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益虫と分かっていても、蜘蛛は怖い

 シルフィは、偶然合流した青年と共に急いで下山していく、背後より迫りくる蜘蛛の追跡を振り切る為に。

 しかし、山を歩きなれていないのか、青年の足取りは悪く、何度か転びそうになり、シルフィの足を引っ張ってしまう。


「大丈夫?」

「ああ、クソ、もう来やがった!」


 大蜘蛛の姿を確認する成り、二人は直ぐに逃げ始める。

 幸いなことに、蜘蛛の足は遅く、何とか二人でも逃げられそうな速度だ。

 厄介なのは、蜘蛛のお尻から放たれる粘性の高い糸。

 噴出の仕方には、いくつか種類があり、アリサに放ったような大量の糸の塊や、ばらついた糸を広範囲にわたってまき散らす物の、二種類を使ってきている。

 幸い森の木々に阻まれたりと、二人に命中まではしていなかったが、気を抜けば命中し、アリサの二の舞になりかねない。


「何でこんなことになったの!?あいつに何かちょっかい出したの!?」

「まぁそんな所だ!俺の仲間はあいつらに捕らえられている!詳しい事は省くが、早いところ応援を呼びに行かねぇと!」


 何故青年が蜘蛛に追われているか、それを聞き出そうとするが、流石に今の状況では、詳しい説明までできる訳も無く、今は逃げることに専念する。

 その矢先に、青年は何かにつまずいたようにして倒れこみ、地べたを舐めることになる。


「ヤバ!」

「ちょっと、何やってんの!」


 彼の片足には、蜘蛛の糸が絡まっており、大蜘蛛はようやく獲物を捕らえたと、糸を手繰り寄せ始める。

 彼を助け出すべく、シルフィはマチェットを引き抜き、糸を斬るべく、その刃を振り下ろす。


「え!?」


 しかし、糸は切れず、助けることに失敗してしまう。

 マチェットの操作方法は、自身の父親より教えられている。

 弓と同様に、魔力を流し込む事によって、高周波を発生させ、切断能力を向上させることができる仕組みと成っている。

 軽量であっても、ちょっとやそっとの防刃性能では、弾くことはできないレベルの威力は有る。

 大蜘蛛の元へと連れていかれないように、青年を抑えながら、何度もマチェットを振り下ろし、切断を試みる。


「痛ダダダ!足もげる!足もげる!!」

「我慢して!」


 我慢しろと、無茶ぶりを言いつつ、マチェットを振るい、何とか糸の切断に成功する。

 即座に逃走を再開する二人だが、その足は、すぐに止まる事に成ってしまう。

 周りに見えるのは、背後のナイト・スパイダーと同型の蜘蛛たちが、五匹近くも二人の前にたたずんでいたのだ。

 オマケに、ナイト・スパイダーではない別の個体、グラン・スパイダーと呼ばれる個体も二匹、一緒に展開していた。


「え、ちょっと」

「囲まれたな」


 二人を囲むようにして配された大蜘蛛たちは、二人に対して糸の発射口であるお尻を上げる。

 その瞬間、二人は自分たちに何をされるのかを悟り、顔を真っ青にすると同時に、蜘蛛たちは、二人に向けて集中砲火した。



 ~一方そのころ~


「もうちょっとで」


 義体の出力を向上させ、自らを拘束していた蜘蛛の糸を次々と引きちぎっていく。

 乾ききった接着剤のように張り付く糸、下手をしたら皮膚ごと剥けてしまいそうだが、スーツの防御能力のおかげで、皮膚へのダメージはない。


「ふぅ、やっと抜け出せたが、あの二人無事なのか?」


 先に逃がした二人の安否を気にしながら、手から落ちてしまったブレードを拾い上げ、剥がした糸も、一緒に手に取る。

 二人が逃げきれていなかった場合や、今後の捜索でも、ナイト・スパイダーと戦う場合を考え、弱点を探るためだ。

 手に取った糸の成分をスキャンし、弱点を探り出す。


「見た感じ、ただの蜘蛛の糸か、だが、引張強さは遥かに強く、粘着性も接着剤並みか、成分から考えて……」


 試しに、ブレードの刀身を当ててみると、糸は溶けだし、ドロドロになる。

 通常の蜘蛛の糸の耐熱性は、三百度以上と言われている、しかも、アリサの持つ糸は魔物の糸、耐熱性は倍以上の物だ。

 アリサの持つ高周波ブレードは、切断ではなく溶断と形容した方が正しい。

 アリサ自身の動力で有ると同時に、使用する武器の動力源でもあるエーテルは、名称が違うだけで、魔力の一種だ。

 魔力と言うのは、まさに夢のエネルギーだ、工夫次第で電気エネルギーにも、熱エネルギーにも変換できる。

 機械的に電気エネルギーへと変換したエーテルを、ブレードと銃の動力にしているのだ。

 ブレードの場合、電気エネルギーによって、刀身を振動させ、熱エネルギーによって、対象を溶かす。

 それが装備している高周波ブレードの基本的な概要だ。

 今までは、高周波だけで戦ってきたが、それだけではダメージを与えられないのであれば、使用しない手はない。


「フム、やはり熱が弱点か、と言っても、周囲の木々に気を配る必要は有るか」


 熱で溶断しているだけあって、やはり相応の放熱も行われている。

 このような森林地帯では、蜘蛛の糸を容易に溶断できるだけの熱にまで向上させると、周囲の木や木の葉まで、燃やしてしまう危険性がある。

 なので、溶断できる最低限の出力を維持できるように、出力を調整した。


