悲しみのみのむこうへ 前編
リリィが奇行を行った翌日。
カフェルームにて、シルフィはテーブルにつっぷしていた。
その顔は、ショックやら何やら、様々な感情がごった煮になっており、もう色々と疲れ果てている。
「はぁ~、別に私、五股かけてる訳じゃないんだけど……ねぇ、そうだよね?私、ちゃんとリリィ一筋でやってるよね?」
「俺に振るな、母親でも、介入できる恋愛と、出来ない恋愛が有るんだよ」
因みに、目の前には普通にジャックが座っている。
と言うより、消去法で悩んだ末、相談があると、シルフィの方から呼んだのだ。
その内容としては、シルフィの恋愛事情である。
「てか、傍から見たら、五股かけてるようにしかみえねぇよ」
「かけてないって!」
「かかってるよ、かんきつ風味の栄光の架け橋がかかってるよ、チナツの言う通りだよ」
「ふえ~」
事の発端は、昨日の女子会。
チナツが悪意ゼロに発した言葉である。
『シルフィさんって、五股もかけて大丈夫なんですか?』
と言うセリフが、シルフィの頭の中で、ピンボールの如く乱反射していた。
そのせいで、シルフィは悩みに悩んでしまっており、こうして親元に相談を持ち掛けたのである。
チナツは、恋愛関係の噂が服を着ているようなもの、そのおかげで、シルフィの現状は、彼女にとって絶好のカモだ。
必然的に、そのような話も出てきてしまう。
「はぁ~、私、これでもリリィ一筋なのに」
「……(本当に一筋なら、あんな怖いことしねぇよ)」
「それなのに、最近リリィが怖くて、若干タガが外れてる感じだし、あ、そう言えば、最近変な視線が……はっ」
「……どうした?」
落ち込みついでに、シルフィは何かに気付いたらしく、上半身を起こし、目を見開く。
シルフィの仕草を見たジャックも、モカチョコパフェを食べる手を止める。
「私、刺されたりしない?」
「……」
シルフィの発した言葉に、ジャックは冷や汗を垂らしつつ、目をそらした。
何しろ、リリィはマジで危険なゾーンに入り込み、カルミアも、最近はシルフィをストーカーしている。
視線の方は……色々推測ができるので、断定ができない。
流石のジャックでも、面倒見切れないレベルまで、事態が進展している。
幸い、イベリスとヘリアンは、狙撃訓練で、しばらく帰っていないので、安心ではあった。
だが、リリィの方は、少し、と言うか、かなりマズイ。
「やっぱり嫌な事起こるの!?大丈夫!?リリィから来たメール見てたら、背後からブスリってやられないよね!?」
「……あ~、うん、多分大丈夫、きっと、うん、ね、そ、そんな気負う事、無いとは、思うよ」
「気負うよ!だって今回のサブタイトル見た!?不穏以外の何物でもないよ!!」
「大丈夫だって、一回二回刺されても、すぐ再生するから」
「そう言う問題じゃないから!」
色々と心配事の有るシルフィは、泣きながらネガティブ方向へと考えてしまう。
ジャックも、娘のこんな姿を見ては、力にならない訳にもいかなかった。
一先ず、エスプレッソを飲んで落ち着きながら、シルフィが落ち着くような打開案を考え出す。
「……とりあえず、サブタイの問題は、今回はこういう奴だって、思いこめば大丈夫だって」
「……どういうやつ?」
「例えば」
ジャックは、どこからか取りだしたスケッチブックに、マジックで何かを書きだす。
少し不安感を抱きながら、何かが書き終わるまで待つ。
数秒で書き終えたジャックは、その内容をシルフィに見せつける。
「はい、これが今回のサブタイだ、自己暗示しろ、自己暗示」
「……希望の、花、ね」
そのジャックの提示した文字を見た途端、シルフィは青筋をデカデカと浮かべた。
拳の方も、手から血が流れそうなレベルで握り締め、ジャックの顔面を、全力でぶん殴った。
「ヒットマンにでもやられろってかオラァ!!」
「オルガッ!!」
下あごを砕く勢いで殴なれたジャックは、とてつもない勢いで空中を回転し、地面へと叩きつけられた。
それではシルフィの怒りはおさまらず、そのままジャックに馬乗りとなり、首元を掴みかかる。
