機械少女の病みごころ 前編
シルフィがカルミアから、メガネを受け取って数日。
リリィは、余計に気を荒くしていた。
目が見えるようになってから、シルフィは少佐から雑務の仕事を頂き、今も汗を流している。
だが、リリィはただ一人、エーテル・ギアの整備を行っていた。
カルドの自爆で全壊してしまったので、バルチャーをベースに、アスセナを改良した物を、エーラと共に制作した。
因みに、ガーベラの方は、刀身だけの状態で発見され、修理も完了している。
「……シルフィ、シルフィ、あんなに、幸せだったのに……」
ストレス発散ついでに、アスセナを整備しつつ、シルフィの姿を思い浮かべる。
彼女の名を何度もつぶやきながら、同じ作業工程を何度も繰り返し、終わらせようとしない。
元介護用として、盲目となってしまったシルフィの介護は、正に天職だった。
シルフィとの冒険、戦い、これらをしのぐ幸せを覚えた。
だが、それでも、不快な気持ちになる事は、何度も有った。
「……ヒューリーさん、何故、私以外にも作ったのですか」
ただでさえ、シルフィが他の電子機器に触れたりみたりするだけで、妬ましいというのに、同型のアンドロイドが、他に四機。
しかも、シルフィは前の戦いで、その四機を口説き落としてしまった。
本人に自覚がなくとも、あの四機はシルフィに気がある事は事実。
「妬ましい……ああ、イライラする」
顔に片手を置きながら、沸き上がる妬みを、気休め程度におさえこむ。
あの四機の名前や話題が上がるだけで、嫌な気分になっていた。
しかし、シルフィの頼ることが出来るのは、自分だけだという思い込みが、ブレーキになっていた。
そのおかげで、今まで大事にはならなかったが、その見積もりは軽率だった。
「あのクソガキ」
リリィが真っ先に思い浮かべたのは、カルミアの姿。
幾度となく、魔物の大軍を差し向けるだけでなく、リリィをハッキングし、シルフィに重症を負わせ、何度も殺そうとした。
そんな彼女が、手のひらを返したように、シルフィに献身している。
彼女のせいで、シルフィの盲目は回復してしまい、一緒に居られる時間だけでなく、仕事まで失った。
「アイツのせいで、アイツが……」
仕事や時間失った事で、リリィのトラウマがフラッシュバックする。
身勝手に扱われ、何度も捨てられ、転職を繰り返し、やがてゴミとして扱われた。
もうそんな事は無いと思っていた。
その筈が、こうして似たような憂き目に遭っている。
「う……気持ちが、悪い」
アンドロイドだというのに、何かが口から吐き出そうな気分になってしまう。
シルフィが他の姉妹の方へ行くと考えただけで、システムに異常が生じ、このような症状が、何度か引きおこる。
床にひざを付き、両手で口を押えながら、セリフをこぼす。
「嫌だ、もう、捨てられたく、ない」
頭の中をかき回される気分になりながらも、シルフィのとの思い出が過ぎる。
そして、その中で、つい最近、シルフィに言われた言葉を思い出す。
「シルフィ、言って、くれましたよね?何処にも行かないでって、一緒に、居てって」
――――――
リリィが苦しんでいる頃。
少佐とラベルクは、執務室にて、改めて顔を合わせていた。
「最近、君の妹達が騒がしいな」
「申し訳ございません、どうも、色恋沙汰にやっきになっているようで」
シルフィの目が見えるようになってから、リリィ以外にも、色々とアタックする面々も増えてきていた。
そのせいで、スタッフから色々と苦情が来ている。
一応、ジャックとシルフィも、色々と押さえつけはしているようだが、特に長女が厄介である。
整備班からも、暗い、気味が悪い、近寄りたくない等、とにかく嫌な話が絶えない。
「とりあえず、君の妹に関しては、ジャック達に任せるとして、あのドラゴン……アーセナル、だったか?」
「はい、他にも、様々なドラゴンタイプの魔物は、全て回収いたしました」
話を戻した少佐が言い出したのは、カルミアの制作した魔物達。
通常の魔物は、ヘンリーの用意した生物兵器、という事で報告してある。
だが、ドラゴンタイプは、その危険せいから、ラベルクの提案により、安全な場所へと内密に移送された。
特に、アーセナルの右腕となっていた砲台は、何に使われるか分かった物ではないので、絶対に渡したくはない。
先の戦いで、砲台は大破したが、技術的に重要な部分は、いくらか残っていので、一つ残らず回収した。
移送先は、ヒューリーが水面下で用意していた施設らしく、ラベルクしか知らない場所に設置されている。
ラベルクも、レベルセブンにアクセスできるようになって、初めて知った場所だ。
「しかし、回収された場所と言うのは、私にも秘密なのか?」
「はい、申し訳ございませんが、緊急事態以外では、口外しないようにプログラムされておりまして」
「……ジャックは知っているのか?」
「……はい」
「そうか」
――――――
その頃、研究室にて。
カルミアとエーラは顔を合わせていた。
「そうか、渡せたのか」
「へへ~、うん、ジャックのおかげでぇ」
カルミアは、椅子の上でホワホワとした感じになりながら、エーラに成功を報告した。
しかし、成功が余程嬉しかったのか、パソコンの画面が、途中で止まってしまっている。
喜ぶのは一向に構わないが、今は仕事に専念してほしい所だ。
「……それで、動作の方はどうだった?」
「うへへ~」
