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エルフとガイノイドの百合劇場  作者: B・T
ナーシサス編
199/343

小さな恋ごころ 後編

 目が覚めたカルミアは、見知らぬ天井、ではなく、見知った天井を目にする。


「あれ?……そっか、気絶したんだ」

「アンドロイドが気絶なんて、有るんかいな?」

「……何でアンタが?」


 ついでに、何故かお見舞いに来ていたウィルソンも目にする。

 彼は外でエーテル・ギアの試験中の筈。

 とはいえ、デュラウスがライバル視していたのは、ドレイクだけのようだったので、彼が見逃されてもおかしくは無い。


「アンタが運んだの?」

「おう、中尉はまだデュラウスはんと、模擬戦やっとるからな、一先ず、ワイが介抱しとったわ」


 この数分前、再戦、再戦とうるさいデュラウスの願いを聞き入れたドレイクは、模擬戦を再開。

 ウィルソンは、トイレ休憩のために、基地の中へ戻っていたのだが、そこにカルミアの悲鳴が聞こえたので、一目散に駆け付けた。

 目の前には、ぶっ倒れたカルミアが居たが、他の隊員達が無関心だったので、こうしてウィルソンが介抱していたのである。


「……ありがと……あ、箱!」

「これかいな?」

「あ!」


 箱が手元から消えていたことに気付いたカルミアだったが、それはウィルソンの手に握られていた。

 その事を確認するや否や、有無を言わさずに、取り返してしまう。

 中身をチラリと確認すると、改めてウィルソンの方を向く。


「ご、ゴメン、な、中身、見た?」

「いんや、乙女の所持品を見るような事、ワイはせぇへん」

「あ、ありがとう」

「ところで、アンタ、恋の悩みやな?」

「う」


 ニヤニヤと笑みを浮かべるウィルソンは、カルミアの悩みを一発で言い当てる。

 流石に、同じく恋の悩みを持っていた者としては、波長が合うのかもしれない。


「ま、そない気にせんでも、ワイが相談に乗ったる、これでも、やっとクレハはんと、交際できるようになったんやからな」

「交際って、遠距離でしょ?」

「まぁな」


 鼻高々に自慢するウィルソン、実は戦いの後でクレハと正式に付き合う事に成ったのだ。

 とはいっても、彼女達はこの世界の住民、何時までも一緒という訳にはいかないので、四人は既に元の生活に戻っている。

 なので、ウィルソンはこっそりクレハに、特別製の通信機を持たせ、現在は遠距離恋愛のまっただ中である。

 そんな話があったが、メンテナンスルームの扉が、コンコンと叩かれ、二人の話は終了する。


「よう、ご苦労さんだったな、ウィル」

「お、大尉、この子はこの通り無事や」

「悪いな、シルフィの誤解とくのに手間取ってな」


 カルミアが倒れた時、ジャックも駆け付けたのだが、その際シルフィにこっぴどく怒られ、今まで誤解を解いていたのだ。

 ウィルソンにカルミアを任せ、必死に誤解を解いて、今しがた戻って来たのである。


「後は俺がやる、お前は戻って、試験の続きをやっていてくれ」

「そうか、ワイも相談に乗ろうかと、思ったんやが、ま、大尉なら大丈夫やろ、ほな、おおきに」

「ど、どうも」


 手を振りながら戻って行くウィルソンを見送ると、ジャックは、カルミアの事を軽くメンテナンスを始める。

 ほぼ間違いなく、リンクが切れたのはシルフィのせいなのだが、もしかしたら、カルミアの方にも、問題があるかもしれない。

 後は、強制シャットダウンの影響で、何か変な故障がないのか、調べる事も目的である。


「……しっかし、何だったんだ?さっきのシルフィは」

「確かに、強制的にリンクを解除するなんて」

「……ま、とりあえず、これでお前はマジで一人でプレゼントする事になったな」

「う」


 ジャックの言葉に、カルミアは硬直する。

 何しろ、先ほどのリンク方法は、ジャックが可能な限り気付かれないように行ったのだ。

 どんな方法かは分からないが、見破られてしまった以上は、もうカルミア一人で行くしかない。


「……なぁ、ジャック」

「何だ?」

「お前、シルフィがどんな状態かわかるか?」

「……以前の戦いで、身体に過剰な負荷をかけていた、だが、その反動で、目に異常をきたした、それくらいだ」

