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エルフとガイノイドの百合劇場  作者: B・T
ナーシサス編
141/343

決意と真実と何か 中編

 食事開始から三時間後。

 用意された数十人前の料理を、シルフィは一人で食べ終えた。


「ゲプ、ほ、本当に食べきれた」

「口に合ってなによりだ」

「……(何か、お父さんっぽい味付けだった気がする)」


 シルフィの異常な食欲。

 その事に葵達も驚く中で、後片付けも済んだジャックは、全員分のコーヒーを用意。

 ジャックも彼女達と同じ席に着いた。


「しっかし、シルフィお前、ちゃんと食ってたのか?四日前に会った時も随分痩せてたようにみえたぜ」

「え、割とちゃんと食べてたつもりだけど」

「鬼人拳法をあそこまで強化できたんなら、消費カロリーも大きくなる、その分しっかり食わないと、むしろ体に毒だ」


 コーヒーを傾け、シルフィへの解説を行っていたジャックの言葉に、ヘレルスは反応する。


「……あの、確かジャックさん、でしたね」

「ん?そうだが、宗教の勧誘は間に合ってるぜ」

「いえ、そうでは無くて、その、鬼人拳法、という物について少しお話が」


 ヘレルスは、一応シルフィの懺悔染みた物を聞いた身。

 その時に聞いた話を思い出し、ジャックへと質問を行う。


「以前、シルフィさんから聞いたのですが、その技、とても危険な物だと思うのですが」

「……ま、危険だな、下手したら、体が破裂する」

「何故そんな技を」

「そいつはアタシも気になってたな、鬼人族のアタシでも、そんな技聞いた事ねぇ」

「……ま、教え広める物でもないが、ある程度は説明した方がよさそうだな」


 ヘレルスが聞きたいのは、シルフィの身体にどれほど影響を与えているか。

 そして、それは使用者を暗黒方面へ連れて行くような物であるか。

 聖職者の身としては、そう言った禁じ手のような物は、認めたくない所だ。


「で、何が知りたい?」

「先ず、彼女の身に起きた事です、シルフィさんによれば、彼女の中から、黒いドロドロが出てきたという事です、それで、人を傷つけ、喜ぶような事をしてしまったと」

「あ~」


 ヘレルスの言葉に、ジャックは何処か共感したような表情を浮かべる。

 鬼人拳法に関しては、リリィよりも多くの情報を知っているだけあって、シルフィの身に何が起きたのか、すぐに判明した。


「そいつは、一種の精神感応の逆流、と言った所だな」

「精神感応?」

「ああ、本来は、そいつを読み取って戦う事がメインだ、多分だが、そう言う時は、大体身近な人間の死を目の当たりにする、みたいな状況じゃなかったか?」

「……そ、そう言えば」


 ジャックの言葉を聞いて、シルフィは暴走じみた事をしてしまった時を思い出す。

 その時は、何時も人の死に直面している時だった。

 人の死により逆上したかのように、シルフィは殺意を抑えきれなくなってしまった。


「そう言う時、精神状態をある程度安定させていないと、自身、もしくは周囲の殺意に飲み込まれる」

「そうすると、どうなるのです?」

「理性を失って、自分の意思とは関係なく戦う事に成る、ドロドロした部分は、自分か対象の殺意って事」

「何故そのような事が」


 ジャックの話を聞いて、ヘレルスは更に頭を抱える事に成る。

 一介の技でしかないというのに、圧倒的な身体強化に加え、人間の思考を読み取れる。

 何故そんな事をできるのか、ヘレルスには解らなかった。

 だが、使用者であるシルフィは、言葉から直感的に色々と悟る。

 黒いドロドロは、殺意の一つ。

 その殺意から、どうやって相手が行動してくるか、それを読み取り、反射的な行動が可能に成っていた。


「鬼人拳法と言うのは、俺の世界の鬼人が編み出した、所謂限定的な進化方法と言える」

「進化方法?」

「そうだ、人間、特に、かつて混ざり込んだ人ならざる遺伝子を持っていた者は、みんな精神感応の能力を持っていた、だが、それは有る種の第六感と言える物、今の連中は、ほとんどその器官が退化している、そいつは、俺もシルフィも例外じゃない」

