数ある真実 前編
カルミアが撤退した後。
ジャック達は、静寂に包まれた平原を後にし、撤退した仲間達の元へ向かった。
戦いが長引いた事で、すっかり空は赤く染まっており、もうすぐで夜が来る。
できれば、迎えの車位用意して欲しい所だが、向こうもそんな余裕はないのかもしれない。
退却するドレイク達の顔は、少し曇り気味だった。
何しろ。
「お、重い」
「言うな、私だって重い」
「荷物が増えただけだ、気にするな」
ラベルクを除き、女性陣がそろいもそろって、行動不能なのだ。
そのままにしておく訳にも行かず、ラベルクの手も借りて、全員を運んでいるのだ。
もちろん、ジャックも腰を完全に痛めているので、歩く事もままならない状態。
シルフィも、悪鬼羅刹と百鬼夜行の反動で、気を失っている。
「おいおいウィル、乙女の事運んでおきながら、重いはあきまへんで~」
「今回ばかりはつっこませてもらいますけど、アンドロイドが重いの、大尉も知っとるよな」
ジャックの言葉に腹を立てながらも、ウィルはヘリアンを運ぶ。
カルミアが引いた瞬間、アリサシリーズの三機は、何故か機能を停止。
しかたがないので、運んで帰る事に成ったのだが、問題は重量だ。
リリィ程の小ささでも、九十キロ以上有る。
そこに、カスタムを加えて体格を大きくし、更にエーテル・ギアも装着している。
おかげで、重量もその分増えている。
つまり、今のウィル達は、疲れているのに、数百キロの大荷物を持っているのだ。
「しかし、こうもあっさり鹵獲を許すとは、向こうの司令官の器の小ささが見て取れる」
「恐らく、自分の意にそぐわない存在は、どうでも良い、といった具合なのでしょう」
「ま、その為に数少ないエーテル・ドライヴを手放すかね?」
「確かに、彼女達がダメでも、取り外せば、別の個体に移植を行えます、回収しない意味はございませんね」
ジャックの言った事に、ラベルクは思考を巡らせた。
改めて調べた結果、現在三機ともマザーから切り離されていた。
その事を確認した途端、彼女達は機能を停止させ、こうしてお荷物状態と成っている。
こんな事に成ってしまえば、全部盗んでください、と言っているようなものだ。
人格だけならばまだしも、動力のエーテル・ドライヴまで捨てるとは考えにくい。
動力を取り外し、新しい義体の方に移植すれば、それで三人の始末は済む。
「その事に関しては、後で考えよう、揚陸艇が見えて来た」
「おう、もうそんなに進んでたか」
話をしている内に、後方へ下がっていた揚陸艇に到着。
ジャックとシルフィは、医務室へ運ばれ、ドレイク達も、医療スタッフの世話になる。
ラベルクは、他のアンドロイドと共にエーラの元へ向かい、修復を依頼した。
――――――
医務室にて。
他の負傷兵が眠り、消毒液の臭いが充満する中。
シルフィとジャックは、老人から整体を受けていた。
「痛だだだ!!マジ痛い!温泉の時より痛い!!」
「少し黙らぬか、これが一番効く」
「痛ったあああ!!」
整体と言うより、整体と言う名の拷問。
テルの村で受けた整体より、遥かに強い激痛が、シルフィを襲っていた。
意識を取り戻し、非常にマズイ漢方薬を飲まされた数十分後にこれ。
目覚めが悪い何てものではない。
「ははは、良いね、昔を思い出すぜ」
「他人事だと思って、このクソ親」
「ほれ、次ゆくぞ」
「え?ギャアアアア!!」
横でおきゅう的な物をするジャックは、横で苦しむシルフィを見て口角を上げる。
何しろ、以前もシルフィのように苦しみながら整体を受けていたので、少し懐かしく思っていた。
ジャックがほのぼのとしている横で、シルフィはトドメの一手を加えられ、絶叫した。
「ふう、後は安静にしておればよい」