「……そうか」


 質問に答えたジャックを見て、カルミアは少し目を細める。

 上手い具合に隠してはいるが、見る人が見れば、ウソである事は解る。

 確実に、ジャックは今のシルフィの状態を詳しく把握している。

 かくいう、カルミアはシルフィの状態に気付いている。

 もしかしたら、リリィも例外ではないかもしれない。


「……でも、ありがとうね、ジャック」

「何だ?ヤブからスティックに」

「古い」

「うえ」

「とにかく、ありがとう、色々とつき合わせちゃって……これ、アンタの方から、渡しておいて、やっぱり、アタシが渡すべきじゃないんだよ」


 ジャックのクソ寒いギャグは置いておき、カルミアはお礼を言いながら、プレゼントの箱を渡す。

 だが、ジャックはその箱を受け取らずに、すぐに突き返した。


「ふざけんな、ここまできて、代行するなんざゴメンだ」

「む、無理なんだって、アタシが、プレゼントなんてチャラついた事するのは」

「うるせぇ、自分で行く事に意味が有んだ、失ってから、あれしときゃ良かった、これしときゃ良かった、こういう後悔は、マジでぬぐいづらいんだぜ」

「……」

「……お邪魔、だった?」

「ッ」


 ジャックがカルミアに説教を垂れていると、メンテナンスルームに、ヘリアンが入って来る。

 いや、彼女だけではない、しれっとイベリスもいる。

 ただし、デュラウスの方は、ジャックが捉える限りでは、ドレイクとの勝負にお熱のようだ。


「アンタ等、何で」

「いきなり貴女が倒れたと聞いて、心配したのですわ」

「……ゴメン」

「謝らなくて、良い、状況は、なんとなく、察している」

「……」


 お見舞いに来た事を打ち明けたイベリスの言葉を聞き、カルミアは影を落としながらも微笑む。

 それに、何かと鼻の利くヘリアンも一緒に居るのだ、色々と察しているのだろう。

 だが、こうして同情されるのは、カルミアとしては少し悔しさも有る。

 何しろ、二人はもちろん、デュラウスでさえ、シルフィに好意を寄せている。

 実際は、姉妹として心配だっただけであるのだが、こうしてお見舞いに来る余裕が、二人には有るという事と、認識してしまっていた。


「それじゃ、私達は、これで」

「てか、最近一緒にいるが、何かあったのか?」

「彼女の要望で、今後の狙撃は、わたくしが担当する事になりましたの」

「え、良いのか?」

「構わない、そもそも、前の戦いでも、成功した精密狙撃なんて、最後の一回きり、それに、今時、小口径での、長距離狙撃は、ほとんど、無意味」

「それもそうか」


 現在、ヘリアンは自分のコンセプトに疑問を感じていた事も有り、イベリスに引き継ぎを行っている。

 イベリスの重砲撃を、更に精密に行えるよう、彼女がレクチャーしているのだ。

 その事を伝えた二人は、部屋を出て行き、狙撃の訓練へと赴いて行った。


「……」

「どうした?」

「……」


 二人が出て行った後、カルミアは自身の胸を叩いたり、機械の足をキリキリうごかしていた。

 その目は、自分の身体を見ている筈が、虚空を向いており、明らかに自分の義体に不満を持っているようだった。


「……イベリスの奴も、ヘリアンの奴も、良い具合に改造しやがって」

「お前」

「はぁ、アタシなんて、こんなちんちくりん、せめてリリィ位あれば」

「安心しろ、俺は好きだ」

「黙れ」

「うへ~」


 ヘリアンの高身長、イベリスのグラマー体型。

 この二つに、カルミアは自分の身体に、コンプレックスを抱いてしまう。

 誰が見ても子供としか思えない身長や体型、さらに、一部の人間にしか受けないような状態の四肢。

 シルフィの心は決まっているとはいえ、カルミアの持つ体のアドバンテージは、ないと言える。

 そんなカルミアを見るジャックは、ため息をつく。


「……あいつ等は如何なのか知らんが、今のお前は、シルフィの容態を理解してんだろ」

「……」

「外見も大事かもしれないが、先ずはそれ以上に、どれだけ相手を理解しているかが重要だ、そして、お前はしっかりあの子を理解している、だからそいつを作った、リリィは完全にアウトな状態だ、今のシルフィに、光を戻してやれんのは、お前だけなんだぜ」

