連なる愛 前編
ラベルクとのお茶会の翌日。
シルフィは訓練に戻り、ネロとの訓練に勤しんでいた。
最初は触れる事も叶わなかった彼の動きに、徐々に対応できるように成って来た。
だが、昨日ラベルクから聞いた話が頭の中でグルグルと回り、集中できずにいた。
休憩の際に、シルフィはネロへと疑問を打ち明ける。
「その、ネロさんは、ジャックの事、どれくらい知ってるの?」
「大尉か?……どうか、フム」
長年ジャックの元で戦い続けて来た歴戦の勇士、ネロ。
軍人であるが故か、上官であるジャックのプライベートは、其処まで気にしたことは無い。
ようやく会えた家族なのだから、せめて自分の知っている限りの事を、シルフィに伝える。
「我々とはまた違う世界から来た、という事と、かつては思い人も居たという事位か」
「そう、ですか」
「後は、いい加減少女趣味を何とかしてほしいと、皆から常々思われている」
「それ、皆知ってる感じなの?」
他にも色々質問したシルフィだったが、結局何も解らずじまい。
その後も、シルフィは色々な隊員に、ジャックの事を聞いてみる事にした。
――――――
次に訪ねたのは、ウィルソン。
「え?大尉?なんや急に」
「いや、ちょっと気になって」
「まぁ、ワイも付き合いは長いけんど、あの人、あんま自分の事喋らへんのよ、ただ、ワイに色々言うわりに、ロリコン治す気あらへんのは、ちぃと気になるわな」
「や、やっぱり、そうなんだ」
「それよかシルフィ、この前、ようやくクレハと真面に喋れたんやけど、あの子の好きな食べ物とか知らへん?あ、ちょっ!ちょい待ちって!!」
途中からおかしな話になりそうだったので、シルフィはすぐに退散した。
――――――
その次に訊ねたのは、ハーフエルフのドレイク。
彼はこの部隊でも、かなりの古株、何か知らないかと少し期待した。
「すまないが、私の方もそれほど詳しくは無い」
「そ、そうなんだ」
「彼ら二人の言うように、あの人は自らを語らず、そして、異世界の人間である、それ以上を知る者はほとんどいない、そして、皆思うのは、ロリコンとシスコンを治してほしい、という事だ」
だが、結局の所、彼もほとんど解らないという答えが返ってきた。
他にも様々な場所で、シルフィはジャックについて聞きまわり続けた。
訓練の合間を見つけては、糧食班、戦闘班、整備班と、関係の深そうな所を中心に聞き回ってみた。
――――――
何となくジャックの事を聞き回り数日。
基地の屋上で、シルフィは月明りを浴びながら収穫の無さにため息をつく。
「……色々聞いてみたけど、誰一人真面に解って無いじゃん」
色々とまとめた手帳を眺め、収集できた情報を纏める。
基本はリリィの言っていたように、レズでロリコンの変態という事は間違いない。
だが、最近はロリだけでなく、スレンダーな女性にも興味を示し始めている模様。
後、整備班の面々からの評価はかなり低い。
戦車の砲身を鷲掴みにして、ラケットのようにして殴る。
ちょっとした操作でライフルを潰す、引きちぎる、叩き折る。
等と、支給品は大体スクラップに成って帰って来るので、評判が悪い。
「(武器の扱いが雑過ぎて、整備班からは破壊神とか呼ばれて、割と毛嫌いされている、で、糧食班からは)」
糧食班の長である正昭と仲がいいので、班のメンバーとは、それなりに交流が有る。
というか、本人もかなり料理が好きらしいので、割と打ち解けているらしい。
彼ら曰く、基本ゲテ物でもなんでも食べるタイプ。
だが、週に一回以上は、醤油味か味噌味を摂取したがるらしい。
「(……正直どうでも良いか、でも、戦闘班の面々からは、やっぱり英雄っぽい扱いされてるみたい)」
ジャックのアドバイスのおかげで生き残れた、短所をある程度克服できた。
と言った具合に、色々と高評価を貰っている。
ただし、運は果てしなく弱いらしく、カードゲームでは負けの確率が圧倒的に高いとか。
「(気さくで割と皆に好かれてる感じか、ま、これだけ調べても、どんな人かと聞かれて出て来るのが、ロリコンの変態……でも、なんだかんだ、愛されてるみたい……変態って言うのは、何処も変わらないけど)」
色々纏めても、結局行き着いたのは、変態という部分に、シルフィはちょっとショックを受ける。
