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朝の蜘蛛は縁起が良い 前編

 刀身に大量のエーテルをしみ込ませたアリサの前に、アラクネの使う最強の糸は無力とも言えた。

 先ほどまで、ブレードを容易く弾いていたというのに、今のブレードは、まるで豆腐を斬る様に、簡単に糸を切断する。

 アリサの常人離れした機動性を前に、高密度のネットを張るアラクネではあるが、すぐに突破されてしまう。

 アラクネ自身、特別足が速いわけでは無い。

 できるだけアリサに追いつかれないように立ち回り、アリサとは一定の距離を取り続ける。

 それもこれも、今彼女に残されている唯一の勝算の為だ。


「(いくら技術の進歩が有ったとはいえ、発光現象が起きる程にエーテルを使用し続ければ、長時間の稼働は不可能の筈)」


 アリサのエネルギーぎれ。

 研究員であるがゆえに、正面からの戦闘を苦手とするアラクネにとって、これはただ一つの勝機だった。

 アリサたちの動力であるエーテルを生成するためには、原子力発電所並みの施設や、設備が必要になる。

 それ故に、エーテル駆動の兵器は、貯蓄する事の出来るバッテリーのような物を搭載している物がほとんどだった。

 つまり活動限界がある。


 しかも、アラクネが連邦で研究員として働いていた頃は、貯蔵量には限界があり、人間サイズともなると、最長で八時間しか稼働できないとい。

 ただし、八時間という数字は、歩いたり走ったりという場合のみ。

 なので、アンドロイドの武装には活動時間を少しでも伸ばすべく、実弾兵器が装備されることが多い。


 アリサの使用しているブレードの出力は、推定でも二千度以上は有る。

 そんな状態を長時間維持するのは、相応のエネルギーが必要になる。

 先ほどのトラクタービームも、かなりのエネルギーを消費した筈。

 そして今までの稼働時間から考えても、今のアリサにはバッテリー残量は残り少ないと、予想している。


「(だけど、技術革新で倍以上のエネルギーを貯蔵できるように成っていたら……いや、それでも十五分だけでも持てば、パワーダウンは免れない筈)」


 予想した時間まで、アラクネはひたすら逃げ続ける。

 網を張って進行ルートを妨害し、巧みに糸を操り、四肢を縛り付けて、気休め程度に足止めを行う。

 アラクネは防戦一方の状態をキープし、時間を稼ぎ続ける。

 何とかして放った糸の斬撃も、発光したブレードの前には無力、攻撃の意味をなさない。

 息も上がり、心臓も強く鼓動し始め、糸の生成に使う魔力も少なく成ってきた。


 もう三十分近く逃げ回っているというのに、アリサの機動性能は落ちず、徐々に劣勢に陥りつつあった。


「(どういう事?もう三十分は経っているのに)」


 それほどまで、大容量のエーテルを貯蔵できるようになったのか?