「……ジャック」

「じゃぁな、俺が出来んのは、ここまでだ」

「あ」


 色々と言い残したジャックは、そのまま部屋を出て行く。

 カルミアは、彼女の後姿を見ながら、戦争の時を思い出す。

 あの時の熱情、激情。

 シルフィの命を奪おうと、憎悪を向けていた時とは、全く異なる感覚。

 何としてでも、シルフィ達を勝たせようと、尽力していた。

 それも、シルフィのおかげで、真実を知る事ができたからである。

 彼女のおかげで、罪を重ねずに済んだのだ。


「……アイツのおかげで、アタシは正気に戻れた、今度は、アタシが……いや、その前に、アイツの目が見えなくなったのは、アタシのせい、その償いを」


 ――――――


「カルミアちゃん、大丈夫かな?」

「どうでしょうか?一先ず、伍長がメンテナンスルームに連れて行きましたが」


 ジャックとの誤解を解いた後。

 シルフィとリリィは、カフェルームへと赴いていた。

 二人でお茶をしながら、先ほどウィルソンに連れていかれたカルミアの事を心配する。

 何しろ、シルフィから見て、最近のカルミアは、目を合わせるだけで逃げ出したり、動かなくなる事が頻繁に起こっていた。

 何か事情が有って、ジャックの協力を得ていると、ジャックの口から聞かされたが、そう言う事であれば、相談位してほしい物だ。


「でも、相談位してほしいよ、一応、私とジャックは、貴女達のお目付け役なんだから」

「最近決まった事なんですから、それほど気にしなくても良いですよ」

「気にするよ、報告書とか、週三で書かないといけないんだから」


 注文したメロンソーダをかき混ぜながら、シルフィは現状の事を思い出す。

 ジャックとシルフィは、部隊の中で、最もアリサシリーズから信頼を置かれている身。

 その事を少佐にかわれ、二人でアリサシリーズのお目付け役を頼まれた。

 なので、課せられた週に三度の報告書提出は、目の見えない彼女の唯一の仕事だ。

 報告書は、エーラが特注で作った、盲目用のパソコンで制作している。


「……しかし、最近の彼女は、確かに変な行動が多かったですね(いざという時は、データを初期化して……)」


 良からぬ事を考えながら、リリィは最近のカルミアの行動を解析する。

 どう考えても、今のカルミアはシルフィに気がある。

 そう考えただけで、もうリリィのハートは、暴走寸前になってしまう。

 レッドクラウンにでさえ乗っていなければ、カルミアを捕まえ、破壊する事なんて容易だ。

 だが、そんな事をすれば、シルフィは哀しみ、そして嫌われてしまうかもしれない。

 そんな事は絶対に避けたいと考えるリリィは、かろうじて心の刃を抜かずにすんでいる。

 何とか自分を誤魔化している中で、最悪な状況が舞い降りる。


「シルフィ!!」

「ッ(またか)」

「カルミアちゃん」


 心の闇を徐々に膨らませるリリィを無視し、カルミアは改めてシルフィの元に現れる。

 その手には、しっかりとプレゼントが握られており、もう口説き文句なんて一切なしに、それを手渡す。


「これ!」

「……何?」

「あ……ごめん、これ!!」


 箱を手渡すが、見えないシルフィの為に、箱のふたを開け、シルフィの手を誘導する。

 シルフィの手は、プレゼントの中身に触れ、それが何かを認識した。

 中身を見たリリィは、何か恐ろしい物を見たかのように、目を見開いてしまう。


「め、メガネ?」

「そう、えっと、か、かけさせても、いい?」

「い、いいよ」


 何故メガネなのか、そう考えながら、シルフィはカルミアにメガネをかけてもらう。

 メガネをかけると、シルフィは数秒だけ硬直する。


「え?うそ」

「……ど、どう?」

「見える、見えるよ!」


 完全に視界が戻ったのだ。

 カルミアがずっと渡したかったプレゼントは、特注のメガネ。

 シルフィの盲目の理由に気付いていたカルミアは、エーラと共に、その症状を改善できるメガネを制作していたのだ。

 そんな物を渡されたのだ、三か月ぶりに見るリリィやカルミアの姿に、シルフィは涙する。


「ありがとう、ありがとう!カルミアちゃん!!」

「ッ!シルフィッ!」


 嬉しさのあまり、シルフィはカルミアの事を抱き上げてしまう。

 頭をなでられただけで、卒倒してしまうようなカルミアが、そんな大胆な事をされたら、どうなるのか。

 もう想像する事さえおこがましい。

 嬉しさと興奮で、半分機能が停止しており、シルフィが連呼する、ありがとうが、全然耳に入っていない位だ。


「ありがとう!本当にありがとう!!」

「ふぇ、ふえぇ~」

「……」


 ――――――


「……何とか、なって良かったな」


 基地内の喫煙所にて、ジャックは煙草の火を消しながら、カルミアの成功を祝福する。

 だが、そのそばで、良からぬ音も聞こえてきてしまう。


「リリィ、頼むから、変な気は起こさないでくれよ」


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