裏切りの痛み 中編
決戦の場となった戦場。
その上空では、カルミアの駆るレッドクラウンと、シルフィが大暴れしていた。
黒い紫電をまとう黄色い光。
鈍い銀色の光。
その二つは、ぶつかり合い続け、お互いに一歩も譲らない戦いを繰り広げる。
「(やっぱり、前よりも反応速度が上がってる)」
「死ね!死ね!死ね!お前なんか、お前なんか!!」
「(いや、それより不安定すぎる、こんな乱れた状態じゃ、あの子が)」
必至にインファイトに持ち込もうとしても、尻尾や頭部のバルカン砲で防がれる。
どうあがこうとも、五メートルに近い体格相手のリーチは、くつがえせない。
カルミアも、間合いに入られるのはマズイと思っているのか、絶対に間合いに入れてくれない。
剣術のコツを掴んだとはいえ、接近戦はシルフィの分野ではない。
だが、遠距離からの攻撃は、今のカルミアには通用しないだろう。
今の彼女では確実に回避されるが、そもそも遠距離武器の通じる強度ではない。
それほどにまで、今のカルミアは厄介な相手となっている。
「お願い!少しでいいの、私の話を聞いて!」
「黙れ、お前とは世間話すら断る!!」
何とか交渉したくとも、今のカルミアは、正常さを欠いている。
戦いの反応も、獣のようなもので、雑な感じも有る。
本来なら、直感だけの動きは読みやすいのだが、それさえ不可能なレベルの速さだ。
「(仕方ない……)みんな!!」
「ッ!……クク、いい機会だ、その顔、恐怖で歪ませてやる」
シルフィは、ストレリチアに搭載されているドローンを展開。
レッドクラウン相手には火力不足もいい所。
だが、今はとにかく、接近しなければ成らない。
その為なら、手段を選んでいる場合ではない。
そう考え、牽制の為にドローンを全方位に展開する。
コックピット内のカルミアは、歪み切った笑みを浮かべているとも知らずに。
「いっけぇ!」
全方位からのビーム攻撃を繰りだす。
中央に居るレッドクラウンは、動く素振りを見せず、ビームの着弾を待つ。
確かにレッドクラウンであれば、ドローンからの射撃なんて、意味を成さない。
その事はシルフィも解っている。
だからせめて、視界を遮るような配置と射角を選んだ。
下手に動かなければ当たる事は無い。
「ククク、無駄!」
「ッ!ウソ!?」
信じられない事が起こった。
何しろ、レッドクラウンの周辺に、薄い黒い霧のような物が発生したと思ったら、ドローンのビームが消滅したのだ。
しかも、その霧のような物を浴びたドローン達は、シルフィの命令を聞かなくなった。
「も、もしかして……」
「ククク、死ね、クソレズエルフ!!」
「ッ!」
カルミアの叫びと共に、ドローン達は、持ち主である筈のシルフィへと襲い掛かる。
全方位からの黄色いビーム攻撃。
予想外の出来事に、シルフィは冷や汗をかきながら距離を取りだす。
幸い、こういった全方位攻撃に対しては、一度だけ経験がある。
そして何より、ドローン達の対処方法は、持ち主のシルフィが一番よく知っている。
「仕方ない、ごめんね!!」
シルフィは謝りながらストレリチアのボウガンを構える。
狙うのは、ドローンの射撃装置の有る部分。
ドローンの外殻は、かなり固く、連射重視のボウガンでは貫けない。
だが、ビームの射出口は、それほど強度が高い訳ではない。
狙えるタイミングは少なく、場所は非常に狭くとも、シルフィの射撃能力の前には、ただの的だ。
「そこ、それから、そっち!!」
「(その射撃能力、そして空間認識能力に視力、そこだけは褒めてやるよ、でも)」
正確に弱点を撃ち抜き、シルフィはドローンを破壊して行く。
エーラが必死にアップグレードしてくれたものを、こうもあっさり壊すのは、少し心が痛む。
しかし、今の彼らは敵。
しかたがないので、シルフィは全てのドローンを破壊した。
「ごめんなさい、エーラさん、後でしっかり謝らないと」
「安心してよ、あの世で会わせてやるからよ!」
「しまっ!」
ドローンの爆炎に紛れ、カルミアはシルフィの背後を取る。
レッドクラウンの両手で、シルフィを包み込むと、黒いフィールドを展開。
シルフィの事をフィールドで捕えた。
「(なにこれ、力が、抜けて)」
「ブレイン・ジャマー・キャンセラー、そんな物着けて来る事位、予想してたよ」
カルミアのセリフが終わると共に、シルフィの力はどんどん抜け落ちる。
痛みも無く、ただ体の魔力だけが抜けていく気分だ。
フィールドから抜け出そうと、スラスターを吹かせても、そのエネルギーは霧散してしまう。
やがて、ガーベラを握る力さえなくなり、シルフィの手から滑り落ちてしまう。
「だからわざわざ用意してやった、この力を、お前と同じ力をね!!」
「私と、同じ?」
「そ、でも、これ以上教えない、教えたところで、死ぬんだからね!!」
もはや抵抗する力すら失ったシルフィ、カルミアは口内のビーム砲を向ける。
糸に吊られる人形のように、動きを止めてしまったシルフィは、もうマブタを開ける事さえ難しい。
「死ね、シルフィ・エルフィリア!!」
チャージの完了したビーム砲は、間髪入れずに繰り出される。
ビームが直撃する寸前、カルミアは満面の笑みを浮かべた。
今のレッドクラウンであれば、シルフィを跡形も無く消し飛ばせる。
