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エルフとガイノイドの百合劇場  作者: B・T
ナーシサス編
167/343

燃える平原 前編

 ジャックのおかげで、部隊は撤退に成功。

 敵の追撃も、ジャックの方へ向かった為、安全地帯まで逃れた。

 だが、敵側の目的も判明した。


「クソ、向こうの真の目的はジャックだったが」


 揚陸艇の指令室にて、少佐は冷静に敵の動きを分析。

 その結果、魔物とアリサシリーズは、ジャックを完全に包囲。

 逃げようにも、逃げられない状態と成っている。


「指揮官、あの」

「何だ、チナツ」

「……大尉の救援任務を、ご提案したく」

「……」


 頭を抱える少佐に、チナツは手を挙げた。

 ジャックの救援。

 確かに、この状況では救援部隊を派遣しなければ成らない。

 しかし、問題がいくつも有る。

 負傷者も多数、ビークルもほとんどが損傷。

 それ以前に、下手に増援を送っても、ジャックの足かせになるだけ。


「も、申し訳ありません、出過ぎた真似を」

「いや、君の言う事ももっともだ、だが、今すぐには無理だ、負傷者が多すぎる」


 今この場所から、ミサイルや砲撃を当てずっぽうに行っても、ジャックの体温で全て無効化される。

 となると、ちょっとやそっとの熱で、一切動じる事の無いメンバーが選抜される。

 そのメンバーは、やはりいつものメンバーだ。


『少佐』

「ドレイクか?」

『はい、先ほどのお話ですが、ぜひとも私達に』

「良いのか?」

『今更ですよ、ご命令ください、大尉の救援に向かえと』


 どうやら、ドレイクに話を聞かれていたようだった。

 彼は、ジャックを除けば、最後まで戦場に残り、部隊の撤退を支援した。

 その影響で、軽度に負傷。

 それでも、戦う気でいるようだ。


「……ドレイク、ただちに部隊を編制し、ジャックを救援しに行け」

『了解』


 敬礼したドレイクは、無線を終了。

 少佐は、チナツの方を見る。


「チナツ」

「は、はい」

「救援部隊のオペレーターを務めてくれ」

「了解!」


 少佐から下された命令を聞き、チナツは意気揚々と端末を操作。

 ドレイクと通信しつつ、部隊の編制を始めた。


「さて、我々は、我々の仕事をするか」


 救援部隊の方は、チナツとドレイクに任せ、少佐は別の指示を始める。


 ――――――


 その頃、シルフィは息を整えながら、治療を受けていた。

 先ほど、目の前で無残な死を遂げた隊員。

 彼の苦しみをモロに受け、身体だけでなく、精神面にも影響を出していた。

 いや、彼だけではない、あの戦場で散った多くの隊員の思念が、シルフィを苦しめる。


「はぁ、はぁ」


 目を瞑ろうとも、隊員達の最期の瞬間が映り込む。

 耳を塞いでも、彼らの断末魔が聞こえて来る。

 耐えなければ成らないが、我慢しきれる物では無かった。


「……エーラさん、ゴメン」


 エーラへ謝罪を入れながら、シルフィは注射を打つ。

 数秒で薬は回り、先ほどまで感じていた苦しみは、徐々に晴れる。

 本当は、こんな方法は逆効果である。

 そんな事解っていても、つい使ってしまった。


「大丈夫かの?」

「あ、えっと、うん、大丈夫」


 すぐ傍でシルフィの治療をしていた老人は、薬で高揚を覚えるシルフィの安否をたずねる。

 本人は大丈夫だというが、老人には、とても大丈夫には見えなかった。

 少し心配になった老人は、手をシルフィの頭に乗せる。


「ふ~む、共感性が強いようじゃの」

「え?」

「相手の思考を読みやすい反面、強く共感する故に、心を傷めやすい」


 シルフィの状態を確かめた老人は、原因を伝えた。

 何故目の前の老人に、そのような事が解るのか。

 考えたかったシルフィだが、薬を打ったばかりのせいか、上手く頭が回らない。

 そんなシルフィを知ってか知らずか、老人は耳元でささやく。


「お主にとっては、今は苦痛かもしれぬが、何時かは、受け入れられる程の度量を持つ事が、その状態を克服する、唯一の方法じゃ」

「そう、なんだ」

「何も、そのような物を使い、我慢する事は無い、本当に辛いときは、誰かを頼れ、涙を流せ、少なくとも、ワシと紅蓮の奴は、それを許す」


 老人の話を聞いたシルフィは、薬の高揚のせいで、感情がおかしくなる。

 嬉しさと悲しみ、この両方の感情で、涙があふれて来る。

 その反面、薬の影響のせいで、無理矢理笑いが込みあがって来る。

 そのせいで、おかしな笑みのまま、涙を垂れ流すという状態に成ってしまう。


「は、はは、今私、変な笑い方だよね」

「ああ、そろそろ、薬の副作用も収まる、その後でもよいから、先ずは一旦落ち着けい」

「え?……ッ!!?」


 老人は、持っていた瓶のフタを開け、中身の臭いをかがせる。

 不意打ちだった事も有り、シルフィは瓶の中の臭いを思いっきり吸い込む。

 その臭いは、かつてリリィの作った料理と同レベルの異臭。

 その刺激臭のおかげで、シルフィは落ち着きを取り戻した。


「ゲッホ!ゲッホ!何それ」

「ちょっとした気付け薬じゃ、少しは落ち着いたかの?」

「え、うん、まぁ」


 瓶をしまう老人を見て、シルフィはクリアになった頭で考える。

 未だに戦火が止んでいない。

 薬を打つ前でも、かなり時間が経過していた。

 にもかかわらず、まだ戦いが遠くで続いている。


「……そう言えば、ジャックは?」

「アヤツであれば、まだ前線のようじゃ、あの機械人形に、大分手を焼いておる」

