぎで寝込んだり、そう言った事が多く有った事も、認識している。
話を聞いたヘリアンは、見つけた本をめくりながら、シルフィの状態を答え出す。
「……軽く診てみた、気絶しただけで、後は、大丈夫」
「そうか、そいつはよかった」
「……」
呑気に話すジャック達を見るラズカは、目を細めていた。
何しろ、彼女の目の前で食事を続けるジャックの食事量は、かなり異常な物。
今食べているステーキは三皿目、しかも、他にもさまざまな料理を食べている。
オマケに、今しがた四皿目も頼んだばかりだ。
「……ねぇ、アイツ、何時もこんなに食べてるの?」
「……大方、消費カロリーが常人の数倍なのよ」
「ご明察、さすが生物学者」
「それほどでもないわ」
「……」
アラクネとカルミアのやり取りを聞いていたデュラウスは、興味無さそうに食事を摂る。
デュラウスの分野でない事も有るが、単純にどうでも良いだけだ。
それよりも、今は新しく得た味覚という物を、堪能する事にしている。
「しっかし、何時の間にこんなの作ってたんだ?」
「随分と前ですわ……いかがです?お味のほうは」
「良いな、前までの粗悪なセンサーとは、大違いだ」
イベリスの協力によって、制作されている新しいセンサーは、既に五人にも搭載されている。
まだ試験段階であるが、以前の物と比べれば、かなり人間の感覚に近い。
現その事に驚きながらも、デュラウスは隣で黙々と本を読むヘリアンへと、視線を移す。
「……それで?なんかわかったのか?その本」
「……百七十四ページまで、読んだけど……解読不可、文字が、古すぎる」
「そうか」
本を閉じたヘリアンは、結局解読できなかったことに、多少の悔しさを覚えながら、本をテーブルに置いた。
題名の一つも書いていない、ただ形を成しているだけの本。
わかったのは、使われている本の紙が、羊皮紙に近い何かという事だ。
しかし、何が書かれているのか、そもそもの文字が、あの部屋で見た物と同じである為、解読は不可能だった。
その本を横目にするカルミアは、ジャックの方を向く。
「てか、そのシュメールって、なんなの?」
カルミアが気になったのは、ジャックの言っていた、シュメールという単語。
ジャックは、そう言った話には、それほど詳しかった訳では無いが、ニワカ程度には、知識が有る。
「俺の居た世界で発見された、古代文明の一つ、まぁ、俺はそんな詳しくないが、数万年前から、天文学やらなんやらと、当時からして見ると、高い文明を持っていたらしい」
「そんな連中の文字が、何でこんな所に?」
「こんな所どころか、お前らの世界でも見つけたよ……ヴィルへルミネん所に、捕まった頃」
ジャックの言葉で、カルミア達は硬直する。
ジャックの世界だけならばまだしも、自分たちの世界にも、同じ文字が有ったというのは、流石に不自然だ。
もしも、読み方まで同じだったら、偶然の域をはるかに超えている。
困惑する彼女達に、ジャックは自らの推測を打ち明けだす。
「……コイツは推測だが、あれをここに設置した奴は、ヴィルへルミネに通じる奴だろうな」
「確かに、アイツの息が、かかった奴なら、ここに来ることも、あれを、設置する事も、可能」
「てことは、あのルドベキアは、ヴィルへルミネの関係者、という事になるわね」
「けどよ、そいつって、どん位ここで族長やってんだ?」
「それはシルフィに聞かねぇとな……ま、アイツがシュメールと何か関係あんのか、俺にも解らんがね」
ジャックの推測に、ヘリアン達は頷いた。
何しろ、彼女の力があれば、何十年も前に、ここへ人を送っていたとしても、不思議ではない。
ヴィルへルミネというエルフは、それ位天才の人物だ。
ただし、彼女とシュメール文字に、何のかかわりが有るのか、それは不明だ。
「それで、正体とかって、わかってんの?」