「……問題なかったんだな」
ニヤニヤと口を歪ませるカルミアは、もはやエーラの言葉さえ届かなくなっていた。
シルフィの弾けるような笑顔、それを見られたおかげで、カルミアは桃源郷をさ迷い続けている。
とは言え、折角作ったメガネの動作が正常である事がわかり、エーラは安堵する。
「……(シルフィ、目はとりあえず大丈夫だが、次の問題は、こいつだな)」
だが、問題の全てが解決した訳では無い。
エーラが真剣に見つめるパソコンの画面には、脳のレントゲン写真等、様々な資料が映し出されている。
映されている資料は、全てシルフィに関する物。
空軍基地や、リリィのスキャン、様々な方法で得られた物。
ずっと解析が止まっていたが、カルミアが加わってくれたおかげで、流れが変わった。
「(カルミアのデータベースに有った、クラウスの研究データ、そこに彼女の脳を治す手がかりが有る事は確実だな)」
随分前に、ジャックの口から進言されていた事がある。
シルフィの脳には、何らかの障害、と言うより、魔法による細工がほどこされているとの事だった。
その後の検査で、細工自体は判明したが、治療の方法は何も解っていない。
「(解っている事は、シルフィの脳に使用されている魔法の属性は、彼女と同じ天、そして、天は総合的に強力な方に、魔法の優先権を持てる特性を持っている、そう考えると……)」
シルフィの脳の、記憶を司る部分、魔力制御するための部分。
この二つには、それぞれ強さの異なる魔法がかけられている。
シルフィの能力が強くなるにつれて、記憶や能力を縛りとめる鎖が解ける様になっていたのだ。
「(あの子にかけられているのは、力を強める度に、記憶や力の制御を取り戻せるように成っているのか……だが、力を取り戻せば、彼女のトラウマと呼べる物まで、呼び起こされる、これは、まさか)」
現段階で判明している事をまとめたエーラは、一つの仮説を創り上げた。
その仮説が正しかった所で、何か進展が有るのか解らないが、エーラの記憶に、該当する物が有る。
とある人物のクセ、とでも言える特徴。
力を手に入れる、取り戻す、それらを行うには、代償が必要になる。
メリットとデメリットの二つを、共存させているかのような仕組み。
「(……アイツ、いや、そんな筈は無い、だが、これは……)」
力を与えるのであれば解るが、力を失う為に、記憶を支払う。
これではつじつまが合わない。
逆に、トラウマと言える苦い過去を忘れる為に、力も失った。
これであれば解る。
過去に、そのような呪いか何かをかけられていたとすれば、彼女の急激なパワーアップも、頷けてしまう。
「(けど、ジャックが行った、瀕死からの復活、一生に一度使える、彼女達のパワーアップ方法から、彼女は、それ以上のパワーアップを遂げてやがる)」
心臓を潰され、瀕死状態から自力で回復した場合、ジャック達は一度だけ力を増す事が出来る。
だが、シルフィは短期間で、天による悪鬼羅刹を長時間行える程に、成長を遂げていた。
期間から考えても、不自然な成長速度であり、復活によるパワーアップの影響とは、考えられない。
「(……だが、アイツは……とりあえず、心の隅にでもとどめておくか)」
「うへ~、うへへ~」
「……おい、いい加減戻って来い」
「うへ!……な、何だっけ?」
「メガネの動作、問題無かったか?」
「……まぁね……でも、気づくのに時間がかかったよ」
何時までもホワンホワンしているカルミアを叩き起こし、エーラは改めてメガネについて尋ねた。
メガネを制作するまでの苦労を思い出しながら、カルミアは質問に答えた。
なにしろ、エーラ達の世界で普及している盲目の治療を行っても、シルフィの目は治らなかったのだ。
相当重度でも、メガネをかければ、何とか見える位には回復できる筈だった。
それでも、シルフィは回復せず、原因は解らないままだったが、分かってみれば、普通の治療が通じなかったのも頷けてしまう。
「ああ、あの子は、目が見えなかった訳じゃなく、見え過ぎていたんだからな」
「そうそう、見え過ぎるから見えないなんて、普通思わないもんね」
その原因を突き止めるのに、大分時間がかかった。
何しろ、見えなかったのではなく、見え過ぎていたのだ。
天によって、過剰に強化されたシルフィの目は、異常なほどに発達してしまったのが原因である。
おかげで、色々と遠回りにしてしまった。
「彼女がエーテルを通して見える全て、上下左右、壁の向こう、千万里先、それだけじゃない、数秒前、数秒先まで、その目に映っている」
「ああ、アイツが認識できる全て、そのせいで、脳は処理できずに、視界が消えたように見えていた」
原因がわかっても、彼女の認識能力は、カルミア達の想像を超えていた。
距離や透視能力だけならばまだしも、別の時間軸まで見えていた。
おかげで、制作に時間がかかってしまった。
リリィの妨害があったせいで、直接的な検査が出来ず、マザーを使い、何度も検証をおこない、ようやく完成したのだ。
他にも、シルフィの認識できる全てを処理する装置を、メガネのサイズまで縮小させるのに、大分苦戦してしまった。
「……いつかは、アイツが自力で、その力を制御できるようになれば、あれ無しでも」
「けど、そいつは、アイツ自身の力じゃないとな」
「ああ、そうだね」
話を終えた二人は、研究を続ける。
今後の戦いに向けて。




