愛し合う事 後編
復活したジャックは、あまりにも苛烈な、二人の戦いに巻き込まれてしまった。
おかげで、飛んできた魔物や、兵器の残骸やらの下敷きとなっていた。
「ブハっ!ウエ、あいつ等、暴れん坊将軍にも程があんだろ」
残骸共をかき分け、外に出る。
血やら金属片やらを吐き出し、辺りを見渡し、音を拾い上げる。
戦闘の音はすっかり止んでおり、自然の環境音のみが拾えた。
耳が敏感とはいえ、視界外の情報を完全に拾える訳ではない。
わかっている事は三つ。
リリィとシルフィがいつの間にかガチの殺し合いに発展していた事。
それに巻き込まれないように、前線で戦っていた部隊は後方へ退避した事。
後は、二人が上空でディープなキスをしている事だ。
「いや、戦場で何してんだあの二人……」
お楽しみの所、マジで申し訳ないが、冷静に考えると、色々あれだったので、止めに行こうとするジャックの目に、二人の光景が映り込む。
視力の方は、常人よりちょっと良い位だが、リリィの方は無駄に嬉しそうにしている。
シルフィの方は、かなり出し切った感が強く成っている。
しかし、最も目を引くのは、その二人を包む空間。
蒼みの混ざった白銀、と言ったような色の光を放っている。
「コイツは、エーテル……」
反響している音からして、光の範囲は、この戦場全域を包み込んでいる。
とは言え、状況が呑み込めない事に変わりは無い。
ただ一つわかる事はある。
「……暖かい、何時以来だ?こんな気持ちになるのは」
生乾きとなったジャックの心。
その心が、この光のおかげで、温かい気持ちとなる。
表面だけではない、心の底から、温かく思える。
「……でも、何だ?この感じは……」
心の温かさの奥の方に、ジャックは何かを感じた。
今まで何度か感じた事はあるが、今ははっきりと感じる。
どんな感情なのか察したジャックは、胸に手を当てる。
「そうか、俺は……まぁいい、お前たちは、良い関係になったな、俺は無理だった」
――――――
シルフィとのキスを終え、なんとも言えない気分に成っていた。
傷だらけとなったシルフィの身体を、力強く抱きしめ、成長を称える。
「(シルフィ、私の知らない所で、こんなに強く)」
シルフィの事を抱きしめながら、先ほどの戦いを思い出す。
雑だった剣は、見違える程上手く成っていた。
達人レベル、と言う程ではないが、それでもかなり成長している。
しかも、シャボン玉程度の勢いしかなかった魔法も、実用に足る物に成っていた。
嬉しい反面、どこか寂しさも有る。
「本当に、強く、なりましたね」
「うん、本当に、頑張った、から」
「え、ちょ、シルフィ?」
称賛しているさなか、抱き着いているシルフィの力が、突然無くなる。
今までそれほど感じていなかったシルフィの重みが、一気に襲い掛かって来た。
代わりに、更に密着した事によって、彼女のスキャンも容易になり、リリィは目を見開く。
脈拍もかなり弱くなっており、今にも死んでしまいそうな状態だ。
「シルフィ?シルフィ!?」
「ゴメン、ちょっと、無理、しすぎた」
「そんな、また」
彼女の弱弱しい声が、危険である事を物語っている。
今すぐにでも、処置をしなければ危ない。
しかし、基地内の医療設備の方は、この三か月以上、一切メンテナンスをしていない。
人間達を兵器用に改造して以来、使う人が居なかったのだから、仕方ないと言えば、仕方ない。
使えない事は無いだろうが、三か月分のホコリが被っているうえに、蜘蛛の巣まで張っている。
なので、今は不衛生極まりない。
「シルフィ……如何したら」
「おい、落ち着け」
「いや、落ち着いている暇は!」
「ウチの方来い」
「……良いんですか?」
思考が滅茶苦茶に成っているリリィに、手を差し伸べたのはジャック。
彼女の出してくれた提案を聞くと、リリィの顔に笑顔が戻る。
次のセリフを聞くまでは。
「ああ、今なら、エーラもいるし」
「……」
彼女の事も、重々承知しているからこそ、リリィの顔から笑みが消えてしまう。
今のシルフィを見たら、改造人間にでもされるのではないか、という不安が、どうにもぬぐえない。
