愛し合う事 前編
藤子の作り出した氷の龍は、地上と空中の魔物だけでなく、アキレアさえも蹴散らし、シルフィを運んだ。
しかし、その形状を維持するための魔力は途中で無くなり、龍は溶けて無くなってしまう。
龍の頭部に乗っていたシルフィは、足場の消滅と共に、慣性に従って落下。
地面を転がり、受け身を取ってすぐ、リリィの元へとかける。
「リリィ、やっと見つけた!」
全力で走り、ジャックと戦うリリィの元へと急ぐ。
今のジャックは、どう見ても本気ではない。
恐らく、リリィを破壊しない様に加減している。
だというのに、二人の戦いは、基地の時以上に激しいものと成っており、入る隙を見つける事も難しい。
刀の使い方をマスターしてない状態であったら、また傍観する事に成っていたかもしれない。
だが、ジャックが押されている事に変わりは無い。
「(急げ、急げ!このままだと、ジャックが!)」
むろん、この程度の斬り合いで死ぬような人であれば、もう何度も殺せている。
それでも、ジャックは、数少ない肉親。
そして、リリィの友人のようなもの。
ならば、彼女の手で、致命傷を負わすような事はさせたくない。
「(まずい、ジャックが!)」
しかし、必死の疾走も虚しく、ジャックはリリィに負けた。
首を斬られ、身体を裂かれ、そして、転がり落ちたジャックの頭を、リリィは踏みつけた。
ジャックを踏みつける姿を見たシルフィは、強く歯を食いしばる。
今は無性に、リリィの事を殴りたくなった。
いや、厳密に言えば、殴る事は既に決まっていた。
それは平手打ち等のような、軽いものを予定していたが、今は、グーで行きたい気分だ。
「リリィィ!!」
「シルフ」
「この、大馬鹿野郎が!!」
彼女の名を叫びながら、シルフィは顔面に一発いれた。
おかげで、殴った手の骨にヒビが入った。
本来、リリィの顔を殴るなんて、悪手もいい所。
内部の機器にダメージを与える為であれば、まだ良いが、単純な物理攻撃は、ほとんど意味はない。
それでも、今は殴らずにいられなかった。
「痛った~、分かってけど、やっぱ……止めとけばよかったかな?」
再生させる事で、ある程度痛みを抑えられるが、それでも痛いものは痛い。
拳をさすり、気休めを行うシルフィは、リリィの方を向く。
反作用の影響を受けるシルフィに対して、殴られたリリィは、ノーダメージ。
かなり勢いをつけて殴ったので、地面を削りながら吹き飛んだが、何事も無かったように立ち上がっている。
「やっぱり、リリィに打撃は悪手すぎるね」
「……やれやれ、元恋人に再開して早々、顔にグーとは、随分乱暴に成りましたね」
「元恋人、ね……」
立ち上がったリリィは、呆れたような物言いで、セリフを吐き捨てる。
彼女の言動にシルフィは、顔に青筋を浮かべながら、ガーベラに手をかける。
今のリリィを見ていると、どうにも腹の虫が喚き散らしてしまう。
先ほど殴ったせいで、少しひび割れているダサい仮面。
彼女の手に握られている、黒い刀。
この二つを見て、シルフィはガーベラの鞘を、力強く握りしめる。
「恋人云々の話は置いておくけど、何そのダサい仮面」
「心外ですね、これでも頑張ってデザインしたんですよ」
「ふ~ん……それに、その刀、折角一緒に、この子作ったのに、誰とこさえたの?」
「やれやれ、気が早い等と言っておきながら、意外とその気だったんですね」
「まぁね、ちょっとそんな気は有ったよ、変態ポンコツアンドロイド」
「チッ」
最後の悪口を言った時、リリィが少し舌打ちをしたのを、シルフィは聞き逃さなかった。
加えて、リリィの着けている仮面から、少し欠片が落ちる。
その影響なのか、まっすぐだったリリィの口角が少し下がる。
「変態は別に構いませんが、誰がポンコツですか、貧乳エルフ」
