その幸せを教えてくれた 後編
「さぁ、終わりの時だよ、ストレンジャーズ、そして、欠陥品の小娘共」
カルドは、コンソールを操作し、主砲の状態を確認する。
一発撃つのに、かなりのエーテルを使用するので、十分程チャージが必要になる。
だが、必要はない。
後は取り巻きのドラゴンたちだけで、どうにでもなる。
戦線は崩壊、戦力もほとんど壊滅。
ここにドラゴンさえ投入すれば、簡単に勝てる。
「……いや、君はまだ、諦めないつもり……でもないか」
勝ちの芽しかないカルドの前に、一人の少女が立ちはだかる。
蒼い髪の、欠陥品の一人。
――――――
装備を整えたリリィは、ただ一人、カルド達の前へと立つが、この行動に困惑していた。
腰に差しているガーベラを、手でいじりながら、何故こうなったのかという事に、眉をひそめる。
「(何故私は、こんな事を)」
半覚醒状態となったシルフィ。
そんな彼女に手を掴まれ、瞳を半分開いた状態で、こう告げられた。
『逃げないで』
まるで、先ほどまでの会話を聞いていたかのような、シルフィの言葉。
この後、すぐに気を失ってしまったが、こんな事を言われては、進まない訳には行かない。
しかたがないので、今はエーラにシルフィの全てを任せたのは良いが、こんな無意味な行為自体に、リリィ自身理解できていなかった。
「……いや、たとえ無意味でも、せめて、最期は、彼女の命令で」
最期の戦闘になるかもしれない、この状況。
せめて、最愛の人からの命令であれば、悔いはない。
いや、せめて言えば、シルフィの隣で死にたかった。
そんな願望も、有るにはある。
それでも、最期に最愛の人からの命令で、アンドロイドとして死ぬのも、一興だった。
だが、少しでもシルフィの事を感じ取れるように、彼女の持つ、形見の石を拝借してきた。
「さて、行くと、しますか」
首にかけている石を少し弄ったリリィは、石をスーツの中へとしまい、ガーベラを引き抜く。
蒼い炎を発生させ、ドラゴンの群れへ、全力で足を進める
援護は無し、オマケに、くつがえしがたい戦力差。
この世界に来てからは、何時も通りの状況とはいえ、なんの保証もない。
勝てる可能性なんて、もはや微塵もない。
リリィの接近と同時に、進軍を開始したドラゴンたちを見て、リリィはガーベラを握る力を強める。
「せめて、できるだけ多くを道連れに」
そんな消極的な意思を見せながらも、リリィはドラゴン達の放つ攻撃を全て回避する。
シルフィの射撃に比べれば、素人同然だが、威力は非常に高い。
ドラゴン系は、他の魔物の追従を許さない程、高い魔力を有する。
ドラゴン達が例外なく産まれ持って得る特性。
その魔力を利用し、行われる砲撃。
そして、サイボーグ化に伴い、搭載されたミサイルポッド。
これらを利用した遠距離攻撃は、意味をなさず、リリィの接近を許してしまう。
「トカゲが」
ドラゴン達に着せられた装甲、その下に有る強靭な外殻と、発達した筋肉、骨格。
それら全てを、リリィは一撃で切断する。
切り捨てたのは、ロードドラゴンと呼ばれる、トリケラトプスのようなドラゴン。
元々、怪力や強固な外骨格を持った個体。
それがサイボーグ化される事によって、より強力となり、角もドリルに切り替えられている。
だが、巨体ゆえに動きは単調、リリィにはちょっと硬い位の相手だ。
『誰だ!?だれが戦っている!?』
『解析中……機体コード、AS-103-01、リリィです!』
「(無線、回復したのか)」
戦っている中で、揚陸艇からの無線を拾ってしまう。
恐らく、少佐達は回線を全開にしてでも、仲間を見つけ出そうとしていたのだろう。
そんな推測をたてながら、リリィはロックドラゴンを両断する。
ティラノサウルスのようなドラゴンで、一番武装を多く施されている。
背負っている大型のライフル、手のひらに仕込まれたマシンガン、そしてミサイル。
