最高の再会 前編
リリィとジャックが飲み交わした日から、三日後。
シルフィの世界の宇宙にて、三機の輸送機が降下していた。
目的地は、現在ジャック達の居る基地。
輸送している積み荷は、現在基地に駐屯している隊員と交代する者達。
大気圏を突破する振動に数分程耐え、ようやく基地へと辿り着く。
「……ここか、久しぶりだな、あいつ等の顔見るのは」
降下する輸送機の中で、一人の少女が、コックピットの窓から、基地を見下ろしていた。
再開できる家族と恋人の事を考えながら、少女はニヤリと微笑んだ。
――――――
数分後、少佐の執務室へと、少女は足を運んだ。
軍服に身を包み、ジャックと同じ黒い髪をなびかせる、赤い眼の少女は、少佐の前に立ち、ピシりと敬礼する。
「ミアナ・スレイヤー曹長、並びに、第三小隊着任いたしました!」
「久しぶりだね、七美君」
「は!お久しぶりです、少佐、こちらの基地でも、精神誠意、任務を全ういたします!」
「……相変わらずカチコチだね、姉とは大違いだ」
やたらとガチガチな雰囲気であるが、彼女はれっきとしたジャックの妹、五十嵐七美である。
コードネームはミアナ。
姉とは違い、異常なまでに厳格な雰囲気を作り出していた。
その事に、一緒に着任した他のメンバーは、敬礼をしながら冷や汗を流す。
「なぁ、あれが本当に大尉の妹なのか?」
「らしいな、とてもロリコンクソレズスレイヤーとは、大違いだな」
「大尉と違って、基本的に裏方らしいから、あんまり姿見ないもんな」
実は彼らが、七美を見たのは、今回が初めてである。
というのも、ジャックとは異なり、裏方の仕事を任されることが多く、基本的に隠密部隊と組んでいる。
その為、前線に立つ彼らとは、顔を合わせる事は滅多に無い。
七美の後ろでそう言った事を話す彼らを無視しながら、少佐は仕事の話を始める。
「ま、それはさておき、君の仕事は、姉であるジャックの引継ぎだ、詳しくは彼女から……」
「七美ちゃあああん!!」
「(やっぱ来たか)」
話の途中で、メスの顔をしたジャックが扉をぶち破って来る。
その姿を見た少佐は、呆れかえっていると、スタッフを引き飛ばしながら、七美へダイブして行く。
姉の接近に気付いた七美は、青筋を浮かべ、全身に青い紫電を発生させる。
「チッ」
「アババババッバババッアアア!!」
「……やれやれ」
舌打ちをした七美は、空中に浮かぶジャックを感電させた。
少佐がオシオキで使う電流より、はるかに強力な電気がジャックを焼く。
しかし、これのやりすぎで、ジャックには電撃への耐性ができているので、更に追い打ちをかける。
「それともう一つ」
「アアアア!!」
空中に浮きながら、電撃をくらい続けていたジャックに、青い半透明のサスマタが、ジャックの体を床に張り付ける。
無数にふり注ぐ大小さまざまなサスマタは、ジャックの胴体や手足を拘束して行く。
「……相変わらず容赦無いな」
「こうでもしないと、このバカ姉は止まりませんから」
「イダダダ!!」
エーテルで生成されたサスマタは、ジャックの体を万力のように締め付けだす。
執務室を血で汚さないようにという、七実なりの配慮だ。
苦しむジャックを背に、七美は少佐と話を続けていく。
「とりあえず、仕事の前に、この基地の案内を行おう」
「ちょ!肋骨が!肺に!肺に食い込む!」
「ありがとうございます、それで、案内人はどちら様でしょうか?」
「アガガガガ!ちょ!締まる!締まる!息できなくなってきた!!」
骨がボキボキとへし折れる音や悲鳴が、執務室に響こうとも、普通に話をする二人に、若干の恐怖を覚える隊員達であった。
――――――
その数分後。
なんとも目覚めが悪い着任に、頭を傷めながら、七美は手帳に書いてあるスケジュール通りに、目的地へ向かう。
「やれやれ……お?あれか?」
「……あ、七美さん、お久しぶりです」
「……ど、どうも」
「……」
集合ポイントに到着した七美は、集合場所にいた二人に会うなり、目を細める。
待っていたのは、リリィとシルフィの二人。
一応、リリィの方は、研究段階で会った事はある。
しかし、初対面のシルフィは、少し気まずさを覚えた。
何しろ、彼女は任務中急にできたという姪なのだ、気まずくならない訳がない。
「え、えっと……き、君が」
「は、はい、じゃ、ジャックの娘の、シルフィです……な、七美、さん」
「そ、そうか」
初めて会った叔母の七美。
ジャックと比べて、悪い目つきのせいで、少し怖さを感じるシルフィだった。
