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テレビのリモコンは無くしやすい

 窓から朝日が差し込み、眠っているシルフィの意識を、半覚醒状態へと持っていく。

 意識が半分覚醒した状態のシルフィは、目の前に有る抱き枕を抱きかかえ、顔をうずめる。

 物足りなさと懐かしさに包まれ、再び眠りへと誘われかけるが、今日はアリサと、早朝からの探索が有る事を思い出し、すぐに顔を離す。

 目を覚ますと、見慣れた二つの丘がシルフィの視界にドアップで映り込む。

 恐る恐る視線を上へと向けば、丘の持ち主がアリサであることが判明した。


「おはようございます」

「……」


 いきなりの事で、数秒間思考がフリーズしてしまった。

 我に返り、すぐに上体を起こすと、自分はもちろん、アリサも服を着ていない事に気が付く。

 昨日なにが有ったのかを思い出そうと記憶をあさっても、酒が回り始めてきた当たりから記憶が無い、というかむしろ、アルコール頭痛で頭が正常に働かない。

 隣のアリサも服は着ていない辺り、明らかに何か有った後としか認識できず、思考がミキサーでかき回されるように、安定しなかった。


「ねぇ」

「なんでしょう」

「昨日、あれから何があったの?」

「寂しいので抱いて欲しいと」

「えっ!!?」


 完全に誤解されかねない言い回しをしたアリサのセリフ。

 深読みしたシルフィは、酒に酔い、アリサに夜の営みをしてほしいと頼んでしまったのでは?と考えてしまう。

 実際の所、あの後酔いに酔ったシルフィは、人前でスーツを脱ぎ、全裸になったうえで暴走を初めてしまった。

 最終的に止めに入ったアリサに吐しゃ物をぶっかけたり等、やりたい放題した後に眠るという事が有った

 シルフィを全裸の状態で寝かせた後。

 スーツとマントが一張羅であるアリサは、二人のスーツについた吐しゃ物を洗い落とし、部屋に干しておいた。

 データ整理を行おうと、シルフィの横に寝転がると、寝ぼけたシルフィに、寂しいから添い寝をしてほしいと頼まれて、今の状況が出来上がったのであった。

 その後、ちゃんと誤解は解かれ、身支度を整えた二人は、目的地の山へと向かっていった。



 ――目的の山にて

 シルフィの故郷である森のように、緑で覆われる山中は、視界が悪く、全く補装されていない山道を、二人は踏み抜いていく。

 ハイキングコースのように、案内なども無く、簡単に遭難しかねない環境、極力離れないように、二人は行動するようにしていた。

 魔物の巣とも言われるこの山においては、観光客の一人も来ないのだから、補装なんてしたところで、作業だけで危険だ。

 なので、もしもの時の為に、シルフィのバックパックの奥で眠っていた無線機を取り出して、シルフィに装着してある。

 何時でも戦闘を行えるように、マントは脱ぎ捨てて、スーツだけの状態で活動している。


「この辺りなの?」

「ええ、その筈です」


 劣悪な視界や足場という環境に加え、捜索範囲は東京ドーム一つ分。

 その中から、人一人位のサイズの物を見つけ出す。

 砂漠に落ちた一粒のゴマを探すような事である。

 もう少し多くの人手があれば、探索はいくらか楽になったかもしれないが、一切その手の申請は行っていなかった。


 流石に最重要機密であるアリサの装備を、軽々しく第三者の手に渡らせる訳にはいかないし、本隊に増援を要請しようにも、現状では長距離通信は不可能だ。

 魔物や遭難に気を配りながら、二人は山の何処かに有るアリサの装備を探し回る。

 そんな中、シルフィは何処かよそよそしく、気まずそうにしていた。

 誤解であったとはいえ、寝起きの時に二人が全裸だったというのは、流石に刺激が強すぎたらしく、今朝の状況が頭から離れない状態が続いている。


「あ、そう言えば、この辺りは蜘蛛型の魔物が多く出現するらしいですが、蜘蛛は大丈夫ですか?」

「……」

「シルフィ?」


 森暮らしとはいえ、もしかしたら出現しやすい蜘蛛が苦手かもしれない、という事を危惧したアリサは、シルフィに苦手かどうか尋ねるが、当の本人は黙ってしまっていた。

 まさか苦手なのか?そんな思考が巡る。

 歩きながらフリーズしてしまっているシルフィに、アリサは並走しながら顔を近づける。