通常の兵士や、その辺の冒険者であれば、軽く潰せるだろうが、リリィの敵ではなかった。
『戦える者は居ないか!?彼女を援護しろ!』
『探していますが、この状況では』
『クソ、誰か、誰か居ないか!?』
「だれも居ませんよ、こんな状況では」
呼びかけを続ける少佐であるが、リリィは完全に諦めを見せている。
確かに、この状況では、生き残っている者は少ないと思うのも、無理はない。
それだけならば、まだ良いかもしれないが、先の攻撃で、多くの兵士が戦意を喪失している。
しかも、助ける対象は、先ほどまで敵だったアンドロイド。
今の士気では、助けようと思う事すら難しい。
「いや、誰も来なくとも、せめて、お前だけは」
プテラノドンのような見た目の、エアロドラゴンを、リリィは上空で仕留める。
空を飛ぶたに、比較的軽装で、武装も少ない。
だが、尻尾のような物は、レッドクラウンのように成っており、先端のブレードで攻撃してくる。
ワイバーン達も加えると、かなりの数であり、それが彼らの本当の武器とも言える。
そんな彼らを足場にし、リリィはカルドの元を目指す。
「アイツのせいだ、そもそも、アイツのせいで!」
リリィは、足場にしたワイバーンの頭にガーベラを突き刺しながら、カルドを睨む。
アーセナル・ドラゴンの頭部で、悠々としている彼を見ただけで、リリィの怒りは沸騰する。
リリィは思い出した、そもそも、カルドというアンドロイドが、今回の不幸の発端。
彼のせいで、シルフィと戦うハメになり、彼女は重体となった。
「お前だけでも!」
因果関係の発端である存在を見つけた途端、リリィの戦意は向上する。
絶対に許せなかった。
この事態を引き起こした、カルドというアンドロイドを。
正面から突っ込むリリィに、カルドはゴミを見るような目を向ける。
「欠陥品どころか、もはや、獣だな」
「黙れ、このクソ野郎が!!」
「……君如き、僕が相手をするほどでもないか」
「何かした所で!」
コンソールを操作したカルドは、もう一種類のドラゴンを呼び寄せる。
その間に、リリィはカルドに接近。
ガーベラの刃を、彼の首へと向けた。
「無駄だよ」
「ッ!!」
カルドの言った通り、リリィの攻撃は通らなかった。
それどころか、突然襲い掛かった衝撃に、リリィは吹き飛ばされてしまう。
「チ、一体、だれがッ!」
地面に激突したリリィは、その衝撃を生み出した犯人を捜そうとするが、踏みつぶされ、阻まれてしまう。
顔を踏まれながらも、リリィはその犯人を視界にとらえた。
その直後、犯人に蹴り飛ばされたリリィは、すぐに受け身を取る。
「ッ……ドラゴノイド、あんな奴まで」
立ちはだかったのは、人とドラゴンを合わせたような見た目を持つ存在、ドラゴノイド。
二メートル近く有る体格に、二枚の大きな翼。
武器こそ持っていないが、彼ように調整されたエーテル・ギアを装備している。
だが、リリィにとっては、ドラゴノイドが出て来た所で、やる事はかわらない。
「退きやがれ、トカゲ人間が!」
さっさと倒して、カルドを破壊する。
そうしたかったが、リリィの思い通りには成らなかった。
「ッ!?こいつ」
片腕で、リリィのガーベラを防ぎ止めた。
この一撃で、ドラゴノイドの戦闘力を把握したリリィは、予定の変更を余儀なくされる。
硬い甲殻の防御力、体格に見合わない俊敏性を見せつけられた。
先にこの化け物を倒さなければ、接近は不可能だ。
ガーベラは弾かれ二人の戦いは始まる。
「チ、強い」
早く、重い攻撃。
ガーベラで受け止める事で、真面に受ければ、リリィでも致命傷は避けられない事が、伝わって来る。
しかも、防御まで厄介だ。
リリィの攻撃は、文字通り歯が立たず、強靭なウロコに防がれてしまう。
今まで戦ってきた魔物とは、比較にならない強さを見せつけて来る。