「正体ねぇ……宇宙人だとかなんだとか」
「宇宙人って……」
「いや、俺から見たらお前ら全員宇宙人だからな」
「そういえばそうか……(ま、生まれ方の影響なのか、エルフの血が濃いみたいだけど)」
考えてもみれば、ジャックから見れば、ここに居る全員、宇宙人という認識になる。
しかも、シルフィは、その宇宙人とのハーフ。
ある意味では、初の星間ハーフと言えるかもしれない。
そして、そんな彼女に、アンドロイド達は好意を寄せている。
おかげで、カルミアは少し機嫌が悪かった。
「(そう言えば、あいつ等、今絶対イチャつてるよな……クソが)」
今度こそ二人きりになれたのだ、二人仲良くしている可能性の方が高い。
しかし、先ほど邪魔してしまったうえに、またラズカの鉄拳をくらうのはゴメンなので、今回ばかりは、大人しくしている。
――――――
その頃。
リリィは、目覚めたシルフィに、コーヒーを一杯入れていた。
料理すれば、食材が何らかの変異を引き起こすリリィの手であるが、流石にインスタントのコーヒーを入れる程度では、何も起きないようだった。
「どうぞ、お砂糖の類は、有りませんが」
「ありがとう、でも、最近このままがおいしく感じるんだよね、ジャックの影響かな?」
「かもしれませんね」
内心怖がりながらも、シルフィは、リリィの淹れたコーヒーを飲み、表情を緩ませる。
しかし、目だけは、心ここにあらず、と言った具合である事を、リリィは見逃さない。
一息ついたシルフィの手を、リリィはそっと握る。
「リリィ?」
「……あまり、無理はなさらないでください」
「わ、わかっちゃう?」
「ええ、貴女の事ですから……それに、無理をしながら、笑みを浮かべるなんて、貴女の悪い癖ですし」
「……」
リリィの言葉に、シルフィは顔をうつむかせた。
コーヒーに映る自分の表情は、徐々に歪んでいき、やがて、瞳からシズクが零れ落ちる。
込み上げて来た感情を押し込むように、シルフィはコーヒーを飲み干すが、それでも収まる事は無い。
ベッドの上にのったリリィは、今の彼女の事を、そっと抱きしめる。
「ッ」
「これで、少しは落ち着きましたか?」
「う、うぇ……不安だよぉぉ!!」
「ッ!?」
今まで出一番大きな声で泣いたシルフィに、戸惑いながらも、リリィはしっかりと、シルフィを抱きしめる。
シルフィが、ここまで泣き叫ぶところは、初めて見た。
「うぇ、うう~」
「よ、よしよし、な、何が、そんなに不安なんですか?」
「う、思い出したの、お父さんが死んだ日の事……ルシーラちゃんも、お父さんも、皆いなくなって、一人になって……うぐ、もう、寂しいのは、いやだ、嫌だよぉぉ!!」
「……」
「一人はいや、もう、一人は……」
泣き止むまで、リリィはシルフィの事を抱きしめた。
今まで、家族しかより所が無かったというのに、数年程度で、シルフィは失ってしまった。
しかし、エルフにとって、数年なんて何のアクシデントも無ければ、すぐに経過した感覚になる。
「大丈夫ですよ、私は、絶対に貴女を一人にしませんから」
「うん」
「……私だけでは、あ、有りませんよ……その、か、カルミア、だとか、デュラウスだとか、い、いませ、いますからね」
「建前が隠しきれてない」
「ははは、でも、貴女はもう、一人ではありません、これは、紛れも無い事実ですよ」
「……うん、ありがとう」
シルフィは、リリィの胸に顔をうずめ、徐々に落ち着きを取り戻していく。
リリィも、スキャンによって、シルフィの精神状態が安定している事も、十分認識できる。
そして、落ち着きを取り戻したシルフィは、リリィに抱き着きながら、泣いてしまった理由を話す。
「……思い出したの、私の記憶を消したのが誰なのか」
「え、本当ですか?」
「うん……ルドベキア族長、あの人が、私の記憶を消したの、お父さんが死んだ翌日に、それに、力の一部も、封印したみたい」