「あの~、もしも~し」


 気になってシルフィの顔を覗き込むと、焦点の有っていなかった目と、目が合い、シルフィは正気を取り戻す。


「フェアッ!?」

「……大丈夫ですか?」

「え?あ、えっと、大丈夫、大丈夫だから」

「なら、良いのですが……」


 捜索に支障が出ないかと心配に成りながらも、捜索を再開する。

 シルフィも気合を入れなおし、捜索に専念しだす。

 一先ず原始的な方法での捜索は、目の良いシルフィに任せ、アリサは内蔵されているレーダーを起動させる。

 アリサの義体は、サイズがサイズであるため、イージス艦に搭載されているような、強力な代物は搭載されていないが、市街地戦では困らない程の精度は持っている。

 捜索中の装備は、レーダーをかく乱する機能が付いているが、今回はそれを逆手に取るつもりでいる。

 こうしてレーダーによる捜索を行い続け、使用不可能になった辺りに、捜索中の物が有る可能性が高い。


「……え」

「どうかしたの?」

「いえ、この辺り、エーテルの濃度が」


 レーダーを展開した瞬間、エラーを示す表示が出る。

 しかも、アリサ自身の動力である、エーテルの濃度が高いことも、同時に分かる。

 そんなアリサの発言に、首を傾げたシルフィは、言葉を返す。


「エーテルの濃度?マナじゃなくて?」

「え、ああ、マナの濃度が高いですね」


 マナ、シルフィ達の世界において、自然発生する魔力を指す。

 魔力とは、生命を維持するためのエネルギーのような物、すなわち、全ての生物は、魔力を宿している。

 その辺に居る虫や蛇等はもちろん、ミジンコやミカヅキモのようなプランクトンであっても、その辺に生える雑草に至るまで、生けるものは、全て魔力を持っている。

 そして魔力は、本人の自覚無しに、体外へと放出され、肉体は漏れた分の新しい魔力を、食事や休養などで回復させる。

 年齢と共に、その循環能力は弱まり、やがては死に至る、それがこの世界における寿命の概念だ。


 話を戻すと、体外に放出された魔力は、いうなればただの大気のように空気中を漂い、やがては無に帰る。

 その魔力を、この世界の人々はマナと呼び、アリサの世界では、体内でも体外であっても、エーテルと呼んでいるのだ。


「確かに、言われてみると、ちょっとマナの濃度高いね、魔物の住処だからかな?」

「いえ、濃くても貴女の故郷とさして変わらない濃度になる筈なのですが、何故こんなに」


 計測の結果、漂うマナの濃度は、とても自然発生するような濃度ではない。

 放出され、マナと成った魔力は、やがて無になる為、必要以上に濃くなるようなことは無い。

 ただし例外として、洞窟のような閉所では、マナは消えにくく、その濃度を高めやすい環境とされている。

 今は屋外、人為的に濃度を上げなければ、二人が戸惑う程には成らない。

 何かを捜索するにあたって、アリサにとってこれほど不都合な環境は無い。


「(マズイな、この状況では、視覚でしか装備の位置を把握できない、予備バッテリーの残量を考えると、後一日は光学迷彩を維持できる)」


 エーテル(マナ)は、非常に特殊な影響をもたらす。

 例を挙げると、レーダーや無線等の妨害が有る。

 それは濃度が高ければ高いほど、その効果は強力な物となる。

 センサーなどは無事とはいえ、広範囲を捜索するためのレーダーが使えないのは、かなり痛手だ。

 オマケに、装備品は現在、光学迷彩を展開している為、視覚での発見は困難だ。

 精度としては、かなりの物ではあるが、それでも周囲が歪んでいたりと、完全に透明と成っているわけでは無い。

 と言っても、非常に見つけにくいことに変わりはないのだ。


「(今日の成果は、期待しない方が良いな)」


 その予感は的中し、昼まで探し回っても、成果はゼロだった。

 町で購入しておいたサンドイッチをつまみながら、二人は休憩を挟み、今後どうするかを話し合っていた。


「見つかんないね」

「ええ(レーダーが使えないとなると、やはり光学迷彩が解除されるまで待つしかないか?いや、見つからずに第三者の手に渡ったら困る)」

「うーん、見たところ、それらしいものも無いし、誰かが拾ったのかな?」

「いえ、それは無いと思います、少なくとも、後一日は」

「何でわかるの?」

