嫌な思い出はなかなか忘れられない 後編
しばらくして。
シルフィ達は、常駐していた魔物を排除し、宇宙の仲間との通信手段を確保。
連絡を行い、増援と補給の追加物資を申請した。
シルフィは、補給作業中に、宇宙から次々とやって来る揚陸艇に、目を奪われていた。
「……」
何とも壮観な様子に、シルフィは言葉を無くす。
やって来たスタッフ達は、瞬時に駐屯地を設営。
揚陸艇に積まれていた兵器を、次々配備していく。
展開する世界は違っても、彼らからしてみれば、大した違いではないのだろう。
「(ジャックが言うには、名前ばかりのエリート部隊とは違うって言ってたけど、本当なんだ)」
彼らの手際の良さを見て、シルフィはジャックの言葉を思い出す。
今作業をしている面々は、ジャックの自慢の部下達。
訓練の質、実戦の経験。
あらゆる面での練度は、連邦軍のどの部隊とも、大きな開きを持っている。
そのように自負していただけあって、仕事の手際がとてもいい。
「おーい!それ早くこっちに持ってきてくれ!」
「あ、ごめんなさい!」
多脚戦車の搭乗者の声に、シルフィは我に返る。
今彼女の手に持っているのは、戦車の実弾。
先の戦闘で使用した分の補給だ。
「まったく、何時敵が来てもおかしくないんだぞ」
「すみません」
搭載されているレールガンの弾頭を、シルフィは手渡し、装填の手伝いを始める。
多脚戦車は、エーテル・ドライブこそ持っていないが、れっきとしたエーテル兵器。
走行だけでなく、主砲、副砲のチェーンガンの動力にも成っている。
エーテル兵器普及の前身となった兵器であり、今でも改良型の採用が検討される程、なじみ深い物。
「よし、補給を始めるとするか」
戦闘時に砲弾の装填を行える訳ではない。
それに、まだ一部だけとはいえ、敵の拠点を制圧したのだ。
敵が増援を送って来る前に、早い所補給をすませようとする。
――――――
「さて、タンクにエーテル・アームズ、歩兵部隊の補充もすみつつあるが、如何出て来るかね」
補給を受けたジャックは、展開する部隊一帯に耳を澄ませる。
ある種のアクティブソナーとして、機能する彼女の耳。
これといって不穏な音はせず、まだ敵にも動きはない。
正直、こういった時が一番怖い。
明確な恐怖は無くとも、手の内で踊らされている気がしてならない。
「(そもそも、ラベルクの奴はああ言っていたが、奴の真意は何処だ?)」
この戦いが始まってから、如何も引っかかりを覚える。
簡単に進みすぎている。
海中の機雷群、この町の防衛。
それらしく配置されていたが、どれもほとんど飾りに近い。
「(確かに、俺達を倒せば、連邦に心理的なダメージを与えられる、だが、こんなにあからさまな事をする必要が有るか?マザーを使えば、情報操作は容易い)」
この戦争は、どうもジャックの鼻につく事が多い。
まるで遊んでいるのか、それとも、何かを見極めようとしているようだ。
今までの行動を考えても、不明な点を多く感じる。
「(こんな面倒な事をせずに、あのレッドクラウンとかいう奴で、月の艦隊を壊滅させて、ラベルクが合流する前に、俺を基地ごと吹き飛ばせばいい、何故そうしなかった?この戦争に、何の意味が有る)」
数十年にわたって、戦争を続けてきた身としては、どうしても浮かぶ疑問が有る。
作戦の展開、戦力の動かし方。
それらを見れば、相手の真意はおのずと解って来る。
情報の少なさを差し引いても、あまりにも掴めなさすぎる。
「……ラベルク」
『はい、ご用件は?』
あまりにも解らない事が多すぎるので、ジャックはラベルクへ通信を行う。
増援部隊の持ってきた通信機器のおかげで、ある程度離れていても、通信が行えるように成った。
「何か隠している事は有るか?」
『普通、本人にお尋ねしますか?』
「なんとなくだ、お前の事だし、何か有ってもおかしくない」
