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エルフとガイノイドの百合劇場  作者: B・T
ナーシサス編
176/343

喧嘩する程仲がいい 前編

 エーラと話した次の日。

 すっかり回復し、夕食を済ませたジャックとシルフィは、夜風に当たるべく、揚陸艇から降りていた。

 月明かりに照らされる、広大な平原。

 多少の血生臭さは残り、ジャックの本気が発動したせいで、草一本残っていない。

 なんとも殺風景なものと成っているが、この静寂が、今のジャックには丁度良かった。


「良い音だ、銃声の代わりに、このさざ波の音」

「ここから海岸までどんだけ離れてると思ってんの?」

「俺からしたら、それほど遠くはない」

「あっそ」


 ジャックは、ショートポニーにまとめた髪を、夜風に晒しながら耳を立てる。

 ここから海岸まで、かなり距離が有るというのに、波の音を聞き取れるのだから、相変わらずの異常聴覚だ。

 試しにシルフィも、耳を澄ませてみたが、聞こえるのは隊員達の雑談位。


「ま、それはそうと、明日だな」

「……そうだね」


 シルフィの方へ振り返ったジャックは、笑みを浮かべながらそう言う。

 彼女の言葉を聞き、シルフィは真剣な眼差しを返し、首を縦に振る。

 夕食前に、ブリーフィングが行われていた。

 内容は、遂に明日、敵の本陣へ殴り込みをかける事になったのだ。

 つまり、明日は遂に、リリィと再開できる可能性が高まる。

 その代わり、残った全てのアリサシリーズと、前回以上の魔物を相手にする可能性が高い。


「戦力差は、予測できる限りでも、ざっと数十対一、状況は最悪だ」

「……ねぇ、他に戦力は無いの?」

「他?」

「うん、ジャック達って、全体で見たら、ちょっとした集団程度でしょ?なら、他の部隊からも頼めないの?」

「まぁな……だが、ダメだ」


 ジャックは、シルフィの心音を聞き、何を心配しているかを察する。

 とても早い鼓動と、僅かに流れる冷や汗。

 どう考えても緊張している。

 ただでさえ、平原での戦いで、多くの戦力を失った状況。

 予備の戦力も、つい先ほど降下が終了したが、焼け石に水もいい所だ。

 ならば、ジャック達の故郷からも、増援を頼めないのかと思っているのだろう。

 だが、ジャックからしてみれば、それは悪手でしかない。


「何がダメなの?」

「練度が低いんだよ」

「練度?」

「ああ、あんなの、ただのカカシだ……いや、カカシの方がまだ役に立つかもな」

「そんなに?」


 ジャックのあまりの酷評に、シルフィは目を丸める。

 しかし、かなり疲れているような表情を浮かべながらの証言は、重みがあった。

 その理由を説明するべく、ジャックは煙草をくわえ、火を付ける。


「……良いか、戦争がなくなれば、損をする連中も出て来る」

「そんな人いるの?」

「ああ、余分な連邦の兵、武器装備の製造や販売元、そして、傭兵」

「傭兵?」

「そ、戦争で飯を食っている連中、最近はそいつらに代理戦争をさせた後で、連邦兵がヒーロー面する、そんな事ばっかで、最後にドンパチに参加したのも、五年か六年前って所だ」


