その幸せを教えてくれた 前編
本日もう一本投稿します
収容されたシルフィは、すぐに医務室へと運ばれた。
かなりの重体であったので、すぐに集中治療用のベッドへ寝かせた。
生命維持装置と、ラベルクのドライヴを取り付け、何とか生きながらえたが、危険な状態に変わりは無い。
「そんで、容態は?」
「私の専門は医療じゃないんだが」
「しかたねぇだろ、他にメディックが居ねぇんだから」
「たく」
医師免許を持っているとはいえ、それはあくまで、生物学を学ぶついでに取った物。
できても、せいぜい内科治療位な物。
とは言え、他にメディックが居ない事も事実、仕方なく、シルフィの診察を開始。
ベッドに取り付けられているコンソールに、目を通す。
その横で、リリィはこの世の終わりでも来たような目をしながら、シルフィの手を握っていた。
「……シルフィ」
「まだ死んだわけじゃねぇんだ、そう気を落とすな」
完全に生きる希望さえ、失っている状態のリリィの背中を叩いたジャックは、なぐさめを入れる。
だが、そんな言葉だけでは、リリィの気持ちは晴れない。
何しろ、リリィを助けるという名目で戦った結果、こうなってしまったのだから。
そんなリリィに、追い打ちをかけるように、エーラは診断結果を叩き出す。
「そうも言ってらんないな、悪鬼羅刹とオーバー・ドライヴの併用で、身体はもうガタガタ、エーテルの方もカスカス、ラベルクのドライヴを使ってなかったら、死んでたかもな……やっぱ、リミッター外すのはやりすぎだったか?」
「お前らしくもない心配は止めろ、で、治せんのか?」
「今は無理だ、それに、治しても何らかの後遺症が出るだろうな」
「……」
エーラのセリフを聞いたリリィは、一気に目を見開いた。
彼女の言っていた事が本当であれば、ストレリアのリミッターは外されている状態。
考えてもみれば、リミッターが外れた状態でなければ、シルフィがあの短時間で、これだけ衰弱する訳がない。
「どうして、どうしてそんな事をしたんですか!」
「ちょ!」
「おい、リリィ」
苦労して入れた筈のリミッターを外した。
そんな危険な事をしたエーラに、リリィは食い掛る。
元々危険な実験を嬉々として、行っている彼女であるが、良心だけは健在だと信じていたが、違った。
そんな事を思いながら、リリィはエーラ襟をつかむ。
「あの子は、悪鬼羅刹を満足に使えるような練度じゃなかった、なのに、貴女は」
「それはコイツ自身の意思でもあった、それだけの危険を冒してでもコイツは、お前を助けようとしていた」
「でも、こんな、こんな結果、あんまりですよ!」
エーラの襟から手を離したリリィは、医務室の床に手を付き、しゃがみ込む。
命令でシルフィと別れる事に成り、彼女とは決別したつもりでいた。
それでも、シルフィは来てくれた。
だが、その代償はあまりにも大きく、シルフィは生と死のはざまに追いやられた。
しかも、今の彼女を救い出す力は、リリィに無い。
「何で、何でこんな事に……畜生!!」
悔しさのあまり、リリィは床が陥没する力で殴りつける。
涙を流せるのであれば、今頃顔はびしょぬれになっていた位、リリィは嘆く。
だが、こんな事をした所で、時は戻らない。
今の事は、何も変わりはしない。
現実と言う無情な存在に、リリィは耐えられなくなる。
「畜生、畜生……こんな事なら、いっそ、助からなければ、生まれてこなければ」
「……おい」
「なんで、ッ!」
だが、そんな彼女の姿を見ても、ジャックは同情をしなかった。
それどころか、しゃがみ込んでいるリリィを掴み上げる。
首元を鷲掴みにし、息がかかるレベルに、顔を近づけ、今すぐにでも殺してやろうという位、鋭い眼光をぶつける。
「今のお前に、そうやってふてくされて、自暴自棄になる資格が有ると思ってんのか?」
「……気持ちがわかるとでも言いたいんでしょうが、私は、貴女程強くもなければ、人間に愛着は無い」
「……チ、少しはしおらしく成ったかと思ったが、検討違いだったな!」
「ッ!」
ジャックは、完全に気力を無くしているリリィを殴り飛ばす。