一応医師免許は持っているのだが、彼女に治療させる位なら、いっそ無免許の素人に見せた方がマシかもしれない。
「あ、いや、心配すんのも解るけど、アイツ、だいぶ、丸くなったから、うん、大丈夫」
「目バタフライさせながら言うの、やめてもらって良いですか?」
「大丈夫だから!ていうか、早く連れて行くぞ!なんか口から血ぃ混じった泡出てるし!!」
「わああああ!!」
リリィは、その絶叫と共に、大急ぎでエーラの乗る揚陸艇まで、全力でスラスターを吹かした。
――――――
リリィとシルフィがキスする直前の事。
揚陸艇付近は、緊迫した空気が流れていた。
「抑え込め!もう後がないぞ!」
葵達の増援を受けても、状況は焼石に水。
しかも、シルフィとリリィの戦いのせいで、余計に陣形は崩れていた。
前衛の部隊が帰って来たことはいいのだが、おかげで、アキレア数十機まで流れ込んできた。
ドレイク、ネロ、ウィルソンらも、後方へ戻って来たとはいえ、十分とは言えない。
「部隊の損失、三十パーセントを超えました!」
「クソ、もう少し持ちこたえてくれ」
チナツの報告に、少佐は苦虫を食い潰したような表情を浮かべる。
もう少しすれば、ジャックも奥へ進める筈。
しかし、これ以上持たせる事は難しい。
何とかして、対抗策を導き出そうとした時だった。
「……何だ?」
違和感を覚えた少佐は、モニターに目を通す。
映されているアキレア達の動きは、完全に止まっており、攻撃を止めている。
それだけではない、魔物達の動きまで止まっていた。
しかも、揚陸艇のシステムの一部はダウンしてしまった。
「何が起きている!?」
「解りません、揚陸艇のシステムが一部ダウンしました」
「部隊との通信も途絶……すぐに普及させます」
チハル達がせわしく動いていると、ダウンしていたモニターが回復。
映り込んだのは、破壊されたと思われていたラベルクの姿。
亡霊のように現れた彼女の姿に、少佐は思わず息を飲んだ。
「ラベルク、破壊された筈!」
『はい、ですが先ずは御報告を』
「……聞こう」
『我、マザーの奪還に成功、繰り返します、マザーの奪還に成功、我々の、勝利です』
「……そうか、よくやった」
ラベルクの報告を受け、揚陸艇内は歓喜のムードに包まれる。
しかも、この放送は、外の部隊らにも流れていたようで、回復したモニターに、喜びを上げる面々が映し出された。
脱いだヘルメットや、銃を掲げ、勝利を祝っている。
だが、司令官としては、他にも色々と命令を出さなければ成らない。
「……手の空いている医療班を手配しろ、負傷者に手当てを」
「は、はい!」
「こちら司令部、周辺の揚陸艇へ通達、負傷者を収容し、ただちに手当てを!」
他にも、様々な指示を下していくと、少佐の無線に、聞き覚えのある声が響く。
『あー、悪い、少佐、エーラのやつ、手ぇ空いてるか?シルフィが重体だ』
「ジャック、無事だったか」
『ああ、今娘二人と、そっち向かってる、リリィも一緒だが、手ぇ出すなよ』
「解った、伝えておく」
ジャックの報告を受けた少佐は、周辺の部隊へ、リリィを通すように通達。
その数分後、三人を収容した。
――――――
その頃。
カルドは混乱を極めていた、
リリィとの闘いで見せた、シルフィの謎の能力。
明らかに、リリィの攻撃は命中するコースだった。
だというのに、攻撃は命中しなかった。
しかも、その現象は何も観測できなかったのだ。
「どういう事だ、何なんだ?あの娘は」
解析しようにも、何が起きたのかさえ不明なのだ。
モニター上では、確かにシルフィに攻撃は当たっていた。
迷いに迷うカルドであったが、更に不明慮な事が起こる。
「ッ!何だ!?」
突如、マザーはカルドのアクセスを拒否。
次々と権限をはく奪され、遂に何のアクセスさえ受け付けなくなった。
「バカな、マザーが僕を拒否した?」
「やっと戻れましたよ」
「貴様は!」
混乱するカルドの耳に、ラベルクの声が入り込む。
つい先ほど、カルミアの手で破壊された筈の声。
彼女の声がした方を見ると、そこにはラベルクのホログラムが映しだされていた。