「箱には透明になる機能が有ります、後一日は透明のままと言った所です」

「それ、見つけるの、無理じゃない?」

「ええ、ですから、今日の所は切り上げたいと、思います(こっちが見つける前に、誰かが見つけるなんてことには成らないといいが)」


 サンドイッチを頬張ったアリサは、今日の捜索は、もう終了することにした。

 透明になる機能を持っているというのであれば、探すのは困難だと判断したシルフィも、アリサに同調し、帰る支度を始める。


「さて、早いところ、行きましょう、魔物は夜行性が多いこともありますから」

「そうだね、蜘蛛型なら夕方辺りから、活発になるし」


 逢魔が時という言葉が有る様に、魔物は夜ごろに活発化する個体が多い。

 山には大量の魔物が居るという話なのだから、今は姿を見せなくても、暗く成ったらいきなり出てくることもある。

 早いところ、山を下りなければ、また面倒なことに成りかねない。

 と言っても、夜までまだ間がある、山を下りていく道中でも、捜索を行いつつ、下山を行っていく。

 空は徐々に赤く成り、そろそろ本気で降りた方が良い頃合いまで、時間は進む。


「アリサ」

「ええ、わかっています(センサーに感あり、魔物と人間か?)」


 山を下りていると、二人の背後から、何者かの気配を感じ、二人は戦闘態勢をとる。

 アリサは腰のブレードを抜き、シルフィは弓を構えると、木々の間より、赤毛の青年が一人と、彼を追う巨大な蜘蛛一匹が出現する。


「ヌヲオォォ!てめぇらも早く逃げろ!!」


 全速力で蜘蛛から逃げる青年は、武器と呼べるものを持っていない、完全な無防備だ。

 そんな彼を流石に見捨てる訳にはいかず、アリサは彼を下げさせ、シルフィに託す。


「やれやれ、こうして面倒ごとに巻き込まれるのは、あるあるですね!」


 赤毛の青年が二人の後ろに行くと同時に、突進してくる蜘蛛の前足と、アリサのブレードが接触する。

 鳴り響いたのは金属音、大抵の魔物であれば、一刀両断していたアリサのブレードを、目の前の大蜘蛛は防いだのだ。

 大蜘蛛、正式名称はナイト・スパイダー、体長三メートルはある巨大な蜘蛛だ。

 全身は鎧に覆われているように固く、二本の前足に至っては、まるで剣のように鋭利と成っている。

 アリサの足は、大蜘蛛のパワーで地面に陥没し、大蜘蛛はその巨体から生まれる体重を用いて、アリサを潰そうとしてくる。

 潰されないように踏ん張りつつ、アリサは声を上げる。


「シルフィ!下がってください!」

「わかった!」


 シルフィ達が下がったのを確認したアリサは、ナイトの足をいなし、潰されるのを回避しつつ、大きく飛び上がると、アリサに向けて、ナイトのお尻が向けられた。


「マズイ!早く離れろ!」


 その様子を見ていた青年は、シルフィと一緒に伏せるが、空中に居るアリサは、放たれた攻撃を受けてしまう。


「アリサ!」


 シルフィの目に映ったのは、蜘蛛の糸で絡めとられてしまったアリサの姿。

 大蜘蛛のお尻から、大量の糸がまき散らされ、至近距離に居たアリサは真面にくらってしまった。

 吹き飛ばされ、後方の木に激突すると、粘着性の高い蜘蛛の糸によって、両腕両足はもちろん、体全体を封じられてしまう


「しまった」


 これからエイリアンの卵でも体内に埋め込まれようとしているような状態に成り、アリサは必死で、逃れようとする。


「(なんだこの粘着性、接着剤かっつーの!)」


 普通の蜘蛛の糸でさえも、服を織る事ができる程頑丈な物。

 しかも吐き出したのは魔物と称される化け物、当然、その糸の強度は並外れている。

 加えて、粘着性は瞬間接着剤並み、アリサであっても、脱出は困難だ。

 拘束状態のアリサには、もう用はないのか、大蜘蛛はアリサに目もくれず、シルフィと青年たちの方を向く。


「行ってください!」

「でも!」

「後から行きます!その人を頼みますよ!」

「……わかった」


 悔しそうな表情をしたシルフィは、渋々とアリサの命令を聞き入れ、青年を連れて山を下りていく。

 大蜘蛛は、捕まったアリサには目もくれずに、二人を追いかけ出した。

まるで、誰かの命令を聞き入れているかのように。


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