殴られたリリィは、医務室の扉を突き破り、そのまま通路へと飛ばされた。
「おーい、その辺負傷者居るんだから、あんま騒がしくすんなよ」
そんなエーラの言葉を無視するように、ジャックはズカズカとリリィの元へ近寄る。
ジャックの気迫に押された負傷兵たちは、リリィを助けることなく、距離を取りだす。
リリィは、迫って来るジャックに、虚ろな目を向ける。
仮面なんて着けなくとも、心の支えがないリリィは、完全に諦めムードとなっている。
そんな彼女を見て、ジャックは拳を強く握る。
「どうした?来いよ、お前がやられっぱなしで終わるタマか?」
「……どうでも良いですよ、もう、どうでも、あの子が死んだら、私には何も」
「オラ、来いよアバズレ!何時もみたいにかかって来い!ガラクタ!」
「……煽っても無駄ですよ、あの子が居ない世界に、未練なんて」
散々こき使われ、やっと信頼できるマスターに仕えられたと思えば、その日々も奪われた。
当時は絶望していた、だが、動けた、そう言うプログラムがあったから。
そんなリリィでも、シルフィとの出会いが、希望に変えてくれた。
今も、これからも、ずっと、希望になってくれると思っていた。
だが、その希望は、今や風前の灯。
絶望の淵に追いやられるリリィを見て、ジャックは更に拳を強く握りしめる。
「いい加減にしやがれ、頑張れとでも言って欲しいのか?」
「……シルフィの言葉なら、いくらでも頑張りますよ」
「テメェ」
精神的に死んでいるリリィを、もう一度持ち上げたジャックは、彼女の事を睨みつける。
もはや抵抗しよう、という気力さえ感じられない。
マザーを奪還した事で、今のリリィは、完全にフリーの状態。
誰の命令にも、ノーと言える。
シルフィが目覚めなければ、何をする気も無いかもしれない。
そんなリリィに、ジャックは握りしめていた拳の力を、一気に緩める。
「……もういい、今のお前は殴る価値もない、ただの鉄くずだ」
「ッ」
そう言い捨てたジャックは、リリィを投げ飛ばす。
投げ飛ばされたリリィは、この場から去ろうとするジャックの事を睨みつける。
彼女を見ていると、沸き上がって来る黒い感情。
それが何かは、すぐに解った。
「……私は、貴女が羨ましい」
「……何がだ?」
「……貴女は、私以上に、いろんなものを失った筈なのに、こうして戦える、何故ですか?こんな、逃げ出したくても、逃げ出せない苦しみに、ずっと耐えられるなんて」
無力感、喪失感、これらに押しつぶされそうな、リリィの中に沸き上がるのは、ジャックへの妬み。
気力なんて一切出ないが、ジャックへの妬みだけは、力強く湧き出ている。
望んだ訳でもなく、いつの間にか得ていた感情。
襲い掛かる負の重みに、ジャックは何度も打ちのめされている筈。
だというのに、止まる事無く、進める。
「……そいつが人間だ、どんなに辛くても、死ぬまで生きなきゃなんないんだよ……元の世界に居た頃も、裏切られ、失ったが、全て俺の中に有る、俺の中のアイツが、生きろと、進めと、励ましてくれる」
「……もはや、呪いですね、タチの悪い」
「そんなもん、受け取り方次第だ、少なくとも、俺はコイツを呪いと思った事は無い、生きたおかげで、進んだおかげで、俺は、ここまで来れた、多くの友人が、いや、家族が出来た、むしろ祝福だな」
ジャックの言葉に、リリィは更に妬みを強める。
彼女の持つ、進める強さと勇気。
いや、無謀な賭けにも進める愚かさ。
合理性も何もない、ただの底なしのバカ。
「(何故、そうまで進める、何故、成功できる、勝ちの目を出せる、愛する人を失っておきながら)」
「じゃぁな、カルドとかいう奴が、まだ残ってんだ、そいつの首取って来る」
「ッ……クソが!」
遂に妬みに耐え切れなくなったリリィは、立ち上がり、ジャックへと殴り掛かる。
羨ましくて仕方がない。
自信満々に進めるジャックの精神、諦めようとしない、確固たる意思。
今のリリィが欠いている全てを、ジャックは持っている。
硬く握りしめた拳を、ジャックへと向ける。
「人間如きが!」
