思い出の花園 中編
リリィとシルフィが出撃する、少し前の事。
ジャックは、カルミアとデュラウスの手で、カフェに連行されていた。
「で?ようするに何?」
「だから、アタシらもあの二人の任務に参加したいの」
「あいつ等、どうせ任務を名目に、二人きりになんのが目的だろ?」
「ま、そうだろうな」
二人の任務の事は、ジャックと少佐達の間でしか、やり取りをしていなかったのだが、どうやら、何処からか漏れてしまったようだ。
リリィの方は、調査が目的と言っていたが、本来の部分が違う事位、ジャックも察していた。
というか、二人きりになる事が目的というのは、容易に想像できるので、二人も既に感づいているようだ。
しかし、ジャックとしては、彼女達まで同行させたくは無かった。
「つか、参加したらしたで、どうせもめごと起こすだろ?そいつだけは避けたいんだよ」
「そいつを抑えるのが、お前の役目だろ?」
「オメェらの喧騒は、もう俺の手じゃ余るんだよ」
「そう言うのは良いから!許可下ろしろよ!」
「あのな、もう俺の一存じゃどうにもなんねぇ期間だわ」
ジャックとしては、管轄外の異世界であっても、なにかもめごとを起こされるのは、嫌な物である。
それに、カルミアが許可を下ろせと言っても、もうジャックがどうにかできる期間ではない。
確実に少佐が止めに入るだろう。
しかし、もうそんな理由だけで、止まるようなカルミア達では無い。
その事は、デュラウスに入って来た無線ですぐに解る。
「ん?ヘリアンからか……な、おいカルミア!もうヘリの用意が終わったらしいぞ!」
「な!?し、仕方ない、コイツ連れて行けばどうにかる!連行して行くぞ!」
「お、おい!勝手言うな!てか、もめごと起こすなっつただろうが!」
「ええい!つべこべ言うな!イベリス!」
「……はぁ、何でわたくしまで」
「ちょ、お前まで!」
二人が使用するヘリの準備が終わった。
その報告を受けたことで、彼女達はもうなりふり構わなかった。
ジャックはイベリスに拘束され、声も出せないように縛られてしまう。
そして、ジャックはイベリスとデュラウスに、ヘリポートへ運ばれる。
その後、五人はヘリに積まれた荷物に紛れ、リリィ達の任務に無理矢理同行した。
――――――
町にたどり着いた五人は、リリィ達を物陰に隠れながら追いかけていた。
しかし、五人の服装は、この世界の物ではなく、彼女達の世界の物、周りからしてみれば、かなり目立っている。
「さぁて、ここからどうするか」
「せめて考えとけ」
「あ、宿に、シルフィを、連れこもうと、している」
「何!?」
ヘリアンの言葉に、カルミアは身を乗り出す。
確かに、リリィがシルフィの事を連れこもうとしていたが、シルフィはそれを静止させた。
その事に安堵していると、奥で大人しくしていたイベリスは、とある人物たちを目にする。
「あら?あのお二人は?」
「ん……あれ?どっかで見た事有るような……」
「ああ、リリィの報告書にもあった、アラクネとかいう奴だな、元連邦軍技術研究部門所属らしい」
「成程、リリィが会いたいとか言ってたやつは、アイツか」
カルミアの言葉に、ジャックはリリィの言っていたことを思い出す。
色々あるたくらみの有る言葉だったが、三つ重要な事が有る事はわかった。
シルフィと二人きりになる事、ジェニーの捜索をする事、そして、アラクネという人物に会う事だった。
その為に、わざわざエーラに作らせた物が、いくつか有る。
「あ、なんか、店に入ってく」
「よし、追うぞ」
「頼むから穏便にな」
一抹の不安を抱えながらも、ジャックは、カルミア達を追って、リリィ達の入っていった店へと足を踏み入れる。
――――――
入店からしばらくして。
食事を終えたリリィ達は、仲良く談笑を開始。
その様子を、五人は、というか、ジャック以外は、離れた席から睨みつけていた。
「……本当に楽しそうに話すよな、羨ましいぜ」
「ここはあの二人の思い出の町みたいなもんだし、これ位は許容範囲」
「それにしても、妙な話ですわね、里の長とあろうお方が、自らの里を滅ぼすだなんて」
「ああ、そうだけど、お前らもうちょっと目立たない工夫しろ」
ため息交じりにでて来たジャックの指摘は、もっともだった。
何しろ、五人の恰好は、この異世界では異物でしかない。