「はい、ありがとうございます」
「ほれ、紅蓮もそろそろよいじゃろう」
「おう、もう十分だぜ」
涙目で寝込むシルフィを他所に、老人はジャックのおきゅうを回収。
気休め程度だが、腰の痛みから解放され、ジャックは顔を緩めた。
そんなジャックの表情に、シルフィは待遇の違いを感じた。
「はぁ、気休めだが、大分楽になったぜ」
「(私ももうちょっと楽なのにしてよ)」
「そうかそうか、では」
「え?」
だが、そんなジャックの油断に付け込むように、老人はジャックにも整体を始める。
その際、腰の骨がねじ切れそうな感覚が、ジャックを襲った。
「ギャアアアア!!」
「(いい気味)」
ジャックも同じ苦しみを味わった事に、ご満悦なシルフィだった。
――――――
その後、施術を終えた老人は、食事を持ってくると、病室を出ていった。
残されたシルフィは、老人の用意したお茶を堪能。
ジャックは、整体の影響で、倒れてしまった。
「……あ~、この緑茶っていうの、良いね」
「あのくそジジィ、覚えてやがれ」
「てか、アンタでも痛いんだ」
「そりゃそうだ、幾ら俺でも、痛い物は痛い」
そう言いながら、ジャックは服を直しながら起き上がると、バックパックをあさる。
中から缶とりだすと、封を開け、中身を飲む。
因みに、缶の中身はビール、つまり酒である。
漫画やアニメでもよく見かける、スーパーでドライな物なので、シルフィもすぐに酒と分かった。
ここしばらく、シルフィは勿論、他の隊員達も、そんなに飲む機会があった訳ではない。
なのに、ジャックはためらい無くビールを飲み始める。
「あ、ジャックお酒!」
「いいだろ、最近ろくに飲んで無かったし」
「私だってずっと我慢してるんだからね!まったく、アンタみたいなのが親なんてね」
「それとこれとは別だ」
シルフィの言葉に嫌気を感じながら、ジャックは更に酒をかたむける。
ジャックのふるまいに呆れながら、シルフィはお茶をすする。
緑茶のうま味に和みながら、シルフィは気になっていた事を考える。
とはいえ、横で飲まれると、彼女自身も飲みたくなってくるが、我慢だ。
「(……それにしても、アイツ、何であんなことが正しいなんて)」
カルドの言っていた計画は正しい。
ジャックがあの戦場で考えていた事だ。
あの時は距離が有ったうえに、他の思考も有った、
だから、正確に彼女の気持ちが解った訳ではない。
それでも、総人口の半分を消す事を正しく思うジャックに、シルフィは疑念を生んだ。
「聞きたい事でもあんのか?」
「え、ま、まぁね」
「何だ?ま大方」
「う……」
「俺みたいなナイスバディにどうすれば成れるのか、それが知りたいんだろうが」
「それも有るけど違う」
「有るには有るのな」
冗談のつもりで言ったのだが、少し当たっていたようだ。
それはそれとして、シルフィは本当に聞きたかった事を聞く。
もちろん、なぜあんな事を考えたか、である。
「ジャックは、正しいと思ったの?あのアンドロイドの言う事」
「……まぁな」
「なんで?」
「……」
少し黙ったジャックは、話す意を決するべく、更に酒を飲む。
息を零したジャックは、あの時何を思ったのか、シルフィに打ち明ける。
少し表情を曇らせており、酒によってその曇りをかき消しながら。
「あれもまた、一つの正解だからだ」
「一つの正解?」
「そうだ、宇宙に新天地を求めている時点で、人口の増加に歯止めがかからない状態だ、だったら、少しでも資源を節約するために、人間の数を減らす、合理的で現実的だ」
「でも、それだと犠牲が多すぎるよ、悲しむ人だって沢山」
