ナーシサスの花言葉 前編
あの一件から翌日、シルフィとジャックの捜索により、逃亡中のリリィ達は発見され、基地へ連行された。
その後、彼女達が主体で、基地の修復作業が始まった。
それから数日後。
アリサシリーズのスペックの高さを利用した作業により、基地の修復はかなりはかどっていた。
彼女達の作業も、他のスタッフらの仕事も終わった、その日の夜。
ジャックと少佐は、バーのカウンター席で隣合わせになりながら、共に酒をたしなんでいた。
「やれやれ、あの五人には手を焼くな」
「ああ、本当だ」
リリィ達の手に余る行動に、少佐は眉をひそめる。
何しろ、これから彼女達が人間として過ごせるような、世界を作らなければならないというのに、今回のような騒動は、もうごめんだ。
ただでさえ、世論からは卑下されているというのに、今回のように、私情で人間に手を出されては、余計に反発されてしまう。
「……それで、ご友人はなんて?」
「あまり乗り気ではなかったな」
「だろうな」
今回のような一件は、話していないが、バレれば友人の頼みでも、流石に断られてしまう事は、目に見えている。
友人のジョージも、政治家である事に変わりは無い。
一文にもならないような話には、首を突っ込まないのは、当然の判断だ。
それに、問題は彼女達の態度だけではない。
「仮に、彼が当選したとしても、法案の改定には、議員の半分以上の賛成が必要だ、それに、民衆の情緒も有る、容易くはいくまい」
「都合の良い所で、民主主義持ち出すもんな」
現在の連邦政府は、力を保持しすぎた。
その力に酔いしれた政府は、ほとんど独裁政権に近い。
表面では民主主義をうたっているが、事実上、民衆の支持は、上手い事得ている、と言える。
仮に、リリィ達の存在が認められるとしても、反発する民衆の言葉を盾に、民主主義を持ち出してくる。
それに、現在の状況で、アンドロイド関連の法案を改定するという部分で、支持率を上げる事は、不可能。
当選するには、色々と策が必要になって来る。
「けど、何とかするっきゃない、最近、ご友人の政敵さんが、妙な動きをしているみたいだしな」
「ああ、七美君たちも、そう言っていたな」
「ラベルクに調べさせてもいいが、ここであいつを使うと、後で面倒になりそうだし、厄介なものだ」
グラスを傾けながら、ジャックは七美からの報告を思い出す。
現在の彼女は、ストレンジャーズの隠密部隊と共に、政府の裏側を調べまわっている。
しかし、腐っても政府の闇部分。
ジャック達がこの世界へ足を踏み入れる前から、調査を進めていているというのに、確かな食いつきが無い。
マザーを使い、ハッキングして情報を抜き出してもいいが、そう言った行為が、後で問題になる事も有る。
現状、リリィ達には控えてもらうしかない。
「はぁ、厄介な事引き受けちまったな」
「ああ……だが、私としては、君の事の方が気になる」
「……おいおい、アンタと不倫なんかしたら、マスコミじゃなくて、奥さんに物理的に殺されるんだからな」
「バカ者、そう言う話ではない」
そんな冗談を言っておきながら、ジャックは勝手に顔を青ざめる。
結構前の事だが、ジャックは、少佐の説教にムカついて、パパ活女子の如く、少佐の自宅に乗り込んだことが有った。
しかし、その場面を少佐の奥さんに見られ、ジャックは半殺しされてしまった。
完全に不意打ちだったとはいえ、民間人である少佐の奥さんによって、ジャックは完膚なきまでに叩きのめされたのだった。
当時のことを思い出し、頭に青筋を浮かべながら、少佐は気になっていた事をジャックに打ち明ける。
「話を戻すが……君は、確かめたかったのではないか?」
「何を?」
「君と、君の恋人が、助かる方法を」
「……」
「もっと力が有れば、周りがもっとましな連中であれば、助かったかもしれない、そう考え、彼女に協力した」
少佐は、別の世界から流れ着いたジャックの、一番の古株。
それ位長い付き合いだっただけに、少佐はジャックの事を誰より理解している。
だからこそ、ジャックが何故、シルフィの事を戦場に連れ出したのか、色々と考えていた。
リリィを助けたい、そんなシルフィのワガママに答える為、と言うのはほとんど建前。
本当の理由は、別の物。
だが、ジャックは少佐の考察を鼻で笑った。
「ふ、老いたな、少佐」
「……」
