抵抗する者、迎合する物 前編
ネロ達の担当区域にて。
デュラウスを退いた後。
補給を受けながら、一人の兵士は、ネロと共に運ぶシルフィの心配をしていた。
「ぐ、軍曹、この子、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ、衛生兵の検査も受けている、今は、少し休ませてやろう」
ウィルソンが増援に駆けつけてくれたおかげで、地上部隊の損害を抑える事には成功。
敵も撤退したので、宇宙からの補給を開始しようとした直後、シルフィは倒れてしまった。
疲労の蓄積などが原因と思われたが、一番の原因は投薬による副作用。
元々かなりの劇薬なので、診察後から現在まで、シルフィは完全にボーっとしてしまっている。
「……リリィ」
負傷兵と一緒に横たわらせられた、シルフィは眠りにつく。
シルフィを運び終えたネロ達は、部屋を後にする。
「(うわ言でも、アンドロイドの心配をするとは)」
テントから出たネロは、一人の人物を目にする。
夜空を眺めながら、煙草をふかす女性。
「……お顔位、お見せになられてはいかがかと」
「ばか言うな、ラリるまで、薬渡されたの気付かなかったてのに、どんな顔して会えってんだ」
傷病テントの前で、ジャックは喫煙を嗜んでいる。
こんな態度を取っているが、シルフィが倒れた音を聞いた途端、補給の弾薬を放り投げて駆けつけてきたのだ。
その際、見覚えのある注射器を見つけ、倒れた理由を知った。
「あれは、一体どのような薬なのですか?」
「……そうだな、まぁ、ただの麻薬みたいなもんだ」
「ただので、すむような物に聞こえないのですが」
「まぁな、一回や二回なら、まだ大丈夫だが、多用すれば、アイツマジでヤバい」
以前、ジャックも使用していただけあって、薬の辛さはよく知っている。
使用直後事態は、それほど問題はない。
問題はその後。
今のシルフィのように、副作用で倒れたり、若干の依存をもたらす事も有る。
同じく使用していたジェニーも、依存から抜け出す事に苦労していた。
「ネロ、俺は持ち場に戻る、アイツの面倒、頼んだぜ」
「……何故、私なのですか?」
「相性がいいと思った」
「大尉、ドワーフとエルフは」
「仲悪い、だろ?でも、俺達は種族も何も関係ない、それが最低限のルールの筈だ」
「……そうでしたな」
「ああ、じゃあな」
「はっ」
ネロの敬礼と同時に、ジャックは持ち場へと戻って行った。
今回の補給で、少佐も降下してくる。
彼の予測では、もうゲームは終了するとの事だった。
――――――
数時間後。
シルフィは目覚め、あたりを見渡す。
「……そっか、私」
負傷兵の多いテントの内部。
何人かは、鎮痛剤のおかげで眠っている。
だが、空気は最悪だ。
消毒剤や薬の臭いだけでなく、化膿している傷の臭い。
しかも、エーテルの濃度は濃い。
眠っていない者は、痛み、苦しんでいる。
「(……みんな、苦しんでる)」
ジャックと違い、シルフィは音として伝わるのではなく、映像等として伝わる。
目を瞑っても、それは変わらない。
故郷の家族、友人、思い出。
彼らの想う物が、彼女の視覚に映る。
「(……外の空気、すってこよ)」
流石に疲れたシルフィは、テントから外へと出る。
完全に気を落としてしまい、それしかできる事は無かった。
こんな時、回復の魔法が使えれば、苦しむ彼らを、助けられる。
「(無力だな、私って)」
随分と強くなったつもりだった。
でも、リリィと一緒に居たから、そう錯覚していただけ。
攻撃方面では、かなり強くなっても、回復面では、あまり強くなっていない。
ネロから教わった技術も、開花していない。
結局、ささやかな手助けしかできなかった。
「(さっきまでは、こんなに辛い思いは無かったのに……そうだ、またあれ使えば)」
薬を投与した瞬間は、こんなに苦しくは無かった。
でも、今は感じていなかった分だけ、苦しみを感じている気分だ。
もう一度薬をうって、楽になりたい。
そんな気分も過ぎってしまう。
「(ダメダメ!エーラさんに言われたんだ、乱用はダメだって)」
思わず飲まれかけてしまったが、シルフィは我慢する。
廃人にだけは、絶対になりたくはない。
「(それに、折角リリィと再開した時に、薬やってた何て知られたら、どうなるか解らないよね、エーラさんとか、あの子の情緒とか)」
一番心配なのは、薬を渡したエーラ。
仮に全部上手くいったとしても、結局リリィは真実を知る事に成る。
そうなれば、エーラがホットドッグになってもおかしくない。
「……ん?ネロさん?それに、チアキさん?」
テントや揚陸艇周りを歩いていると、ネロの姿を見つける。
武装している所を見ると、哨戒か何かだろう。
だが、オペレーターとして、基本的に揚陸艇ですごしているチアキ。
彼女が一緒に居るのは、少し不思議だった。
「……あ、シルフィ、起きたんスね」
「気分は、もう大丈夫なのか?」