 そんな考えがちらつく。

 やがては、考えたくとも、考えたくなかった、最悪な代物を搭載しているのではないかと、アラクネは顔を青ざめる。


 二十年という歳月が経ったとはいえ、そんな物が実用化されているとは考えにくい。

 先ほどのトラクタービームや、アリサのように人間に酷似した容姿、そして異世界にまで来る事の出来る科学力。

 それらを踏まえると、もしかしたら?という考えも浮かび上がってくる。

 そんなことはあり得ないと、否定的に考えても、そうとしか思えなかった。


「まさか、貴女」

「あら、まさかエネルギー切れ、狙ってました?」

「……その口ぶりだと、やはり貴女は」

「ええ、そのまさかですよ」


 アリサに肯定され、アラクネは糸の操作を止めてしまう。

 糸たちは力なく地面に落ち、アラクネ自身も、消耗していたこともあって、座り込んでしまった。


「まさか、アークリ〇クターが搭載していたなんて!」

「もうそのネタは良いですよ!」


 まさかアラクネまで、同じネタを使ってきたのに対し、思わずアリサも突っ込んでしまった。


「何前々回のネタ引っ張り出してるんですか!?あんたが危険だからやめろって言ったのでしょ!?」

「ごめん、一回やってみたくて」

「はぁ、まぁ良いですよ、で?正解は本当にわかっているのですか?」

「ええ、もちろん、エーテル・ドライヴ、原発並みの規模が必要だったというのに、科学の進歩ってすごいわね、科学者として、できればその内部を見てみたいわ」

「申し訳ありませんが、敵陣の科学者に、安々と教えることはできません」

「それもそうよね」


 アラクネの言うエーテル・ドライヴは、アリサの体内に格納されている動力源だ。

 バッテリー駆動ではなく、エーテルそのものを人工的に生成し続ける、半永久機関。

 稼働時間に制限なんて物はない。

 それ故に、アラクネの唯一の勝機であった活動限界狙いは、先ず不可能であると判断し、戦意を失ってしまった。

 最初は、本当にそんな代物が搭載されているとは、思っても居なかった。

 彼女の言うように、かつては原子力発電所並みの設備が必要と成っていた。

 だが、技術の革新によって、アリサのような小柄のアンドロイドに搭載できるまで小型化できたのだ。


「さて、これ以上邪魔されては、こちらの行動に支障が出ますので、これで、さようならです」

「そうね、あんた、噂に聞いた通りの化け物ね、そんな奴らを破壊し続けてきた奴を殺すなんて、あんたも大変ね」

「ええ、本当に」

「(アリサシリーズ、まさかこの目で拝めるなんて、長生きはするものね)」


 振り上げられたブレードを見るアラクネは、アリサの性能に脱帽する。

 彼女の勤めていた研究所は、軍の研究開発部門の一つで有る為、軍の奥深くの情報が、噂として流れることが有る。

 連邦軍には、いくつかの特殊部隊が存在する。

 そのうちの一つに、本当に特殊な兵士だけが選抜される、本物の特殊部隊が存在する。


 ストレンジャーズと呼ばれる、連邦軍最強とされている部隊。

 その特殊部隊の中より、本当に少ない割合で選出されると言われている、エリート中のエリート兵が存在する噂。

 アラクネが勤務していた二十年前、それより以前、連邦が発足した時よりも、遥か以前よりも、それは存在すると噂されている。


 スレイヤーの称号を与えられた兵士。

 飛び交っている戦果の噂は、戦車を素手で破壊、たった一人で敵の基地を制圧、数時間にわたる平地への砲撃や空爆の嵐を耐え抜く等、現実離れした噂がながれていた。

 そんな荒唐無稽な話は、明らかに尾ひれの付いた噂としか思えないが、そのうちの一つには、今まで開発されてきたアリサシリーズを、高周波ブレードと拳銃だけで破壊してきたという噂が有る。

 最近のアリサシリーズは、もはやスレイヤーを抹殺するためのアンドロイド、と言われるような噂も流れるしまつだ。

 もしも、それが本当の話だとしたら、スレイヤーと呼ばれる存在は、まさしく異次元の存在だ。


「……せめて、あの子にもう一度会いたかったけど、あんたがそうしたいなら」

「では、お言葉に甘えて(敵の研究員の処分は、自己判断とされている、この先も邪魔するようであれば、抹殺した方が良いだろう)」


 アリサがブレードを振り下ろそうとし、アラクネも、何所か名残惜しそうに、自らの首を差し出す。

 容赦なく振り下ろされたアリサのブレードは、アラクネの顔から、まさに紙一重の距離で止まる。


 なにが起きたのか、アラクネには解らなかった。

 アンドロイドのアリサは、生殺与奪に関しては非常に冷淡だ、殺せと言われれば、何の躊躇も無く殺す。

 その筈が、アリサはブレードを振るうのを止めた。

 疑問に思っていると、アリサは視線を横にそらしており、彼女の顔に、次から次へと、木陰より放たれた石ころが命中する。

 そんなもので、彼女を破壊することはできないが、アリサに何個もの石が投げつけられる。

 アラクネも、石が投げられる方向に、目を向けた。

 その先には、一人の町娘と呼べる一人の少女が、必死にアリサに向けて石を投げつけていた。

 彼女を見たアラクネは、目を見開く。


「この!アラクネから離れろ!!」


 怒りに染まる表情を浮かべる少女の投げる石は、徐々に大きくなり、人の顔位の大きさの石まで投げつけだす。

 ボーリングの玉のような石は、アリサの額に勢いよく降り注ぎ、同じ物が立て続けに投げつけられ、アリサは卒倒してしまった。


「(どの辺がただの町娘!?)」

「ラズカ、何故来たの!?あそこで冒険者を説得していてと言ったでしょう!?」

「うるさい!あんな騒音聞かされたら、心配にもなるでしょ!」


 彼女の怒りは、更に大きく膨れあがったらしく、憤怒の力によって、人間の大きさ程は有る大岩を持ち上げだす。

 とてもただの少女の出せる力では無い。


「ちょっとぉぉ!そんなの投げたら、私まで!」

「うるさい!うるさい!彼女にこんだけ心配かけるような奴なんて、潰れっちまえぇぇ!!」


 どうやら、ラズカと言う少女は、アラクネの恋人?らしく、先ほどまでの戦闘の音を聞きつけて、やってきたようだ。

 しかし、アリサとしては、何故こんな所に民間人が居るのか、理解ができなかった。

 ラズカと呼ばれた少女は、山を登る為の服装をして、バックパックを背負っているだけで、戦う為の装備などを持ってはおらず、本当にただの人間にしか見えない。

 大岩なんて持ち上げる怪力を除けば……

 そんな少女が、涙目になりながら、アリサに向けて石をぶつける、なんとも奇妙な光景だ。


「……これは、何か訳アリですね(即抹殺と言う命令は出ていないしな、というかただの少女が大岩持ち上げている方が奇妙な光景だわ)」


 そう判断したアリサは、ブレードに流していたエーテルを止め、鞘に納めると、アラクネから離れ、シルフィの元へとテクテク歩いていく。

 アリサを警戒しながら、大岩を地面に置いたラズカは、アラクネの元へと駆け、すぐに傷の状態などを見始める。


「あちらこちらに火傷に切り傷、もう、だからちゃんと説明しなさいって、言ったでしょ」

「ごめんなさい、ちょっと私怨があって」

「それって、前から話してたレンポウとかいう連中?」

「まぁ、そんな所かしら?」


 そんな事よりも、早く治療を優先しなければと、ラズカはバックパックの中から、包帯や回復薬を取り出し、彼女の怪我を治療し始める。

 そんな二人を横目に、アリサはシルフィを発見する。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫に見えたら眼科行って、というか、誰のせいだと思ってるの」


 そのころのシルフィは、丸太の残骸に潰され、完全に身動きの取れない状態に成っていた。

 明らかに先ほどの戦闘に巻き込まれた結果だ。

 しかも今のシルフィは、全身筋肉痛と言った状態。

 そこへ更に丸太がのしかかるという追い打ち、スーツを着ていても、流石に抑えられている所には激痛が鳴り響いていた。


「さ、とりあえずじっとしていてください、すぐに助け出しますから、その後、お二人のお話をお聞きいたしましょう」


 シルフィを潰す丸太を退かすと、二人はちょうど、治療の終わったアラクネ達の元へと向かい、こんな山奥で、何をしているのか?それと、二人はどんな関係なのかを、問いただした。


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