サングラスだの、新聞だの、雑誌だので、顔を隠しており、もう隠れる気が感じ取れない。
これだけ悪目立ちしているのに、一切気付かないリリィ達も、どうかと思うが、次の瞬間、どうでも良くなる。
『ええ、おかげで、この子とも、良い関係を築けましたから』
『ッ、ちょっと、リリィ……』
この二人のやり取りが聞こえて来た瞬間、イベリスとジャック以外は、読んでいた物を破り捨てた。
完全に惚気たリリィは、シルフィに抱き着き、今の関係を、アラクネ達に見せつける。
その様子だけで、あらわになった三人の顔は、怒りに染まっていた。
ただ一人、イベリスは雑誌を破らなかったのだが、握られている雑誌は、ミシミシと悲鳴を上げている。
恐らく、そうとう我慢している。
同席しているジャックからしてみれば、迷惑もいい所だ。
「お~い、頼むから店に迷惑かけんなよ~」
「あいつ……アタシらが居ないのを良い事に、クソがぁ」
「処すか?いっそ処すか?」
「落ち着け、落ち着け、私」
「(何なのでしょう、このモヤモヤ……)」
猛獣どもの鎖が、何時斬れるかヒヤヒヤするジャックだが、もうそんな事を構っているひまは無い。
何しろ、次に起こす、リリィのアクションによって、鎖は完全に千切れてしまうのだから。
『展開も何も、シルフィの体の事は、体毛の数から、ほくろの位置まで、しっかりと把握していますよ』
自慢げにはなたれたリリィの言葉に、もうカルミア達は爆発。
しかし、怒りの矛先は、二人ではなく、ジャックへ飛び火する。
「畜生メェェ!!」
「野郎ぶっころっシャァァァ!!」
「ウボラァァ!!」
堪忍袋の緒が切れたカルミアとデュラウスは、ジャックに向けて、ダブルアッパーを炸裂。
突然の不意打ちに、反応できなかったジャックは、なすすべなく吹き飛ばされてしまう。
「ッ、テメェら!何で俺だ!?」
「ついでに、もう一発」
「だぁぁ!ヘリアンてめぇまでぇ!!」
吹っ飛ばされたジャックは、空中で一回転し、うつ伏せに倒れた所に、ヘリアンは体重を乗せてヒジを入れた。
結構いいのが入ったようで、少し変な音がジャックの体から聞こえてくる。
だが、三人の八つ当たりは、これだけでは済まなかった。
「ねぇ?何このドロドロした感じ、ウザい、ヤバい位ムカムカする、一人だけ夜過ごしたからって調子こきやがって、あのクソアマ」
「いや、それただの嫉妬だろ!俺に当たらないで、直接行けや!」
「それだと店に迷惑かかんだろうが!」
「もう少し、考えろ、バカ」
「すでにかかってる!この時点でかかってる!」
三人からリンチを受けながらも、ジャックはやめるように促すが、もう聞く耳を持っていない。
周りを考えず、ただひたすらに殴る、蹴る等の暴行を加えられる中、一人の人物に希望を託す。
「い、イベリス!助けてくれ!この阿保共止めるの手伝ってくれ!」
ジャックが希望を託したのは、イベリス。
彼女も、多少クセが有る性格とは言え、比較的常識人であることに変わりは無い。
事実、さっきから雑誌は握りつぶすのみで、破いてはいない。
しかし、ジャックの希望はあえなく果ててしまう。
「ッ!」
「い、イベリス?」
助けを求めるべく、ジャックのつき出した腕は、イベリスに掴み取られてしまう。
ラッキースケベ系の主人公なら、ここで彼女の胸でも掴んだかもしれないが、もうそんな悠長な事は言っていられそうにない。
何しろ、雑誌やサングラスの間から、チラリと見えて来た彼女の目は、とてつもなく不安定な物。
自分が何を思い、そして、どんな事をすればいいのか、分からずにいる。
「大尉、なんなのでしょうか?この胸の内から沸き上がる感情は……」
「あ、あの、い、イベリス、さん?」
明らかに嫉妬で我を失いかけており、あともう一押しで、暴走しかねない状態になっている。
今の彼女を見た瞬間、ジャックは思った。
これ以上、リリィが余計な事を言わないで欲しいと。
しかし、現実は、甘くなかった。
『何ですか、夜はあんなにベタベタとするくせにぃ~』
『よく言うよ!こっちが攻めたら、全然来ないくせに!』
『おや?逆転した後で、されるのがお好みでしたか?』
「ッ!!」
このやり取りのせいで、とうとうイベリスまで暴走、ジャックの掴まれていた腕は、変な方向へ曲げられてしまう。