「俺は、母親として、アイツのワガママを聞いてやっただけだ」
「……(そんな表情、私は見たくないのだがね)」
ジャックは、なんとも悲しそうな顔を浮かべる。
シルフィは自分の娘だ、その事実を、ジャックは言い訳や、隠れミノにしている。
何しろ、シルフィが娘という事を知る前から、ジャックはシルフィを連れて行くつもりだった。
なら、その理由は明白。
少佐の考察通りに、確かめたいと思っていたのだろう。
絶望的な状況の中であっても、愛する人と共に、生き残れる方法を。
「……(以前にも言ったが、君は、私の長い人生の中で、一番の友人だ、悩みが有れば、打ち明けて欲しいものだ)」
「ま、母親として、あの子に教えてやれんのは、ベッドの上の百鬼夜行くらいだな」
「……ちょっとまて」
「何だ?」
話のすり替え、と言うのは確実なのだが、ジャックが急に言い放ったセリフに、少佐はグラスを勢いよくテーブルに置く。
何しろ、そのセリフを言った時のジャックは、ホホを赤らめていた。
どう考えても、あっちの意味である。
「貴様、それ、どういう事だ?」
「まぁ要するにだ、めしべとめしべを」
「娘相手に話したのか!?相変わらずどんなメンタルをしている!?」
「しかたねぇだろ、シルフィの奴が、そろそろリリィとベッドの上で百鬼夜行したい、って言うんだから」
「師からたまわった技を隠語に使うな!!」
――――――
少佐のツッコミが響き渡る数分前。
今日の工事を終えたリリィは、自室の片づけを行っていた。
「……これはもう、必要ありませんからね」
何枚もプリントアウトし、壁が埋まる程貼り付けていた、シルフィの写真。
それを、一枚一枚ていねいに剥がしていく。
と言っても、処分はせずに、アルバム風にまとめて、大切に保管するつもりだ。
「彼女はもう、何時でも私と共に、有りますから」
片づけを終えたリリィは、ベッドに座り、手足を治したシルフィのぬいぐるみを抱く。
あれから、シルフィへの想いが、爆発的に膨れ上がってしまっている。
事有る事に、シルフィの事を考え、最近は目を合わせる事もままならない。
ここまで温かい感情は、初めてだった。
「……結局、私は、彼女に依存していただけか、そして、これが、本当の、彼女への好意」
キュンキュンする胸を抑える様に、リリィはぬいぐるみを強く抱きしめる。
心なしか、顔が熱い。
以前よりも、はるかに自分の事がわかってしまう。
ただ、プログラムに従っていただけの自分とは違い、今は、自らの考えで、自分を表現できる。
いや、されてしまう、と言った方が良いかもしれない。
我慢しようにも、勝手にあふれ出てきてしまう。
「……感情って、意外と面倒なんだな」
そんなグチを垂れていると、リリィの部屋のドアが叩かれる。
「ッ、だ、誰ですか?」
「私、開けて」
「し、シルフィ!?ちょ、ちょっと待ってください!」
ノックの音に、驚きながらも、その主がシルフィという事に気付いたリリィは、急いで準備を始める。
消していた電気をつけ、残していた等身大のポスターや、ぬいぐるみを片付ける。
更に、タンクトップに短パン姿と言う、とても人前に出られないような服から、軍服に着替える。
その上で、乱れていた髪をしっかりと整え、身だしなみにもしっかりと気を使う。
「ど、どうぞ、はぁ、はぁ」
「なんか、息上がって無い?」
「……気のせいです」
色々と終えたリリィは、シルフィを自室へと招く。
そして、二人はベッドの上に、となり合わせになりながら座る。
「……」
「……」
しかし、二人は無言。
冒険をしていた頃は、もっと話を弾ませた物だが、今のリリィは、シルフィに触れる事すら、恐れおおく思えてしまう。
すぐ傍に有るシルフィの手さえ、触れられずにいた。
それどころか、目すら見られない。
「(ああああ!何これ、何なのこれ、シルフィと同じ空気吸ってるってだけで恥ずかしいんだけど!しかも、この匂い、もしかして風呂上り?攻撃力ヤバいんだけど!)」
顔には一切出ていないが、リリィの心境はなんとも言えない。
加えて、嗅覚センサーの捉えるシルフィの匂いが、その心境を更にかき回す。
そんなリリィへと、追い打ちがかかる。
「……」
「ッ(ファヴァァァ!?)」
シルフィの手が、リリィの手にからめられる。
しかも、リリィの手を握るシルフィの浮かべる表情は、柔らかな笑み。
だが、リリィとしては、もう状況について行けなかった。
