記憶の森林 中編
リリィ達が自由落下を始めた辺り。
カルミアとイベリスは、ヘリを下ろし、リリィ達の観測を行っていた。
なにやら、地下へ通じる通路を見つけたとの事だったので、専用の機器を使い、様子を見ている。
そして、シルフィとジャックが、違和感を覚えた頃、異常が発覚した。
「ッ、シルフィ達がロストした」
「は!?」
「ど、どう言う事ですの?」
「待ってろ、今調べてる」
カルミアは、デュラウスとイベリスの反応に答えるべく、機器のチェックを始める。
特に異常は無く、これと言って故障は無い。
考えられるのは、リリィ達が死亡したか、何らかの方法で転移したか、である。
もしくは、余程エーテルの濃い場所に出たかだ。
「おかしい、どこも異常が無い、どういう事だ?」
「おいおい、ジャックとヘリアンまで居るってのに、死んだわけじゃ無いよな?」
「不謹慎ですわよ、ですが、転移したというのも、あまり考えにくいですわね」
「どうかしたの?」
「シルフィ達がロストした、クソが、どうなってやがんだ?この里は」
わちゃわちゃと話をする三人に気付いたアラクネは、ヘリに乗りこんで来た。
そして、カルミアの発言を聞いて、アラクネは息を飲んだ。
機器を叩きながら、慌てふためくカルミアを見る限り、本当というのが、ひしひしと伝わって来る。
そして、イベリスも何処からか機材を取りだし、モールス信号を送りだし、デュラウスも、ダメ元で無線を繋げだす。
「こちらイベリス、皆さん、応答してくださいませ!」
「シルフィ!ジャック!誰でもいい、出てくれ!」
「ダメだ、無線の反応も、識別信号も拾えない、デュラウス!様子見に行ってくれ!」
「解った、確かあっちの方だったな!」
カルミアの命令を受け、無線を放り投げたデュラウスは、ランスと太刀を手に取り、リリィ達の後を追う。
彼女達の様子に、アラクネは心配そうに祈りをささげた。
「お願い、無事に帰って来て」
――――――
その頃。
リリィ一行は、見つけた扉の中へ突入し、開いた口を塞げずにいた。
「……おい、これって」
「私の見立てが間違っていなければ……コンピューターです」
「ウソ、何でここに、そんな物が」
彼女達の前に現れたのは、マザーに酷似した形状を持ったコンピューター。
この異世界の水準では、逆立ちしたって作る事は出来ない代物だ。
オーパーツ、というにも無理がある。
剣や細工物ならともかく、ガチガチの最先端技術が使われており、オーバーテクノロジーもいい所だ。
その正体を調べるべく、ヘリアンが前へ出て行く。
「……調べてみる」
「おいヘリアン、気を付けろよ」
ショットガンをしまったヘリアンは、コンピューターらしき物体を回り、コンソールを見つけると、そこに手を置く。
意識を集中させ、アクセスを開始する。
「アクセス、開始……ガァッ!!」
「ヘリアンさん!?」
アクセスを行った瞬間、ヘリアンは雷を受けたような反応をする。
実際、ヘリアンの周辺から、紫電のような物が見えたシルフィは、すぐに駆け寄る。
倒れ込んだヘリアンを介抱するシルフィとリリィを横に、ジャックはコンソールを目にする。
「……これは」
「ヘリアン!しっかりしてください!」
「ちょっと!大丈夫!?」
「……ッ……う、あ」
ジャックがコンソールに驚く中で、ヘリアンは目を覚ます。
だが、まだ意識がはっきりしないらしく、リリィはヘリアンとのリンクを試みる。
「待ってください、いま演算を共有します」
「う……」
リリィは、ヘリアンの体に手を置き、アクセスを開始。
それによって、現在のヘリアンの状態を診察する。
どうやら、先のコンピューターにアクセスした事で、機能にいくらか不備が発生していた。
ヘリアン個人でも、修復を始めているが、一人では時間がかかりそうだ。
せめて、会話を行える位にはと、リリィは修復を行っていく。
「ここを……こうしてっと……どうです?話す事位は、できますでしょ?」
『……うん、何とか』
「ど、どうしたの?何か、ウイルスって奴でも、あったの?」
リリィのおかげで、機械的な部分の修復が完了し、ラジオから流れるような声が、ヘリアンから出て来る。
口は動いておらず、スピーカーから、無理矢理声を出している状態だ。
リリィに、内面の修復を手伝ってもらいながら、ヘリアンは、シルフィからの質問に答える。
『防壁が、張られてた、幸い、ウイルスには、感染、していない、でも、身体機能が、コントロール、できない』
「防壁?ねぇリリィ、そう言う事あるの?」
「恐らく、アクセス権のない個体が、アクセスした場合、プログラムに異常を来たすように、設定されているのでしょう……ですが、ヘリアン程の個体に損傷を、しかもこれは、アンドロイドを想定した罠としか……」
ヘリアンの修復中に、リリィはいくらか状況を把握した。
今のヘリアンは、歩く事すらできない位、プログラムがボロボロになっている。
