一緒に居られる事 後編
シルフィがカルミアの説得を試みている頃。
ジャックは、複数のドローンを操作しながら、戦場を駆け巡り、当たりを引き当てた。
「ヤレヤレ、ギャンブルは負け続きだってのに、こういう時はジャックポットが出ちまうんだよな」
「運が悪いのか、良いのか、分かりませんね」
基本的にくじ運の無いジャックであるが、今回ばかりは当たりくじを引いたようだ。
とは言え、これも有る意味宿命なのかもしれない。
妙な運命を感じながら、ジャックはリリィの様子に、ため息をつく。
蒼いカラーリングではなく、全体的に黒い色となったリリィ。
なんとも厨二全開な姿だと考えながら、ジャックは煙草をくわえる。
「ま、悪いが、まだデートはお預けだ、アイツもアイツで、色々と事情が有る」
「事情、ですか、今更彼女が何をしようと……それに、会った所で、切り捨てるだけです」
「おいおい、それマジで言ってんのか?三か月程度会ってないだけで、ずいぶんつまらねぇ女になったな」
火を付けた煙草を吹かすジャックは、今のリリィを見て幻滅する。
ただでさえ、ダサい仮面を付けたと思えば、感情まで消している。
今のリリィと、前のリリィ、どちらが好きかと言うのなら、圧倒的に後者だ。
面白くも無い、ただの人形になってしまっている。
「前のお前は、もう少し可愛げがあった、娘にしても、十分良いと思える位にな」
「昔の話です、それに、もうそんな事興味も有りません」
「……」
リリィの言動に、ジャックは頭を抱えた。
表情筋は一切動かず、刀を片手に、直立不動をキープ。
しかも、恋愛にも興味を無くしている。
口角の動きや、羞恥の際に見られる反応の音も、何もしない。
明らかに、着けている仮面の影響なのだろうが、流石に呆れて物も言えなくなる。
「おいおい、アイツ、お前に会いたい一心で、こんな所まで来たんだぜ」
「はい」
「そんなに一途なうえに、可愛くて、料理も上手くて、家事もこなす、その上可愛い、こんな優良物件そうないぜ」
「そうですね」
「……今のお前は、俺が手を下すまでも無いな、シルフィで十分だ」
本当につまらない。
それが、ジャックの抱いたリリィへの感想。
リリィに会いたい、その思いだけで、普通の人間であれば、逃げ出してもおかしくない、この戦場に足を突っ込み続けている。
こんな事までやる人間は、そう簡単には見つけられない。
「おかしな事を言いますね、あの子が私に、勝てる訳がないでしょう」
「……そうか」
恐らくだが、今のリリィは、今のシルフィを理解していない、とさえ、ジャックは思った。
今のシルフィは、リリィの知る頃よりも、明らかに強く成っている。
まだ不慣れながらも、剣術を扱い、デュラウスを圧倒した。
薬にも手をだしていながらも、戦う道を突き進んでいる。
それ位、ドローンか何かの映像で見ている筈だというのに、理解しようとしていない。
今だって、金属の化け物と言える敵を前に、単身抑え込んでいるという活躍を見せている。
そんな愛娘をバカにされ、ジャックは煙草を握りつぶす。
「ウチの愛娘、バカにすんのもその位にしておきな」
「案の定の親バカですね」
「ああ、親バカさ、だが、九割以上は正当な評価だと自負している」
「では、私はここで破壊しますか?」
「いや、今回は殺さねぇ、お前は、絶対に生かす、アイツが、シルフィがここに来るまで、全力でお前を生かす!」
スレイヤーの名にあるまじき発言と共に、ジャックは刀を引き抜く。
全身と刀に炎をまとい、リリィを睨みつける。
彼女のエーテル・ギアは、以前までと色が違うだけ。
しかし、持っている刀は違う。
量産型の安物ではないと言わんばかりに、刀身は黒く美しい輝きを放つ、
「……アース・ドラゴンのウロコか」
「ええ、正確には、レッドクラウンのフレーム素材ですけどね」
蒼い炎を宿した黒い刀を納めたリリィは、居合の構えをとる。
その音を拾ったジャックも、同じ構えを取り、リリィを睨みつける。
この時、ジャックとリリィだけが、静寂に包まれた。
それから数秒後。
ジャックとリリィは、完全に同時に動いた。
「ッ!!」
「ッ」
目を見開いたジャックは、高速で抜刀。
互いに、刀をすれ違いざまにぶつけ合った。
桜我流抜刀術・烈火
それが、二人の同時に放った技。
すれ違った二人は、数秒程硬直。
そして、ジャックは耳に入り込んだ音に、舌をならす。
「チ、つまらなくなってるクセに、互角かよ」
「だから言いました、彼女では勝てないと」
ジャックの耳に入り込んだのは、お互いの刀に入ったヒビの音。
大きさに差異は無く、肉眼での確認も難しい位、小さな傷。
技のキレ、スピード、パワー、あらゆるステータスは、ほとんど拮抗している。
確かに、これではシルフィの勝ち目はないかもしれない。
だが、ジャックには一つの確証がある。
リリィでは、シルフィに勝てないという、確証。
「ま、お遊戯はここまで、こっからは本気で行くぞ!」
「はい、どうぞ」
ジャックの赤い炎と、リリィの蒼い炎は、再び入り混じる。
どちらかが繰り出した技一つ一つで、爆発が引きおこり、辺りに火の粉が舞い散る。
この時のジャックは、他のドローン操作を完全に放棄。
リリィの攻撃を受け止め、回避する事に専念していた。