つい忘れそうに成るが、ジャックは、今まで何処に居るのかと思っていた母親。
一番信頼における存在である父、ジェニーの惚れた人物は、一体どんな人なのかと思ったら、この始末だ。
「(……よし、こうなったらこの目でちょっと見てみよう)」
このまま考えていた所で、何もならないと考えたシルフィは、いっその事ジャックを観察してみる事にした。
方法は至って単純、超視力を応用した能力、千里眼だ。
教官三人のサポートの末に、何とか習得にいたった新しい能力。
この部隊の中で、五感の一部が鋭いのは、今の所ジャックとシルフィだけ。
考えてもみれば、この付近を回って、ジャックのように五感が鋭いのは、ロゼ位な物だった。
相当レアな能力らしいので、もっと有効に活用できるようにと、能力を伸ばしてくれた。
「(……千里眼、マナの反射を利用して、遠くや内部を見る能力、普通の濃度だとあまり見えないけど、この施設内程度なら……)」
ジャックのプライベート。
見てみたいようで見て見たくない気持ち、その両者が共存している。
なので、ちょっと躊躇してしまうが、意を決し、能力を使用した。
「(えーい、ままよ、千里眼!)」
目を見開いたシルフィは、基地の内部を探り始める。
千里眼は目を開いている間しか使用できないので、思わず瞬きしてしまうと、強制的に目の前の光景に成ってしまう。
なので、使える時間は割と短い。
「(確か、基本的にあの研究所に……あれ?居ない?)」
心当たりを色々探してみても、全く持ってジャックの姿は無かった。
トイレ、食堂、格納庫、何度か瞬きしたが、その何処にも見当たらなかった。
必死に探していると、シルフィの視界は真っ暗に成ってしまう。
「だーれだ?」
「え?」
聞き慣れた声が、シルフィの耳に入り込む。
誰だと聞かれた瞬間に、探し人であるジャックという事が解った。
「……じ、ジャック、何時の間に」
「最近俺の事探ってるなぁ~と思ったら、千里眼で覗きとは、お母さんそんな子に育てた覚え、有りませんよ~」
「アンタに育てられた覚え無いんだけど」
シルフィは、引き離したジャックから聞いた言葉に、少し引っ掛かりを覚える。
ツッコミを入れたと同時に、シルフィはその意味を考えだす。
「(あれ?そう言えば私、ご飯食べる以外でコイツとすれ違ってない……)」
などと言う事を、シルフィが考えた途端、ジャックは目の前で謎のポーズを取る。
正直言って格好悪い謎ポーズだが、急にそんなポーズを取られたシルフィは、少し驚く。
「生憎だな、俺は基地内の内定調査もやっている、何か後ろ暗い奴は、必ず何等かの方法で連絡を取る、その音を俺は拾っているのさ」
「……え、それって」
「ある程度なら、基地の会話は聞こえんの、もちろんお前が俺の事探っているのも聞こえてたし、今千里眼使った事も解る」
「……聞き耳は解るけど、何で千里眼使ったの解ったの?」
「何言ってんだ、俺はスレイヤーだぜ、同じような能力持った奴と戦う事位何度も有る、防ぎ方位解るぜ」
「答えになって無い」
「ま、単純にエーテルの反射の外、所謂死角に入っただけだ」
「これが経験の差」
シルフィがジャックを捉えられなかった理由。
それは、ジャックがシルフィの死角に入っていたのだ。
今のシルフィのレベルでは、死角になる部分は多く、聴覚で視覚を判別できるジャックには、通用しない。
技術を上げれば、ジャックの事を視認できるように成るだろうが、今はまだ無理だ。
経験の差を見せつけられ、シルフィよりジャックとの差を思い知らされる。
「ま、それはそれとして、俺に何の用だ?お母さんの過去、知りたくなっちゃった?」
「うるさい、ていうか、アンタ何で既に母親面してんの?」
「いやぁ、お姉ちゃん呼びと迷ったが、そう呼ばれるのも悪くないなと」
「死んでも呼ばないから」
「う~、お母さん悲しい」
何ともテンションの高いジャックを前に、シルフィは少し引き気味に成る。
とはいえ、ジャックの事を親として見られない事には変わりなくとも、過去は気になる。
あまり他人の過去を詮索する物ではないが、リリィ達とも違う世界の話。
興味が無いと言ったらウソになる。
「……でも、ちょっとアンタの過去、知りたくなったのは事実だけど」