『……大尉、アンドロイドも人間も、本質は似通っているとは思いませんか』
「急になんだ?」
『互いに、存在を証明できるようで、証明できない』
「……そうか」
ラベルクの返答を聞いて、ジャックは、通信をきる。
今の発言で解った。
何か有ると。
それは、ラベルク本人の口では説明できないような何か。
彼女でさえ、発言を禁じられている真実。
「……今考えても、仕方無いか」
一先ず、頭のすみにでも、今の考えをとどめておき、煙草をくわえる。
ここしばらく、満足に吸えなかったので、ここぞとばかりに、たしなみだす。
脳をニコチンで、肺をタールで汚染しても、違和感だけは、仕事を止めない。
この違和感は、以前にも味わった事が有るので、どうしても拭いされない。
シルフィの見せてくれたあの石も、その違和感を加速させる。
「(……ま、アイツが持っていてもおかしくない、だが、あんな物に何の価値が)」
シルフィがネロ達と修行していた頃。
見せればわかると、ジェニーから言われていたという石を見せてもらった。
緑色の魔石。
エーラにも解らないあの石は、ジェニーが送って来た最後の通信に映っていた。
ヴィルへルミネの研究所の一つで見つけた、謎の石。
「(構造的には魔石だが、一体あれは……アイツの研究所に有ったのなら、重要な物の筈)」
ジャックとて、ヴィルへルミネの全てを知っている訳ではない。
彼女の研究内容、目的、殺すまでの間で、その一部しか知る事ができなかった。
「……ん?」
思考を巡らせるジャックの耳に、妙な音が入り込む。
足音、スラスター音、それらが異常な程に響き渡っている。
敵襲だ。
煙草なんて吸っている場合ではないと、大声を上げる。
「敵襲だ!!戦闘配置に付け!!」
ジャックの声を聞いた隊員達は、瞬時に戦闘態勢に入りだす。
補給途中のビークルは、緊急発進させ。
歩兵部隊も、即座に武器を手に取る。
空中の部隊も、警戒を更に強めだし、目視できる限りの敵を認識する。
「こちらコンドル1、マズイ、大群だぞ!!」
「数え切れねぇ、まるで化け物共の波だ!」
空中部隊の報告に、ある程度の長距離攻撃能力を持つ、砲兵隊に白羽の矢が立つ。
コンドル達は、砲兵達に敵の方角と、大雑把な距離を伝達。
その情報をもとに、砲兵は砲撃を開始。
空中の部隊は、伝達の完了と共に、砲兵達と共に地上へ向けて、攻撃を始める。
「クソ、俺達だけじゃ焼け石に水だ!」
「この前と雰囲気が違う!資料に有った上位種だぞ!」
コンドル達の確認できる限りでは、先ほどまで相手にしていた個体と違う事が解る。
同一に見えても、体格、進軍速度が明確に違う。
それだけでなく、更に強力な個体、タイラントやミノタウロス。
シルフィの報告にも有った、強力な個体も見られる。
「おい、あのミノタウロスとかいう奴、ライフルが効かないぞ!」
「タイラントもだ、砲撃の直撃に耐えてやがる!」
「しかたねぇ、コンドル隊、接近して叩きこむぞ!」
強力な魔物相手には、やはり遠距離攻撃の効果は薄いようだ。
町に入られる前に、できるだけ数を削っておこうと、接近を始める。
だが、そんな彼らに、緊急の無線が入る。
「お前ら!上だ!!」
「ッ!?」
ジャックの無線で、上から来る存在に気付く。
降り注いだ緑色のビーム砲。
寸前の所で、ジャックのドローンが攻撃を防ぎ止めた。
これには、先鋒部隊として派遣された隊員には、身に覚えの有る物だ。
「またアイツか!!」
「正解」
コンドルのパイロットは、既にヘリアンが機体後方に居ることに気付く。
既に銃口は、コンドルの急所に向けられ、指も掛かっている。
「させるかよ!!」
「ッ!?」
危うく撃たれる所で、ヘリアンはジャックに突き飛ばされる。
バルチャーの超加速の恩恵に感謝したい。
だが、今はそんな事よりも、ヘリアンの対処だ。