攻める事はあっても、致命傷になるような真似は、絶対にしない。
最も、今のリリィに、致命傷の攻撃が通るかは、別である。
「成程、マジで強く成ってやがる!」
「ここでの戦闘は、全てデータ化しています、おかげで、大きくアップデートできましたよ」
「そうかよ!」
今のリリィは以前戦った時とは、比べ物にならない。
早く、重く、正確な攻撃。
攻めではなく、防御に専念していなければ、何度かくらっていただろう。
しかし、今はリリィを生かす事が、何よりも重要だ。
そして、なによりも。
「お前は、それで良いのかよ!?」
「ええ」
「ただの道具としか見ていない、そんな奴の元に仕える、それで満足か!?」
「それが、アンドロイドの宿命、いえ、定めです」
ジャックの問いかけに、リリィは淡々と答える。
炎を操り、同等の剣術をぶつけ合う。
そんな熱い戦いを繰り広げながらも、リリィの心は、凍えている。
そう言う機能が、仮面に取り付けられているとはいえ、あまりにも冷淡。
「そんなダセェ仮面被せられてるってのに、大した忠誠だな!」
「勘違いしないでください、これは、私の意思で着けている物、作ったのも、私自身です」
「へ、過去捨てて、今だけを見つめるってか!?」
「そもそも、過去と言うのは捨てる物、そうでなければ、何時まで経っても、前へ進めませんよ」
「チッ!」
リリィの反論と共に、ジャックは右の翼を斬り落とされる。
左の翼も捨てたジャックは、リリィの発言に舌を打ち、青筋を浮かべた。
「本当に、つまらなくなったな、過去は乗り越える物だ!ただ捨てるだけなんざ、開き直ってんのと、変わりねぇ!」
「ええ、ですが、それができるのは一握りの人間だけ、ほとんどの人間は、開き直って、過去を捨てています、だから、戦争は無く成らない」
「同じ事やってる奴が、ぬかすな!!」
刃をぶつけ合いながら、二人は言い合う。
完全に冷たくなった、リリィの感情。
どれだけ煽ろうとも、逆にジャックの方が熱く成ってしまう。
だが、リリィの発言には、ジャックも頷ける事はある。
「ですが、事実です、そんな人間の為に戦うとは、愚かな事です」
「生憎、俺はそこまで乾いちゃいねぇ!」
「でしょうね、ですが、生乾きもいい所でしょう」
「まぁな!」
リリィの言う通り、ジャックは中途半端に乾いている。
人間、そう悪い所ばかりではない。
隊員達を見ていると、満更でもない気分になる。
しかし、それはあくまでも、同僚たちの話。
それ以外の人間は、腐敗が目立っている。
そのせいで、人の可能性と言う物に、疑惑が産まれ、確証を持てずにいた。
だが、ジャックには、それでも信じようと思える理由がある。
「であれば、その中途半端、断ち切るのみ」
「ッ!」
セリフと一緒に繰り出されたリリィの刃に、ジャックは不覚を取る。
蒼い炎をまとった刃は、ジャックの刀を弾き、首を捉えた。
空いた両手で刃をつかみ取る事で、両断を防ぎ止め、落ち着いて話をできる状況に持っていく。
「それでも、俺の心は、渇いたりしねぇ」
「何故です?」
「あの子が、愛したあの子が、俺の心に居る限り、俺は絶対に渇かねぇ」
「……女々しい方ですね」
「何が悪い、俺は、あの子に救われた、あの子に出会えて、初めて、生まれた事を実感できた、そして俺は、愛する人と一緒に居られる事が、どれだけ支えになるかを教わった」
手に刃が深々と沈もうと、ジャックは自らの恩人であり、愛した人との日々を思い出す。
冷たくて、孤独で、寂しいものだった。
だが、たった一つの出逢いで、全てが変わった。
本当に短い間だけでも、彼女と一緒に居られただけで、世界は違って見えた。
今でも覚えている、愛する人と一緒に過ごせた、時間の尊さを。
「たった一人、自分に影響を与える人間が居れば、人は変われる、それはアイツも同じだ、ただお前に会いたいだけで、ここまで来たんだ!自分を助けてくれた、だから今度は、テメェがお前を助けるとな!」
「……良い話かもしれませんが、それは、今の私に」
ジャックの話を聞いたリリィは、左手を空へ掲げる。
すると、弾かれたジャックの刀は、狙いすましたかのように、リリィの手へと渡る。
その光景を見たジャックは、目を見開く。
「関係のない事です」
冷酷に振り下ろされた刃は、ジャックの右半身を切り裂く。
更にリリィの攻撃は続き、ジャックの首と左腕は切断され、リリィの手に渡った刀は、ジャックの心臓へと刺された。
身体は後方へと投げ捨てられ、首も無様に地面をコロコロと転がる。
この程度で死ぬことは無いが、容赦の必要も無い。
ジャックの頭部を、リリィはゆっくりと踏みつけ、潰す為に力を込める。
「ただ一人、彼女だけが違うとしても、人は、何も変わらない、変わる事なんて、無いんですよ」
「……リリィ!!」
「……シルフ」
シルフィの声。
その声に、リリィは足の力を弱め、おもむろに振り向く。
てっきり悲しい表情を浮かべる、シルフィの姿が有るのかと思えば、違った。
リリィの視界に映ったのは、正に鬼の形相を浮かべている、シルフィの姿。
しかも、右手は固く握られており、今にも殴り掛かろうとしている。
「この、大バカ野郎がッ!!」
ようやく再会したシルフィの最初の行動は、リリィの顔面への、強烈なパンチだった。




