まかれた火種 後編
十機のアキレアが投入された事で、戦況は大きく動き出した。
圧倒的な戦闘力に、アンドロイドである事を活かしたコンビネーション。
保持しているハルバードの火力も相まって、被害の拡大は、留まる事を知らない。
『し、司令部!敵が強すぎます!』
『こちら、コンドル5!もう四機も落とされた!』
『タイガー2!走行不能!う、ウワアア!』
『こちらサーバル1!サーバル4、5が壊滅!こっちも負傷者多数!後退の許可を!』
揚陸艇内では、次々被害報告の無線が鳴り響いており、少佐は事態の収拾に手を焼いてしまう。
ジャック達を向かわせようにも、彼女達は、別のアリサシリーズの相手で手一杯だ。
攻撃を再開した魔物達の相手をするシルフィ達も、アキレアに行かせる余裕はない。
「マズイ、混乱が収まらない、損失の状況は?」
「およそ二十六パーセント」
「クソ、戦線は放棄する!直ちに撤退しろ!!」
「了解、各隊に通達、戦線を放棄、撤退を開始してください」
予想以上の損失に、少佐は迷わず撤退を指示。
無線が通じない者達の為にも、揚陸艇から撤退の信号弾を発射。
だが、逃げるだけでは、背中から撃たれる。
問題は、だれがシンガリを務めるか、である。
「(普段ならば、しんがりは重戦車に任せる所だが、タンクがあれでは)」
何時もであれば、シンガリに使用する重戦車は、この作戦には無い。
と言うか、使用の許可が下りなかった。
タンクの装甲では、アキレア達の攻撃は防げない。
そうなると、頼れるのは一人だけだった。
「……ジャック」
『何だ!?』
「頼めるか?」
『おいおい!人の事何度盾に使ってきた!?今更だ、この部隊のお姉ちゃんたる俺に、任せろや!!』
「すまない」
――――――
撤退の信号弾を打ち上げられ、各部隊は、次々と逃げ始めていた。
「撤退!てったぁぁい!!」
「歩兵部隊は下がれ!援護する!ノワ!」
歩兵部隊を守る為、ルプスは被弾しながらも迎撃を開始。
歩兵たちは、ルプスを盾にしつつ、最低限の援護を行いながら、撤退を行う。
中には、負傷兵を担いでいる者もいる。
そのおかげで、逃げる速度は一向に上がらない。
せめてもの助力で、タンクたちは逃げる力を無くした者を乗せて下がる。
「あ、クソ、ミサイル!ミサイル!」
だが、そうして逃げる兵士は、恰好の的。
敵からの攻撃は、容赦なく降り注ぐ。
乱雑に打ち出されたミサイルが、撤退中の兵士へと接近。
しかし、そう言った攻撃は、シルフィのドローンが防ぎ止める。
「早く逃げて!」
「た、助かった!」
ガーベラではなく、ストレリチアによる射撃主体の攻撃で、部隊を掩護する。
しかし、防御に特化したドローンにも、限界はある。
ここまでの戦闘で、ドローンは劣化。
機能に支障を来たしている個体も、少なくない。
「……あ、ほら、急いで!」
「済まない、駆動系に問題が」
「そんなの脱いじゃって!!」
エーテル・ギアの故障で、動けなくなったようだ。
シルフィは、すぐに装甲を引きはがし、逃げるように促す。
「ッ!!?」
足を止めるシルフィ達へ向けて、砲撃が繰り出される。
咄嗟にドローンで防御するも、衝撃で二機ほど大破。
防御に穴が開いたところを狙い、立て続けに攻撃が繰り出される。
爆炎に包まれ、数発程シルフィは被弾した。
「う、だいじょう、ぶ……あ、そんな」
目の前には、先ほどの兵士だった物散らばっていた。
非常事態だったとはいえ、エーテル・ギアを脱がせてしまったせいだろう。
「あ、ああ」
顔に付着する、彼の物が、よりシルフィの悲壮感を深める。
同時に、彼の思い出、爆発の痛みの苦しみが、シルフィへと伝わる。
そんな彼女を、ネロは見つける。
「おい!どうした」
「私の、私のせいで」
「しっかりしろ!これは戦争だ!誰のせいも無い!!」
戦闘の継続が不可能と判断したネロは、彼女を担いで、撤退を始める。
そんな中で、ネロはたった一人、前線に立つジャックを視界に収めた。
ただ一人、ヘリアンを相手にしながら、量産機のアキレア達を足止めしている。
状況は何時ものの事だが、戦力はけた違いだ。
「頼みましたよ、大尉」
――――――
前戦に残るジャックとヘリアン。
二人はつばぜり合いを維持しながら、睨み合っている。
「……何故?逃げない」
「当然だ、おれがシンガリだ」
「そう」
ジャックの言葉を聞いたヘリアンは、ジャックを弾き飛ばす。
その間に、信号を他のアリサシリーズ達へ伝達。
すると、相手を無くしたデュラウスとイベリス、全てのアキレアが、ジャックの前に現れる。
「それじゃ、私達姉妹全員、相手にしても、問題ない」
「当たり前だ、俺のテクで、テメェら全員、腰ガタガタにしてやんよ」
「すげぇ自身だな、だったら、望み通りにしてやるよ!!」
刀を構えるジャックへ、先にデュラウスが突っ込む。
今のジャックは、ドローンを味方の援護に回している状態。
地味に体力も低下している。
この状態を打開できる唯一の策は、ただ一つ。
「もう一度、オーバー・ドライヴと悪鬼羅刹、併用させてもらうぞ!!」