「何故、君が」
「何故も何も、元よりこういった計画でした」
「計画?」
「ええ、貴方のような方が現れた時の、非常手段です」
ホログラムのラベルクは、微笑みながらその手を差し出す。
差し出された手からは、ラベルクに内蔵されていた、エーテル・ドライヴが映し出される。
「私のデータは、私のエーテル・ドライヴに保存されます、このドライヴが、リリィのドライヴと干渉した際に、マザーのバックドアは開かれ、そして、転送された私の意識をマザーが取り込む事によって、貴方の欲しがっていた、レベル7へのアクセスが行えるようになるのですよ」
「チ」
なんとも嫌味な笑みを浮かべるラベルクは、今の状況を説明した。
全て順調に進んでいたと思えば、全てはラベルクの手の上だったのだ。
その事実を知った途端、カルドは歯を食いしばる。
謎の少女のシルフィ、ヒューリーの一番のお気に入りであるラベルク。
彼女らに、全てを台無しにされたのだから。
「諦めてください、貴方の手ごま達も、私の妹達も、全て開放されました、貴方の負けです」
「そうか、では、僕たちも、奥の手を使わせてもらうよ」
「奥の手?」
「この状況を想定しない程、僕は愚かじゃない」
――――――
「……終わった、か」
あれからずっと、レッドクラウンの中で、ふさぎ込んでいたカルミアは、戦いの終結を感じていた。
何となくだが解る、マザーがラベルクの手によって、完全に掌握された。
こうなれば、全ての制御をマザーで行っていた魔物達は停止、アキレア達も、恐らく機能を止めている。
「結局、アタシって、何のために生まれたのかな?」
沸き上がる惨めな気持ちに、カルミアは体を丸くする。
泣く事が出来る機能が有ったのなら、顔は今頃、色々と滅茶苦茶な事に成っていたかもしれない。
だが、出来る事と言えば、ただ顔をしかめるだけ、本当に泣く事はできない。
『カルミア』
「……うるさい、今は、話しかけんな」
『はいはい』
いっそ電源切ってやろうかと思いながら、カルミアは彼女とのリンクを拒む。
あれから、ベラベラと昔の事を話してくる。
その事を鬱陶しく思いながらも、懐かしい気分になる。
経緯はどうあれ、彼女と友人であった事に変わりは無い。
今更、馴れ馴れしくもできず、かといって、もう下手に無下にできない。
全て無駄なのだ。
自分の掲げた正義も、今まで信じてきた行動も。
「笑えるよね、必死にやって来た事全部、無駄だったんだから」
全て無駄だと考えた途端、何もかもがどうでも良くなってくる。
カルドにそそのかされ、アリサシリーズの義体を手に入れた。
その後、研究を凍結され、暗い倉庫の中に押し込められていた、開発段階のレッドクラウンを回収。
その後で、この世界へと移動した。
そこからは、この戦争の為に、色々と動いて来た。
こうなるまで募らせた憎悪を晴らす為と思っていた行動は、全て勘違いから生まれた感情だった。
そう考えただけで、なんともやるせなくなる。
「……ん?緊急、シークエンス?」
落ち込んでいると、レッドクラウンのディスプレイに、見覚えの無い文字が浮かび上がっていた。
こんなシステムは、組み込んだ覚えがない。
それに、今のレッドクラウンとカルミアは、中途半端にしか繋がっていない。
手足を装着しなければ、何らかの機能が動く事は無いのだ。
『カルミア!すぐに接続を解除して!』
「何だよ!」
『外部k……はっき……』
「おい!何が起こってッ!!?」
彼女とのリンクは完全に断たれた瞬間、カルミアのシステムに、何者かが介入してくる。
マザーではなく、別の何かに制御を奪われている。
身体機能は奪われ、無理矢理手足を接続された。
「止めろ、アタシは、もう……止めろ、クソ野郎があああ!」
レッドクラウンの制御さえ掌握され、カルミアの意思に反した動きをして、どこかへ向かう。
映し出される外部の様子に、カルミアは目を見開く。
向かった先は、カルドが虎の子として残していた、最後の兵器。
その一部へと、レッドクラウンもろとも取り込まれてしまう。




