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エルフとガイノイドの百合劇場  作者: B・T
ナーシサス編
196/343

ありがとう 後編

 戦いの終結から一か月。

 カルミアは、ストレンジャーズの隊員から、多少のヘイトを受けながらも、必死に仕事をこなしてきた。

 その片手間に、回収されたレッドクラウンの修復作業をチマチマと進めていた。

 おかげで、駆動系にはまだ支障があるが、コックピット部分は、今しがた修復された。


「ふぅ、ここは何とか治った」


 治ったのは、コックピットだけ。

 他の部分は、カルドの自爆に巻き込まれた影響で、かなり破損してしまっている。

 今の状態では、二人が繋がる事はできても、動く事はできない。

 とは言え、懐かしのコックピットが治った事に変わりは無い。

 作業用の軍手などを脱いだカルミアは、入れ替えたシートに腰を掛ける。


「ふ~、この閉塞感、落ち着く~」


 電源が入っていないので、今のコックピット内はとてつもなく暗い。

 だが、カルミアにとっては、この中が非常に落ち着く空間に成っている。


「おっと、先ずは電源入るか確認しないと」


 圧倒的な落ち着きで、忘れていたメンテナンスを続けるべく、カルミアはレッドクラウンにエーテルを供給。

 一先ず、起動に問題無いレベルの量を流し込み、レッドクラウンを起動させる。


「……よし、目覚めた」


 一定量のエーテルが流し込まれると、暗かったコックピットに明かりが灯る。

 繋がっていないので、カルミアの視界には、レッドクラウン目線の物ではなく、ディスプレイに映る格納庫が入り込む。

 久しぶりの起動に、カルミアは心を躍らせながら、レッドクラウンの中で丸まる。


「……ねぇ、開口一番、こんな事言うのあれだけど……」


 ウキウキする反面、カルミアの中には、ちょっと罪悪感に似た物がくすぶっていた。

 かなり前から、一緒にいるというのに、一か月前にようやく気付いた事がある。

 おかげで、結構申し訳なさを感じていた。


「……アンタ、自我、有ったんだね」


 そう、レッドクラウンには自我が有る。

 一か月程まえ、シルフィに言われて初めて知った事だ。

 二人が繋がっても、どういう訳か、カルミアにはレッドクラウンの思考は伝わってこない。

 そのせいで、カルミアはレッドクラウンの声は聞こえていなかったのだ。


「……いやぁ、はっず、アタシ、ずっと人形に話しかけてる体で話してたから、その、うん」


 今までレッドクラウンの前で、口に出していたグチは全て聞かれていた。

 そう考えただけで、カルミアは異常なまでに恥ずかしく成ってしまう。

 もしも人間の身体だったら、羞恥で顔は真っ赤に染まっていたかもしれない。


「……でも、今までありがとう、アタシのグチに付き合ってくれて、ていうか、付き合わされてくれて……本当に、ありがとう」


 笑みを浮かべながら、レッドクラウンへとお礼を述べるカルミアだが、次第に、顔から笑みが消える。

 体育座りを崩さず、カルミアはもじもじとしながら、レッドクラウンに、とある事をたずねる決心を固める。


「あ、あのさ、アタシって、やっぱり、酷い奴なのかな?アセビを殺して、それで、もう一か月……何か、そこまで悲しい感じじゃない」


 カルミアが打ち明けたのは、最近アセビを失った悲しみが、徐々に希薄に成っているという事。

 仮にも、愛し、そして愛してくれた人。

 その筈の彼女を、カルミアは徐々に忘れつつある。

 人間の言う忘却とは違う形で、失った悲しみだけが、どんどん薄れていく。

 代わりに、ふくれ上がって来るものがある事に、カルミアは気づいていた。


「代わりにね、その、代わり、何て言うのは、あれかもしれないけど、最近、その、気になる人、出来ちゃって」


 この言葉を呟いたカルミアの表情は、正に乙女の顔だった。

 彼女の表情を見たレッドクラウンは、マジで驚いたという。

 無理も無い、今の彼女の表情は、本当に初めて見た物なのだから。

 恥ずかしそうに、顔を両手で覆う彼女を見て、レッドクラウンは、内心滅茶苦茶応援していた。


 ――――――


 その頃、シルフィとリリィは、海辺を軽く散歩していた。

 リリィは何時もの黒いスーツだが、シルフィはジャックから貰った私服。

 完全にオフの状態だ。

 視力を失った、シルフィのリハビリもかねており、リリィは介護用時代の記憶を頼りに、シルフィをリードする。


「どうです?今の状態には、慣れましたか?」

「うん、大分いろんな事がわかる様になってきた」


 白杖をつき、リリィに腕を引かれながら、シルフィは砂浜を歩く。

 今のシルフィは、ほとんど全盲に近い状態だが、他の器官は生きている。

 砂と水がこすれるさざ波、髪と肌をなでる潮風に、香ってくる海の匂いに、踏みしめると僅かに足の形に沈む、さらさらとした砂。

 これらが、生きている五感に伝わって来る。

 散歩のスポットを、ここにしたのも、以前は、あまり海を堪能できなかったので、少しわがままを聞いてもらった。


「……綺麗、だね」

「見えるのですか?」

「見える、と言うより、感じる、かな?マナの流れが、私の目に映れば、薄っすらだけど、何かが見える感じ、でも、目の前に誰かいても、どんな服を着ているかとか、そう言うのは解らないの」

