喧嘩する程仲がいい 中編
シルフィがリリィへのグチを考えてすぐ。
いくらか言いたいことを決め、ジャックの膝枕も終了。
二人は夜空を見上げていた。
「不思議なもんだ、どの世界でも、見る空は何時も同じだ、ただ、形が違うだけ」
「だね、あの空の何処かに、アンタ達の世界が有るんだね」
夜空を見る二人は、妙な感慨を受ける。
ジャックからすれば、また違う形の夜空。
だが、違うのは外観だけ、中身は同じ宇宙なのだ。
「まぁな、だが、水差して悪いが、俺らの星はあっちだな」
「え」
感動するシルフィに水を差すように、ジャックは横の方向を指さす。
ジャックの故郷と、第二の故郷、そして、この世界。
この三つは、同じ銀河系に属している。
今居る星から見て、上に有るという訳ではなく、場所や時間によって、方角は大きく異なる。
なので、今見ている夜空に、他二つの世界があるとは限らない。
「はぁ、もうちょっとロマンチックにさせてよ」
「悪い悪い、じゃ、ロマンチックな話……そうだな、あのヒシャクみたいな並びをしている、七つの星の横の星とか?結構綺麗だぜ」
「え」
そう言ったジャックの指さす空。
確かに七つの星が、ヒシャクという道具の形をしている。
だが、横に星なんて見えない。
ジャックの指の先を見ても、それほど綺麗な星は見受けられない。
「ねぇ、何が見えてんの?私の記憶が正しかったら、それ見えたらヤバい奴だよね、見えて死んじゃった人いるよね!?」
「ははは、現実とフィクションの区別位つけろよ、漫画の話なんだから」
「何その反応!?つか、別の奴だけど、漫画の真似してた人に言われたくないんだけど!」
「うるせぇな」
漫画の話だが、心配して言っていたのに、ジャックの返しに、シルフィは声を大きくした。
ジャックともかかわる様になってから、読む漫画のレパートリーも増え、話に置いて行かれる事も無い。
しかし、時々彼女がボケで言っているのか、真剣に言っているのか、分からなくなることが有る。
ただ、これ以上言い合っても、無駄だと思ったシルフィは、大きくため息をこぼす。
「はぁ……死ぬと言えば、エーラさん大丈夫なの?」
「何が?」
「だって、私達のエーテル・ギアとか修復して、デュラウス達も起こそうとしてで……過労死とかしない?」
「いつもの事だ」
死ぬという言葉から連想したのは、エーラの労働環境。
実際、エーラの労働スケジュールは、かなりキツイ。
それこそ、シルフィが心配するのも無理ない程だ。
寝る間も惜しみ、食事も最低限で、頭が働けばいい程度で済ませる。
とはいえ、これは命令されたのではなく、自分からブラック労働を好んでいるのだ。
「いつもって」
「考えてみろ、服は三日取り換えず、床で雑魚寝する奴だぞ」
「そ、そうだけど」
「研究以外で一グラムもエネルギー使いたくないと、運動はせず、思い立ったら即行動して、寝落ちするまで絶対寝ようとしない、そんな奴だ、しかもガチで自主的に」
それなりに長い付き合いのジャックは、今までのエーラを思い出す。
実際、シルフィがエーラと初対面した時のように、だらしなさが本当に目立つ。
床で寝る事は勿論、服変えず、シャワーも浴びない。
そう言った事を思い出したジャックは、マジで七美との付き合いを考えてしまった。
「……七美の奴、あれの何処に惹かれたんだ?」
「で、でもまぁ、頭は良いよね、本当に」
「そいつは認めるよ、実際、アイツはこの部隊に一番迷惑をかけてているが、アイツほどこの部隊に貢献してる奴は居ないな」
「名言っぽいのに、何か違うんだけど、何だろう」
ジャックの中のエーラの評価。
何処か名言のように聞こえたが、果物の種が喉につかえたかのような感覚を、シルフィは覚えた。
その話をした途端、ジャックは何かを思い出したかのように手を叩いた。
「そういや、少佐って元々は大佐だったけど、エーラの不祥事が原因で降格になったんだったな、ははは」
「へぇ~、そう、なんd」
「え?」
エーラの不祥事のせいで、少佐が大佐でなくなった。
そう話していたジャックを見ていたシルフィは、まるで幽霊でも見たような表情を浮かべた。
そんなシルフィの反応に、首をかしげていると、ジャックの頭部に太い鉄パイプが振り下ろされる。
「それ貴様も関わっているだろうが!!」
「ヒデブッ!!」
「ひ!?」
ガンッ、という甲高い音と共に、鉄パイプはジャックの頭の形に曲がる。
突然の奇襲を仕掛けたのは、もちろん少佐だ。
倒れ込んだジャックを、少佐は頬に青筋を浮かべながら持ち上げ、首元を掴み、顔を息がかかる程接近させる。
今の少佐の形相には、シルフィは顔を青ざめながら引いてしまった。
「痛ってぇな、本当の事だろ?」
「ああ、大佐だったのは本当だ、だがエーラ君の不祥事の時の降格は中佐だ!更に貴様が町吹き飛ばしたせいで少佐に落ち着いたんだよ!」
「ありゃ~そうだったかね~」
「このロリコンクソ女が!」
ジャックの態度に腹を立てた少佐は、右手をジャックへと繰り出す。
だが、命中する寸前で、ジャックは彼の前から姿を消す。
