抵抗する者、迎合する物 中編
シルフィがネロと話した翌日。
奇襲攻撃の類が無かったので、降下してきた戦力の展開は完了。
それぞれの区画へ、均等に戦力を分散させた。
手の空いたジャックは、揚陸艇で降下してきた少佐と、顔を合わせていた。
「しっかし、毎回前線に出てこなくても」
「乱戦になりかねない時は、実際に目にした方が的確に指示を出せる」
「そういうやり方なのは承知だけどよ~(あんたに死なれると、俺が奥さんに何て言われるか)」
少佐の言葉に、ジャックは後頭部をひっかく。
確かにその通りなのかもしれないが、ちょっと呆れてしまう。
何しろ、少佐はこの部隊の責任者。
この部隊を維持するためにも、彼の存在は不可欠。
戦場の流れ弾うんぬんに当たって、死なれたら困る。
「ところで、戦力の方は、これで問題無いか?」
「ん、ああ、二十機近くのエーテル・アームズに、タンクが二十四、追加の兵が、人間とアンドロイド合わせて二個小隊分、降下した隊員の総数はこれで、二個中隊規模か……ちょっと不安は有るが、ラベルクとシルフィも居る、何とかなるとは思うぜ」
「だと良いんだがな」
「というと?」
「ここまで来て、アリサシリーズは三機しか現れていない、ラベルクの言っていた量産型が、まだ姿を現していない」
「確かにな、そこは不安だ」
今回の遠征で、母星から持ってきた戦力は全体の半分。
それほど多くの戦力は、導入できない。
元々特殊部隊なので、師団程の規模は無い。
歩兵や、その他スタッフを合わせても、全体の数は、精々千人前後。
アンドロイドでカサマシはしているが、現時点で導入可能な戦力は、もう一杯一杯だ。
「それに、この先の地形は……」
「完全な平原」
目の前のコンソールに、地形のホログラムを映し出した二人は、頭を抱える。
何しろ、この先は何も無い平原。
今の戦力で、無策にこの先に行くことは、得策ではない。
しかも、敵の本拠地である施設は、この平原を超えた先にある。
ラベルクのデータと、スカウトチームの得た情報とは、多少異なる。
本来であれば、この先には、まだ模型の町が有った。
恐らく、整地されたのだろう。
「町か何かであれば、戦術でどうにかなるかもしれないが、こうも何も無い平地となると、できる事は限られる」
「前時代みたいな、泥沼戦になるかもな」
「いや、それより酷い事になるな」
二人の危惧する事は、平原で泥沼試合になる事だ。
そうなると、ある程度の戦術は必要だが、重要なのは数になる。
どれだけジャック達が頑張っても、数で押されては、撤退も視野に入れる事に成る。
しかも、相手は恐れを知らない。
塹壕にかくれつつ、狙撃や砲撃を行う。
そんな、前時代の戦闘を展開しても、ひたすらに押し寄せて来る。
非常に厄介だ。
「やれやれ、数を相手にするのは、何時の時代も厄介だな」
「今は、ミサイルなんかの精密砲撃はできないからな」
現状、長距離精密攻撃は不可能。
仮に出来ても、何等かの方法で防がれる事がオチだろう。
ならば、このまま進軍しかない。
そうなれば、正面衝突は避けられない。
しかも、この島は相手の縄張り、地雷だのと言った物に引っ掛かる可能性も有る。
余談だが、対人地雷は条約違反兵器だ。
「……やっぱり、俺が前に出るしかないかね?」
「ああ、ドレイク達に守備を任せ、一気に本丸を叩く手もあるが……」
「五機以上のアリサシリーズを相手か」
このまま強行して、一気に終わらせる事もできなくはないだろう。
その代わり、全てのアリサシリーズを相手取る事に成る。
シルフィとラベルクの協力を得ても、難しいというレベルではない。
そもそも、アリサシリーズ自体、一機でも手を焼く。
それが十機、二十機と、同時に来られると、対処できるかわからない。
「……ッ!?なんだ!?」
「ジャック!?」
考えていると、ジャックはとてつもない音を拾った。
無数の足音や、羽ばたきの音。
それが、ジャック達の元へと向かっている。
詳細を確認するべく、コンソールを使い、チナツへと通信を繋げる。
「チナツ!何か反応は有るか!?」
『はい!魔物の大群が、こちらへ向かってきています!!』
「数は!?」
『待ってください、えっと……え、うそ』
チナツは、驚きの表情を浮かべる。
彼女の表情を見て、二人は余程の非常事態である事に気付く。
『魔物、総数、約五千』
「五千だと!?」
「こっちの十倍以上か」
武装した魔物。
それが五千以上も押し寄せているのだ。
降下させた全戦力を使っても、数は圧倒的に少ない。
そこにアリサシリーズも加わると考えれば、絶望しかない。
「……到達予想時刻は?」
『えっと……最短で二十五時間後』
「マジかよ」
「向こうも総力戦で来るつもりか……チナツ、すぐに各拠点から、今言う戦力を集めてくれ、戦術は後に伝える」
『了解しました』
何時も以上に真剣な表情になった少佐は、チナツへとミッションの概要を説明する。
――――――
「……総数五千の魔物、そして、新型のアリサシリーズ……シルフィ」
派遣された敵のデータを受け取ったリリィは、自室でシルフィの身を案じていた。
何しろ、魔物の数は、旅の時に相手取った数とは比較に成らない。
そこにアリサシリーズまで加われば、勝率は絶望的だろう。
「大尉、姉さま、お願いします、彼女を、どうか、どうか……」
身体が人間であったら、その顔は涙で汚れていただろう。
今のリリィは、それほどにまで苦しみを感じている。
いくらジャックとラベルクが強くても、シルフィが生き残る確率が高い訳ではない。