だが、損傷したのは、基本動作の部分だけ、恐らく、戦闘能力や自我等には、影響がない。
その事に安堵しながら、ヘリアンと手分けして、プログラムの修復をおこなっていると、ジャックがコンソールを叩きだす。
「ダメだ、言葉が古すぎる、俺じゃ解読できない」
「そっちも、何か有ったの?」
「ああ、これ見な」
「う、うん、ゴメン、ちょっとあっち行ってみる」
「どうぞ、彼女は、私が看ています」
シルフィは、ヘリアンをリリィに預け、ジャックの方へと移動する。
かなり難しい顔を浮かべながら、コンソールをいじっていたので、ちょっと興味があった。
そして、ジャックのいじっていたコンソールを前に、シルフィは首を傾げる。
「なにこれ?キーボード、に見えるけど、何かの模様?」
「いや、コイツは文字だ、しかも、シュメール文字ってかなり古い奴だ、俺の世界にも有った」
「へ~……(何だろう、これ、見た事有る気が)」
シルフィが目にしたのは、最近使い始めた、キーボードという物だった。
しかし、並んでいたのは、自分たちの世界の文字でも、基地で使っていた文字でもない。
ジャックの世界の、古代文明が使っていた文字との事。
その事を聞いたシルフィは、ひっかかりをいくつか覚える。
「あれ?……ちょっとまって、何で、ジャックの世界の文字が、ここにあるの?」
「……さぁな、それに、俺も以前同じ事を思った」
「え?前に?」
「……ああ、元居た世界から、今の世界に渡った時に、同じ物を見た」
「ぐ、偶然?」
「いや、三度目ともなれば、もう偶然とは言えないな」
「とりあえず、持ちだせた、情報も有る、マザーに、接続すれば、解析、できるかも、知れない」
「あ、良かった、起きたんだね」
ジャックとシルフィの話に反応したのは、何とか立ち上がったヘリアン。
まだリリィの肩を借りている状態だが、一応の復活はできたようだ。
しかも、情報を一部持ち出せたらしい。
あの一瞬で、よく持ち出せたと感心してしまう。
「さて、どうします?進めど進めど、謎が深まる一方ですよ」
「……そうだな、一度撤収しよう、上の連中が心配しているだろうからな、無線も使えないし」
「そうだね、いい加減にしないと、デュラウスちゃん辺りが、フル装備で乗り込んできそうだよ」
「シルフィィィ!!無事かアアア!!?」
「マジで来た」
シルフィの予言ともとれる発言から、間髪入れることなく、デュラウスが乗り込んできた。
しかも、太刀とランスを両方構えており、完全に戦闘態勢をとっている。
とりあえず、興奮状態のデュラウスをなだめた後、一行は地上へ戻って行った。
もちろん、地下で見た物は、全て写真に収めた後で。
――――――
地上へ戻ったリリィ一行は、アラクネ達に事のてんまつを報告した。
一応、写真等が証拠品にはなったが、居残り組からすれば、現実味がない話だった。
何しろ、この世界に有る筈のないコンピューターの存在や、里の地下で見つけたダンジョン。
しかも、ジャックとリリィ、それぞれの世界の古代文字の発見。
そんな事を信じろと言われても、信じられる話ではない。
「……ねぇ、アンタの里、一体何なの?」
「私が知りたい」
「そうよね」
報告を受けたアラクネは、頭を抱えながら、シルフィに訊ねてみるが、納得のいく一言しか帰ってこなかった。
シルフィ自身も、知らないような事が、こうしてドカドカと出てきたのだから、仕方のない事でもある。
ジャック側の世界の事で、さんざんビックリしていたと言うのに、それを上回る事が多くあった。
そのおかげで、シルフィもヘリに腰をかけ、気を休めている。
そして、そのヘリの中で、ジャックは何度も頭を下げながら、通信を行っていた。
「だから、申し訳ないって……あ、いや、そうなんだけど……で、でも、結構いい収穫が……ちょ!頼む、これ以上給料カットしないでくれ、来月新刊が……う……」
「……あっちも、大変みたいだね」
「話からして、四人が抜け出した事がバレたみたいね」
「うん、そうだろうね……あれ?ラズカさん、言葉がわかるの?」
「まぁね、アンタ等だけ話すのがシャクだったし」
いつの間にか、ラズカがリリィ達の世界の言葉を話せるようになっていた事に、驚いていると、ヘリの奥で話していたジャックが、白くなりながら戻って来る。
聞かなくても解るが、良くない処分が下った事には、変わりないのだろう。
というか、普通の軍であれば、本来は脱走兵として、相応の処分は下ってもおかしくない状況である。
「あの、処分の方は……」
「新刊が、百合物の新刊が……」
「成程」
リリィの質問を前に、意気消沈となるジャックを見て、すぐに理解した。
もしかしなくても、給料をカットされたのだろう。
このままでは、ジャックまで、アンドロイド嫌いの一員になってしまいそうだった。
