縁起が良くとも、蜘蛛は怖い
個人の感想です
アリサが二人を捜索している中で、シルフィと青年は、蜘蛛たちに糸で絡めとられた状態で、自分たちを追っていた蜘蛛達にけん引されていた。
恰好としては、人間サイズの毛糸玉に、二人の首だけが飛び出ている状態。
見た感じでもやりすぎだと思うが、更に中の二人の手足は、苦しくも無く、抜け出すこともできない、絶妙な力加減で拘束されており、逃がす気はゼロというのが伝わってくる。
二人を捕らえた蜘蛛のうち二匹は、アリサの元へと向かっていき、もう一匹は、一足先にけん引している蜘蛛達の目的地の方角へと、急いでいった。
「ねぇ、お兄さん」
「お兄さんじゃねぇ、ガイだ、覚えておけよ」
「ガイさん、ね、私はシルフィ、ガイさんはここで何していたの?」
「依頼だよ、ギルドに出てたクエストで、ここに人さらいの魔物が居るって情報を掴んで、こうして助けに来たんだよ」
「ああ、あの人さらいの」
ガイの口より、何故この山に登り、自分たちを捕らえた蜘蛛たちに、何故追われていたのか、その経緯を話始める。
彼、厳密には彼らがここで活動していた理由は、町でも小耳にはさんでいた人さらいの一件だ。
件の孫娘を探すべく、彼の与するパーティを含め、三つのパーティが、捜索に当たっていた。
「元町長さんの孫がさらわれたの?」
「ああ、何も知らないのか?」
「なんか説明された気がするけど、酔ってたから覚えてない」
宿の店主から、話を聞いていた時に酔っていたシルフィは、孫娘が如何とかの話を聞いておらず、元町長の孫娘が関わっていると知った時は、少し驚いていた。
そんな話は置いておき、ガイは直ぐに話を戻す。
捜索に当たっていたのは、全員Cランク冒険者だ、メンバーたちからすれば、この山にナイト・スパイダー達は、雑魚同然ではある。
ただし、それは武器を持っている状態であるという事を前提としている。
今のように、丸腰に成ってしまえば、なす術は無い。
山に入った彼らは、マナの濃度が異様に高い事に疑問を覚えながらも、捜索を開始した。
パーティ同士、分散しながら捜索を続ける事数時間、今二人がいるところから、少し遠い場所で、犯人を見つけたという事を知らせる魔道具が使用された。
現代で言うところの信号弾のような物、その光を見つけたガイたちは、一斉にその方角へと向かい、犯人を見つけたパーティと合流し、その姿を目の当たりにする。
犯人は、先ほど襲ってきた蜘蛛たちの親玉のような存在。
本当に魔物が関与しており、姿は虫系の魔物にしては珍しく、人間に近い外見をしている。
外観は人間味を帯びていても、顔や腕など、所々に人ならざる部分が見受けられるらしく、魔物であると、一目でわかる。
彼女を見つけたメンバーたちは、さっそくさらった人を解放しろと、交渉してみるが。
まるで、この状況が罠であったかのように、四方八方から、大量の蜘蛛が襲撃してきた。
その時襲ってきた蜘蛛は、先ほどまで二人を追跡していた個体とは異なる者達。
空中に糸を張り、其処から狙撃してくる小型の蜘蛛。
大量の子蜘蛛をばらまき、メンバーたちに這わせて、動きを奪う戦術をとる大型の個体。
酸を含んだ糸を放つこともある個体。
他にも様々な個体を相手取りつつ、犯人の女性型に対し、勇敢に立ち向かったメンバーもいた。
しかし、誰も彼女に触れることもできず、武器を破壊され、空中に捕縛されてしまった。
腕利きの冒険者は全滅し、仲間も疲弊してしまい、一度下山して応援を呼ぶことに成った。
選ばれたのは、メンバーの中で、最も足に自信の有る彼、仲間が必死の思いで作った隙をつき、何とか逃げることに成功した。
進路を妨害してくる蜘蛛たちを、この時はまだ携えていた剣を用いて切り開きつつ、麓の町を目指していた。
途中の不意打ちで、剣を失ってからは、逃げる一択に成ってしまい、必死に逃げていた途中で、シルフィ達とばったり出会ったのだ。
「まぁ、こんな所だ」
「成程(なら、早いところ、下山しないと、この人の仲間が、でもどうしたら)」
アリサの助けを期待したいところであるが、自分たちのように連行されている可能性も考慮すると、自分達でどうにかしなければならない。
脱出しようにも、手足の自由も効かず、銃やナイフには手が届かず、スーツの身体補助を使用しても、振りほどくことはできない位、糸は頑丈だ。
弓矢の方は、捕まった時に手放してしまっている。
「(こうなったら、あの技で一気に、でも、ガイさんが巻き込まれたら)」
こんな状況下であっても、シルフィには一つだけ、脱出の手段が有った。
ただし、それを使用すれば、真後ろに居るガイまで巻き込んでしまうのでは?
