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エルフとガイノイドの百合劇場  作者: B・T
ナーシサス編
188/343

その幸せを教えてくれた 前編

本日もう一本投稿します

 収容されたシルフィは、すぐに医務室へと運ばれた。

 かなりの重体であったので、すぐに集中治療用のベッドへ寝かせた。

 生命維持装置と、ラベルクのドライヴを取り付け、何とか生きながらえたが、危険な状態に変わりは無い。


「そんで、容態は?」

「私の専門は医療じゃないんだが」

「しかたねぇだろ、他にメディックが居ねぇんだから」

「たく」


 医師免許を持っているとはいえ、それはあくまで、生物学を学ぶついでに取った物。

 できても、せいぜい内科治療位な物。

 とは言え、他にメディックが居ない事も事実、仕方なく、シルフィの診察を開始。

 ベッドに取り付けられているコンソールに、目を通す。

 その横で、リリィはこの世の終わりでも来たような目をしながら、シルフィの手を握っていた。


「……シルフィ」

「まだ死んだわけじゃねぇんだ、そう気を落とすな」


 完全に生きる希望さえ、失っている状態のリリィの背中を叩いたジャックは、なぐさめを入れる。

 だが、そんな言葉だけでは、リリィの気持ちは晴れない。

 何しろ、リリィを助けるという名目で戦った結果、こうなってしまったのだから。

 そんなリリィに、追い打ちをかけるように、エーラは診断結果を叩き出す。


「そうも言ってらんないな、悪鬼羅刹とオーバー・ドライヴの併用で、身体はもうガタガタ、エーテルの方もカスカス、ラベルクのドライヴを使ってなかったら、死んでたかもな……やっぱ、リミッター外すのはやりすぎだったか?」