そう考えただけで、笑いが込み上げてきたのだ。
「ッ!」
だが、レッドクラウンの顔面に、巨大な鉄塊が直撃。
そのせいで、折角の軌道がズレてしまう。
赤黒いビームは、シルフィに当たる事は無く、明後日の方が気へ飛んで行った。
この結果に、カルミアは体を震わせ、目が取れかねない程に見開く。
「今の……クソババア!!」
投げつけられた鉄塊は、ラベルク愛用のバスターソード。
投擲だけで、レッドクラウンの照準をズラす事が出来るのは、ジャックかラベルク。
今のジャックは、別の場所で戦っている。
脳波も遠く離れている。
ならば、残るのはラベルクだけだ。
「ッ!!?」
「出力臨界!!」
投げつけた張本人を探し出そうとした瞬間。
犯人であるラベルクは、レッドクラウンの目の前に出現。
しかも、ラベルクは既にオーバー・ドライヴを使用。
ランチャーも準備を完了している。
「少し、大人しくしていなさい!!」
レッドクラウンは、ビーム砲に包まれ、吹き飛ばされる。
それによって、シルフィはフィールドから脱出。
その代わり、ラベルクのビーム砲は、砲身が融解し、廃棄を余儀なくされた。
ラベルクは、迷うことなくランチャーを捨て、シルフィの救出へ向かう。
カルミアの策略で意識を失っており、地面へ落下している。
「間に合って!」
地面に衝突するギリギリで、ラベルクはシルフィをキャッチ。
スラスターを吹かしたが、衝撃を殺しきれずに勢いよく着地。
ラベルクの背中に、とてつもない衝撃が走る。
「ッ、だ、大丈夫ですか?」
「う、うぅん、何とか」
「(体の保有しているエーテルの量が減っている、やはりあの子が使用しているのは)」
オーバー・ドライヴを解除したラベルクは、シルフィの状態を見て確信した。
今のカルミアは、恥なんてドブに捨てている。
ならば、シルフィは必要になる。
カルミアを助ける為にも、彼女の今後の為にも。
「クソ共が、どいつもこいつも、アタシを邪魔しやがって!」
「……立てますか?」
「だ、大丈夫、大分回復してきた」
アキレアから奪ったハルバードを構えたラベルクは、復活したカルミア達を視界に収める。
シルフィの体力は、ストレリチアのドライヴの恩恵で回復し、ラベルクと共に構えを取る。
現在の状況は、かなり悪い方だ。
シルフィはガーベラを無くし、ラベルクも先の砲撃で、エーテルをほとんど使い果たしている。
一方でカルミアの方も、戦いが長引いたせいか、通常の状態に戻っている。
だが、装備面で言えば、カルミアの方に軍配が上がっているのだ。
「……シルフィ様」
「何?」
「私がおとりになります、その隙に、ガーベラを」
「で、でも」
状況を打開するべく、ラベルクはレッドクラウンのすぐ近くに刺さっているガーベラを見る。
カルミアが素直に拾う事を許すはずない。
ならば、ラベルクがおとりになって、シルフィがガーベラを拾う隙を作るしかなかった。
「良いのですよ、それに、私が壊れても、貴女方が目的を果たしてさえくれれば、私は満足ですから」
「満足とか、そう言う事じゃないでしょ、貴女がいなくなったら、リリィが」
「……今のあの子に必要なのは、私ではありません」
ラベルクの口調からして、彼女は死ぬつもりでいる。
シルフィからしてみれば、死んでほしくない。
何しろ、彼女はリリィが最も尊敬している人物の一人でもある。
ならばこんな所で死んでほしくはない。
しかし、シルフィの心配事を聞いたラベルクは、そっとシルフィの事をなでる。
「あの子は、もう姉離れの時期、なら、私も、妹離れしなければなりません」
「何時までごちゃごちゃやってんだ!!そっちが来ないなら、こっちから行くぞ!!」
何時までも話を続ける二人を見て、いい加減カルミアは我慢の限界を迎える。
そして、言葉の通りに、レッドクラウンのビーム砲を展開。
二人へ向けて照準を付ける。
「ですから」
ラベルクは、最後に一言シルフィに伝え、ガーベラの有る方とは逆に走る。
少しでも気をラベルク自身へ向けるべく、ハルバードのライフルで、牽制を行いながら。
ラベルクの勇士を見たシルフィは、彼女の指示に従って、ガーベラの方へと走る。
二人の行動の理由を悟ったカルミアは、ビーム砲の照準をラベルクへセット。
「……ッ!やらせるかよ!!」
ラベルクの動きを見たカルミアは、作戦を察した。
二人の考えていたプランは、ガーベラにビーム砲のエネルギーを吸収させる事。
その状態のガーベラは、レッドクラウンの装甲を両断できる。
今のカルミアの状態では、ビーム砲の照準は、迷わずシルフィに向けるだろう。
そうなれば、ラベルクと演算を共有したシルフィは、レッドクラウンに大きなダメージを与えられる。
ならば、撃つのはシルフィではなく、ラベルクであると、カルミアは冷静に看破した。
「テメェらの考え何ざ、お見通しだ!」
「ラベルクさん!」
「……」
シルフィは、何とかガーベラの回収に成功。
だが、肝心のラベルクは、ビーム砲の直撃コースに乗っており、ビームとの距離は、目と鼻の先。
もはや、回避も演算の共有を行えない。
そんな絶望的な状況だったが、ラベルクが最後に見せた表情は。
笑顔だった。
「私の願い、託しましたよ」
最期の言葉を言い残したラベルクは、頭部を消し飛ばされた。