そんな不安がよぎり、使用することをためらってしまっている。
悩んでいると、蜘蛛達は足を止め、まるで騎士が王族を目の前にしたように、跪きだす。
目的地にたどり着いたのかと、二人は唯一動かせる首を動かし、蜘蛛達の見る方角を見渡していると、空中を歩く一人の女性が、目に留まる。
欠けた月をバックに、女性は空中の何かを伝っているように歩き、シルフィ達を視界に納める成り、その足を止める。
顔は言ってしまえば、蜘蛛と人間の半分半分、片方は人間の女性のような顔だが、もう片方は、蜘蛛のように成っており、赤い目が数個有る。
髪は茶、筋肉はそこまで無く、キャシャで、女性らしさが際立っている。
グロテスクな顔を除けば、人間に近く見えるが、指は蜘蛛の足先ように成っている。
何かから飛び降りるような動作をし、地面に降りたった女性は、一匹の大蜘蛛の前に立ち、口を開く。
「報告にあった、黒い服のエルフは、その子?」
普通に流ちょうな言葉で話すと、大蜘蛛の方はうめき声のように、ギギギと鳴き、その言葉を理解したらしく、視線をシルフィの方に向ける。
鋭い眼光には、何所か怒りのような物が感じるが、一度深呼吸をして落ち着くと、拘束を解くように、命令を下す。
彼女の命令に従い、蜘蛛達は二人を包んでいる球に、自らの唾液を拭きかけ始める。
すると、周りの糸は液状に成り、溶けていく。
二人の体を縛る糸以外は、全て溶かされ、首以外を動かせるようになると、すぐに周りの蜘蛛達は、シルフィ達を拘束し、自由を奪う。
蜘蛛の女性は、シルフィの元に近づき、確信に満ちた目を向ける。
「……その服、やはり」
「な、なに?」
「おい!俺の仲間は無事なのか!?もし妙な事していやがったら、ただじゃ置かねぇぞ!」
まるで自分なんて眼中にないような反応に思えたガイは、仲間の安否を問いかけると、女性はため息交じりに、ガイの方を向く。
「安心して、あなたの仲間は、全員生きているわ、今頃、私のお友達と仲良くしているから」
「仲良く、だと……」
ガイが想像した仲良くは、生かされた状態でここには居ない蜘蛛の魔物たちに、まるで奴隷をいたぶる様に、乱暴している姿を想像する。
今の彼らは、読んで字のごとく生き地獄を味合わされているのかと、内心憤慨していた。
「貴様、ふざけングッ!!」
「ごめんなさい、今はあなたとお話している場合じゃないの」
遺憾の意を示すべく、怒鳴ろうとしたガイの口に、蜘蛛の糸が吹き付けられる。
その糸は女性の手首より発生し、弾丸のような速度で、ガイの口に命中し、口を封じた。
喚くガイを他所に、女性はシルフィに視線を戻すと、装備を検め始めた。
「えーっと、多分この辺りに……有った」
「あ、ちょっと」
女性がシルフィの装備より取り上げたのは、ハンドガンとマチェット。
適当にいじり倒し、マチェットの柄と、ハンドガンのグリップに刻まれている刻印を見て、目の色を変える。
怒りを感じ取れる瞳を、シルフィに向け、着用しているスーツを観察する。
何か納得した素振りを見せ、安全装置がかかっているのを確認した女性は、ハンドガンを大蜘蛛の一匹に預け、マチェットをシルフィに向ける。
「さて《この山に、いえ、この世界に何をしに来たのかしら?連邦の兵士さん》」
