貴女に言いたい 前編
起き上がったリリィは、目の前の光景に開いた口が塞がらなくなっていた。
つい先ほどまで、眠っていた筈の三人と、量産機の面々。
彼女達が、来る筈のない増援として、駆け付けたのだ。
アキレア達は、まだわかる。
ラベルクがカルド達を敵と認識するように、設定すればいいだけだ。
だが、この三人のAIは、いまやリリィと並ぶレベル。
助ける理由も、戦う理由も、三人には無い筈だ。
「な、何で」
「何でも何も、目ぇ覚めたら、部隊壊滅、お前もピンチ」
「これでは、助ける以外に有りませんわ」
「それに、シルフィも、重体、基本アイツのせいだし、許せない……」
三人の楽観的な答えに、リリィはため息をつく。
増援はありがたいが、彼女達もまた、自分と同じだと。
そう思うだけで、とても心もとない。
彼女達もまた、カルドの言う、浅はかな理由で戦っているのだ。
シルフィが死ねば、全て無駄になる。
愚かな人間達の為に、無意味に戦い、そして、朽ち果てるだけ。
「……無駄な事を、どうせ、私達の事を正しく認識できる人何て、もうどこにも」
未だに落ち込んでいるリリィを見て、三人はため息をついた。
アリサシリーズの思考は、使用しているAIによって、思考等に個性が出て来る。
その精度は、蓄積されたデータや、期間によってまちまちなのだが、よりにもよって、長女であるリリィがこの始末。
先が思いやられてしまう。
「馬鹿かオメェは?」
「少なくとも、ここに、四人」
「わたくし達と、お姉様たちがおりますわ」
笑顔を浮かべながら、答えて来る三人だが、リリィはまだ理解が出来なかった。
目の前の三人さえも、この状況で戦える。
その意味が解らずにいる。
「……君達が加わった程度で、どうにかなるとでも?」
「まぁな!俺ら姉妹対トカゲ軍団、肝心の虎の子も、今しがたぶっ殺した、こいつがテメェの本気か!?」
「……ほう」
ドラゴノイドを瞬殺した事で、色々と調子に乗ったデュラウスの言葉に応えるように、カルドはコンソールを操作。
すると、アーセナル・ドラゴンの出て来た穴から、次々と別個体のドラゴノイドが出撃。
その増援は、一体や二体ではなく、三十体近くが出現。
流石に予想外だったのか、言い出しっぺのデュラウスは、口元をヒクヒクさせながら、硬直してしまう。
「あ~、その、ごめん」
「無責任に、恰好つけるから、こうなる」
「だって、折角の救援イベントだったし、そろそろ恰好つけても、良いかな~って」
「大sy……異世界コソコソ噂話、デュラウスは寝る時、ウサギのぬいぐるみを」
「それ以上言ったらぶっ殺す!!」
「それは置いておきますが、あの戦力、アキレアを作った意味はあるのですか?(……兎のぬいぐるみ)」
アンドロイドでなければ、今頃デュラウスの顔が爆発していたかもしれない話は置いておき。
イベリスは、メイスを握る力を強めながら、ドラゴノイドの加わった敵の戦力を睨む。
こんなに居るのであれば、アキレア達を作った意味は無いのではないのか。
そう思ってしまう程に、相手の戦力差は歴然。
「簡単な事さ、彼らは、君達が反旗をひるがえした時の抑制装置でもある、君達欠陥品を排除し、次の手ごま達を作った後に、彼らと共に連邦本土を落とさせてもらう」
「ご説明どうも」
「(悪役って、なんで、自分の計画、ベラベラ喋る?)」
ヘリアンの素朴な疑問はさておき、カルドの話を聞いたデュラウスは、笑いながら耳をほじる。
この事態を解決するのには、とても簡単な方法だけで良いのだから。
「なら、俺らのやる事は、たいして変わんねぇな」
「……君の思考能力の低さには、少々頭を抱えていたが、どうやらこの戦力差の意味さえも理解できないようだね」
「ま、確かにヤベェ量だが、ヒーローものでよく言うだろ、こういう時どうしたらいいのか」
デュラウスの言葉に、カルドとリリィは首をかしげたが、イベリスとヘリアンは、笑みを浮かべた。
そして、デュラウスは赤い紫電をまとい、イベリスはメイスを構え、ヘリアンは(勝手に)借りたストレリチアを構える。
「みんなでだ!」
「……愚かな」
そのセリフと共に、デュラウスは先行する。
猪突猛進気味に前進したデュラウスを追うように、イベリスもメイスを手に前進。
ヘリアンは、二人よりも後方へ立ち、借り物の武器を構える。
その武器を見るなり、リリィは目を丸めた。
「貴女、それって」
「ストレリチア、ガタガタだった、けど、武器形態、なら、まだ使える」
ヘリアンが構えたのは、威力重視状態のストレリチア。
専用の弾頭も、持てるだけ持ってきており、アリサシリーズの出力を生かして、バカスカ撃ちだす。
とは言え、単発装填式なので、連射力はお世辞にも高いとは言えない。