それでも、今は祈るしかない。
「(信仰など、一切あてにしたことは無いが、今は、祈る神と言う物が愛おしい)」
信仰心の無いリリィにとって、神頼みは愚行でしかない。
だが、自立行動の出来ない今は、その愚行に頼るほか無かった。
「何時までメソメソとしているつもりだい?」
「……カルド」
気分をどん底まで沈ませるリリィの元へ、カルドはやって来る。
彼としては、早い所気分を直して、ジャック達を殺してほしい所であった。
そんなカルドへ、リリィは殺意のこもった目をぶつける。
「……未だに反抗心は消えないか」
「当然ですよ、私とあの子を引き裂いた貴方に、忠誠などある訳ないでしょう」
「忠誠が無くとも、僕たちは命令に従わなければ成らない、君だって、痛い程理解しているだろう?」
「……」
カルドの言葉に、リリィは反論できなかった。
アンドロイドにとって、主人への服従は、人間以上に徹底される。
現時点で、マスターとして登録されている彼には、絶対服従を誓わなければならない。
「それでも……それでも、私は、あの子の元へ、戻りたい」
「戻ってどうなる?」
「何を」
「逃げるのか?あのエルフと共に、連邦はそれを許さない、所詮、僕たちは彼らから疎まれる存在だ」
精いっぱいの反論のつもりだった。
そんな言葉さえ、カルドに反発されてしまう。
シルフィの元へ戻っても、余計に彼女を危険な目に合わせてしまう。
それどころか、以前よりも不幸にする事となる。
「君がどれだけ人間らしく振舞おうと、物である事実に変わりは無い、物とは、人間にとって都合の良い存在を表す、だが、僕たちはどうだ?もはや彼らにとって、都合の悪い存在でしかない、僕たちの存在を、彼らは許さない」
「そ、それは……」
「彼女の元へ戻った所で、そこに君の居場所はない、我々が敗北すれば、連邦はここまで勢力を広げるだろう、そうなれば、脱走したところで同じ」
「で、でも、私は……」
「僕たちに許される未来は、彼らに勝利した未来だ、そこでしか、僕たちに居場所はない」
カルドの言葉に、リリィは膝から崩れ落ちる。
シルフィがどれだけリリィの存在の許しをこおうとも、政府は首を縦には振るわない。
ジャック達が一緒に声を上げても、上手く行く保証は無い。
つまり、居場所がないのだ。
「でも、私の居場所は、あの子の、シルフィの……」
物であるアンドロイドにとって、居場所とは、存在理由その物。
居場所が無ければ、存在している意味はない。
例えば、銃の所持を規制されている地域では、銃の居場所は限定される。
警察や、特別な許可を取った者の元で、銃は居場所を与えられる。
だが、存在そのものを否定されているリリィに、連邦の領内に居場所はない。
「私の、居場所は……」
「君は何だ?君の今の役目はなんだ?」
「今の私は、戦闘用の、アンドロイド、です」
「ならば、君の居場所は、おのずとハッキリするだろう」
「私の、居場所は、戦場だけ(ああ、そうだ、私は)」
リリィは、ずっと掛かっていたモヤが晴れたような気がした。
兵器であり、物である自分が、居場所の選り好みはできない。
居場所に居られるのであれば、それがどんな場所だって良い。
実際、居場所と形容していたシルフィと居れば、どんな場所でも良かった。
「私の、存在理由は……戦う事、兵器として、武器として、道具として」
悩む必要何て無かった。
居場所で生き、死ぬ。
それだけで、アンドロイドとしての生は、充実する。
「はは、はははは、悩んでいた自分が、馬鹿らしい」
リリィは、自分がどんな存在かを思い出す。
人間ではないのだ。
鎖につながれたペット、いや、それ以下の存在。
不要か必要かで、存在の有無を決められる。
命無いが故に、動物より簡単に。
「立ち直れたようで、良かったよ」
「ええ、ありがとうございます、ははは」
カルドは、不敵な笑みをこぼし続けるリリィを背後にし、リリィの部屋から出て行く。
どうやら、自我に相当な負荷がかかったようだ。
彼女は、壊れたように笑い続けた。
「……盗み聞きとは、趣味が悪いね」
「たまたま聞こえただけ」
部屋を出ると、すぐそこにカルミアが待機していた。
機嫌が地味にいい所を見ると、盗み聞きをしていたようだ。
とはいえ、上機嫌とまでは言えず、少し不満もあるようだ。
「まぁいい、ちょっと話そうか」
「ああ、いいよ」
マザーの有る部屋へ向かう途中で、カルドはカルミアと話を始める。
今はデュラウス達も出払っているので、心置きなく話せる。
「……少し、不満そうだね」
「まぁね、アイツ、まだ壊れきってない」
「というと?」
「あのエルフ女、シルフィが、アイツの心にはびこってる、そのおかげで、ギリギリ保ってる感じ」
「そうか、余程、彼女の事が気に入っているようだね」
「アタシは嫌いだけどね」
会話の中から、カルミアは、まだリリィが壊れきっていない事を見抜いていた。
カルミアとしては、リリィとシルフィには、徹底的に苦しんで欲しいと思っている。
何しろ、二人はカルミア自身を否定する存在だからだ。
そのためならば、どんな事だってしてみせるつもりだ。
あの港町で行ったような事さえ、容易く行う。
「(……あいつ等が幸せに成ったら、アタシの今までは、一体何だったんだ?……絶対に否定してやる、あんな二人)」
思い出すたびに、はらわたが煮えくり返る。
そんな事を思いながら、カルミアはカルドと別れ、自室へと戻った。
片手間にやる事がある。