「ッ、あ~ゴメン、ポンコツじゃなくて、ガラクタの方が良かった?料理もできない自称高性能アンドロイドさん」
返されたリリィの悪口に、シルフィは更に青筋を作り出し、やたら怖い笑みを浮かべる。
リリィも、煽り返された影響なのか、口元が少しピクピク動く。
「……」
「……」
無言。
二人は無言のまま近寄る。
その際、リリィは刀を鞘へ納め、シルフィも指をボキボキと鳴らす。
お互いの間合いに入り込んだ二人は、顔を押し付け合う。
「あの、再開早々あれですけど、随分口達者に成りましたね、コミュ障エルフさん」
「そっちこそ、淡白な受け答えばっかりだったくせに」
「そうですか、淡白ですか、まぁ、貴女のやかましいツッコミよりはマシだと思いますけど」
「やかましい?救助と称して丸太ぶん投げて来る非常識女に言われたくないんだけど」
顔を押し付け合っていると、シルフィは何かカチン、と言う音が頭の中に響く。
同時に、リリィの付けている仮面は、更に欠ける。
その破片が落ちた音が合図となり、二人の喧嘩は、取っ組み合いへと発展した。
「随分上から目線ですね!誰のおかげで今まで生きてこれたと思ってんだ!?この世間知らずが!」
「そっちこそ!何回助けてあげたと思ってんの!?小ボスまでしか倒せてないくせに!」
ホホをつねったり、髪を引っ張ったり、子供の喧嘩のような物だったり。
馬乗りになって一方的に殴ったり、上下反転させた後で、地面に頭を叩きつけたり。
とにかく、殴り合いと言うよりは、ただの子供の喧嘩が続く。
「倒せてます!中ボス程度なら、私一人でも倒せてます!」
「何時からそんな記憶狭くなったの!?魔物以外だと、アンタ負けてばっかじゃん!一人でやれたのって、あの、えっと……あのエルフだけじゃん!」
「人の名前も覚えられない奴がぬかすな!そもそも、アラクネさんとの闘いでは、普通に勝ちましたよ!」
「でもジャック辺りになると、私居ない時アンタ負けてばっかじゃん!ウルフスさんの時だって、オーバー・ドライヴが無かったら負けてたでしょ!?」
「何ですって!?」
「だって事実でしょ!」
喧嘩している内に、リリィの着けていた仮面は徐々に崩れ落ちていく。
それに伴い、リリィの秘めていた感情も、表へと出ていた。
普通であれば、シルフィとの再会に喜ぶ状況であったが、言い合いのせいで、嬉しさは半減。
いや、半減どころか、怒りが勝っているせいで、かなり薄れてしまっていた。
昔の出来事を思い出し、今とは完全に無関係な話題まで出てきており、二人の喧嘩は、収まるどころか、更に燃焼してしまう。
それこそ、ジャックと一緒に考えたグチを忘れてしまう程に。
「この、変態アンドロイド!」
「うるさいんですよ!ムッツリスケベエルフ!こんな所まで追ってきて!」
シルフィの口から発せられる暴言に、リリィは余計腹を立てる。
再開の為とはいえ、勝手にこんな所に来ておいて、こんな子供じみた事をしている。
とても、連れ戻しに来たようには思えない。
それどころか、やっと会えた、の一言も無い。
でも、リリィの本音は違う。
「(もう会わないつもりでいた、会いたくなかった、なのに、何で貴女は)」
何故来てしまったのか。
その疑問が、リリィの頭を支配し始める。
シルフィやジャックにとって、戦場は亡者の苦しみが巣くう地獄。
そんな所に身を投じておいて、シルフィが来る意味が解らなかった。
ただ解らず、リリィはシルフィに馬乗りになり、首をしめる。
シルフィを殺したく無くとも、システムは彼女の抹殺を遂行させようとする。
「何故来たんですか!?貴女が来たら、私は貴女を殺さなければ成らない!そんな事したくない、なのに、貴女が来た理由は、こんなくだらない喧嘩ですか!?」
「あ、グ……そんな訳、無いでしょ!」
「(ッ!?この力)」
怒りに任せる様に、シルフィはリリィの両手を首から引きはがす。
