ありがとう 後編
戦いの終結から一か月。
カルミアは、ストレンジャーズの隊員から、多少のヘイトを受けながらも、必死に仕事をこなしてきた。
その片手間に、回収されたレッドクラウンの修復作業をチマチマと進めていた。
おかげで、駆動系にはまだ支障があるが、コックピット部分は、今しがた修復された。
「ふぅ、ここは何とか治った」
治ったのは、コックピットだけ。
他の部分は、カルドの自爆に巻き込まれた影響で、かなり破損してしまっている。
今の状態では、二人が繋がる事はできても、動く事はできない。
とは言え、懐かしのコックピットが治った事に変わりは無い。
作業用の軍手などを脱いだカルミアは、入れ替えたシートに腰を掛ける。
「ふ~、この閉塞感、落ち着く~」
電源が入っていないので、今のコックピット内はとてつもなく暗い。
だが、カルミアにとっては、この中が非常に落ち着く空間に成っている。
「おっと、先ずは電源入るか確認しないと」
圧倒的な落ち着きで、忘れていたメンテナンスを続けるべく、カルミアはレッドクラウンにエーテルを供給。
一先ず、起動に問題無いレベルの量を流し込み、レッドクラウンを起動させる。
「……よし、目覚めた」
一定量のエーテルが流し込まれると、暗かったコックピットに明かりが灯る。
繋がっていないので、カルミアの視界には、レッドクラウン目線の物ではなく、ディスプレイに映る格納庫が入り込む。
久しぶりの起動に、カルミアは心を躍らせながら、レッドクラウンの中で丸まる。
「……ねぇ、開口一番、こんな事言うのあれだけど……」
ウキウキする反面、カルミアの中には、ちょっと罪悪感に似た物がくすぶっていた。
かなり前から、一緒にいるというのに、一か月前にようやく気付いた事がある。
おかげで、結構申し訳なさを感じていた。
「……アンタ、自我、有ったんだね」
そう、レッドクラウンには自我が有る。
一か月程まえ、シルフィに言われて初めて知った事だ。
二人が繋がっても、どういう訳か、カルミアにはレッドクラウンの思考は伝わってこない。
そのせいで、カルミアはレッドクラウンの声は聞こえていなかったのだ。
「……いやぁ、はっず、アタシ、ずっと人形に話しかけてる体で話してたから、その、うん」
今までレッドクラウンの前で、口に出していたグチは全て聞かれていた。
そう考えただけで、カルミアは異常なまでに恥ずかしく成ってしまう。
もしも人間の身体だったら、羞恥で顔は真っ赤に染まっていたかもしれない。
「……でも、今までありがとう、アタシのグチに付き合ってくれて、ていうか、付き合わされてくれて……本当に、ありがとう」
笑みを浮かべながら、レッドクラウンへとお礼を述べるカルミアだが、次第に、顔から笑みが消える。
体育座りを崩さず、カルミアはもじもじとしながら、レッドクラウンに、とある事をたずねる決心を固める。
「あ、あのさ、アタシって、やっぱり、酷い奴なのかな?アセビを殺して、それで、もう一か月……何か、そこまで悲しい感じじゃない」
カルミアが打ち明けたのは、最近アセビを失った悲しみが、徐々に希薄に成っているという事。
仮にも、愛し、そして愛してくれた人。
その筈の彼女を、カルミアは徐々に忘れつつある。
人間の言う忘却とは違う形で、失った悲しみだけが、どんどん薄れていく。
代わりに、ふくれ上がって来るものがある事に、カルミアは気づいていた。
「代わりにね、その、代わり、何て言うのは、あれかもしれないけど、最近、その、気になる人、出来ちゃって」
この言葉を呟いたカルミアの表情は、正に乙女の顔だった。
彼女の表情を見たレッドクラウンは、マジで驚いたという。
無理も無い、今の彼女の表情は、本当に初めて見た物なのだから。
恥ずかしそうに、顔を両手で覆う彼女を見て、レッドクラウンは、内心滅茶苦茶応援していた。
――――――
その頃、シルフィとリリィは、海辺を軽く散歩していた。
リリィは何時もの黒いスーツだが、シルフィはジャックから貰った私服。
完全にオフの状態だ。
視力を失った、シルフィのリハビリもかねており、リリィは介護用時代の記憶を頼りに、シルフィをリードする。
「どうです?今の状態には、慣れましたか?」
「うん、大分いろんな事がわかる様になってきた」
白杖をつき、リリィに腕を引かれながら、シルフィは砂浜を歩く。
今のシルフィは、ほとんど全盲に近い状態だが、他の器官は生きている。
砂と水がこすれるさざ波、髪と肌をなでる潮風に、香ってくる海の匂いに、踏みしめると僅かに足の形に沈む、さらさらとした砂。
これらが、生きている五感に伝わって来る。
散歩のスポットを、ここにしたのも、以前は、あまり海を堪能できなかったので、少しわがままを聞いてもらった。
「……綺麗、だね」
「見えるのですか?」
「見える、と言うより、感じる、かな?マナの流れが、私の目に映れば、薄っすらだけど、何かが見える感じ、でも、目の前に誰かいても、どんな服を着ているかとか、そう言うのは解らないの」
「そうですか、ところで、その、耳と、ホホは?」
「違和感は有るけど、大分なじんできた」
海を見つめるリリィは、シルフィの今の状態を分析する。
先ず、目の見え方としては、後天的な盲目状態に近い。
確実に風景等を見る事はできなくとも、彼女の記憶で補完されている。
そして、負傷箇所である耳とホホ。