しかし、鋭い目つきとは裏腹に、弱い部分を見つけ、少し安心しながら、七美と握手をする。
「よ、よろしくお願いします」
「こ、こっちこそ(アイツの娘って聞いて、ちょっと不安だったが、良い子だな)」
対する七美も、姪に一抹の不安を感じていたが、良い子である事を察し、手を握り返す。
その際、シルフィの目を覗き込んだ七美は、不思議そうな顔をした。
聞いた話だと、シルフィの目は、エルフらしい青色の筈が、銀色と言える瞳になっている。
「(……この目、まさか)」
「あの、曹長、そろそろ……」
「そ、そうだな、今回は、案内をありがとうな」
「は、はい、ちゃんと案内しますね……」
「……」
不意に視線を落としたシルフィは、七美の体格を視認した。
キッチリとした軍服のせいで、ボディラインは解り辛いが、シルフィの目は誤魔化せなかった
その視線に気づいた七美は、少し顔を赤くするが、黒いスーツで、くっきりしているシルフィの体格で、すぐに気づく。
「七美さん」
「シルフィ」
「……妙な同盟が」
なんともキラキラした笑みを浮かべ合う二人に、ちょっとしたモヤモヤを覚えるリリィは、案内を開始する。
食堂や、格納庫、訓練施設、医療施設と、次々とまわる事、数時間。
新入社員に、社内を案内するかのように、静かで、まじめな空気が続いた。
こういった事は別に構わないのだが、案内の途中で、シルフィは床に手を付いた。
「いや、普通!!」
「ど、どうしたシルフィ君!?」
普通がすぎる。
シルフィはそんな印象ばかり受けた。
というか、最近が普通じゃ無さすぎて、普通と言える空気に耐えられなくなってしまった。
いきなりの行動に、七美も声を上げてしまった。
心配する七美であったが、彼女へとシルフィは食いついてしまう。
「七美さん!貴女本当にジャックの妹!?姉妹とか兄弟は、バランス取れる様に、片方がダメだと、もう片方がしっかりするって言うけど、しっかりしすぎ!風紀委員ですかアンタ!?」
「いやいや待てシルフィ君、そもそもこの基地は規律が緩すぎるんだ、あたしが口を出さなければ、軍としての形が崩れてしまうぞ!」
シルフィの言う通り、まじめに案内が続くだけなら、まだ良い。
しかし、七美はこの基地での規律の緩さに、グチグチと指摘していた。
基本的にジャックは規律関連に緩い。
その代わり、少佐が厳しめに見ているが、七美はそれ以上だった。
おかげで、でき上がったまじめすぎる空気に、シルフィは耐えられなくなり、七美に食い掛ってしまったのだった。
暴走するシルフィを引きはがしながら、リリィは七美に謝罪する。
「すみません、まじめな空気が合わなかったようで」
「いや、良いんだ、ウチの姉も、そう言うところがあるしな」
「それ以前にマジメ過ぎるって!こっちは先週出られなかったから、どんなボケが来るのか身構えてたのに!なにこれ!?今回このままクソマジメパートで終わっちゃうの!?」
リリィに拘束されるシルフィであったが、途中の言葉を発した途端、力が緩み、シルフィは自由になる。
いきなり弱まった拘束に、驚きながら、シルフィはリリィの方を見る。
「ちょ、どうしたの?り、リィ……」
「……」
「(あ、これ、すねてる、どうして?)」
振り向いた先には、何故か拗ねているリリィの姿が有った。
目は明後日の方を向きながら死んでおり、口も力なく開いている。
「だ、大丈夫か?リリィ」
「……良いじゃないですか」
「え?」
「良いじゃないですか、たかだか一週程度、私なんて、七週も出れなかったんですよ、主人公なのに、主役なのに、二か月も登場できなかったんですよ……」
「あ……えっと、ゴメン」
リリィはすっかり、負のオーラを漂わせながら、うずくまってしまった。
だが、そんなリリィの事を、七海は見下していた。
何しろ、上には上が居るのだから。
「別に良いだろ、一週間だの、二か月だの、あたしなんて、名前出てから一年以上登場できてねぇんだぞ」
「すいませんした!!」
「すみませんでした!!」
七美の発言に、二人はものすごい勢いで土下座した。
――――――
それからしばらくして。
三人はジャックの居る事務室の紹介に移った。
「ようやく来てくれたね!七美ちゃん!歓迎するよぉ!」
七美が事務室に訪れるなり、大量のクラッカーが響き渡り、完全にお祭りムードが形成されていた。
室内は、折り紙の鎖やら、【着任おめでとう】と書かれた看板やらで、飾り付けられている。