義体の出力も向上している筈だというのに、今のシルフィには完全に力で負けている。
そんな事に驚いている間も無く、今度はシルフィにマウントを取られてしまう。
「ッ!(そんな、私が、シルフィに!?)」
「こんな所に来た理由?そんなの、リリィのせいでしょ!!」
「私が?」
「リリィが私の前に現れたから!リリィを助けて、里を逃げ出して!ジャックなんて化け物と戦う事に成って……リリィのせいで、リリィのせいで……」
「……貴女が選んだ道です、私が攻められる筋合いは……ッ!」
リリィの腹部に、拳を打ち続けるシルフィは、一緒に不満も言い出す。
でも、リリィがシルフィの事を押し返そうとした時、一滴の涙が、リリィの胸に落ちた事で、怒りの火が消える。
すすり泣くシルフィは、リリィの胸に顔を押し付ける。
「良かった」
「え?」
「良かったって……言ってんの!!」
「ッ!!?」
その叫びと共に、シルフィはリリィの仮面に向けて頭突きを放つ。
シルフィの額は、リリィの仮面に衝突し、仮面と頭蓋骨から変な音が響く。
額から血を、目から涙を流しながら、シルフィは顔を上げ、リリィと目を合わせる。
「貴女に会えて、里を抜け出して良かった、友達も沢山できて、お母さんに会えて、恋人だって、できた、本当に、嬉しかった」
「……シル、フィ」
「だから、一方的にフッたのが気に食わなかった、だから、顔見せついでに、殴りたかった、でもね、嫌いだって思う事は無かった、そうでもないと」
血と涙をぬぐい取ったシルフィは、割れたリリィの仮面の半分を払い、その素顔を拝む。
仮面が割れたせいか、その目には感情がこもっていた。
半分しか見えてなくとも、リリィのアホ面ははっきりと見える。
懐かしくいその顔に、シルフィは口元を緩める。
「そうでもないと、そんなアホ面、もう一度見に来ないよ」
「……もう、あんまり、見ないでくださいよ、恥ずかしい」
「そう言われると、もっと見たくなるな~……折角だし」
「え、ちょ、シルフィ!?」
シルフィの発言で、リリィは顔をそらすが、その新鮮な反応に、シルフィは思いだした。
リリィは意外と防御が薄いので、攻められるのに弱い。
なので、シルフィはリリィの顔面を両手で抑え、無理矢理顔を合わせ、距離を縮めだす。
明らかにキスをしようとしてくるシルフィを見て、リリィは必至に抑え込む。
「ちょ、何すんのさ!」
「こっちのセリフです!何しようとしてるんですか!?」
「そっちが言ったんじゃん!付き合う覚悟が出来たらキスしろって!今更なに怖気づいてんの!」
「もっとロマンチックなシチュエーション想像してたんです!夕日の海で、お互いの名前呼びながらキスとか!そんな奴!」
「所かまわずイチャコラしてきた奴がシチュにこだわんな!!」
拒絶するリリィへと、シルフィは強引なキスを止めようとはしない。
割と、初めて会った時の事を思い出した際、やめて欲しいと言ったのに、容赦なく耳をしゃぶられた恨みも有ったりする
しかし、それ以前に、もうこのままキスをしてしまいたい、という個人的な欲求が強い。
こう着状態となる二人だったが、その途中で、リリィの様子が変わる。
「グッ!?」
「え、リリィ?ッ!!」
急に苦しみだしたリリィは、突如シルフィの鼻へ向けて、ヘッドバットを決める。
その衝撃で、吹き飛んだシルフィは、すぐに受け身を取り、鼻を抑えながらリリィを睨みつける。
「……リリィ」
「……」
「……そっか、そう言う事」
のっそりと立ち上がったリリィは、一言も発する事無く、腰の物を抜刀。
構えを取り、虚ろな殺意を向けて来る。
明らかに、外部から操られている。
今のリリィの状態をさっしたシルフィも、ガーベラを引き抜き、リリィへと向けた。
「……ジャックがやろうとしたように、私も、今度こそ、私が、リリィを助ける!!」