ヘレルスの治癒魔法も効果が無く、人工皮膚を用いて、塞いでいる。
術後は、色の違いなどで、大分目立つが、徐々にシルフィの肌の色や感触になじんでいる。
だが、所詮は人工の物なので、触角は鈍い。
「そう言えば、ジャックは?最近、存在を感じないけど」
「彼女でしたら、今頃お師匠様の所でしょう、姉さまからその話を聞きました」
「師匠?」
「はい、何でも、刀を折ってしまったらしく」
「……その師匠って、刀折ったら包丁もって追い掛け回したする感じの人?」
「アニメの見過ぎです……が、未熟者はしごき倒す人、と、お聞きしています、実際、本土へ帰って行った際は、顔が死んでました」
シルフィの質問に、リリィはザラムのデータを、可能な限り漁りだす。
マザーの奥深くに、彼のデータが有るにはあるが、名前と、ジャック達姉妹を鍛えたという事位。
確実に言えるのは、現在は隠居中で、人里離れた場所で、一人暮らしをしているという事位だ。
そしてもう一つ、リリィの言う通り、未熟な場合は、死ぬ気でしごく事がある。
そのせいか、本土へ戻るジャックは、戦場に赴く以上に死んだ顔をしていた。
「そ、そうなんだ……ちょっと、休もうか」
「はい」
シルフィの言葉に、リリィはそっとシルフィの事を座らせ、リリィもその隣に座り込む。
二人は、昼の浜辺で、心地の良い日光を浴びながら、波の音に耳をたてる。
これで、砂浜の景色が見えれば、もっと良かったかもしれない。
そんな事を思いながら、リリィはシルフィの手を握る。
「あの、お体の具合などは、ちゃんと、私に言ってくださいね」
「あ、ゴメン、あの時は、貴女に、勝った事を一番喜んで欲しくて」
「それは嬉しいですが、それ以上に、私は貴女が無事に生きていた事の方が、嬉しいのですよ」
シルフィの視力が無くなった事を、リリィが知ったのは、戦いが終わった翌日。
その事実を聞かされたリリィは、当然取り乱した。
何しろ、シルフィが盲目となったのは、リリィを止める為に、無理をした結果。
つまり、ほとんどリリィのせい、そう言う風に、リリィは受け取ってしまった。
そして今は、シルフィの介護をする事で、その償いをしている。
「……でも、生きていてくれて、良かったです」
「私も、貴女を助けられて、本当に良かった」
それでも、シルフィは生きていた、リリィは帰ってきてくれた。
形はどうであれ、お互いの目的を達成する事はできた。
その事を、今はただ嬉しく思う。
だが、リリィとしては、少しだけ納得がいかない部分は有る。
「ま、私を助ける為とは言え、五股かけるような事をするとは、思いませんでしたが」
「べ、別に五股かけた訳じゃないって」
「どうですかねぇ」
「信じてよ~」
そう、リリィを助ける過程で、シルフィは他のアリサシリーズを、手あたり次第に口説いた(ように、リリィには見えた)
その事に、リリィは少しホホを膨らませる。
しかし、シルフィには、口説いた自覚なんて無く、ただ励ました程度の認識である。
「とりあえず、それはそれとして、こちらをお返ししましょう」
「こちら?」
「はい、貴女の石です」
リリィは、あの日からずっと首に下げていたシルフィの石を、シルフィに返却する。
シルフィの手を、石へ誘導し、そのまま手渡す。
触覚のみで、リリィが渡したのは、形見の石だという事に、シルフィは気づく。
だが、シルフィは受け取らずに、首を横に振った。
「……これは、リリィが持ってて」
「え、ですが」
「良いの、リリィに持っててほしいから」
「……良いのですか?」
「うん、ほら、私達、途中から色々あって、その、思い出の品とか、そう言うの、あんまり無いでしょ?だから、せめて、貴女に、もっててほしいの」
シルフィが以前から、割と気にしていた事。
それは、リリィとの思い出が、あまりないと言う事だ。
それに、思い出の品が、ガーベラやストレリチアのような武器と言うのも、正直味気ない。
だからこそ、この際、形見の石をリリィに持っていて欲しかった。
「……そう言うことでしたら」
シルフィの意図をくんだリリィは、石を首にかけ直す。
実質、シルフィからのプレゼントである事に、口元を緩ませ、少し石を弄り回す。
今のリリィを知ってか知らずか、シルフィはリリィの手を、より強く握りしめる。
「……ねぇ、リリィ」
「は、はい」
「もう、私を置いて、どこにも行かないでね」
「……はい、もちろんです」
「絶対、絶対だよ」
シルフィは、徐々にリリィに近づいていき、やがて、リリィの膝の上に乗る。
相変わらず、リリィの方が小さいので、リリィからは、シルフィがやたらと大きく見える。
「貴女が居なくなってから、私、ずっと寂しかった、だから、私には、貴女が居ないと、ダメなんだって、ずっと思ってた」
「……それは、私も同じです、シルフィの元を離れてから、私は、生きている気分になれませんでした」
「なら、ずっと一緒に居てね、貴女が壊れて、動かなくなるまで、ずっと」
離れ離れになって、二人は初めて理解していた。
お互いが、どれだけ依存しあっていたのか。
その事実に直面し、もう離れたくないという想いが、とてつもなく強く出ていた。
「はい、お約束いたします、何があっても、貴女のそばに居ます」
「……うん、ありがとう」
白銀となった瞳から、涙を流しながら、シルフィはリリィと唇を重ねる。
「(何があっても、そばに居ますよ、未来永劫、ず~っと……フフ)」