「できれば来たくなかったけどな……てか、何だこれは」
とうの七美は、クラッカーから出て来た紙ふぶきを浴びながら、目を細めていた。
何しろ、先ほどから規律の緩さを指摘していたというのに、実の姉がこれだ。
「あれ~、何か怒ってる?」
「当然だ、クソ姉貴」
流石にガンマンの限界が訪れた七美は、どこからか槍を取りだし、ジャックに襲い掛かかる。
「ヌお!?」
「いい加減にしろ、お前がそんなんだから規律が緩むんだろうが、上の奴がだらしなくなれば、下の連中も自然にそれにならう物なんだよ」
いきなりではあったが、即座に反応したジャックは、刀を鞘に納めたまま、七美の一撃を受け止める。
今の七美は、完全に鬼の形相を浮かべており、シルフィやリリィに至っては、怖くて下がっていた。
更に、彼女の怒りに同調するように、あふれ出ている雷で、その迫力に磨きがかかっている。
「規律だのなんだの、お前は厳しすぎるんだよ、もう少し緩くしろ、何時までもそうやってミケンにシワ寄せてると、肝心な時に力出せねぇぞ」
「緩すぎるんだよお前は!そんな事で、いざって時に力だせんのか!?」
「良いから、一旦落ち着け、ここで暴れたら、余計に散らかるぞ」
「ッ……」
ジャックの言葉に、七美は槍を納める。
だが、片づけまでは頼まなかった。
「とりあえず、それには賛成するが……貴様ら!一旦出ろ!この部屋はあたしが片付ける!」
「え~手伝うぜぇ」
「貴様らにやらせたらロクな事にならん!あたしが全部やる!」
そう叫ぶ七美は、ジャックを含め、事務室に居たスタッフ達をつまみ出し、一人で掃除を始めだす。
他のスタッフ達は、普通に追い出されたが、ジャックだけは、蹴り飛ばされて追い出されてしまった。
「あ痛たた、なんか以前に増してカリカリしてんなアイツ」
「いや、ほとんど貴女のせいですよ」
「カルシウム足りてねぇな全く、ちゃんと飯食ってたのか?」
「カルシウム足りないって言うより、アンタが節度守ればいいだけじゃない?」
あぐらをかきながら、後頭部をかきむしるジャックの見当はずれな言葉の数々。
それらにツッコミを入れたシルフィは、ガヤガヤと片付ける音の響く扉の前で、ジャックに話しかける。
「……良い妹さんじゃん、アンタとは大違いで」
「真面目過ぎて色々つまらん所有るけどな」
「ホント、私も一緒に行動してて、調子狂っちゃったよ」
「でも、大丈夫ですよ、あの方はあの方で、面白い部分もありますから」
「随分詳しいね、リリィ」
「終わったぞ」
数分程無駄話をしていると、部屋の掃除が終わったらしく、七美が扉を開けて来る。
七美に招かれ、部屋に入ったシルフィとリリィは、開いた口が塞がらなくなる。
何しろ、片づけは完璧、まるで住宅展示場のように綺麗になっていたのだ。
「わ~、綺麗、え、これを一人で、数分でやったの?」
「羨ましいスキルですね」
「ふふん、ま、これがあたしの力だ」
「良いのか?それで(ま、相変わらずキッチリやってるみたいだな)」
未だに使われている紙の書類やら、整頓されたコーヒーカップ。
そして、スタッフが飾っていた写真立てやフィギュア等、それらまで、しっかりと整理されている。
それを見たジャックは、七美の掃除のスキルが、かなり向上していると、感心していた。
「けど、良い子だな、七美」
「ッ!」
ほほ笑みながら、ジャックは七美の頭をそっとなでる。
ジャックの首位の身長のおかげで、頭は結構なでやすい所にあるせいで、七美はよくこうしてなでられて来た。
それなのに、七美は顔を真っ赤にしてしまう。
「あ、あたしはただ当然の事をしただけだ!褒められる覚えは無い!」
そう言いながら、七美は右手でジャックをはらうが、その手は、積み上げられた書類に当たってしまう。
「あ!?」
倒れた書類をキャッチしようと、身を乗り出す七美であったが、力の制御が上手く行かず、机とイスを破損させてしまう。
それだけに飽き足らず、足にコードをひっかけ、更に混乱を招いてしまう。
パソコンは倒壊し、崩れたコーヒーメーカーの中身が、一面にぶちまけられる。
そんな妹の醜態を見ながら、ジャックはシルフィとリリィの元へ避難していく。
「言っただろ、アイツもアイツで面白い所が有るんだよ」
「ええ、褒められると、滅茶苦茶ポンコツになりますからね」
「……ジャック、絶対分かっててやったね?」
「折角片付けたのにぃぃぃ!」
机の残骸などに埋もれながら、涙目になる七美の悲鳴が、虚しく響きわたった。




