うるさい姉妹 中編
五人姉妹が集まった日の翌日。
カルミアは、何時も通り、エーラが勝手に機材を持ち込んだりして、無駄に改造をほどこされた研究室に足を運び、仕事を開始していた。
「成程、アース・ドラゴンの膨大なエーテル量の正体はコイツか」
「まぁね、アタシも見つけんのに時間かかったよ」
現在の研究内容は、射撃兵装の強化である。
以前の戦いのように、物量で押された際は、射撃が頼りになる事が多い。
そこで、エーラが目を付けたのは、カルミアのレッドクラウンに搭載されている、ビーム砲。
カルミア単機で、瞬時に山を削れる威力を出せる秘けつが、開示された。
大体はエーラの予想通りだったが、以前イベリスに貸した砲とは、少し技術が異なっていた。
「アイツの細胞間に有る、エーテルの増幅機関、そいつが全身に供給されたエーテルを強化していたのか……」
「強力なんだけど、それに耐えられるように作んのが、一番大変だったよ……制御しきれないから、全部一か所に集めた結果生まれたのが、あのビーム砲なんだけどね」
空中に浮かぶディスプレイを、あれやこれやいじり倒しながら、エーラは応用を利かせだす。
レッドクラウンのボディは、アース・ドラゴンの恩恵が非常に大きい。
おかげで、エーテルを大幅に増幅させる機構が、自然に備わっていた。
その有り余るエーテルの全てを制御できれば、以前以上の戦闘力を確保できたかもしれない。
だが、制御能力が未熟すぎた故に、過剰にでたエネルギーを、口内の専用バッテリーに貯め込んでいた。
その副産物が、あのビーム砲なのだ。
とは言え、応用すれば、サイズを小さくしたまま、保持できるエーテル量、使用できる出力は、格段に向上する。
「なるほどな~、となると、この機関を小型化して、なおかつこいつを……」
カルミアのレポートに目を通したエーラは、射撃兵装に組み込む方法を、いくつか考えついた。
湧き出るアイディア量とタイピング速度が追い付かず、手がもうワンセット欲しい、等と考えながら、エーラはレポートを制作する。
そんな彼女を横目に、カルミアは自分の作業を進める。
「……」
カタカタとキーボードを叩きながら、カルミアは研究室をチラチラと見渡す。
何時もなら、紙の資料やファイル、エーラの食べ散らかしたゴミ、脱ぎ捨てられた服が散乱していただが、妙に綺麗だ。
しかも、エーラの着ている服も、数日前の物ではなく、きちんとクリーニングを行った物。
心なしか、目のクマは消え、肌と髪のツヤも良い。
一応、ジャックが片付けたり、風呂に入れたり、手入れをしたりしていることは有る。
しかし、しばらくジャックは忙しいらしく、そんな暇は無かったはずだ。
「(なんだ?この違和感、逆に集中できねぇ)」
何時もごみ溜めで仕事をしていたような物で、その部分は見て見ぬふりをしていた。
だが、こうして綺麗だと、むしろ落ち着かなかった。
恐らく、エーラがやったのだが、彼女がこんな事をするわけがない。
彼女の自宅でさえ、強制立ち退きを要求されるレベルで、汚いらしいのだ。
「(いや、立ち退きレベルでゴミ屋敷なのは、噂だけど……あの散らかりようからして、アイツが自主的に片付けなんて……)」
噂かどうかはさておき、ジャックだけでなく、ラベルクまでやる気満々に世話を焼こうとしていたレベルで、エーラは生活態度が悪い。
と言うか、彼女の事だから、自分で掃除ロボ的な物でも作って、勝手に掃除させて居そうではある。
しかも、今日は妙に時計を気にしながら仕事をしている。
「(それに、何で時間なんか、毎日サービス残業させろってうるせぇクセに)」
三度の飯より研究、睡眠より研究、性欲より研究。
基本的に三大欲求に忠実な獣人であるエーラが、まるで悟りを開いた僧の如く無欲。
というよりも、欲求のパラメーターが、知識欲と研究欲に極ぶりされている。
何時も水と燃料だけをつぎ込み、研究をとにかく行おうとしていた。
それが今や、定時退社を望むサラリーマンの如き仕草を続けている。