「お前らしくもない心配は止めろ、で、治せんのか?」

「今は無理だ、それに、治しても何らかの後遺症が出るだろうな」

「……」


 エーラのセリフを聞いたリリィは、一気に目を見開いた。

 彼女の言っていた事が本当であれば、ストレリアのリミッターは外されている状態。

 考えてもみれば、リミッターが外れた状態でなければ、シルフィがあの短時間で、これだけ衰弱する訳がない。


「どうして、どうしてそんな事をしたんですか!」

「ちょ!」

「おい、リリィ」


 苦労して入れた筈のリミッターを外した。

 そんな危険な事をしたエーラに、リリィは食い掛る。

 元々危険な実験を嬉々として、行っている彼女であるが、良心だけは健在だと信じていたが、違った。

 そんな事を思いながら、リリィはエーラ襟をつかむ。


「あの子は、悪鬼羅刹を満足に使えるような練度じゃなかった、なのに、貴女は」

「それはコイツ自身の意思でもあった、それだけの危険を冒してでもコイツは、お前を助けようとしていた」

「でも、こんな、こんな結果、あんまりですよ!」


 エーラの襟から手を離したリリィは、医務室の床に手を付き、しゃがみ込む。

 命令でシルフィと別れる事に成り、彼女とは決別したつもりでいた。

 それでも、シルフィは来てくれた。

 だが、その代償はあまりにも大きく、シルフィは生と死のはざまに追いやられた。

 しかも、今の彼女を救い出す力は、リリィに無い。


「何で、何でこんな事に……畜生!!」


 悔しさのあまり、リリィは床が陥没する力で殴りつける。

 涙を流せるのであれば、今頃顔はびしょぬれになっていた位、リリィは嘆く。

 だが、こんな事をした所で、時は戻らない。

 今の事は、何も変わりはしない。

 現実と言う無情な存在に、リリィは耐えられなくなる。


「畜生、畜生……こんな事なら、いっそ、助からなければ、生まれてこなければ」

「……おい」

「なんで、ッ!」


 だが、そんな彼女の姿を見ても、ジャックは同情をしなかった。

 それどころか、しゃがみ込んでいるリリィを掴み上げる。

 首元を鷲掴みにし、息がかかるレベルに、顔を近づけ、今すぐにでも殺してやろうという位、鋭い眼光をぶつける。


「今のお前に、そうやってふてくされて、自暴自棄になる資格が有ると思ってんのか?」

「……気持ちがわかるとでも言いたいんでしょうが、私は、貴女程強くもなければ、人間に愛着は無い」

「……チ、少しはしおらしく成ったかと思ったが、検討違いだったな!」

「ッ!」


 ジャックは、完全に気力を無くしているリリィを殴り飛ばす。

 殴られたリリィは、医務室の扉を突き破り、そのまま通路へと飛ばされた。


「おーい、その辺負傷者居るんだから、あんま騒がしくすんなよ」


 そんなエーラの言葉を無視するように、ジャックはズカズカとリリィの元へ近寄る。

 ジャックの気迫に押された負傷兵たちは、リリィを助けることなく、距離を取りだす。

 リリィは、迫って来るジャックに、虚ろな目を向ける。

 仮面なんて着けなくとも、心の支えがないリリィは、完全に諦めムードとなっている。

 そんな彼女を見て、ジャックは拳を強く握る。


「どうした?来いよ、お前がやられっぱなしで終わるタマか?」

「……どうでも良いですよ、もう、どうでも、あの子が死んだら、私には何も」

「オラ、来いよアバズレ!何時もみたいにかかって来い!ガラクタ!」

「……煽っても無駄ですよ、あの子が居ない世界に、未練なんて」


 散々こき使われ、やっと信頼できるマスターに仕えられたと思えば、その日々も奪われた。

 当時は絶望していた、だが、動けた、そう言うプログラムがあったから。

 そんなリリィでも、シルフィとの出会いが、希望に変えてくれた。

 今も、これからも、ずっと、希望になってくれると思っていた。

 だが、その希望は、今や風前の灯。

 絶望の淵に追いやられるリリィを見て、ジャックは更に拳を強く握りしめる。


「いい加減にしやがれ、頑張れとでも言って欲しいのか?」

「……シルフィの言葉なら、いくらでも頑張りますよ」

「テメェ」


 精神的に死んでいるリリィを、もう一度持ち上げたジャックは、彼女の事を睨みつける。

 もはや抵抗しよう、という気力さえ感じられない。

 マザーを奪還した事で、今のリリィは、完全にフリーの状態。

 誰の命令にも、ノーと言える。

 シルフィが目覚めなければ、何をする気も無いかもしれない。

 そんなリリィに、ジャックは握りしめていた拳の力を、一気に緩める。


「……もういい、今のお前は殴る価値もない、ただの鉄くずだ」

「ッ」


 そう言い捨てたジャックは、リリィを投げ飛ばす。

 投げ飛ばされたリリィは、この場から去ろうとするジャックの事を睨みつける。

 彼女を見ていると、沸き上がって来る黒い感情。

 それが何かは、すぐに解った。


「……私は、貴女が羨ましい」

「……何がだ?」

「……貴女は、私以上に、いろんなものを失った筈なのに、こうして戦える、何故ですか?こんな、逃げ出したくても、逃げ出せない苦しみに、ずっと耐えられるなんて」


 無力感、喪失感、これらに押しつぶされそうな、リリィの中に沸き上がるのは、ジャックへの妬み。

 気力なんて一切出ないが、ジャックへの妬みだけは、力強く湧き出ている。

 望んだ訳でもなく、いつの間にか得ていた感情。

 襲い掛かる負の重みに、ジャックは何度も打ちのめされている筈。

 だというのに、止まる事無く、進める。


「……そいつが人間だ、どんなに辛くても、死ぬまで生きなきゃなんないんだよ……元の世界に居た頃も、裏切られ、失ったが、全て俺の中に有る、俺の中のアイツが、生きろと、進めと、励ましてくれる」

「……もはや、呪いですね、タチの悪い」

「そんなもん、受け取り方次第だ、少なくとも、俺はコイツを呪いと思った事は無い、生きたおかげで、進んだおかげで、俺は、ここまで来れた、多くの友人が、いや、家族が出来た、むしろ祝福だな」


