ありがとう 前編
「ッ、あれ、私……いっ」
シルフィは、身体の痛みを感じながら、ベッドから起き上がる。
辺りには、医療機器や薬、ストレンジャーズの面々が転がっているが、みんな生きている。
皆が倒れている中で、近くに転がっていたエーラは、シルフィのベッドをつかい、起き上がる。
「あたた、すんごい爆発だったな、この感じ、揚陸艇がかたむいてんな」
「え、エーラさん?(なんだろう、何か変)」
「お、生きてやがったか」
「うん、ねぇ、リリィは?」
「さぁな、立てそうか?」
「うん」
立てると言ったシルフィは、エーラが差し伸べる手を掴もうとする。
その際、エーラはシルフィの瞳を改めて見つめる。
本来青い筈のシルフィの目は、何故か、銀色と言えるような色に変わっている事に気付いた。
「(あれ?こいつの目、こんな色だったか?)」
「あれ?あれ?エーラ、さん、あれ?」
「お、おい、お前」
シルフィは目と鼻の先に居る筈の、エーラの手を何度も空ぶる。
エーラが普通に見えているというのに、シルフィが見えないというのもおかしい。
言動から見ても、シルフィの目が焼けていているとは思えない。
となると、シルフィの目は、もう。
「……あ、そっか、無理、しすぎたもんね」
シルフィは、手を見つめると、自分の状態を把握する。
目が見えない。
リリィの動きを、全て見る為とは言え、込められるだけの魔力を目へ注ぎ込んだ。
血の涙を流したのだから、何らかの副作用はあると覚悟していたが、リリィを止められた代償としては、頷けてしまう。
「……エーラさん、お願い」
「ああ、任せろ」
エーラは、少ない筋量を総動員して、シルフィの事を担ぎ上げる。
一応、戦闘時だったので、スーツを着ているが、元々の力が弱いので、それなりに四苦八苦してしまう。
「やれやれ、私は科学者なんだがな」
「まぁまぁ」
「足元気を付けろよ、色々散乱してっから」
エーラはシルフィを連れて、ジャックがぶち破った扉から、外へと出る。
何とか外へと抜け出していき、揚陸艇の外に出て行く。
「……おいおい」
その時、彼女の目に映り込んだのは、更地となった戦場跡。
アーセナル・ドラゴンは、その形を保っているが、他は完全に焼け焦げている。
夕焼けに照らされ、どこか神秘的であるが、感傷に浸っている場合ではない。
タンクは横転し、他の揚陸艇や、エーテル・アームズも、土を被ってしまっている。
ジャック達以外の兵士がどうなっているのか、認識する能力を持たないエーラとしては、かなり心配だ。
「マジか、こんな状況何時ぶりだ?」
「……リリィ、どこ?」
見えない目で、シルフィはリリィを探し出す。
そんな彼女を気遣い、エーラはシルフィを誘導しながら、アーセナルの残骸へ運ぶ。
「(流石にジャックが死ぬとは思えないが、これだけの爆発だ、他の連中はどうなった?)」
シルフィを運びながら、エーラは他の隊員達の安否を案ずる。
土を被っているのか、またどこかへ飛ばされたのか、それは解らないが、とにかく見当たらない。
ギャグマンガ等の科学者のように、白衣の中に便利グッズを仕込んでいる訳でもないので、今探す事は無理そうだ。
「あ」
「どうした?」
「り、リリィ……ジャックも、あ、カルミアちゃんも無事だ!」
「え?ど、どこだ?」
シルフィの言葉に、エーラは辺りを見渡す。
しかし、エーラの目には、三人の姿は見えない。
おおかた、魔力を探知したのだろうが、姿が見えない。
どこかに居るのか、探していると、アーセナルの身体の一部が爆散した。
「ッ!何だ!?」
――――――
「あ~、畜生が、介護用が聞いてあきれるぜ、人間に介護されるとはな」
「も、もうしわけございません」
爆散したアーセナルから、ジャックはリリィを担いで出て来る。
奥義を使ったせいで、刀と一緒に、反動で骨もボロボロに折れた。
スーツの補強で、何とか立っているが、ガス欠である事に変わりは無い。
回復に回せるだけの魔力は無く、もう銃弾一発で死にそうだ。
「……終わったんですね」
「戦いはな、でも、お前にはまだやる事あんだろ」
「え」
ジャックの言葉に、リリィは前を向くと、エーラに担がれるシルフィの姿を見つける。
生きていた。
シルフィが生きている。
その事実を認識したリリィは、ジャックから離れ、損傷した足をひきずりながら、シルフィの元へ向かう。
「シルフィ、シルフィ!!」
至近距離で爆発に巻き込まれたせいで、今のリリィは停止寸前。
アスセナは全壊し、スーツもボロボロ。
義体の方も、右足や胴体、胸部の人工筋肉がえぐれ、右腕に至っては、欠損している状態。
頭部の皮膚も剥げ、金属骨格が半分近く露出している。
そんな状態でも、リリィはシルフィの元へ走る。
「リリィ!」
「お、おい、大丈夫かよ」
「うん、何処にいるか、大体わかる、でも、目が見えなくなったのは、まだ黙ってて、まだあの子に、勝利の美酒を味わってほしいから」
「……ああ」
エーラに黙るように頼んだシルフィは、聞こえる声や足音を頼りに、リリィの元へ歩みよる。