「あ、やべ、もうこんな時間か、悪いカルミア、私はこの辺で失礼するわ」
「え?」
「あーあ、もうちょっとやりたかったが、仕方ないな、これから予定あるし」
「え??」
「えっと、たしか、スポーツ用品がそろそろ届いてた筈」
「えッ??」
カルミアは、エーラの言動に、付いて行けなかった。
確かに、もう今日の業務は終了していい時間は過ぎている。
大体のスタッフは、基本的にフリータイム、完全に個人の時間が持てる。
だが、その時間でさえ、エーラは研究に費やしていた。
それどころか、彼女の口から、決して飛び出る事の無いセリフまで出て来た。
「……え、エーラ」
「ん?なんだ?」
「今、スポーツ用品がどうとかって聞こえたけど、この後、何しに行くの?」
「え?ジム、ちょっと運動しようと思ってな」
「……」
青天の霹靂。
意味・急に起こる変動・大事件、また、突然受けた衝撃。
この時、カルミアは初めてその感覚を味わった。
正に雷に打たれたかのような衝撃が、カルミアに襲い掛かった。
何しろ、摂取したエネルギーの全てを、研究に使用したいなどと言い出す研究バカ。
そんな彼女が運動なんて、言うはずが無いのだ。
聞き間違いではないかと、カルミアは録音した音声を、体内で何度もループさせた。
「(え?まじで?運動?あの駄犬が?それとも何かの隠語か?新兵器の起動実験てきな?それとも冗談?エイプリルフール?え?そもそも運動ってなんだっけ?あれ?四年に一回のあれ?あれ?それとも、筋肉向上させるやつ?牛乳運んだり、素手で畑耕したりするあれ?サインの書かれた石を森から見つけ出すやつ?え?わかんない、何かのジョーク?アタシのデータに存在する言語に、何か不備でもあった?)」
ゴチャゴチャと考えてはいるが、この間0.1秒程度。
しかし、カルミアはすぐに我に返り、エーラの発した言葉を、文面通りに受け取った。
「お前が……運動!!?」
「何だよ、何か文句……」
「じじじじ、じゃ、ジャック!しょ、少佐!エーラが、あのエーラが、運動するって!!」
『何だと!!?』
『それは本当か!!?』
「マジマジ!今データ送る!!」
「おい」
カルミアは、ジャックと少佐に無線をいれた。
しかも、これから敵が攻めて来る、等と言わんばかりの空気で通信したのだ。
信じてもらえなかったのか、裏付けとなるデータをカルミアが送った瞬間、更なる混沌が吹き荒れる。
『総員!第一種戦闘態勢!!コンドル隊!スクランブル!各隊、エーテル・ギアを装着のうえ、対空警戒を厳となせ!』
『非戦闘員は、耐衝撃姿勢!頭上からの落下物に注意しろ!!』
「何が降って来るってんだ!?ぶっ殺すぞテメェら!!」
――――――
二時間後。
取り乱した少佐とジャックのアナウンスで起きた混乱は、何とか収まった。
収拾のついた後で、とうの二人はエーラの研究室に集合。
椅子に座るエーラは、正座させた二人の事を物凄い形相で見下していた。
「おいテメェら、私に何か言う事あんだろ?」
「エーラ、何か有ったのなら、ちゃんと相談しなさい、私でよければ、話を聞くぞ」
「別になんもねぇよ!」
完全に同情した表情を浮かべた少佐だったが、的外れもいい所。
そんな少佐の反応に、エーラはキレる。
とりあえず、少佐は仕方ないとして、エーラはジャックの事を睨みつける。
「おい、何も期待しねぇけど、とりあえずテメェも聞いとくぞ」
「……ドクターから、いい精神科紹介してもらったんだが」
「んなこったろうと思ったわ!」
例によって、哀れんだ目を向けるジャックは、軍医から良い精神科医を紹介した。
しかも、ボケで言っているのではなく、割と本気で言っている。
少佐も同じように、本気で心配してくれていたのはありがたいが、正直、余計なお世話だった。
とりあえず、それはそれとして、エーラは、少佐に冷えた目を向ける。
「つか少佐、テメェまでボケんな!アンタの立場忘れたか!?」
「黙れ、私だってたまにはボケたい、それに、いささか疲れた、貴様らの尻を拭ってやるのは」