「……いいぜ、酷い事した詫びだ、ちょっとだけ話してやるよ」
「え、良いの?」
「ああ、ちょっとだけな」
少し意外。
そんな感想を抱いたシルフィに、ジャックは缶コーヒーを渡す。
其処まで長い話ではないが、飲み物位有った方が良いだろう。
缶コーヒーを受け取ったシルフィは、ミーアから教わった手順を思い出しながら、缶を開けた。
「(あ、この前のコーヒーより甘い)」
「さて、何処から話そうかね」
「……とりあえず、その、本当に元いた世界で、何してたの?」
「ほう、まぁ良いか、あっちに居た頃は、ただのJKだったよ」
「じぇ~け~?」
「ま、ようするに、ちょっとチャラ目の普通の女の子」
聞きなれないJKという言葉に、シルフィは首をかしげる。
そんなシルフィの為に、少し間違った説明を施す。
だが、ちょっと可愛らしく言ったのが間違いだったのか、少し距離を置かれてしまう。
「……何だよ、その反応」
「いや、その仕草で女の子って自称する母親って、なんか」
「……たく、まぁいい、とりあえず、普通のJKだったのはつかの間、後は世界滅ぶまで軍人」
「急だね」
「まぁな、急だった、世界が滅びに向かったのはな」
「……辛いようなら、無理に話さなくても」
「いや、運命の出会いも有ったし、それほど問題じゃなかった」
「え」
シルフィは見た。
何時も性的にヒットするような子を見つければ、性欲だけの表情を浮かべていたジャック。
そんな人間が、運命の出会いという言葉を発した途端、なんとも乙女な表情を浮かべた。
一緒に居た時間は少ないが、初めてジャックを女性だと認識できた。
「五十嵐 連、それが、俺の運命の子だった」
「五十嵐、連」
「ああ、あの子と会ったのは、そう、あの廃墟だったな、十歳程度のあの可愛い女の子、見た瞬間、雷に打たれたような気持になった」
「……そ、そうなんだ」
乙女の顔を維持しながら話を続けるジャックを見て、シルフィは目を丸くしてしまう。
此処まで女性らしいジャックを見るのは、今後二度と無いかもしれない。
というか、金輪際無いだろう。
「そ、それで、その子は……」
「……死んだよ、俺の目の前で、それで、俺は元凶を作ったヴィルへルミネへの憎悪が、生きる意味となった」
「でも、その人って、もう」
「ああ、殺した、俺がこの手で、確かに首を切断して、頭はこの手で潰し、体は完全に焼いた、全部しっかりと立ち会って確認してな」
「……それでも、貴女はまだ戦うの?」
復讐を終えたジャック。
もう生きる意味を無くしているというのに、未だにイキイキとしている。
それに、戦いに嫌気が刺した、という事も無い様だ。
そんなジャックを見て、今は何のために戦っているのか、気になってしまった。
以前、目的の為ならば、どんな事でもやる。
そして、その目的とは快楽の為。
そんな事を聞いたが、今と成ってはただのアオリ文句の類だ。
「一体、何のために?なんの理由が有って、人を殺すの?快楽以上の理由が有るの?」
「ああ……俺の目的は、戦争の根絶、二度と俺みたいな奴や、ジェニーみたいな悲しい存在を生まない為にもな」
「……ジャック」
「……それに、今と成っては、生きる理由何て幾らでもある、妹の七美、部隊の連中、そして、お前もな」
「……」
「話は終わりだ」
「え」
シルフィの肩をそっと叩いたジャックは、基地の中へと戻ろうとしていく。
ジャックの戦う理由、それを聞いたシルフィは、なんとも複雑な気分に成ってしまう。
リリィを助ける為、リリィの力に成りたい、そんな小さな理由で戦ってきた自分が、なんとも恥ずかしく成ってしまう。
正直、ジャックの行いは、咎められなければ成らない事だろう。
だが、そんな大きな目標の為に動くジャックが親であるという事実に、シルフィは誇らしさを覚えてしまった。
「あ、そうだ、折角だから教えてやる、俺の本当の名前」
「え、紅蓮、じゃないの?」
「それはこっちに来た時の名前だ、元居た世界での名前、特別に教えてやる」
「貴女の、本当の名前?」
「五十嵐 紅華、他の連中には、ヒミツだぜ」
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