カルミアとの闘いで行った、強化技の二つを同時使用。
ラベルクの技術提供で、長時間の使用と、自爆の危険性を解消できている。
だが、身体への負担が大きい事に変わりは無い。
全身を焼きながら、ジャックは戦闘を開始。
「来やがれ、ビッチ共!!」
「誰がビッチだオラアア!」
叫びと共に、ジャックはデュラウスのランスを弾く。
そのまま、デュラウスへ蹴りを入れ、距離を稼ぎ、移動する。
今回は今までとは状況が違いすぎる。
一対一のタイマンではなく、ほとんどリンチに近い。
「スレイヤー戦、用意」
ヘリアンの言葉で、アキレア達は戦闘を開始。
全員に組み込まれている、対スレイヤー用の戦術。
それを起動させ、ジャックへ集団戦を行う。
射撃や砲撃は、あくまでも牽制。
後は、ジャックに対し、接近戦を挑む。
「(燃やせ、全身を焼け、体温を、鼓動を上げろ!!)」
闘争心を向上させ、ジャックは動き回りながら、戦闘を続ける。
オーバー・ドライヴと悪鬼羅刹の併用によって、バルチャーも炎上。
ダメージこそないが、その見た目の印象は、かなり変わる。
もはや、バルチャーと言うよりは、フェニックスと言えるような見た目だ。
「逃げてんじゃねぇぞ!!」
「生憎、一人一人相手してる訳には行かないんでね!!」
炎をまとい、動き回るジャックへ、デュラウスは肉薄する。
彼女の相手を片手間に、ジャックはアキレアを対処。
しかも、この状態で、ジャックは後方の仲間の援護も行っている。
ドローンを使い、仲間を追う魔物を足止めし、アリサシリーズを相手しているのだ。
「ジャック、本気で、私達と戦う気か」
「まったく、愚かな方ですわ!」
「油断しない、アイツは、手ごわい」
ヘリアンとイベリスは、ジャックを相手取るデュラウスに援護射撃を行う。
大きな意味が有る訳でもなく、ただの行動阻害。
二人とアキレア達の射撃によって、ジャックの行動を抑制。
その隙にデュラウスが仕留める。
そう言った算段だった。
「(成程、そう言う事か)」
不本意ながらも、ジャックは二人の誘導に乗る。
そして、予定通りのポイントへ先回りしていたデュラウスの前に移動。
待ち構えていたデュラウスは、ランスを構える。
「かかった!!」
「ぬるい!」
高速でランスを繰りだす。
読んでいたジャックは、とても人間とは思えない動きで、ランスを回避。
「そっちもね」
だが、回避したジャックへ向けて、ヘリアンは狙撃。
エーテル弾は、ジャックの手に命中。
一発だけでなく、複数発の着弾で、彼女の手から、刀は弾かれる。
「クソ!」
丸腰となったジャックへ、複数のアキレアがまとわりつく。
バルチャーの駆動系、ジャックの肉体、それらの自由を完全に奪う。
「コイツなら、どうだ!!」
自由を奪われたジャックに向けて、デュラウスはオーバー・ドライヴにより、特攻。
数段早いスピードを叩き出し、ジャックの頭部へ迫る。
「やらせるかよぉぉ!!」
「う、ウソだろ!?」
寸前の所で、ジャックはランスを回避。
同時に、まとわりつくアキレア達を、力づくで引きはがす。
アキレアの内一体から、ハルバードを奪い、戦闘を再開。
ハルバードに炎をまとわせ、ハルバードを失ったアキレアを両断する。
「行くぜ」
刀を拾っている暇はないと判断し、ハルバードの使用を継続。
周りのアリサシリーズに向けて、槍を向ける。
「桜我流槍術・炎槍炎舞!!」
槍を振り回し、アリサシリーズを一気に吹き飛ばす。
極力、一対一の状況を作り、一撃離脱を行う。
その姿を見たヘリアンとイベリスも、射撃を止め、接近戦を開始。
「しぶといですわ」
「なら、一気に勝負を、つける」
オーバー・ドライヴを使用し、ジャックと戦うデュラウスの援護へ回る。
多勢に無勢と言った状況を作り出し、ジャックを相手する。
ジャックにとって、何時もの状況とはかけ離れていても、やる事は同じ。
身体への負担を忘れ、全方位からの攻撃を回避し、隙を見て一撃を入れる。
「(動きを止めるな、止まっても一秒、いや、それより短く、更に短く、負担は忘れろ、考えるな!)」
前身の筋肉は悲鳴を上げ、骨はきしむ。
ただでさえ、常識離れしているバルチャーの性能を、限界以上に引き上げる。
慣性の法則の一切を無視し、動き、戦う。
普通の人間が行えば、間違いなく潰れていただろう。
「(……部隊は撤退したか、これで)」
部隊の撤退を確認したジャックは、ドローンを呼び戻す。
彼女のドローンも戦列に参加。
供給されたエーテルによって、ドローンも発火、更なる性能を獲得する。
「……なら、こっちも」
ジャックの装備追加を期に、ヘリアンは魔物達を呼び集める。
彼らには、射撃による支援のみを要請。
呼び寄せた一部の魔物は、ジャックへ射撃を開始する。
「守って見せる、今度こそ、俺の家族を!!」
リリィとおシルフィと戦っていた時よりも、遥かに高い体温を発し、ジャックは戦う。
その温度は、実弾が着弾する前に溶けて無くなる程。
平原は、完全な灼熱地獄と化した。