「お前は下がれ!コイツは俺が何とかする!」
「ですが!」
「ハヤブサ隊と歩兵部隊と連携して、地上を制圧しろ!」
「りょ、了解!!」
ジャックの指示を聞きいれたコンドル達は、地上の制圧へと向かう。
彼らを援護するべく、ジャックはドローンを操作し、ハーピー達を相手し始める。
彼女らの行動を、あえて待っていたヘリアンは、一声かける。
「指示は終わり?」
「ああ、それから、コイツ一本良いか?」
指示を出し終えたジャックは、吸い途中の煙草をヘリアンに見せる。
まだ半分以上残っており、火も付けっぱなしだ。
そんなジャックを見て、ヘリアンは了承したように目を瞑る。
「サンキュ」
そう言ったジャックは、残っていた煙草を全て吸い尽くす。
葉の部分は全て無くなり、フィルターだけ残った煙草を、携帯の灰皿へ捨てた。
「……急がせた?」
「いや、俺が勝手に急いだ」
「ジャック」
「何だ?」
次々とジャックのドローンで、落とされていくハーピーを横目に、ヘリアンは話を始める。
真顔のまま、次々ハーピーを落とすジャックに、少し恐怖を覚える。
だが、それより、聞きたい事が有った。
「何故あの子を、連れて来た?あの子は、戦争に向いた、性格じゃない」
「急に何だ?」
「答えて」
「……アイツの意向だ、娘がやりたいって言ったんだよ」
「……そう」
聞きたい事を聞いたヘリアンは、ジャックへ発砲。
引いた引き金には、何処か怒りを乗せられているように思えた。
――――――
ヘリアンがジャック達の襲撃を行っている頃。
ラベルクとドレイクの担当ポイントにて。
こちらでも、襲撃の被害をこうむっており、迎撃を始めていた。
だが、ドレイク達は完全に先手を取られていた。
「おい!何だよこの攻撃は!」
「砲撃特化型のアリサシリーズがいるのかと」
突如として、大規模な砲撃が放たれ、地上部隊に大きな被害が出てしまった。
多脚戦車三両に、サーバル一機、歩兵も八名程消し飛んだ。
最初の一手で、かなりの被害が出てしまい、混乱に陥ってしまう。
「ドレイク様」
「何だ?」
「アリサシリーズは、私の方で対処いたします、ドレイク様は、部隊の収拾を」
「わかった、そっちは任せたぞ!」
ラベルクは、これ以上砲撃による被害を出さないよう、率先して前線に出る。
ドレイクは、混乱する部隊の収拾を始める。
「(まさか、あそこまでの砲撃を行えるとは、恐れ入りましたね)」
予想以上の火力を見せつけられ、若干の不安を他所に、ラベルクは移動を続けた。
その数分後、砲撃を行った機体の元にたどり着く。
町の外の平原。
まるで、ミステリーサークルのように成ったポイントに、犯人らしき人物は佇む。
「……おや、また随分破廉恥な」
「失敬ですわね、これでも、自慢の義体でしてよ」
「火力のみを押した義体、口調だけでなく、趣味の方も、上品にされては?」
「生憎、わたくしの口調は、ただの飾りでしてよ」
着陸したラベルクは、イベリスと対面した。
彼女の装備は、重装型のエーテル・ギア『アマラ』
そして、左肩の大盾とメイスを持っている。
特に目を引くのは、サブアームと共に保持している、大型のランチャー。
見てわかる様に、砲撃の犯人はイベリスだ。
「申し訳ございませんが、これ以上貴女に被害を出されては、困りますので、破壊させていただきます」
「そっくりそのままお返しいたしますわ、お姉さま」
互いに睨みを利かせると、近接装備を手にする。
ラベルクは、エーラに特別にチューンしてもらったバスターソード。
対するイベリスは、大型のメイスを取りだす。
左肩の盾も、そのまま左手に保持。
ランチャーはサブアームによって、背面にマウントされる。
「あちらこちらで始まっておりますし、こちらも始めると致しましょうか」
「ええ、優雅な立ち居振る舞い、しっかりと教え込んで差し上げましょう」




