第一話 出逢い
バチバチと、周囲からスパークが走るコックピットの中で、一機のガイノイドは再起動する。
型式番号AS‐103、機体名リリィ、彼女の母星において、最新鋭技術の粋を集め作られた、第五世代型機である
宇宙艇が大破した状態で、機能が正常に働いていない状態であっても、大気圏を突破したというのに、まったくもって損傷していない義体と、身に着けている戦闘用スーツの性能を賛美しつつ、宇宙艇の中から抜け出す。
リリィの視覚センサーに映り込んだのは、何処までも広がる美しい森林。
見れば誰でも息をのみ、その美しさに圧倒されてしまうだろうが、そのようなことに、一切の興味もなく、搭乗していた筈の宇宙艇の状態を、改めて確認する。
損傷は甚大、残っているのはコックピット部分のみ、もはや回収どころか、修復さえできないといえるかもしれない
このような事態となってしまった経緯を、リリィは思い返す。
研究所脱出後、無事外宇宙へと旅立つことに成功したリリィだったが、大気圏突入直後、陸地からの長距離ビーム攻撃が放たれ、宇宙艇のスラスターが破損、制御を失った所に、容赦なく追撃が加えられ、予定の降下ポイントから大きく離れてしまった。
更に最悪なことに、墜落の際に機体は空中分解を引き起こし、積んでいた装備も、同時に紛失してしまったのである。
「しかし、何故この世界の地表から、あんな攻撃が」
リリィの宇宙艇を破壊したのは、地表からの超高高度狙撃によるもの、そういった攻撃を行える存在。
真っ先に思いつくのは、友軍か敵軍の存在、この世界には、そんな兵器を制作できる程の技術力が無い筈なのである。
現在の状況を整理しても、友軍であるナーダの敗北は目に見えている。
なのに、勝利の希望たる兵器を自ら破壊するメリットがある筈無いし、何より、敵の連邦政府に、情報と技術が渡ったのはつい最近、こんな早く異世界に到着できるはずがないのである。
結局地表からの砲撃は、未だに謎としか言えず、リリィは優先事項を変更、自身にインプットされているプログラムを実行するべく、演算を開始する。
「規定により、任務遂行の要である装備の回収を、優先事項として登録」
演算を終えると、唯一無事であった高周波ブレードと、ハンドガン型の光学兵器、エーテルガンのチェックを行い、次のプロセスの実行に移る。
宇宙艇の隠滅だ。
さすがにオーバーテクノロジーの塊を、このような森の中に放置する訳にはいかず、仮にこのような事態が起こった時の為に、各種装備には、特定のコードを入力すれば、仕込まれているナノマシンが、機体を蒸発させるようになっている。
「コード入力、完了」
機体がナノマシンによって蒸発する様を見て、緊急時のプロセスを終えた事を確認し、次のプロセスを開始する。
インプットされているマップを広げ、現在地の確認と、紛失した装備が墜落したと思われるポイントを、数か所に絞り込んだ。
先ずは近隣の予測ポイントへと向かおうと、歩みを進めようとする。
「……」
リリィの聴覚センサーに、異音が検知される。
火薬の炸裂が一定の間隔で鳴り、それと同時に、何かが木にめり込む音、母星で何度も聞いてきたもの。
――銃声
この惑星の文明水準では、決して聞くことのない音、それが穢れを知らぬ森林に鳴り響いている。
この事態に、リリィは思考を巡らせる。
もしかしたら、銃声の響きわたる方向に行けば、先ほどの高高度狙撃の謎が解けるかもしれない。
装備の回収も大切だが、できれば自身に起きた謎を解き明かしたい、と言う思考に引っ張られ、リリィは銃声のする方へと向かう。
リリィが墜落したポイントから、そう遠くない場所にて。
現代社会の穢れを知らぬ、美しい森林、その存在を、冒涜するような事態が起きていた。
この森に住まう、エルフと呼ばれる種族。
彼らは、非常に排他的な思考を持っており、この森に入ったエルフ以外の種族を、問答無用で処刑するという、なんとも野蛮な思考を持っている。
特に厄介なのが、彼らは、それを野蛮な行為とは認識していないという事である。
彼らにとって、自分たちこそが、真に自然との共生をなせる種族であり、神に愛された者たち、それ以外は取るに足らない存在、それが彼らの常識である。
今回はそんな常識が仇となっていた。
「クソッ、何なんだ、あいつらは!?」
十人近くの武装したエルフたちの目の前に立ちはだかっているのは、四機のアンドロイド。
二メートルを超える巨体を、戦闘用のボディースーツで包んでおり、人型であるにも関わらず、その面妖な容姿のせいで、人間なのかどうか、それさえ認識できない見た目だ。
彼らは、リリィの墜落地点を調べに来たエルフの狩人たちと鉢合わせしてしまった。
当然、前述の通りの性格である彼らは、アンドロイド達に対し、威嚇と警告を行い、すぐに取り押さえようとしたが、その行動を攻撃とみなしたアンドロイド達は、エルフたちに襲い掛かったのである。
エルフたちにとって最悪なのは、アンドロイド達は、最先端の装備を身に着けているという事だ。
彼らの自慢の弓は、全身を包む防弾繊維によって阻まれ、同様に絶対の自信を誇る魔法も、人間離れした動きで回避される。
防御や回避能力だけでも、かなりの物であるというのに、彼らはこの異世界で、しかも少数の弓兵と、魔法使いに対し、銃撃を加えるという反則行為をしているのだ。