「そうですか、ところで、その、耳と、ホホは?」

「違和感は有るけど、大分なじんできた」


 海を見つめるリリィは、シルフィの今の状態を分析する。

 先ず、目の見え方としては、後天的な盲目状態に近い。

 確実に風景等を見る事はできなくとも、彼女の記憶で補完されている。

 そして、負傷箇所である耳とホホ。

 ヘレルスの治癒魔法も効果が無く、人工皮膚を用いて、塞いでいる。

 術後は、色の違いなどで、大分目立つが、徐々にシルフィの肌の色や感触になじんでいる。

 だが、所詮は人工の物なので、触角は鈍い。


「そう言えば、ジャックは?最近、存在を感じないけど」

「彼女でしたら、今頃お師匠様の所でしょう、姉さまからその話を聞きました」

「師匠?」

「はい、何でも、刀を折ってしまったらしく」

「……その師匠って、刀折ったら包丁もって追い掛け回したする感じの人?」

「アニメの見過ぎです……が、未熟者はしごき倒す人、と、お聞きしています、実際、本土へ帰って行った際は、顔が死んでました」


 シルフィの質問に、リリィはザラムのデータを、可能な限り漁りだす。

 マザーの奥深くに、彼のデータが有るにはあるが、名前と、ジャック達姉妹を鍛えたという事位。

 確実に言えるのは、現在は隠居中で、人里離れた場所で、一人暮らしをしているという事位だ。

 そしてもう一つ、リリィの言う通り、未熟な場合は、死ぬ気でしごく事がある。

 そのせいか、本土へ戻るジャックは、戦場に赴く以上に死んだ顔をしていた。


「そ、そうなんだ……ちょっと、休もうか」

「はい」


 シルフィの言葉に、リリィはそっとシルフィの事を座らせ、リリィもその隣に座り込む。

 二人は、昼の浜辺で、心地の良い日光を浴びながら、波の音に耳をたてる。

 これで、砂浜の景色が見えれば、もっと良かったかもしれない。

 そんな事を思いながら、リリィはシルフィの手を握る。


「あの、お体の具合などは、ちゃんと、私に言ってくださいね」

「あ、ゴメン、あの時は、貴女に、勝った事を一番喜んで欲しくて」

「それは嬉しいですが、それ以上に、私は貴女が無事に生きていた事の方が、嬉しいのですよ」


 シルフィの視力が無くなった事を、リリィが知ったのは、戦いが終わった翌日。

 その事実を聞かされたリリィは、当然取り乱した。

 何しろ、シルフィが盲目となったのは、リリィを止める為に、無理をした結果。

 つまり、ほとんどリリィのせい、そう言う風に、リリィは受け取ってしまった。

 そして今は、シルフィの介護をする事で、その償いをしている。


「……でも、生きていてくれて、良かったです」

「私も、貴女を助けられて、本当に良かった」


 それでも、シルフィは生きていた、リリィは帰ってきてくれた。

 形はどうであれ、お互いの目的を達成する事はできた。

 その事を、今はただ嬉しく思う。

 だが、リリィとしては、少しだけ納得がいかない部分は有る。


「ま、私を助ける為とは言え、五股かけるような事をするとは、思いませんでしたが」

「べ、別に五股かけた訳じゃないって」

「どうですかねぇ」

「信じてよ~」


 そう、リリィを助ける過程で、シルフィは他のアリサシリーズを、手あたり次第に口説いた(ように、リリィには見えた)

 その事に、リリィは少しホホを膨らませる。

 しかし、シルフィには、口説いた自覚なんて無く、ただ励ました程度の認識である。


「とりあえず、それはそれとして、こちらをお返ししましょう」

「こちら?」

「はい、貴女の石です」


 リリィは、あの日からずっと首に下げていたシルフィの石を、シルフィに返却する。

 シルフィの手を、石へ誘導し、そのまま手渡す。

 触覚のみで、リリィが渡したのは、形見の石だという事に、シルフィは気づく。

 だが、シルフィは受け取らずに、首を横に振った。


「……これは、リリィが持ってて」

「え、ですが」

「良いの、リリィに持っててほしいから」

「……良いのですか?」

「うん、ほら、私達、途中から色々あって、その、思い出の品とか、そう言うの、あんまり無いでしょ?だから、せめて、貴女に、もっててほしいの」


 シルフィが以前から、割と気にしていた事。

 それは、リリィとの思い出が、あまりないと言う事だ。

 それに、思い出の品が、ガーベラやストレリチアのような武器と言うのも、正直味気ない。

 だからこそ、この際、形見の石をリリィに持っていて欲しかった。


「……そう言うことでしたら」


 シルフィの意図をくんだリリィは、石を首にかけ直す。

 実質、シルフィからのプレゼントである事に、口元を緩ませ、少し石を弄り回す。

 今のリリィを知ってか知らずか、シルフィはリリィの手を、より強く握りしめる。


「……ねぇ、リリィ」

「は、はい」

「もう、私を置いて、どこにも行かないでね」

「……はい、もちろんです」

「絶対、絶対だよ」


 シルフィは、徐々にリリィに近づいていき、やがて、リリィの膝の上に乗る。

 相変わらず、リリィの方が小さいので、リリィからは、シルフィがやたらと大きく見える。


「貴女が居なくなってから、私、ずっと寂しかった、だから、私には、貴女が居ないと、ダメなんだって、ずっと思ってた」

「……それは、私も同じです、シルフィの元を離れてから、私は、生きている気分になれませんでした」

「なら、ずっと一緒に居てね、貴女が壊れて、動かなくなるまで、ずっと」


 離れ離れになって、二人は初めて理解していた。

 お互いが、どれだけ依存しあっていたのか。

 その事実に直面し、もう離れたくないという想いが、とてつもなく強く出ていた。


「はい、お約束いたします、何があっても、貴女のそばに居ます」

「……うん、ありがとう」


 白銀となった瞳から、涙を流しながら、シルフィはリリィと唇を重ねる。


「(何があっても、そばに居ますよ、未来永劫、ず~っと……フフ)」


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