 ジャックは目を鋭くしながら、口から勢いよく煙を吐き出した。

 彼女の言う通り、ストレンジャーズ以外で、連邦の部隊が活躍したのは五年以上前。

 基本的に、ジャック達が対応し、手の回らない場合は、傭兵を使う。

 その後、連邦軍のボンボン達が、表向きの手柄を独り占めする。

 それが最近の有り方だ。

 傭兵たちが食いぶちを無くさない為、と言えば聞こえは良いかもしれないが、やっている事は手柄の横取り。

 そのせいで、連邦の部隊は、実戦経験の無い人間がほとんどなのだ。


「戦争の絶頂期から、もう結構経ってるし、その頃の奴は、もう退役してても不思議じゃない」

「軍隊も大変なんだね」

「ああ、ま、兵隊さんが暇なのは、平和の証拠ともいえるからな……」


 話の終了と同時に、吸い終えた煙草を携帯灰皿に捨てたジャックは、そのまま座り込む。

 そして、シルフィの方を向くと、自分の太ももを軽く叩く。

 妙に口を緩ませ、目も優しく垂らしている。


「ほれ」

「え?何?」

「……膝枕、こっちには無いのか?」

「いや、有るけど、何で今?」

「良いから、ほれほれ」

「……」


 ジャックの行動に、小首をかしげながらも、シルフィは少し顔を赤く染める。

 笑顔で手招きするジャックを、数秒見つめると、周辺を警戒。

 誰も見ていない事を確認すると、シルフィはジャックの膝に、頭をのせる。


「……これで、良い?」

「おう」


 何となくだが、シルフィはジャックの気持ちを察していた。

 彼女は、家族愛に飢えている。

 妹が居ても、他に肉親が居ないという状況。

 今の自分に、とても酷似している。

 そう思ったシルフィは、恥ずかしくとも、彼女の要求を呑み込んだ。


「……何か、意外」

「何がだ?」

「アンタに、こう言う事される日が来るなんて」


 実行しておきながら、シルフィは自分の行動にため息をつく。

 つい数か月前まで、敵としか認識していなかったが、今やただの親子だ。

 しかも、ジャックに至っては、母親である事をかなり満喫している。


「俺も思って無かったさ、こうして、女の幸せを味わえるなんてな」

「……そうだね(性格とか性癖的に)」


 チラリと見たジャックの顔。

 以前、蓮と言う少女の話をしていた時のような、柔らかな表情を浮かべている。

 冷酷なイメージの強い戦場での彼女とは違う。

 ただの人の親、娘をあやす、ただの母親に見える。


「それに、結構夢だったりしたのさ、娘か息子にこうするの」


 スーツの手袋を外したジャックは、シルフィの頭をそっとなでる。

 額を通るジャックの手は、とても硬かった。

 銃、刀、槍、あらゆる武器を握り、戦ってきた、戦士の手。

 だが、表情だけは、母親のように、柔らかい物だ。

 思わず、ジェニーに影を重ねたシルフィは、ジャックの顔から少し視線をそらす。


「……七美さんじゃ、足りないの?」

「前にも言ったが、最近甘えてくんないのさ、それに、俺は、女の機能を無くしてるからな、コイツだけは、絶対に叶わないと思ってた」

「女の、機能?」

「ああ、子供、産めないんだ、アイツは産めるってのに」

「……」


 ジャックの言葉に、シルフィは息を飲んだ。

 冗談ではない、ジャックの言葉の重みは、真実である事を示している。

 どんな傷も治る身体を持つ筈が、何故子を産む機能を無くしているか。

 多少の疑問はあるが、聞こうとはしなかった。


「えっと、その」

「ま、そんな落ち込むな、生まれつきなのか、敵に捕まった時にヤられたのが原因なのか、俺も解んねんだ」

「捕まった時?」

「ああ、昔はまだ弱かったからな、捕まる事も有った、戦場で女が捕まれば、やられる事は、尋問以外にも有る」

「そんな」

「覚悟のうえさ、敵に恨みやら憎しみやら押し売りしてんだ、自分だけ幸せなんて、都合のいい事は無い……」


 話を聞いたシルフィは、リリィから鬼人拳法を教わっていた頃を思い出す。

 どれだけ回復能力を高めても、古傷はそのままになる場合もある。

 彼女が今程の強さになる前に、不妊の状態にされたのなら、今でも子を産む機能が無くても、おかしくない。

 そう考えるシルフィを知ってか、ジャックはなでる力を少し強める。


「わり、ちょっと暗くなったな」

「いや、いい」

「明るい話題にでもするか、そうだな……リリィに言いたい事、有るか?」

「え?」

「愚痴だの、礼だの、ま、何か告白したい事の一つや二つあるだろ?」

「え……まぁ、その、有るにはあるけど……」

「(あら~)」


 耳まで赤く染めたシルフィを見て、ジャックは口元を緩めた。

 予想はしていたが、娘が告白する様子を想像して、ジャックは謎の高揚をおぼえる。

 同時に、寂しさも有った。


「そう言うのも良いが、何か悪口でも言ったらどうだ?」

「何で悪口?」

「本当に好きなら、悪口の三つ四つ出て来るさ、それだけ、そいつの事を見てる事になる、ただし、俺の前で言った事は、リリィの前でも言えよ、陰口いう奴は、減点だ」

「成程」


 ジャックの膝の上で、シルフィは少し記憶を振り絞る。

 エルフから見ても、人間から見ても、短かったリリィとの思い出。

 それでも、かなり濃い物だった。

 里での十年、二十年を、全て濃縮したような日々。

 それだけ一緒に居れば、愚痴の一つも出て来る。

 筈だった。


「……う~ん、思いつかない」

「おい」

「いや、思うところは色々有ったけど、理由とか考えたりすると、その、グチとして見づらいというか、リリィは私の恩人でもあるから、多少は許せるというか、あの子も、ずっと辛い思いをした末の行動だと考えると、可哀そうに思えるというか」

「お前、本当に俺の血引いてる?いい子過ぎだろ」


 ジャックの言う通り、悪口位いくつも思いついた。

 だが、リリィの事を考えると、どうも哀れみに変わってしまう。

 なので、口にしたくてもできなかった。

 そんなシルフィの良い子さに、ジャックは自分の性格の悪さを思い知った。

 だが、これではダメだと思い、シルフィを起こして、面と向かう。


「良いかシルフィ、哀れみで黙るのは一番ダメだからな、親友とか、恋人には、言うべき事ははっきり言う、それでお互いに受け入れ合えるのが、本当に良いカップルだからな」

「は、はい(め、珍しく母親やってる、のかな?)」

「毎日とかじゃなくていい、喧嘩しても、最終的に仲直りできる、それが、良いカップルの条件だ、愚痴の一つや二つ、言ってやれ」

「そ、そうだね」


 ジャックの珍しい雰囲気に圧倒されながらも、シルフィは首を縦に振る。

 一先ず、リリィへのグチを考えるシルフィだった。


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