「あああ!ちょっとイベリスさん!腕がヤバい方向いてるぅぅ!」
「もう限界ですわ!あのお二人のやり取りを見ているだけで、こんな気持ちになるだなんて!!」
「だから俺に当たるな!直接行け!ちょくせ、ブフォアッ!!」
それからのジャックは、リンチというか、もうミンチだった。
有無を言わさずに、姉妹達から一方的な攻撃は、カルミアからの攻撃でさえ、苦痛と感じてしまう程。
もう、ジャックの手には負えないレベルで、四人は暴走していた。
そんな彼女達を止めようと、ラズカが乱入してくる。
「ちょっと貴女達!いい加減に……キャアアア!!」
ジャックへのリンチを止めたラズカであったが、今のジャックの惨状を見て、思わず悲鳴を上げた。
おかげで、四人はジャックがただの肉の塊になってしまっていたことに気付く。
しかも、身内の悲鳴が響いただけあって、リリィとシルフィも席を立ってしまう。
だったらジャックの危機にも感づけよ、等と想いながらも、四人は店からこっそり退場しようとしたが、シルフィに見つかってしまう。
――――――
そして、事態は収拾し、ジャック達は、シルフィの前に正座させられていた。
「と、まぁ、こんな感じでね、俺は連行されただけで、お前らを付けてきた訳じゃ」
「とりあえず、そっちの言い分は解ったから、それより、ラズカさんって、これでも町長さんの娘さんなの、だから話があるって」
そう言うと、ラズカはシルフィよりも前に立ち、ジャック達を見下ろす。
パッと見た限りでは、普通の町娘だが、今浮かべている笑みは、怒りから来ている物と、すぐに察せる。
彼女の事を、断片的ながらも知る四人は、ガタガタと体を震わすが、ジャックは余裕の顔を浮かべる。
「どうも、私はラズカ、一応、この町の代表の娘」
「これはどうも、俺はジャック、こいつらは、まぁリリィの妹達で」
「それは後で聞くとして、私の街中で、流血ざたはちょっとね」
「う、それに関しては、申し訳ない」
ラズカの言葉に、ジャックは珍しく弱気になる。
何しろ、あれだけ少佐から面倒を起こすなと言われているのに、こうして起きてしまったのだ。
しかも、この町の代表の娘さんの前で、である。
「とりあえず、挨拶うんぬんは、一人一発ゲンコツでいい?私もこれ以上大事にしたくないから」
「はぁ、わかった、甘んじて受けよう(少女のゲンコツ程度ですむならな……妙にあいつ等が怯えてんのは、気になるけど)」
完全にラズカを舐めきっているジャックは、素直に頭を差し出す。
これは、周りの人間達からすれば、死刑執行人に、首を差し出す事も同じ。
それに気づかないジャックは、振り下ろされるラズカの拳を、脳天に受ける。
「ほい」
「ッッ!!?」
この瞬間、ジャックは、自らの頭に、直径数十メートルの隕石が、頭に落ちて来たような感覚を覚えた。
同時に、彼女の耳が捉えたのは、とてもゲンコツから鳴って良い音ではない。
まるで、装甲車同士が全速力でぶつかり有ったかのような、重々しい音だった。
ラズカの声的に、本当に親が子供に、軽くゲンコツを入れた程度なのだろう。
しかし、受けた本人は、襲い掛かったインパクトに、驚く暇も無く、意識を手放した。
「……」
「ジャックぅぅ!!」
「し、シルフィ!ご、ごめんなさい!あ、あたしたち、別にデートを邪魔したくてきたわけじゃなくて!」
「そ、そう!あ、あくまで、五人で貴女達を、見守ろうと、と思って!」
「で、ですので、どうかご慈悲を!」
あのジャックが、たった一撃で白目を向いてノックアウトした様子を見て、カルミア達は必至に説得を試みる。
しかし、今回ばかりは、シルフィの方もお怒りだった。
「……ゴメンみんな、私ちょっと貴女達に甘すぎたかも、貴女達が社会で普通に暮らせるように、私が頑張っても、貴女達がそれじゃぁね……それに、リリィと二人きりに、結局なれなかったし……ラズカさん、お願い」
「了解」
「し、シルフィィィィ!」
「ごめんなさい!マジ許して!!」
「お慈悲を!お慈悲を!」
「申し訳ございません!どうか、お許しください!」
色々溜まっていたシルフィは、四人の叫びを聞き入れなかった。
この一件が、四人にとって、良い薬になる事を祈りながら、ラズカの介錯を、その目に焼き付けた。