「……如き?違う、人間だからだ!!」
振り向きざまに、ジャックは針の糸を通すように、カウンターを決める。
ジャックの重く、素早い攻撃は、シルフィのパンチの比ではなかった。
守るべく鍛え、守ろうと傷ついて来た、戦士の拳。
この一撃だけは、今まで受けたどの一撃よりも、重く感じた。
おかげで、近くにいた負傷兵の方まで吹き飛んでしまう。
負傷兵全員が避けたせいで、リリィはその勢いで床に激突。
床に這いつくばるリリィは、歯を強く噛み締める。
「畜生、何で私は、生まれて来たんだよ、こんな思いするくらいなら、生まれてこなければ……」
「(アホぬかしやがって、俺からしてみれば……)」
「人間の癖に、何で、あんなに強く成れるんだよ、畜生」
何事も無かったように去るジャックの背中。
とても大きく見える。
もうここにいない隊員達だけでない、今まで殺めて来た人間達、守らなければならない人々。
それらを背負い続ける、戦士の背中。
今まで下に見て来た筈の人類が、今は、はるか上に見える。
「はは、私は、こんなに弱かったんだな」
今まで、落ち込む事は有った。
だが、今回は違う。
圧倒的な器の差に、打ちのめされた。
それによって、自分の弱さを知らしめられた。
唯一背負っていたものさえ、支えられない小さな背中。
守るために作られておきながら、何一つ守れなかった、小さく、軟弱な拳。
リリィは認めざるをえなかった、ジャックとの間に生まれた決定的な敗北。
この時、リリィの心は、完全に挫折した。
――――――
その頃、ブリッジにて。
「負傷者の収容率、八十パーセントを超えました」
「よし、引き続き、収容作業に当たれ」
「少佐、アリサシリーズはどうしますか?」
「一先ずこちらで収容しよう、ユニバーサル規格であれば、こちらの格納庫が使えるかもしれん」
負傷者の収容を進める少佐達は、せわしく働いていた。
その中で、兵器回収の任務を受けていたチナツは、停止したアリサシリーズの回収を、少佐の指示の元、回収を要請。
しかし、回収班からの無線に、首をかしげる事となる。
「あの、少佐、回収班の方々から連絡です」
「聞こう」
「えっと、コードネーム、レッドクラウンが、突然飛び出したとの事です」
「何?ラベルク、目的は解るか?」
チナツの報告に、少佐は急いでラベルクへ連絡を入れる。
だが、どういう訳か、ラベルクとの連絡が取れない。
その事に少し違和感を覚えながら、通信を行う。
「おい、ラベルク、聞こえるか?返事をしろ」
『少佐!大変です、今すぐに撤退を!アイツはまだ諦めてッ!!』
「ッ!?なんだ!?」
ようやく通じたと思えば、ラベルクからの通信は警告。
しかも、その通信を遮る様にして、大きな地震が起こる。
揺れの強さは、立っている事すらままならないレベル。
だが、地震と言うには、その揺れはあまりにも不規則で、巨大な何かが動いているような印象を受ける。
「何が起きている!この揺れは普通じゃないぞ!」
「お待ちを……これは、地中より、高熱原体接近!」
「何だと!」
『カルドです、まだ抵抗を続ける気のようです!!』
「しつこい奴だ……負傷者の収容をいそげ!兵器の回収を中断、揚陸艇の護衛につけ!ジャックにも連絡を入れろ!エーテル・ギアの補給を受けた後、再度出撃!」
チハルとラベルクの報告を受けた少佐は、顔を歪める。
カルドが、どのような兵器を使ってくるか、大体察しの付く少佐は、ジャックへ再出撃の命令を下す。
兵器の回収も中断し、これかから来るかもしれない敵に備える。
撤退をしようにも、背後から一方的に撃たれる事だけは避けたい。
「熱源、地表に到達します!」
チハルの報告と共に、地震の原因は、地面から出現する。
全長五十メートルを超える、巨大なドラゴン。
「……あれは、アース・ドラゴン、か?」
『ええ、ですが、ただの個体ではありません、ほぼ全身をサイボーグ化させた、強化個体です』
ラベルクの報告を受けた少佐は、息をのんだ。
今回ばかりは、ジャックだけでどうなるか解らない相手である。