異世界で生活をしている彼らにとって、常識から完全に逸脱した行為や現象の数々、それらがエルフたちの恐怖心をあおり、士気を下げ、戦力を低下させている。
「もう、だから関わらない方が良いって、言ったのに」
木の上の陰で弓矢を構えるが、尋常ならざるスピードで発射後すぐに回避されてしまうという事態を、何度も味わってしまっているエルフの少女、シルフィ・エルフィリア。
彼女は面妖な四人組の脅威にいち早く感づき、仲間を呼んだ方が良いと隊長に提案したが、魔法が使えないというイレギュラーな存在であるという理由から、彼女の発言はどこ吹く風、聞き入れてもらえなかった。
ちなみに、件の隊長は真っ先に、脇腹に一発、腹部に四発、両足に計三発、弾丸をくらっており、後方で治療を受けている。
今の彼女ができる事と言えば、下で奮闘している仲間たちの為に陰ながら援護するという事だけ。
できるだけ矢を無駄遣いしないように、慎重に狙い、弓を射るが、命中寸前で回避されてしまう。
命中寸前で、という事は、アンドロイド達はシルフィの存在に気付いているという事。
それなのに、先ほどから全く手を出してこないことに、問を抱きながら、狙撃を行っている。
「ん?あいつ、何を」
そんなときである。
一体だけ、他の四機と全く違う体制を取り、シルフィの方を向いている事に気が付き、本能で察する。
明らかにほかの個体とは、別の攻撃をしてくると。
反射的に身を投げた瞬間、先ほどまでシルフィが居た枝が爆散した。
「危なっ!」
アンドロイド達の使用しているライフルには、通常のライフル弾を発射するための銃口と、下にもう一つ、大きな筒が取り付けられている。
グレネードランチャーと呼ばれ、主に榴弾を投射するための武器である。
現代人にとっては、普通だと思うが、そんな近代兵器の存在を知らない彼らにとって、魔法を放たれた訳でもないのに、突如として枝が爆散したのだ。
その驚きと、爆風によって、姿勢を崩したシルフィは、着地に失敗してしまう。
痛めた足をさすりながら、顔を上にあげると、眼前にはライフルを片手で構える、一機のアンドロイドが、彼女の視界に映り込み、額に銃口が押し当てられてしまう。
先ほどからの経験で、アンドロイドの攻撃は、エルフたちから見たら、金属でできた杖から放たれている、魔法らしき攻撃であると、認識している。
それ故に、今自分は、絶体絶命の状態であることを認識する。
「ま、まって、死にたく」
シルフィの慈悲をこう言葉に聞く耳を一切持たないアンドロイドは、引き金に指をあて、発砲しようとする。
周りのエルフたちは、自分の事で手一杯であるため、助けに行こうとはしていない。
仮に手一杯でなくとも、異端児などと揶揄している彼女の事を、命がけで助けに行こうなんて考える者はいない。
「お嬢さん、危ないですよ」
「え?」
それは、まさに天の助け、地獄に仏と言った言葉が当てはまった。
シルフィの視界に、アンドロイドだけでなく、もう一つの巨大な影が映り込んだ。
大型の獣を狩る際にシルフィも時々使用し、現代でも、ジャングルなどで、ブービートラップとして使用され、更には手に持ち、直接振り回すという使い方もされる。
原始的であり命中率も低いが、当たれば攻撃力は絶大な代物。
【丸太】が、彼女の視界の奥に現れる。
アンドロイドを踏み潰すコースだ、もちろん、このまま動かなければ、シルフィも下敷きである。
「イヤアァァ!!」
シルフィは反射的に回避し、アンドロイドもその陰に気が付き、振り返り様に、その存在を確認、シルフィとは別の方角へと退避した。
心臓をバクバクとさせ、下手したら自分まで死にかねなかったこの状況に、緊張で息を荒げている。
「誰!?こんなバカみたいな助け方した人!」
丸太の方に体を向けたシルフィの目に映ったのは、投擲された丸太の上に着地した蒼髪の少女、リリィの姿であった。
「やれやれ、せっかく助けたのに、何ですか?その言い草は」
「いや、一緒に殺されかければ誰だって怒るでしょ!」
「だから、さっき危ないですよと、注意喚起を」
「だったらもっと声上げてよ!危機感ほとんど無かったよ!」
「あ、危ない」
「え?」
しかし、今はその事を考えている余裕は無い。
丸太を回避した個体だけでなく、周囲の三人も先ほどまで戦闘を行っていたエルフたちには、全く目もくれず、リリィに向けて一斉に射撃を開始する。
巻き添えになることを懸念したリリィは、シルフィを抱き寄せ、全身を使って防御する。
シルフィはリリィの体格よりも頭一つ分大きく、完全にカバーしきれては居ないが、超高精度で繰り出される銃撃は、リリィの頭部と背面に重点的に浴びせられる。
しかし、着用しているスーツが銃弾を弾き、変形した弾丸が地面にパラパラと落ちている。
リリィにとって、これは性能テストで何度も撃ち込まれた弾丸。
大隊規模の一斉射でもなければ、明確な損傷を与えるどころか、かすり傷一つ付くことは無い。
「ちょっと、大丈夫なの!?」
「問題ありません、あれはその辺の雑魚……フム、ゴブリンやスライム程度の存在と言えばわかるでしょうか?」
「銃なんか使ってくるゴブリンが居るかぁぁ!」
「……」
口調の荒い突っ込みが放たれると同時に、銃声は止み、リリィはシルフィから離れ、腰の高周波ブレードを引き抜く。
「肩慣らしには、丁度よさそうですね」