 ジャックの言葉に、リリィは更に妬みを強める。

 彼女の持つ、進める強さと勇気。

 いや、無謀な賭けにも進める愚かさ。

 合理性も何もない、ただの底なしのバカ。


「(何故、そうまで進める、何故、成功できる、勝ちの目を出せる、愛する人を失っておきながら)」

「じゃぁな、カルドとかいう奴が、まだ残ってんだ、そいつの首取って来る」

「ッ……クソが!」


 遂に妬みに耐え切れなくなったリリィは、立ち上がり、ジャックへと殴り掛かる。

 羨ましくて仕方がない。

 自信満々に進めるジャックの精神、諦めようとしない、確固たる意思。

 今のリリィが欠いている全てを、ジャックは持っている。

 硬く握りしめた拳を、ジャックへと向ける。


「人間如きが!」

「……如き?違う、人間だからだ!!」


 振り向きざまに、ジャックは針の糸を通すように、カウンターを決める。

 ジャックの重く、素早い攻撃は、シルフィのパンチの比ではなかった。

 守るべく鍛え、守ろうと傷ついて来た、戦士の拳。

 この一撃だけは、今まで受けたどの一撃よりも、重く感じた。

 おかげで、近くにいた負傷兵の方まで吹き飛んでしまう。

 負傷兵全員が避けたせいで、リリィはその勢いで床に激突。

 床に這いつくばるリリィは、歯を強く噛み締める。


「畜生、何で私は、生まれて来たんだよ、こんな思いするくらいなら、生まれてこなければ……」

「(アホぬかしやがって、俺からしてみれば……)」

「人間の癖に、何で、あんなに強く成れるんだよ、畜生」


 何事も無かったように去るジャックの背中。

 とても大きく見える。

 もうここにいない隊員達だけでない、今まで殺めて来た人間達、守らなければならない人々。

 それらを背負い続ける、戦士の背中。

 今まで下に見て来た筈の人類が、今は、はるか上に見える。


「はは、私は、こんなに弱かったんだな」


 今まで、落ち込む事は有った。

 だが、今回は違う。

 圧倒的な器の差に、打ちのめされた。

 それによって、自分の弱さを知らしめられた。

 唯一背負っていたものさえ、支えられない小さな背中。

 守るために作られておきながら、何一つ守れなかった、小さく、軟弱な拳。

 リリィは認めざるをえなかった、ジャックとの間に生まれた決定的な敗北。

 この時、リリィの心は、完全に挫折した。


 ――――――


 その頃、ブリッジにて。


「負傷者の収容率、八十パーセントを超えました」

「よし、引き続き、収容作業に当たれ」

「少佐、アリサシリーズはどうしますか?」

「一先ずこちらで収容しよう、ユニバーサル規格であれば、こちらの格納庫が使えるかもしれん」


 負傷者の収容を進める少佐達は、せわしく働いていた。

 その中で、兵器回収の任務を受けていたチナツは、停止したアリサシリーズの回収を、少佐の指示の元、回収を要請。

 しかし、回収班からの無線に、首をかしげる事となる。


「あの、少佐、回収班の方々から連絡です」

「聞こう」

「えっと、コードネーム、レッドクラウンが、突然飛び出したとの事です」

「何?ラベルク、目的は解るか?」


 チナツの報告に、少佐は急いでラベルクへ連絡を入れる。

 だが、どういう訳か、ラベルクとの連絡が取れない。

 その事に少し違和感を覚えながら、通信を行う。


「おい、ラベルク、聞こえるか?返事をしろ」

『少佐!大変です、今すぐに撤退を!アイツはまだ諦めてッ!!』

「ッ!?なんだ!?」


 ようやく通じたと思えば、ラベルクからの通信は警告。

 しかも、その通信を遮る様にして、大きな地震が起こる。

 揺れの強さは、立っている事すらままならないレベル。

 だが、地震と言うには、その揺れはあまりにも不規則で、巨大な何かが動いているような印象を受ける。


「何が起きている!この揺れは普通じゃないぞ!」

「お待ちを……これは、地中より、高熱原体接近!」

「何だと!」

『カルドです、まだ抵抗を続ける気のようです!!』

「しつこい奴だ……負傷者の収容をいそげ!兵器の回収を中断、揚陸艇の護衛につけ!ジャックにも連絡を入れろ!エーテル・ギアの補給を受けた後、再度出撃!」


 チハルとラベルクの報告を受けた少佐は、顔を歪める。

 カルドが、どのような兵器を使ってくるか、大体察しの付く少佐は、ジャックへ再出撃の命令を下す。

 兵器の回収も中断し、これかから来るかもしれない敵に備える。

 撤退をしようにも、背後から一方的に撃たれる事だけは避けたい。


「熱源、地表に到達します!」


 チハルの報告と共に、地震の原因は、地面から出現する。

 全長五十メートルを超える、巨大なドラゴン。


「……あれは、アース・ドラゴン、か?」

『ええ、ですが、ただの個体ではありません、ほぼ全身をサイボーグ化させた、強化個体です』


 ラベルクの報告を受けた少佐は、息をのんだ。

 今回ばかりは、ジャックだけでどうなるか解らない相手である。


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