「だろうな、アイツが何処まで面倒を見るのか、そいつは解らん、野垂れ死ねば、それまでかもしれない、だが、今のまま、資源が無くなれば、もっと酷い事に成る、そうなれば、更に泥沼な結果になって、悲しむ奴もさらに増える」
真剣な顔で言うジャックを見て、シルフィは思う。
本気で賛同している。
ジャックの言葉を聞いても、シルフィは賛同できない。
なのに、ジャックの価値観では、正しい事だというのだ。
やはりジャックの考えは、理解できない。
そんな事を考えるシルフィを見て、ジャックはたとえ話を始める。
「……シルフィ、お前ならどっちがいい?木の実一個の為に殺される事と、食いきれないごちそうの為に、殺される事」
「どっちも嫌だよ!」
「だが、人口を半分にしねぇと、いずれ木の実一個の為に殺される事に成る」
「え」
「資源が無くなるという事は、そう言う事だ、食うもんも、飲むもんも無ぇ、だから、木の実一個でも、人の命と等価になる」
「だから、使う人を減らす」
「そうだ」
この話を聞いて、シルフィは少し考えを改める。
使う人を減らせば、確かに資源は余る。
里でも、口減らしの類は行われていた。
やろうとしているのは、それと同じ事。
里の規模ではなく、世界規模で、同じ事をしようとしているのだ。
思った以上に命が軽くなる戦場と同じ位、命が軽く成らないように。
何の生産もせずに、物資を食いつぶすだけとなれば、今以上に命は軽くなる。
だが、だからと言って、許される事とは、とても思えない。
「だがな、さっきも言ったが、そいつはあくまでも、答えの一つでしかない」
「答えの一つ?」
「そうだ、真実が一つだけなんざ、つまらん、いくつも有る中で、テメェの答えを見つける事も、楽しみって奴だ」
「……じゃぁ、ジャックの答えってなに?」
「……そうだな、仮に戦争がなくなれば、それだけ人も増える、そうなれば、食う物も大量に必要だ、そうなると」
ジャックは、仮に自分の目的を果たしたらどうなるか、久しぶりに考える。
だが、ジャックはとある重要な事を思い出した。
「あ、そういや、戦争無くしたらどうするか、考えてなかったわ」
「おい」
「わり、他に頭割く事多くて、考えてなかった」
「……」
「わ、悪かったって、だからそんな目しないでくれ」
あの時の尊敬返せ。
シルフィはそんな事を思いながら、ジャックを睨む。
事実、ジャックは戦争を無くした後、如何するのか考えてなかった。
とはいえ、死に辛いとはいえ、死なない訳ではない。
まかり間違って、志半ばで倒れたらどうなるのか。
そう考えただけで、どうも真剣に考えた事なかった。
「あ~、そうだな、ハイテク関連は、アンドロイド達に任せて、俺ら人間は、農業や畜産に精を出すとかか?」
「何それ?」
「何てな、ま、人間体動かしてなんぼだ、頭使うのが苦手なら、身体使えってな」
「……アンタが農業ね」
「ああ、そうだな、治安維持の部隊が有っても、退屈だろうし、スローライフも良いな、あ、喫茶店なんかも良いな、俺のお手製コーヒー、皆に飲んでもらうのも、一興か」
「店開くなら、楽しみにしてるよ」
会話をはさんでいると、シルフィはジャックの言葉の一つを思い出す。
彼女は人のエゴに優劣をつけない。
きっと、誰が何と言おうとも、それが理にかなっていれば、尊重する。
戦場で多くの声を聴き、沢山の思考を聞いて来たからこその柔軟性。
とはいえ、許せない物は許せないようで。
ジャックは笑顔を浮かべながら、拳を握る。
「ま、それはそれ、正しい正しくないはさておき、アイツの計画潰す事には変わりないから安心しろ」
「むしろアンタのその姿勢が安心する」
上げた後、普通に落としてくる。
この性格に、むしろ安心感さえ覚えるように成ってしまった。
余談だが、この後飲酒が老人にバレ、酒を取り上げられた。