「え?」
女性の口より、この異世界では使われていない言語が発せられる。
ガイの耳には、なにかモゴモゴと話したように聞こえたが、シルフィには聞き取れた。
かつて父が使い、教わった言葉を。
一方そのころ、アリサは
「フム、この辺りで戦闘が有ったのか」
蜘蛛の糸がまき散らされているルートをたどり、シルフィ達が居たであろうポイントを発見する。
地面に放置されているコンバットボウと、命中しなかった大量の蜘蛛の糸が、木々にコベリついていた。
下山ルートには、糸は無く、周りにも蜘蛛の血は無い辺り、この先へと逃げた可能性は低い。
捕食されてしまった可能性もあるが、周りに人間の鮮血も無い。
恐らく生きたまま捕縛されている。
だが、何時までも生かしたまま、という事も考えにくい、自分たちの巣へと戻り、ゆっくり捕食するつもりなのかもしれない。
早いところ、二人を見つけたいところではあるが、問題が発生してしまっている。
「(……エーテルを周囲に散布して、ルートを把握し辛くしているのか?どうやら、ただの虫けらではないな)」
レーダーによる捜索や、無線の電波を辿ろうにも、散布されたエーテルで索敵を行えず、進んだ痕跡も綺麗に消されてしまっている。
アリサには目もくれず、逃げる二人を追い、散布されているエーテルに痕跡を残さずに目的地へと向かう。
どう考えても、今まで遭遇してきたどの個体よりも、知能が高い。
アリサにインプットされている蜘蛛型の魔物に関するデータによれば、普通の蜘蛛と比べても左程変わらない筈だ。
にも拘わらず、まるで現代戦のように周囲にエーテルをまき散らし、アリサの捜索を妨害している。
「(まさか、誰かが指揮している?群れる蜘蛛もいると聞くが……まぁいい、探し出せばわかるか)」
シルフィの弓を手に取り、二人の捜索を開始しようと、歩みを進めていると、ふと、一つの疑問が浮き上がる。
「(ちょっと待て、何で蜘蛛達がこんな戦術を使っている?私のようなアンドロイドや、電子機器にしか意味をなさないというのに)」
この世界では、周囲に魔力をまき散らすことは、滅多にない。
自然に漏れ出す程度であれば、別に敵に検知される心配はなくとも、故意に放出すれば、敵に位置を把握される危険性がある。
故意にこのような事をしても、無駄に体力を消費するだけだし、何より自分はここに居ると、敵に居場所を教えるだけだ。
やるとすれば、目立ちたがり屋か、余程の命知らず程度。
この世界においては、それが当たり前であるが、アリサの世界では、ミサイルなどの長距離兵器による、精密な攻撃や、レーダーによる警戒を妨害する目的で、散布されることが主な目的だ。
エーテルが戦争に用いられてからは、泥臭い有視界戦闘を行うように成った。
あり得ないかもしれないが、一つの結論が出てくる。
「(まるで、我々のような存在と対峙するような方法、まさか、我々の世界の住民が関与している?)」
導き出した結論の裏付けを行うべく、今まで得たデータを用いて、演算を行っていると、義体のバランスが大きく崩れてしまった。
「え?」
思考に演算を割きすぎていたせいか、足元の石ころに気付けず、そのまま山を転がり落ち、川に入水してしまった。