「……族長が、なぜ……」
しかし、シルフィが明確に思い出したのは、ルドベキアの手によって、記憶を消された事。
それ以外の記憶は、まだモヤがかかっているように、はっきりとしない。
だが、リリィからしてみれば、族長がシルフィの記憶を何故消したのか、そして、力の一部が封印されたのか、謎は余計に深まった。
「(そもそも、シルフィは村八分のような扱いを受けていた筈、それも、シルフィが親を亡くした辺り……)」
考える程、族長という人物の意図が読み取れない。
魔法が使えない存在、というレッテルが貼られていたのであれば、関りはそれほど深かったとは、考えられない。
リリィの中で、考えをまとめていると、一つの仮説が思い浮かんだ。
「(……里ぐるみのイジメ、妹の失踪、親の喪失、この三つが重なった時の彼女の記憶を消す、まるで、彼女の事を守るようじゃないか?……もし、そうだとしたら、シルフィがいじめを受けていた原因は……)」
仮に、族長と深い交流があれば、彼女の言うような村八分は、受けていなかった筈。
むしろ、多少なりと、もてはやされていても、おかしくは無い。
もしも、ただ一人、シルフィとその一家だけが、族長から何らかのちょう愛を受けていたとすれば、それが原因になった可能性も有る。
「リリィ?」
「あ、すみません、考え事をしていました」
「そう……所で?さっきの言葉、本当なの?」
「さ、さっきとは?」
「……私の事、一人にしないでよね」
リリィの返事に、シルフィは少しムっとしながら答える。
何しろ、先ほど言ったばかりの事を、もう忘れてしまっていたのだ。
少し機嫌が悪くなっても、仕方がない。
悪くなってしまった機嫌を直すべく、リリィはシルフィの頭をなでる。
「もちろんですよ、絶対に一人にはしません」
「……じゃぁ、その、誓う?」
「ど、どのように?」
「……キス、してよ」
「ッ……はい」
なんとも珍しいシルフィの発言に、リリィは一瞬だけ驚く。
彼女の方から求められるのは、なんとも珍しい事なのだ。
だが、リリィとしては、シルフィとキスできるのなら、それはそれで良い。
ほほ笑んだリリィは、シルフィの肩を掴む。
「……では、誓いましょう、決して、貴女を、一人にはしません」
「うん……ありがとう」
誓いを立てたリリィは、シルフィと唇を重ねた。
その時、リリィはシルフィの想いをダイレクトに受け取っていた。
寂しさと、心細さ。
そんな物を感じながらのキスのせいか、何時になく、リリィを求めているように思える。
抱きしめる強さや、ポロリと流れる涙は、それを物語っている。
「プハ、シルフィ……」
「……リリィ……ゴメン、もうちょっと」
「え、ちょ、ムグッ!」
今回のシルフィは、本当に積極的だった。
その積極さは、リリィの事を押し倒してしまう程。
攻めに弱いリリィは、なすすべも無く押し倒され、そのままシルフィの欲望のはけ口となってしまう。
「リリィ、リリィ」
「ングぅ~」
理性を欠いているように攻めるシルフィを前に、リリィは完全に気を失ってしまう。
まるで、以前までのお返しと言わんばかりだった。
――――――
その頃、下の酒場にて。
「キマシ」
「クソが」
「うらやましい」
「ずるい」
「呑気な方々ですわ」
上の二人の状況を、それぞれの手段で観測していた五人は、感想を述べた。
ジャックとイベリス以外の三人は、今すぐにでも乱入したくて、仕方がない気分だが、またラズカの鉄拳をくらわない為にも、大人しくしている。
しかし、イベリス以外は、その鎖も、何時斬れるか解らない状態。
そんな四人を見るラズカは、拳を握り締めて、より強い眼光をぶつける。
「次暴れたら、本格的にぶっ壊すからね」
余程トラウマにだったのか、このセリフだけ三人は黙った。