「……フム、丁度いい実験材料も、来たことだし、試し切りでもしますか」


 木々をかき分けながら、先ほどの青年を追っていた同型の個体と、もう一体、別の蜘蛛型の魔物が、アリサの目の前に出現する。

 もう一方の蜘蛛はグラン・スパイダーと呼ばれる個体、腹部には、自作した大量の小型の蜘蛛の人形を抱えている。

 二体は、拘束を解いているアリサの姿を見るなり、少し驚くような素振りを見せ、すぐに戦闘態勢ともいえる状態をとる。


「同じテツは踏みません、覚悟してくださいね」


 出力を調整したブレードを構えた瞬間、ナイトは果敢にも、硬質化している前足二本でアリサを攻撃するが、これは無謀でしかない。

 今のアリサは、目の前の蜘蛛を甘く見てはいない、また糸で拘束されない為にも、義体の出力も上げ、本気でナイトの首を取りにかかる。

 切断された二本の前足の断面は、赤く染まり、本当に金属を溶断した後のように成る。

 容易く切り裂かれた前足に驚きを隠せないナイトの顔面に、ブレードが突き立てられ、完全に止めを刺された。


「周囲に反応多数?」


 頭部のブレードを引き抜くと、センサーに大量の反応が出現。

 ナイトの死骸や地面などから、通常サイズの蜘蛛が大量に襲い掛かってくる。

 グランの放った子蜘蛛達だ。

 生体反応はなく、全て人形であるのは、すぐに解る。

 纏わりつこうとしてくる子蜘蛛達を潰していくと、水風船を割ったように、オレンジ色の体液のような物が吹き出る。

 アリサからすれば、リアルに作りすぎという印象を受けた。

 すると、背後に回り込んでいた子蜘蛛が、アリサの顔に張り付く。


「小ざかしい」


 別に顔に張り付いた程度でこれと言ったダメージは無い、せいぜい視界が遮られる程度、さっさと引きはがしてやろうとする。

 そんな考えをしていた自分が甘かったことに、潰した後で気が付く。


「ッ!?」


 顔に付着した体液は、顔面部分の人工皮膚を溶かし始める。

 子蜘蛛よりあふれ出ていたのは、強力な酸だったようだ。

 スーツはともかく、人工皮膚の酸耐性は高くはない、と言っても、かなり強力な酸でもない限り、完全に溶かし切るのは難しい。


「至急、皮膚の除去を開始」


 すぐに酸の付着した部分の皮膚を剥がし、無理矢理ながら溶けだした部分を排除する。

 その結果、金属骨格の半分近くがむき出しになるが、ほんの数秒で修復され、元の顔に戻る。

 その最中、更に数匹の子蜘蛛が襲撃、しかも今度は空中で自爆し、大量の酸がアリサへと降りかかってくる。


「耐酸強度向上の為に、エーテルを露出部に塗布」


 寸前でエーテルを顔面に塗布し、防御能力を向上させると、今度は溶けず、顔がちょっと塗れる程度だった。

 これ以上好きにされない為にも、目の前のナイトの死骸を踏み台にして、後方に居るグランへと急接近する。

 接近を許すまいと、グランはお尻の部分から、迎撃の為の糸を放出。


 命中する寸前で、エーテルガンを取り出し、瞬時に発砲しまくり、糸の波を蒸発させながら接近する。

 目の前に着地したアリサに驚き、ブレードを避ける為にも、グランはバックステップでアリサから逃げ出す。

 その跳躍力は、目を見張るものがある。

 どの木々よりも高く飛び上がるが、アリサには関係ない事だ。


「逃げられるとでも?」


 ブレードを逆手で持ち、勢いよく投擲した。

 空気の壁を突き破り、上空のグランへと、一直線に迫る。

 逃げ出したグランの頭部に、刃が突き刺さり、力なく地面に激突し、絶命してしまった。


「やれやれ、コイツらがここに来たってことは、あいつら、逃げ切れなかったのか?」


 突き刺さったブレードを引き抜き、グランの体を調べ始める。

 子蜘蛛を抱える腹には、細い指のような物が大量に生えており、其処から出てくる糸で、子蜘蛛達を操っているようだ。

 どうやら、この蜘蛛が操る糸には粘性が無く、ワイヤーのように頑丈なだけというのが解る。

 この糸の持つ特徴は、その細さに似合わない程の引張強度にある。


 肉眼ではほとんど捉えられないほど、細くしなやかなであるにも関わらず、数本束ねただけで、アリサでも簡単に千切れない程の強度を持っている。

 しかもそれは、普通に裁縫で使うような糸のように、軽量で柔らかな質感を持っている。

 恐らく、現代の科学でこの糸を加工すれば、前時代のライフル弾程度、簡単に防ぎ止める防弾着が作れるかもしれない程だ。

 糸の先には、蜘蛛を模った人形がブラブラとぶら下がっており、まるで縁日の水風船のような感じに成る。


「さて、二人を探すとしますか」


 糸の先に有る子蜘蛛をもてあそびながら、アリサはシルフィ達を探しに、森の奥へと進んでいった。


――――――


 山奥にて、月を見上げながら、一体の蜘蛛からの伝令を受ける、一人の女性の姿が有った。

 蜘蛛の声は、言ってしまえばうめき声のような物、普通の人間からすれば、何と言っているのか、分かった物ではない。

 女性は、蜘蛛の言葉を理解しており、報告を完全に聞き入れる。


 「……黒いスーツ、そう、貴方は捕まえた人たちを見張っていて」

 「……」

 「ええ、その黒いスーツの奴に、会ってくるわ」



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