因みに、この処分はジャックだけでなく、ちゃんと届け出をだしたリリィとシルフィ以外、全員に適応されている。
「とりあえず、ジャックが落ち込んでる所悪いけど、お父さんのお墓参りに行ってもいい?」
「あ、そうでしたね、そろそろ行きましょう」
シルフィの言葉で、本来の目的に近い事を思い出したリリィは、死にかけているジャックを担ぎ出す。
他のメンバーも準備を行い、全員ジェニーの墓へと移動する。
のだが、スコップやら何やらと、とても墓参りの恰好ではない。
「……ねぇ、本当に掘り起こすの?」
「折角ですし、故郷の土に埋めてあげましょうよ」
「そうね、それが良いわよ、こんな訳の分からない場所に埋めておくよりもね」
「訳が分からなくて悪かったね」
デュラウス達の装備は、ジェニーの遺体を掘り起こすための物。
罰当たりかもしれないが、折角ここまで来たのだから、故郷に埋めてあげようという事になったのだ。
アラクネのこんな所発言は、この際置いておき、シルフィ達は墓にたどり着く。
「……ジェニー、久しぶりだな」
「復活はやっ」
「新刊よりも部下を思っている、という事でしょうね」
墓前に着いた途端、復活したジャックは、墓標の前で膝をついた。
リリィに運ばれ、墓に近づいた途端、耳が物凄い勢いで反り立ち、まばたきをした時には、既に墓の前に居た。
「掘り起こす前に、お祈りだね……」
「はい」
ジャックに続き、シルフィも膝をつき、リリィも、胸元から石を取りだし、祈りをささげる。
彼女達に続き、他のメンバーたちも、ジェニーへと黙祷を捧げる。
祈る事数分、掘り起こしの作業へと入る。
「慎重に掘れよ」
「解ってるよ」
「一応、遺骨をツボの中に入れる感じの奴だから、割らないようにね」
「解りました」
ジャックとリリィ、そして、デュラウスの手によって、ジェニーの墓は掘られていく。
多少の罪悪感もあるが、こんな人気のない場所で埋まっているよりは、故郷に埋めた方がマシだろう。
そう思いながら掘り進めると、ジャックの持つスコップに、何か固い物が当たる。
「お、これか?」
「随分深い場所に有りましたね」
「うし、ここからは手作業だな」
デュラウスの発言と共に、三人は手作業で、ジェニーの骨壺を掘り当てる。
だが、取りだした途端、三人は目を丸める。
「……なぁ、ジェニーって、こんなデカいのか?」
「いや、シルフィより、ちょっと有る位の筈だが」
「これ、二人分くらい入りますよ」
何しろ、掘り出したツボは、とても大きな物だったのだ。
この里でも、骨は砕いて入れるようなのだが、見つけたのは、二人分入りそうな位、大きなもの。
シルフィ以外の面々も、その大きさに驚いている。
そんな中で、ジャックは異音を感じていた。
「……何か、音がするな」
「いや、骨入ってんだからするだろ」
「そうじゃなくて、何かこう、本みたいな……」
「本?」
「……ちょっと、失礼するぜ」
そう言い、ジャックはツボのフタを開ける。
申し訳ないと思っていたが、最近の彼女の周りは、謎が多いので、一つでも疑問があれば、何か解き明かしたかった。
そう思い、開けたツボの中には、ジャックの予想通り、聖書位は有る大きな本だった。
「ほ、本当に本が入ってましたね」
「でも、何でこんな物が?」
「さぁな……シルフィ、何か知らんか?」
「え、えっと……」
渡された本を、シルフィはまじまじと見つめる。
だが、彼女も見覚えの無い物である為、首を傾げてしまうが、試しにその本をめくってみる。
ページをパラパラとめくるシルフィは、とあるページにたどり着くと、硬直してしまう。
「(あれ?もしかして私、これ、見た事有る?)……う」
「シルフィ?」
「どうした?」
「う……ああああ!!」
「おい!」
「シルフィ!!?」
そのページに書かれていた物を見た途端、シルフィは頭を抱えながら発狂してしまう。
同時に、シルフィの意識は、今まで隠されていた記憶で埋め尽くされる。
それこそ、リリィ達の声が聞こえなくなるほど。
「(何?これは、私の記憶なの?)」
苦しむ中で、シルフィは徐々に意識を失い始める。
だが、沈む意識の中で、はっきりとしたビジョンが、脳裏を過ぎった。
――――――
ジェニーが死んだ翌日。
ルドベキア族長は、シルフィの頭に触れ、彼女へと言葉をつづった。
『いつか、弱い貴女を、正しく強くする人が現れる、その人達の為に、貴女と、その記憶を……』
そう言った彼女は、シルフィの記憶にロックをかけ、更に言葉を繋げる。
『貴女は生きなければならない、私の目的のために……大丈夫、貴女なら、きっとなれるわ、本物の、ハイエルフに……』
仮面に隠れていない彼女の口元は、笑みを作った。
その後の事を、シルフィはよく覚えておらず、気づいた頃には、ベッドで寝ていた
――――――
「……私の記憶を、奪ったのは、あの人、なの?」
「シルフィ!!」
シルフィは、リリィの胸の中で意識を手放した。