「なんかゴメン」
心なしか、白くなっている少佐を見て、エーラは思わず謝ってしまう。
色々と心当たりのある分、罪悪感も有る。
それはそれとして、ジャックは話を続けだす。
「で?どういう風の吹き回しだ?お前が運動とか、天地ひっくり返ってもあり得ないと思ってたぜ」
「うっさい、良いだろ、それに、その、来週来るんだろ?その……七美が」
今までの疲れを吹き出すように、口から魂を出す少佐は置いておくジャックは、エーラに質問を投げかけた。
だが、その質問に答えたエーラは、ホホを赤らめ、なんとも乙女チックな表情をしていた。
言ってしまえば、これは太陽が西から昇って来るかのような状況。
前々から良い仲なのは知っていたジャックだが、殺意のこもった目を、エーラへぶつけだす。
「おい、テメェ、そんな事の為に、俺の可愛い部下達を混乱させたのか?」
「いや、混乱させたのお前ら、てか、別に良いだろ、アイツとは、ご無沙汰なわけだし」
「あー!あー!うるせぇ!うるせぇ!お姉ちゃん絶対認めません、久しぶりに会うって理由だけで、部屋片づけたり、運動しようなんて考えるアバズレに、ウチの子はやれまへんわ!」
「何で後半関西弁!?てか、人間の大半がそうだろうが!基本的に面倒な掃除は見て見ぬふりして、来客がわかった時だけ片付けるなんざ!テメェだって何回かやった事あんだろ!?」
エーラとしては、最近の自分の変化に戸惑いながらも、少しずつ受け入れていた。
特に、七美の事になると、地味にムキになってしまう辺りは、彼女自身おかしいとは思っている。
特に、不摂生にも程が有る現状、そのせいでたるんでいる体。
その部分を、残りの一週間で、どうにかしたいところだった。
「うるっせぇ!大体、運動って、テメェに何ができんだ!?投げられたフリスビーでも追いかけんのか!?」
「誰が犬だ!?ルームランナーで、ウォーキング位はできるわ!」
「走れよ!せめて走れ!」
「走ったら一分もたねぇよ!」
ジャックの言う通り、エーラの運動神経では、何ができるのかと言った所である。
目に見えて肥満、という訳ではないが、体力はマジで無く、ふくらはぎも、まるで水風船のように柔らかい。
そもそも、エーラ自身、身体の使い方をしっかり理解しているかも怪しい。
「てか、テメェはもうちょっと自分の体と向き合え!学校の体力測定とか振り返ってみろ、どうせ全部最低ランクだろ!?」
「……」
「……あ」
やけになり、口に出してしまった言葉に、ジャックは冷や汗を垂らす。
珍しく、落ち込んだ表情を浮かべるエーラを見て、マジで地雷を踏み抜いた事に罪悪感さえ覚えた。
「私、大学以外、行った事ねぇよ」
「……ごめんなさい」
飛び級だとか、そう言う感じの話ではない。
彼女の経済的な意味で、小学校さえ通えなかったのだ。
戦争が原因で、戦争孤児だったエーラは、実力だけで成り上がり、独学で大学へ出て、今の地位を獲得したのだ。
「ま、そいつは良いが、とりあえず、何か色々教えてくれ」
「は?」
「私、運動とかからっきしだし、何かアドバイザーが居てもいいかなと」
「何で俺?」
「だって、お前怠け者に見えて、実は超努力型だろ?訓練量も、他の隊員と比較にならねぇし」
「……」
エーラの発言に、ジャックは珍しくホホを赤らめた。
ジャックは、日がな一日カフェで読書に勤しんでいる訳ではない。
ちゃんと一日のデスクワークをこなし、ボディビルダー顔負けの訓練を行っている。
それらを終えたうえで、カフェで本を読んでいるのだ。
「教わるなら、天才より秀才に学んだ方が良い、感覚だけの奴より、何処に力を注げばいいか、解って居るからな」
「……やれやれ、ここはお姉ちゃんに任せろ!」
等というやり取りをしながら、二人はジムへ向かうのだった。
真っ白になっている少佐を置いてきぼりにして。
因みにこの後、エーラはストレッチとウォーキング、計三十分程体を動かし、ギブアップした。