「何故戦う?君にはもうその理由がない」
「黙れ、高みの見物きめてる奴が」
ただでさえ厄介な敵と戦っている所に、カルドが言葉による横やりを入れて来る。
だが、今は目の前の敵に集中しなければ成らない。
だというのに、カルドは容赦しない。
「君がどれだけ頑張ろうと、全て無意味だ」
「黙れ!」
「戦った所で何になる?誰が理解する?君がその身を削り、勝利を掴んでも、誰が称賛される?」
「うるさい!」
「君がどれだけ、人の為という真実を掲げても、アンドロイドだという事実が残る、そうなればどうなる?」
「黙れと言っている!」
「しょせんはプログラムされた行動と、けなされる、人間の物と比べて、遥かに下にしか見られない」
「……」
リリィは、何も反論できなかった。
ただ、沸き上がって来るのは、人間への怒り。
今リリィが戦っているのは、シルフィの為。
生きている人間の中で、彼女以外に愛着は無い。
こうして、アリサシリーズになる前から、ずっとそうだった。
カルドの言う通り、アンドロイドは、人間程正当な評価を受けない。
仮に、今ここでカルドを殺しても、手柄になるのは、少佐やジャックの辺り。
リリィには、何の褒賞も無い。
「どれだけ傷付こうと、どれだけ身を削ろうと、君が認められる事は無い」
「ッ」
「アンドロイドが評価を貰う事は間違っている、君だってそう思っていただろう」
「うるさ、ガッ!」
「だが、君は感情を得た事で、求めてしまった、知ってしまった、今まで得る事の無いものを得た事で、愛や、幸せと言う物を」
カルドのセリフに、心をかき乱され続けるリリィは、ドラゴノイドの一撃を受けてしまう。
同時に、リリィは今の戦いにさえ、疑問を抱いてしまう。
先ほど、シルフィは覚醒したが、その後すぐに意識を手放してしまった。
エーラの治療を受けているとはいえ、絶対に助かるみこみはない。
彼女を失えば、本当にこの戦いに意味を無くしてしまう。
勝っても負けても、一人。
ただ、傷つき、失うだけ。
結局、ジャックのように強く成れない。
そんな絶望を抱きながら、リリィは地べたに這いつくばる。
「僕と彼の理想を邪魔するには、君の覚悟も動機も、全てが浅すぎる」
「……」
「君に有るのか?全てを捨てて戦う理由が、誰からも称賛されず、見られず、理解されず、孤独の中で戦う、覚悟があるか?」
「……」
「その姿が良い証拠だ、守る物が有るから、理解されたいから、そんな事の為に戦うような君に、僕は倒せない」
もはや、ドラゴノイドのダメージ以上に、精神へのダメージで、リリィは戦意を喪失する。
自分の弱さ、浅はかさ、その程度を知った事による挫折。
彼の言う通り、守る物、理解者、それらを持つジャックの音沙汰がなくなった。
この事実が、リリィにのしかかり、敗北感を募らせる。
「……たったこれだけで、君の心は折れたか、やはり、君にはその心臓は相応しくない」
虚無となったリリィの首は、ドラゴノイドの手に捕まれ、そのまま持ち上げられる。
ドラゴノイドは、カルドからの命令に応えるため、貫き手の構えを取る。
その時だった。
突如、二人の間に、落雷が鳴り響く。
「ッ!?何だ」
落雷が響いた直後、リリィは無傷で地面に落ち、ドラゴノイドの両手は、両断されていた。
そして、両腕を失ったドラゴノイドは、空高く打ち上げられ、後に放たれたレールガンによって、身体の大半を消失する。
「守る物がねぇ?」
「理解されない?」
「そんな、つまらない戦い、ごめん」
落雷によって発生した煙がはれ、攻撃を仕掛けた面々の姿が現れる。
「あ、貴女達」
「よぉ、増援到着だぜ、お姉ちゃん」
ついさっきまで眠っていた、デュラウス、ヘリアン、イベリス。
この三機と、生き残ったアキレア十七機。
彼女達が増援として駆けつけたのだった。