「ねぇ、ちゃんと考えてる?私の死亡フラグを積み上げよう、て気しか感じないんだけど」
「大丈夫だ、しっかり考えている、成功した祝いは、パインサラダでいいか?」
「それも死亡フラグだろうが!しかもメッチャ古い!」
「スカル!」
完全にブチギレたシルフィは、ジャックの鼻先にストレートを決め、後頭部を床に叩きつけた。
その後、二人はカフェのマスターに、こってり怒られ、床に応急処置を施し、再度席に着いた。
「もう、ジャックのせいで怒られちゃったじゃん」
「いや、破壊行動したの、全部お前だろ」
「アンタが変な事言わなければ何もせずにすんだわ、毒親」
「へいへい」
後頭部をボリボリかきながら、ジャックはパフェを完食。
ウインナーコーヒーを追加で注文し、バックパックから取り出した薄い本の黙読を始める。
内容は、シルフィから見て、かなりキツい物だが、もう面倒はゴメンなので、グッとこらえた。
湧きたつ感情を抑えるべく、キャラメルマキアートふくみ、恋愛相談の続きを始める。
「で、結局の所、私どうすればいいの?(てか、娘の前で母子百合物読むなよ)」
「うるせぇな、美少女姉妹五人、しかも全員から好かれるハーレムに、何の不満が有る?見ようによっちゃぁ、五等〇〇花嫁みたいだぜ」
「現状考えるとこっちが五等分にされかねないわ!!」
話が脱線したので、二人は先ほどまでの事は忘れ、路線を戻しだす。
とにかく、シルフィとしては、周りの人たちから、五股をかけている、と言う汚名を返上したいというのが有る。
ジャックとしては、シルフィがしっかりケジメを付ける分では、何股かけようが、別に気にはしない。
とは言え、シルフィはリリィ一筋、他の姉妹からも、好意を向けられているのは、最近ようやくわかってきている。
そこが問題だ。
「……とにかく、どうしたら、他の四人が傷付く事なく、リリィとだけ付き合えるかが問題だよ」
「無理だな」
「リリィ並の即答!」
薄い本のページを進めながら、ジャックはシルフィにキツイ一言を放った。
そもそも、好かれている時点で、四人を傷つけないなんて、まず無理。
相当うまくやったとしても、何かしらの傷ができる。
簡単に好感度を下げようなんて、そんなうまい話は無い。
「良いか、ハーレムってのは、好かれた全員を愛せる度量、しっかりお楽しめる体力がいる、それが無いなら、正妻だけを選んで、他のメンバーをフッて、地獄のフチに叩きこむ覚悟が必要なんだよ」
「何その持論!?もっと夢見させろや!!」
「そもそも、お前が考え無しに、全員口説き落とすからこんな事になるんだよ」
「口説いてない!皆に元気になって、暗い気持ちとか、そう言うのから解放されてほしかったの!それだけ私にとってあの子達が大切なの!」
「それを世間一般では口説いてるって言うの、落ち込んでる所に、光を当てれば、誰だってその光に寄り付くものなの」
「う」
ジャックのお説教に、シルフィはすっかり委縮してしまう。
リリィやカルミア、彼女達の事を口説いた覚えは無い。
しかし、ジャックの言う通り、暗闇でうずくまっている所を見て、どうしても助けたかった。
リリィのおかげで、ずっと居た暗闇の中から抜け出せた。
でも、リリィ達アンドロイドも、同じように暗い場所に捕らわれていると知り、せめて一筋でも光を与えたかった。
「……あれ?」
「どうした?」
色々と考えていたら、シルフィはとある事を思い出す。
リリィは、かなり長い期間一緒にいて、いつの間にか相思相愛になっていた。
その後で、カルミア、デュラウス、イベリスらと出会い、紆余曲折ありながら、ジャックの言う通り、口説いたかもしれない。
しかし、一人だけ覚えがない。
「私、ヘリアンさんだけ、口説いてない」
「え?いや、そんな事」
そう言いながら、ジャックは懐からスマホを取りだし、スイスイと操作を行う。
「え、ちょ、何してんの?」
「アイツの初登場回から、今回まで読み返してる……あ、マジだ、アイツだけ口説かれてねぇ」