お互いに歩み寄り、そして、抱きしめ合う。
二人共に、生き残る事が出来た。
「リリィ」
「シルフィ」
抱き合う二人は、今までの思い出を走馬灯のように駆け巡らせる。
今の幸せをかみしめる二人は、同じ事を思う。
――――――
二人が抱きあっている最中。
ジャックは、腰を下ろし、煙草に火を付ける。
「……幸せそうなこった」
そう言ったジャックを残は、紫煙を吐き出しながら、昔の事を思い出す。
「……俺は、守れなかった、力も、味方も無かったせいで」
半身とも言えるような存在を無くし、それでも、ここまで進んできた。
当時は最愛の人以外、何も無かった。
味方も、力も、武器も、何も無かった。
だが、シルフィもリリィも、その全てを持っている。
「……所詮、人間一人ができる事なんて、たかが知れている、か」
煙草を携帯灰皿に捨てると、バックパックの中から、キャンディの入った袋を取りだす。
コーヒーと書かれた袋から、一粒のキャンディを取りだし、口の中に放り込む。
コーヒーの風味、ミルクの甘味に、ジャックはホホを緩ませる。
「でも、お前は教えてくれた、何も無かったはずの、この俺に」
ジャックが思うのは、ただ一言だけ、最愛の人へ向けた、当たり前の一言。
――――――
ジャックがコーヒーキャンディを舐め始めた辺り。
カルミアは、レッドクラウンのハッチをこじ開け、外へと出る。
すっかり変わり果てた景色を見る間もなく、その視線はレッドクラウンへ向けられる。
「……守ってくれて、ありがとう」
若干装甲の表面が溶けているが、他は大丈夫そうだ。
回収して、少し手を加えれば、まだ使える。
だが、それよりも確認したい事が、カルミアには有る。
「……でも、ゴメン、先ずはあの子に」
後頭部の方まで登って行ったカルミアは、突き刺さっている弾頭を見つける。
ヘリアンの放った、ストレリチアの弾頭。
その近くには、血と薬品が流れ落ちており、それを見たカルミアは、膝から崩れ落ちる。
「……」
解っていた事。
わかりきっていた事実。
大きくすれ違い、彼女を信じなかった事で生まれたツケ。
その精算を行った結果が、この最期だ。
「ゴメン、本当に、ゴメン」
ヘリアンに狙撃を任せた時。
本当は自分でやろうと思っていた。
自分で、ケリをつける気でいた。
だが、何もできなかった。
出来たのは、皆に指示を出して、アキレアを活躍させる程度。
「何、悩んでいる?」
「……ヘリアン、無事だったのか」
「うん、他の二人も、無事、それと、他のメンバーも、奇跡的に、無事」
落ち込んでいるカルミアの後ろに、ヘリアンは立ち、デュラウスとイベリス達の無事も知らせる。
しかし、今のヘリアンも、無事とは言えない。
アーセナル・ドラゴンの一撃で、義体が半分近く消し飛び、立っているのもやっとの状態だ。
カルミアにとって、今はそんな事どうでも良かった。
アセビを、自分の手で終わらせられなかった。
その悔しさが、カルミアに襲い掛かっていた。
「ヘリアン、礼は言っておく、ありがとう」
「何が?」
「アンタのおかげで、この子は終われた、ずっと、苦しんでいたこの子を、終わらせられた」
「……これだけは、言っておく、彼女を、終わらせたのは、貴女」
「え?」
「私がやったのは、ストレリチアを、チャージして、照準を付けて、弾を装填した、それだけ、引き金を、引いたのは、貴女の手」
ヘリアンのセリフを聞いたカルミアは、自身の手を見つめる。
確かに、ヘリアンが狙撃をしたとき、一緒に狙撃したような感覚は有った。
ヘリアンの義体で、狙撃したからとか、ヘリアン以外ともリンクしていたとか、小難しい哲学じみた事は置いておき、カルミアは、自らの手を胸に押し当てる。
「……色々と、小難しい、言い訳は、どうでもいい、引き金を引いたのは、貴女、これは、事実」
「そうか、アタシも、終わらせられたんだ、この子を」
これが、カルミアがアセビに出来たしょく罪。
こんな事で、全ての罪が償えたわけでは無いが、その一歩は踏み出せた。
その事実をかみしめながら、カルミアは思い出す。
最後の最後、裏切られたと思ったあの時。
完全に裏切られたわけでは無かった。
「(聞こえていたよ、アタシの事を最愛の人と、言ってくれた事)」
この時、カルミアは、誰かに抱きしめられているような感覚を覚えた。
とても懐かしく、安心する感じ。
実験段階の時に、何度も感じていた、あの優しい感じ。
「アセビ?」
「ん?」
「……そうか、お前も、最後の最後で、そんな事言いに来たのか」
「(急に独り言言い出した)」
変な人を見るような目をするヘリアンだが、カルミアには、しっかり聞こえた。
アセビの声、想い、その全てが。
そして、カルミアも、同じ事を思っていた。
――――――
カルミア、ジャック、シルフィ、リリィ。
彼女達が、愛しあった者達へと伝えた、当たり前の一言。
もう伝えられなくとも、伝えたとしても意味は無くとも、今はただ、その思いで、心が一杯だった。
ありがとう