「うん、もう平気、所で、二人は何してるの?」
「あっしは、単純に軍曹に兵器を渡しに来たってだけっス、ちょっと話したら、戻るつもりっス」
特徴的な喋り方をするチアキは、ネロの専属オペレーター。
四姉妹に比べて、比較的ボーイッシュであり、チナツより明るい部分が有る。
基地に居る時にも、何度か会って話した事が有った。
シルフィが話に介入した時、ちょっと残念そうな雰囲気を匂わせた。
と言う所を見てしまった事はさておき、シルフィはネロに疑問を打ち明ける。
「……ネロさん、一つ良い?」
「何だ?」
「どうして、戦いで戦争を無くそうと思ったの?あんなに辛い思いをしてまで」
何故、戦うのか。
どうして戦争をするのか。
彼らが平和を願い、戦っている事は理解している。
だが、戦いで戦いを無くそうという考え、そこに疑問を抱いてしまった。
「強いて言うのであれば、理不尽に対抗する為、だな」
「理不尽?」
「ああ、戦争と言うのは、関係者でない者からしてみれば、理不尽な事でしかない」
「そう、だね」
「その理不尽は、いろんな物を奪うッス、家族や友人、家や宝物も」
「……」
チアキの言葉に、シルフィはテントの中の負傷兵達を思い出す。
彼らの中には、身体の一部を機械にしている者もいた。
ドレイクのように、首から下全てを機械。
と言う人間は居なかったが、半数は傷痍軍人だった。
「足や腕を無くすのも、その理不尽が影響?」
「そうだ、仕掛けられ、放置された地雷、流れ弾、不発弾、多くの者は、それらで体を失った」
「関係ない人達だったのに?」
「ああ、兵器にそう言った事を判別する力はない、関係なくとも、人に傷をつけるものだ」
ネロの話を聞いたシルフィは、本当に戦争は無くさなければ成らない物と認識する。
だが、その為に戦いを引き起こす。
この事には、少し反対意見が有った。
「でも、その為に戦いを引き起こしたら、意味ないんじゃ……」
「殴り掛かる理不尽に対して、止めろと言っても、聞いてくれるわけでは無い、ならば、殴り返して止める、それが大尉の言い分だった」
「(相変わらずいい加減)」
戦争を無くす事が目的。
そう言っていた日は、とても尊敬したが、やはりいい加減だった。
その事に少しショックを受けるが、チアキは違った。
「いい加減と思うかもしれないッスけど、あっしらも、軍曹たちも、そのおかげで救われたんすよ」
「え?」
「あの人が、理不尽に対して、蹴りを入れたおかげで、あっしら姉妹も、ここに居るほとんどの隊員も、今も生きられてるんス、まぁ、偶然みたいな感じだったッスけど」
「貴女達も?」
チアキ達が廃棄寸前だった事は、ジャックから聞いていた。
だが、その経緯は、シルフィは知らない。
それでも、ジャック達の介入のおかげで、あの姉妹は助かった。
そして、ここにいる兵士達も同様に、ジャックに助けられた。
「……シルフィは、リリィってアンドロイドを助けたいんスよね?」
「え、うん」
「なら、あっしらのように、助けてやって欲しいっス」
デュラウスの事を見て、チアキは少し思った。
彼女達も助けたいと。
だが、今の連邦は、それを許さない。
法で決まっているから仕方がない。
そんな正しい理不尽は、この際どうでも良かった。
「一番付き従いたい人元に居られない、そんな理不尽から、助けてやって欲しいス」
「……わかった、その代わり、チアキも、私達の応援、頑張ってね」
「了解ッス」
「元気は出たようだな」
「あ、あはは」
気付けば、シルフィの元気は戻っていた。
理不尽へ必死に抗う。
そんな人の集まりであることを知り、しょげてばかりではいられない。
そう思うと、負けていられない気になる。
「さぁ、そろそろ戻って休め、今日の哨戒は、我々が行う、今は疲れを癒せ」
「は、はい」
「それとチアキ、報告が終わったのなら、そろそろ揚陸艇に戻れ」
「あ、え、えっと、あともうちょっと、お話が有るッスから、その……」
「何だ?まだ有ったのか?」
「(あれ?もしかして)」
テントへ戻ろうとしたシルフィは、チアキの表情の変化に気付く。
さっきまでより、少し嬉しそうに思える。
それが解ると、シルフィは自分の今の立場を理解する。
「(お、お邪魔しちゃった)」
そう思ったシルフィは、ちょっと急ぎ足で、テントへ戻って行くのだった。
その道中、かつてリリィと共に、約束したことを思い出した。
「(懐かしいなぁ、まだ、あの日から一年も経ってないんだ)」
あの日も、こんな沈んだ夜だった。
より多くの人を助けるという、リリィとの約束
彼女と交わした、偽善の契り。
でも、そんな偽善と呼べる行為によって、ジャックはこうして、大きな物を得た。
「私も、成れるかな?自分の力で、誰かを助けられる人に」
自分の小ささは実感している。
だが、せめて五人、たった五人だけでも、自分の力で助けたかった。
「……リリィ、必ず助けるよ、もちろん、貴女の姉妹も、みんな」