だが、そこはヘリアンと共に残った四機のアキレアが、彼女を支援している。
「オラオラオラ!そんなもんかトカゲ共!!」
「まったく、相変わらず下品ですわ」
ヘリアンの前方では、デュラウスとイベリスも、破竹の勢いで攻める。
アキレア達も、二人の行動をサポートするかのように、ドラゴン達をハルバードや、ブレードで撃破していく。
アキレア達はともかくとして、三人の士気は非常に高い。
まるで、何も恐れていないかのように、三人は戦う。
「でも、どれだけ彼女達が強くても、あの数が相手では」
赤い紫電が切り裂き、メイスですり潰され、レールガンで吹き飛ぶ。
三人の無尽蔵とも言えるエーテル量を利用した戦いで、何とか戦えている。
アキレア達は、彼女達の支援を行う形で立ち回るが、彼女達のドライヴは量産型、体力には限りがある。
時間が経てば、いずれ劣勢になる。
まだ問題は有る。
雑兵のドラゴン達に加えて、ドラゴノイドも参加している。
ドラゴノイドの強さは、アキレア二機近くが相手をして、ようやく抑え込めるレベル。
二人も極力、ドラゴノイドとは、正面からの戦闘は避け、一撃離脱を行いつつ、先ずは雑兵を片付ける方向へ、舵をきっている。
そこから見ても、劣勢に変わりは無い。
『戦力が違いすぎます!いくら彼女達でも、長くはもちません』
『誰か、誰かいませんか!?誰か』
どうやら、揚陸艇の面々も、劣勢を理解しているようだ。
今リリィが居るのは、ドラゴン達と揚陸艇の、丁度中間あたりに居るが、無線が聞こえている。
それだけの距離に通信が出来て、返事がないというのであれば、生存は絶望的。
リリィがそう考えている中で、一筋の光明が見えて来る。
『こちらドレイク!作戦エリアに戻って来た!』
『ドレイク、無事だったか!』
『いやぁ、さっきの砲のせいで、ドーンと離されてもうてな、無線も通じなくて焦ったが、間におうて、良かったわ』
『ああ、だが、数は頭打ちに近い、あまり期待はするなよ』
『皆さん、ご無事でなりよりッスぅ!!』
「(生きていたのか)」
何と、ドレイク達の声が、無線に乗って聞こえて来る。
彼だけでなく、ネロとウィルソンも無事。
そして、彼らに追従するサイボーグ兵が数名戻って来た。
どうやら、先ほどの砲撃で、はるか遠くへ吹き飛ばされ、今帰って来たようだ。
「(でも、彼らが戻って来た所で)」
『こちら、ルプス隊!何とか戻ったぞ!』
『ルプス!何機残っている!?』
『俺を含めて二機だけだ、だが頼もしい奴らも居る!』
『おう!めっちゃ飛ばされたけど、戻って来たぜ!』
『はぁ、長距離移動は苦手じゃ、じゃが、この戦、必ず勝どきを上げてみせるぞ』
『許可する!彼女達を援護しろ!』
次に戻って来たのは、ルプス二機と、葵のパーティ。
それでも、数は未だに押されている。
それなのに、彼らは戦う方を選び、死地へと足を踏み入れる。
リリィからしてみれば、ここには狂人しかいない。
生きる事を諦め、ただ死ぬために、この場へ来ているようにしか見えなかった。
「(勝てる訳がないのに、何で)」
『畜生、相変わらずバカが多すぎる!俺達も行くぞ!』
『使えるタンクは有るのか!?』
『スズメの涙程度だ、レールガンで敵の気を逸らす、それ以外できる気がしないがな!』
『許可する!』
「(まただ、少佐も、何故許可する)」
揚陸艇からも、生き残った戦車部隊が出撃。
後方から、三発程のレールガンが、ドラゴン達へ向けて砲撃を行う。
たったの三両の戦車隊。
それなのに、彼らは戦闘に参加する。
だが、それでも戦況が変わる事は無い。
もう一度あの砲撃が行われれば、この戦いの決着がついてしまう。
カルドが自分の陣営であるドラゴン達さえ、餌にするような人物であれば、次の砲撃で、今度こそ終わる。
「(スレイヤーでもない人間が、なぜこうも戦える、その自信は、勇気は、何処から来る)」
先ほどまで殺し合っていた仲の彼ら。
それが今や、共に同じ敵を相手に戦うという、なんとも異様な光景。
利害の一致というだけで、共闘し、死へと進んで行く。
彼らの愚かとしか言えない行動に、リリィは思う。
「(何故、何故、こんなバカな事に……)」
ガーベラを握り、立ち上がったリリィは、自然とその死地へと向かっていた。
消えていた闘争心には、いつの間にか火が灯り、それに応えるかのように、ガーベラは燃え上がる。
「私は、燃えている!?」
いつの間にか、彼らの愚行に加わっていた。
そして、彼らと共に戦場を走り回る。
数こそ圧倒的であるも、徐々に押し返しの空気を出す。
その中で、リリィは解って来る。
彼らが何故、戦いを続けようとするのか、こんな無意味な事をするか。