そんなリリィの心境はお構い無しに、シルフィはリリィの手を撫でまわす。
「ねぇ、リリィ」
「ふぇ?ひゃい」
「リリィの手、やっぱり本物と変わらないね」
「え、ええ」
「斬り落とされてたら、絶対に、こんな事できなかったよ」
「ッ、も、申し訳、ございません」
やはり、まだあの事を気にしていると思ったリリィは、すぐにベッドから降りて土下座する。
切られた腕の方は、ジャックがすぐに繋ぎ合わせたので、ちゃんと感覚も戻っている。
とは言え、骨を断つ寸前まで斬ってしまったのは事実だ。
まだ怒っていても、おかしくは無い。
「もう怒ってないんだから、そんな事しないでよ」
「え?」
「ほら、ここ座って」
「で、ですが」
「これ命令」
「はい」
怒っていない。
そう言われても、リリィの罪悪感は消えず、隣に座る事さえ拒否したいが、命令と言われれば従わなければならない。
相変わらずの不便さを感じながらも、リリィはシルフィの隣に座る。
しかし、珍しい事でもあった。
マスター登録されているとはいえ、シルフィは命令の権限を滅多に使用しない。
「……」
「ごめんね、無理言っちゃって」
「良いですよ、どうせ、私達アンドロイドは、どこまで行っても、自由にはなれないのですから」
「……」
隣に座り直したリリィだったが、久しぶりに使われたシステムに、目に影を落とす。
結局、自由になれていないという事に、そろそろ嫌気が刺してしまう。
そんなリリィの姿を見て、シルフィは体を寄せる。
「し、シルフィ?」
「自由ってさ、結局、幻想だよね」
「え、ええ」
「でも、確かに現実に有る、実感しにくい、というより、実感している事に、気づきづらい」
「どういう事ですか?」
「……森を出て、自由になれたって、私も思ったけど、外で生活するにも、何かに縛られて、生きていかなきゃいけない、不自由だなって、リリィに仕事を紹介された時は思ったよ」
「……」
リリィの言葉に、シルフィは森を出た時の事を思い出した。
ベヒーモスに追いかけられ、リリィの料理で体調を崩して、色々とさんざんではあったが、それでも、自由になれた実感は有った。
その後で、生活の為に金銭を稼ぐ方法を教わった。
そして、実感した。
やる事は、結局里に居た頃と変わらない。
「いま思えば、私、いじめから逃げたかったんだよ、それで、リリィを助ける事を口実に、里を抜け出した、自由何て、どうでも良かった」
「それで、今はどうなんですか?」
「今は、自由を実感してる、だって、自由は、不自由が有るから有るんだって、わかったから」
「……成程、こうして貴女と一緒に居られる、小さいですが、これも、確かな自由ですね」
「そう、そして、こうすることも、私なりの自由」
「ッ!?」
話の中で、シルフィはリリィと唇を重ねる。
重ねられた唇に、珍しく動揺するリリィであったが、シルフィはその口を離そうとしてくれない。
数秒間、じっくりとしたキスの後で、シルフィはようやく口を離す。
「し、シルフィ?な、何で?」
「もう、ずっと、こうしたがってたクセに」
「あ、ちょ」
耳の先まで顔を赤くするシルフィであったが、そのままリリィの事を押し倒す。
いきなりの事に、更に状況を理解できなくなったリリィは、思考を一部停止させてしまう。
しかし、何とも乙女な表情を浮かべる、シルフィの吐息を浴びながら、自分を取り戻す。
「ま、待ってください!わ、私は、貴女とこんな事をする資格なんて」
シルフィの視線から、目をそらし、少し距離を取る。
今の自分に、これ以上の行為をする事は、許されると思わない。
だが、シルフィは止まらなかった。
「……十分あるよ、だって、私が、こうしたいんだから」
「で、ですが」
「ふふ、でも、もう遅いよ、私、我慢できそうにないの、理性もモラルも無い自由何て、ただの無法だけど、たまには、それも良いよね」
「そんな、無茶苦茶な……」
折角着たリリィの軍服を、ゆっくりと脱がせながら、シルフィはリリィと唇を重ねる。
ここまで来たのだから、もう引き下がれない。
「リリィ」
「し、シルフィ、ん」
お互いの名を呼び合いながら、二人はもう一度キスをする。
グイグイと押してくるシルフィに、リリィは負けてしまい、シルフィを受け入れる。
「(ありがとうございます、シルフィ、今度こそ、貴女を愛してみせます)」