「そんな……助けないと!!」


 老人からジャックの状況を聞かされたシルフィは、ガーベラを腰に差す。

 出撃するべく、外へ出ようとするが、身体はピタリと止まってしまう。

 何故かと思い、振り返ると、老人がガーベラの鞘をつまんでいる。


「ちょっと、離してよ!」

「まぁ、待ちなされ」

「ッ!?な、なんで」


 シルフィは、老人の指からガーベラを離すが、老人の指はシルフィの身体を捉える。

 その結果、シルフィは、自分の身体の自由を奪われた。

 どう頑張ろうとも、マブタや呼吸器官程度しか動かせない。

 その状況が、シルフィには理解できない。

 何しろ、老人はシルフィの腰に指を一本立てている、たったそれだけ。

 それだけで、シルフィは動きを封じられている。


「離して!お願い、行かせて!」

「待てと言っておる」

「私が行っても、どうなるか解らない事位、自分でも解ってる!でも、アイツはっ」

「およ?」


 シルフィは考えてしまう。

 老人が止めているのは、自分が役に立つか解らないから、なのだと。

 それでも、シルフィにとっては、血の通った家族。

 どんな人間であっても、どんな関係だったとしても、助けたいという想いがある。

 何としてでも、ジャックを助ける為に、老人の腕を振り払うべく、腕を無理矢理動かす。

 まるで水飴の中で腕を動かすように、のっそりとした動きで、老人の腕を掴もうとする。


「やれやれ、少しは人の話を聞きなさい……ほれ」

「え?」


 後少しで老人の腕に到達する前に、老人はオニギリを手渡す。

 ライスを握り固めた食べ物。

 という事を、認知しているシルフィは、何故今渡されたのか、疑問に感じてしまう。

 確かに空腹ではあるが。


「腹が減っては戦はできぬ、今頃別の仲間達も、アヤツを助けるべく動いておる頃じゃ」

「えっと、私が弱いから止めたんじゃ……」

「誰がそんな事を言った」

「ご、ごめんなさい」


 早とちりだった事を悟ったシルフィは、すぐに老人に謝る。

 心なしか、老人の目も怒っていたので、即頭を下げた。

 多少の違和感を覚えながらも、シルフィは老人からおにぎりを貰う。


「おい、シルフィは居るか?」

「あ、ドレイクさん」


 食べようとした途端、シルフィ達の居る部屋に、ドレイクが入って来る。

 急だったので、シルフィはおにぎり片手に、敬礼をするという変なポーズに成ってしまった。

 とりあえず、今回は目を瞑ったドレイクは、シルフィに命令を下す。


「……大尉の救出に行く、それを食べたら、お前も来い」

「は、はい!」

「ほな、ワイらは先に行って、待っとるで~」

「早くしろ、間に合わなくなる」

「こちらでお待ちしております、準備が出来ましたら、お声がけください」


 ドレイクが出撃しに行くと、ネロとウィルソン、ラベルクも続く。

 ラベルクは部屋の前で待機し、三人は先に行ってしまう。

 シルフィを含めても、救援部隊はたった五人。

 アリサシリーズ達を相手では、戦力が小さすぎると思える。

 だが、彼らの実力を考えても、妥当な布陣だ。

 それでも、生存率は、きっと低い。


「やっぱり、愛されてるのかな?アイツ」

「ああ、中途半端な未熟者じゃが、人望は有る」

「え、アイツが未熟者?」

「ウム」


 老人の言葉に、シルフィは少し驚く。

 何しろ、あれだけ強いのに、ジャックが未熟者と言われたのだ。

 確かに、ジャックは自虐で自分は最弱だと、公言してはいる。

 ただの冗談だと思っていたが、未熟だと言い放ったのは、少佐以外では、彼が初めてだ。


「アヤツは、根本的な所で軍人になり切れぬ」

「根本的?」

「合理的な判断、大を生かすべく、小を犠牲にする、そう言った冷徹な判断を下せない」

「それって、良い事じゃ……」

「人としてはな、じゃが、こういった状況では、そう言う判断が良い事なのじゃ」


 老人の言う事を、シルフィは考える。

 全てを肯定できる訳ではないが、故郷の里でも、似たような事を教わった。

 罠にかかる、大きな負傷をする。

 そう言った状況で、動けなくなった場合、見捨てる冷酷さが大事だと。

 だが、シルフィにとっては、それは容認できない事だった。


「じゃが、アヤツは、そんな判断をするくらいであれば、軍人でなくてよいと、言っておった」

「じゃぁ、ジャックは、何になりたいの?」

「……侍、だそうじゃ」

「侍?」


 シルフィは小首をかしげるが、侍と言う物は知っている。

 武士道と言う物を重んじる、東の方の戦士。

 漫画やアニメ、ジェニーの話にも何度か出てきた。


「自分の正義で、兵士にも、軍人にも成れないというのであれば、自分の正しさの元で動ける存在で在りたい、それが、アヤツの望む道」

「その道って?」

「守れる全てを守る、己の命を犠牲にしてでも」

「……案外、お人よしなんだね」

「ああ、アヤツは、そういう奴じゃ」

「(やっぱり、アイツが私の親で、良かったのかな?)」


 少し微笑みながら、シルフィはおにぎりをかじる。

 因みに、具は老人特性の梅干し。

 しかも疲れに効くよう、酸っぱくなる味つけがされている。

 初心者のシルフィには、少し、と言うか、かなりの酸味を感じた。


「酸っぱあああ!!」


 そんなシルフィの悲鳴が、揚陸艇中に鳴り響いた。

 だが、意外とクセになる味だったそうな。



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