今まで、シルフィとだけしか行動していなかった、リリィゆえに、学習が不足していた事。
「(そうだ、人が戦う理由は、なにも恋人だけじゃない、家族、友人、仲間、故郷、戦う理由なんて、言おうと思えば、いくらでもある)」
友人や家族。
その為に戦う者だっている。
そして彼らは、ともに弾丸や白刃の雨をくぐって来た者を、簡単には否定しない。
共に、生死をかけて戦い、戦場をかける。
上の連中だとか、世論が如何だとか、そんな事より、もっと身近な人々からの称賛。
それがあるだけで、死地へ行ってしまう。
「(まぁ、結局の所異常者共に変わりは無いけどな)」
当然、そんな根性論や精神論とも言える事で、戦場へ行っても、すぐにヘタレてしまう。
だが、彼らは、絶対に生き残ると、絶対に負けないという、確固たる意志がある。
その意思は、回り回って、仲間や守りたいものを守ることになる。
いや、それだけではない。
確定もしていない未来、そんな物に恐れず、自らの手でつかもうとしている。
後悔の有る結果にならない為に。
「そうだ、何を恐れる必要がある!シルフィはまだ死んでいない、まだ生きている、生きようとしている!彼女が頑張っているというのに、私だけ、立ち止まっていられない!!」
「愚かな!サル共の同調効果にまどわされるとは、貴様らがどれだけ団結しようと、何も変わりはしない!!」
「いい加減その減らず口、とじやがれ!!」
「ッ!」
戦意を向上させ続け、苛烈な勢いで接近して行くリリィに気付けず、何時の間にかデュラウスの接近を許してしまっていた。
既に技の準備は整っているだけでなく、今まで以上の威力がチャージされている。
全力でスラスターに火を付けたデュラウスは、正に電光石火の勢いで攻撃する。
「くらいやがれ、桜我流剣術・雷鳴討ち!!」
「無駄だ!!」
「やってみなきゃ、わかんねぇだろが!」
だが、結果はカルドの言う通りとなる。
デュラウスの攻撃は、直前に張られたフィールドに阻まれてしまう。
刃がぶつかり、まとわり付いていた魔力は消失、デュラウス本人は、発生した衝撃に吹き飛ばされる。
「バカな!」
「(成程、ならば)」
鈍い銀色の光を持つフィールド。
これを見た途端、リリィはどのような物なのかすぐに理解した。
このフィールドは、天の力を利用したフィールド。
ならば、破る為にはどうすれば良いのか、答えは一つしかない。
「だったら、私が!!」
「させるか!」
同じ属性を持つ、ガーベラを使うしかない。
行く手を阻むドラゴノイドや、ワイバーンどもを蹴散らしながら、リリィはカルドの元へと接近する。
だが、カルドは今のリリィはが、この場に集まった誰よりも危険な事は理解している。
それ故に、攻撃の手は、リリィに集中しだす。
おかげで、ドラゴン達の肉壁に阻まれ、満足に進めない。
ドレイクや葵達も、他のドラゴンの相手で手一杯である為、リリィを援護する余裕がない。
「ッ!近づけない!」
「つか、囲まれてんぞ!」
デュラウスも、リリィを前に出そうと、けん命に支援を行うが、焼け石に水。
強靭なドラゴノイドと、肉の壁となるワイバーンとエアロドラゴン。
その数に、既に退路や進路が塞がれている。
とても前に進めた物ではない。
そんな二人に、ようやく手を差し伸べた者が現れた。
「桜我流剣術・炎鬼牢!!」
「ジャック!」
「大尉!」
上空から飛来したジャックは、リリィ達を避けつつ、炎鬼牢を放つ。
基地一つを吹き飛ばした時と、同等の威力が放たれ、分厚い肉の壁は爆破された。
「行け!援護する!」
「了解!」
「俺も行くぜ!」
集った三人は、カルドへの足を一気に速める。
だが、三人の接近を阻むべく、導入できる限りのドラゴノイドが、その道を阻む。
それを見たデュラウスとジャックは、リリィに先んじて、前へと出る。
「行くぞ桃ちゃん!」
「だからその呼び方止めろ!」
ちょっと口喧嘩を挟みながらも、デュラウスは赤い雷、ジャックは炎をまとう。
そして、二人は速度を合わせつつ、立ちはだかったドラゴノイドへ、攻撃を開始する。
「烈火尖刃!」
「紫電尖刃!」
二人の技によって、道は開かれる。
その隙を、リリィが見逃す筈無かった。
オーバー・ドライヴを使用し、蒼い炎を全身にまとったリリィは、最大出力で切りつける。
「桜我流剣術・炎討ち!!」
全力の炎討ちと、フィールドはぶつかり合う。
予想以上に強固なフィールドは、リリィの刃の侵入を許してはくれない。
どれどころか、発生した反発力に、リリィは徐々に押し返され出す。
「クソ、強力過ぎて、もう……ウワ!」
決死の奮闘も虚しく、リリィは弾き飛ばされてしまった。