「何そのチートツール!」
「大丈夫だ、次の回にはこんな物の存在忘れてる」
それはそれで置いておき、ジャックはスマホをしまい、シルフィがヘリアンだけ口説いていない事を思い出す。
戦争中も、ヘリアンが関わっていたのは、ジャックの方であり、あまりシルフィとは関わっていなかった。
しかし、ヘリアンもシルフィに好意を寄せている事に変わりは無い。
「どうやら、口説く口説かない以前に、お前はアンドロイドに好かれやすいみたいだな」
「そんな他人事みたいに」
「それに、お前もお前で幸せなんだろ?なんか以前より少しふっくらしてるし」
「ッ」
「(……やべ、流石のエルフでも、これは地雷か)」
盲目になってしまい、あまり動けなかった事も加味しても、シルフィの身体には、ちょっと肉が付いている。
と言っても、本当に誤差の範囲、裸体をさらそうが、下腹部等に触れない限り、分からない位だ。
その事を指摘した途端、シルフィはカチリと硬直した後、プルプルし始め、ホホから耳にかけて、顔を真っ赤に染め上げてしまう。
「……すぎるの」
「え?」
「便利なうえに、快適すぎるの!アンタ等の生活!」
「何それ、逆切れ?」
「ちげぇよ!オメェらも、ちょっとは私の森での生活してみろよ!多分一週間持たないよ!」
「何?そんな酷いの?」
シルフィは、自身の体がぽっちゃりしだしたのは、ここでの生活のせいだと言い出す。
とはいえ、実際ここでの生活は、里での生活よりもはるかに快適である。
訓練以外は、当たりの良い人も多く、エアコン、車、温かい風呂やシャワーといった、文明の利器。
そして何より、しっかり三食出て来る温かい食事や、スナック菓子等。
里での生活に比べれば、天と地ほどの差がある。
「夏なんて、バカみたいに暑くて、汗で溺れそうになるし、夜は虫と虫型の魔物と戦争だよ、寝苦しいし、虫の音とかクソうるさいし」
「あ~、なるほど、田舎の人しかわからない系の悩みてきな?」
「ま、夏は良いよ、冬はとにかく酷い、毎日毎日ひもじくて……私の家族、地味に村八分的な目に遭ってたから、保存食とかなんて、盗まれてすぐに無くなっちゃうし、場合によってはゴブリンとかの骨しゃぶって、飢えをしのいだり……そうだ、ルシーラちゃんも出て行って、お父さんも死んじゃった後は、狩りが上手くいかなくなくて、その辺に居た蜘蛛とかネズミ食べてたなぁ」
虚ろの目を浮かべるシルフィは、里での生活を思い出す。
夏は虫達と、縄張り争いじみた事を行っていた。
それはそれで、食料の確保にもなるので、別に良いが、問題は冬とジェニーの死後。
嫌われ者一家だった事も有って、食料を盗まれても、咎める者は居なかった。
魔物達も、冬は身を潜めており、ゴブリン一匹見つけるのも大変である。
おかげで、冬はとにかく空腹感に襲われる日々を送っていた。
当時は普通の弓矢しか使えなかったので、狩りはろくに成功せず、見つけたネズミやカエル何かを食べていた。
「……すみません、この子にモカチョコパフェ、大盛りお願いします」
「かしこまりました」
「いや、同情しなくて良いから!」
「あの、こちら来週から出そうと思っている、厚切りハニーバタートーストです、ご試食どうぞ」
「あ、いや、そういうの良いので」
「お待たせしました、当カフェ特性、デラックスランチプレートでございます」
「だから大丈夫だって!」
そんなスラム街での生活じみた事を聞いてしまい、同情したジャックは、パフェを注文。
たまたま聞いていたカフェの店員たちも、憐れむかのように、三センチ位の厚さに斬られたトーストを置いてくる。
同じように、聞いていたマスターも、ハンバーグやナポリタン等、人気のメニューをマシマシで乗せられた大皿を持ってきてしまう。
「今はあなた達のおかげで幸せだから!今まで不幸だった分のツケが、今回って来てる感じなの!幸せ過ぎて、もう感謝してもしきれないの!!」
シルフィの言葉に、この場に居るほとんどが、キュンとしていた。
「そう言う所だぞ、シルフィ」