消えたジャックを探す少佐に目に映り込んだのは、月をバックに、綺麗に体をひねりながら着地したジャック。
地味に美しく思ったのが、少佐は少し気に入らなかった。
しかも、とうのジャックはどや顔キメている。
「どうした?腕が落ちたな大佐ぁ」
「チ」
「……ねぇ、何か糸引いてるけど」
「え?」
どや顔だったジャックは、シルフィの指さす部分を見つめる。
特に何も無いように見えたが、確かにキラリと何かが見えた。
確かに、極細の糸が垂れており、それは少佐の右手に繋がっている。
しかもそれは、ジャックの首にもつながっていた。
「あ、えっと、しょう、さ?」
「……フン!!」
「ちょ!」
右手を勢いよく引いた少佐の動きに合わせ、そのまま少佐の方へと引き寄せられる。
そして、そのままの勢いに乗せて、少佐はジャックの顔面に一撃を入れた。
「ふざけやがってぃ!!」
「あ、ちょ!やめ!」
その一撃を境に、少佐はただひたすらにジャックを殴り倒す。
ジャックの強さを見に染みさせているシルフィからしてみれば、かなり異質な光景。
あれだけ苦戦したジャックを、こうして一方的に殴る。
少佐が強いのか、それともジャックが手加減しているのか。
どちらかは分からないが、少なくともジャックはダメージを受けている。
以前のシルフィが殴っても、ほとんどダメージが無かったというのに。
「ヌンッ!!」
「ゴッファ!!」
「え~」
トドメに、少佐はジャックのアゴへ強烈なアッパーを炸裂。
その時のジャックは、異様に綺麗な弧を描き、地面に落下した。
起き上がろうとするジャックを見て、少佐は放置した鉄パイプを拾う。
それに合わせ、起き上がったジャックはナイフ片手に少佐へ接近しようとする。
「この、野郎ぶっ殺しゃアアア!!」
「させん!!」
「ゲバ!」
何処かで聞いた事有る叫びをあげながら、近寄って来るジャック。
接近される前に、少佐は拾ったパイプをジャックへ投げつけた。
結果、ジャックの身体は勿論、スーツさえ貫通し、最終的に地面に突き刺さる。
「うそん」
「地獄に堕ちろ」
ジャックの敗北する様を見て、シルフィは口をあんぐりと開ける。
見るからにジャックは手加減しているのだが、少佐は完全に沈黙させた。
しかも少佐が来ているのは、普通の軍服。
エルフから見ても、それなりの老体だというのに、純粋な身体能力でジャックの身体を貫く攻撃をしたのだ。
「たく、シルフィ君」
「は、はい!」
「ああいう大人にだけは、なるなよ」
「はい!(てか、上官にナイフ向けるとか、軍法会議になってもおかしくないよね)」
疑問を浮かべるシルフィを他所に、少佐は揚陸艇へ戻って行く。
ただ、訓練中にも、ちらほら似たような言い争いをしていた。
毎度チハルが仲裁しているが、とても映画で見るような上官と部下のやり取りでは無かった。
ただ、最後の方はちょっと見た事が有った。
「(……喧嘩する程、仲がいい、か、ちょっと、羨ましいな)」
――――――
ジャック達がバカ騒ぎしている頃。
カルミアは、レッドクラウンの整備を終えていた。
シルフィに両断された腕は修復され、他にも傷を修復した。
「さて、後はこいつを」
レッドクラウンの後頭部へと昇り、装甲を開く。
内部の慎重ロックを外し、ハンドルを握ると、中身を引き抜く。
「……あーあ、やっぱこんな粗悪品じゃ、オーバー・ドライヴは無茶か」
彼女の引き抜いたのは、角張った筒状のケース。
その中には、黒い物体がちらつく。
炭のように成った物、それは魔物の脳、だった物だ。
魔法が使える位、高度な知能を持った魔物の脳だ。
それを乱雑に捨てると、別のケースを取りだす。
「……クク、改めて久しぶり、クラウスの奴には、感謝しないとね」
随分と前、シルフィと初めて会ったあの日。
顔見せと装備の運搬、そしてもう一つの物を取りに行っていた。
あの基地で、一番脳の研究を行っていた人物の研究成果。
カルミアの持っている物は、その一つだ。
回収した後、色々とありすぎて、倉庫に放りっぱなしで、ホコリを被っていた。
だが、しっかりと点検したので、十分使える状態だ。
「無様だね、必要とされたアンタの結果はこのざま、けどアタシは、自由と力を手に入れた、アンタのおかげだよ、ありがとね」
そうつぶやいたカルミアは、ケースをレッドクラウンにセット。
ロックを取り付けると、カルミアはレッドクラウンに搭乗。
起動テストを開始する。
「さて、テスト、開始……ッ!!」
テストを開始すると、カルミアは懐かしい感覚に包まれる。
だが、これは決して楽な物ではない。
懐かしい感覚を覚えた途端、カルミアは目を見開き、身体を振るわせながら、歯を食いしばる。
そして、無意識に思い出される記憶達が、目に映りだしてくる。
「……はぁ!はぁ~」
追憶が終わると、カルミアに襲い掛かっていた不快感は消える。
息を整え、表情を戻すと、カルミアは口角を上げる。
「クク、やっぱり、アンタとは相性がいい、これで殺せる、シルフィ・エルフィリアを!!」