「では、一体何処で、その精神感応を行っているのですか?」

「他の五感だ、俺の場合は耳、シルフィの場合は目、此奴を使って、相手の脳波を読んでいる」

「そうか、盲目の者が、別の器官を使い、辺りを確認している事と同じじゃな」

「そんな所だ」


 ジャックの説明を受けて、藤子とヘレルスはうなずく。

 しかし、葵の中では、ジャックが此処まで素直に説明してくれることに、違和感を覚えた。

 これ程の事を、他人に教えても良いとは、とても思えないのだ。


「なぁ、何でアタシらにまで、そいつを話したんだ?なんか、目的が有るのか?」

「まぁな、じつは、少佐とエーラって奴と話して、あんた等にも、今回の騒動に協力してもらう事にしたんだ」

「おいおい、何勝手に決めてんだ」

「お前らにとってもヤリ甲斐は有る、何しろ、アイツらを止められなかったら、今度はお前たちがどうなるか解らんのだからな」

「そ、そうか」


 ジャックが葵達にもこの事を話したのは、彼女達にも戦いに協力してもらおうという魂胆だ。

 その為に、お互いに情報の開示を行い、信用を取り付けている。


「しかし、お主らでも手を焼くような相手を、わらわ達に何ができる?」

「エーラから言われたが、アンタらには、レッドクラウン、あの黒い巨人の対処方法についての模索を手伝ってほしいみたいだ」

「アイツか」


 葵達の記憶にも、しっかりと焼き付いた化け物、レッドクラウン。

 一切の攻撃も通じず、山の形を変える程の攻撃を行える。

 装甲を破る事にも、正体の解析を行う為にも。

 この世界の技術に精通する彼女達の協力が不可欠と判断した。


「ま、小難しいことは、明日話す、それとシルフィ、改めて聞いておく」

「な、何?」

「さっきも言ったが、お前がアイツの所に行くことは、お前自身の救いになるだろうが、アイツにとっては、救いであるとは限らない、それでも、行くのか?」

「……」


 カップを置き、何時になく真剣な目をするジャックの問い。

 先ほどは、かなり興奮していたから、あんなことを口走ってしまったシルフィだが、改めて自分の行動の意味を考える。

 確かに、あのリリィは、シルフィと再会する事よりも、ジャックに殺される事を選ぶだろう。

 きっと、再び会えば、彼女を傷つける事に成るかもしれない。

 だが、考える必要なんてない。

 シルフィはもう、答えを見つけている。


「行くよ、たとえ、あの子が私をどれだけ拒絶しようと、どれだけ再会を悲しもうと、私には、あの子が必要だから」

「そうか……」


 コーヒーを含みながら、ジャックはシルフィの言葉の意思を感じ取る。

 今のシルフィは、上辺だけでなく、本気でリリィを慕っている。

 どんなことが有ろうとも、リリィの元に居るつもりだ。

 とはいえ、実際どうなるか解らない。

 彼女が忘れているのか、それとも知らないのか、それはどちらでも良い。

 リリィは、既に条約と法律に触れる存在となっている。


「(自立行動、自由発言を行えるAIの研究・開発・所持・使用を禁ずる、か)」


 リリィ達は、この条約に完全に触れてしまっている。

 対して、チハルとチナツ達は、完全にグレーゾーンだが、少佐の計らいで保護されている。

 上への言い訳として、彼女達は、自立行動ではなく、命令で行動している事に成っている。

 発言も、許可されたうえで行っている為、自由と自立には該当しない、という物だ。

 かなり苦しいが、これで何とか通らせている。

 だが、リリィとラベルクは違う。

 彼女達は、自らの意思で判断し、行動と発言を行っている。

 仮に戦いに勝利したとしても、彼女達の処遇は、廃棄となるだろう。


「(此奴が法治国家の厄介な所だわな)」


 たとえ、リリィ達の存在は尊重されるべきだと、シルフィ達が発言しても、法に違反していると言われれば、それまでだ。

 彼女達だけを特別扱いしていい理由にはならない。

 だが、リリィ達を止めなければならないのは事実だ。


「……逃げるなよ、それと、全員明日朝一でエーラの研究所に来てもらう、レッドクラウンの対策会議だ」

「わかった」


 シルフィの返事を最後に、今回はお開きとなった。


 ――――――


 その日の夜。

 葵達は、基地に有る部屋の一室を利用させてもらい、寝泊まりをしていた。

 四人でも結構狭い部屋であるが、雑魚寝する事に成るダンジョンの安宿に比べれば、幾らかマシだ。

 そんな部屋で、藤子は小窓から月を眺め、物思いにふけていた。


「……(この世界の文明、やはり、わらわ達の世界よりも遥かに進んでいるな)」


 ジャック達が異世界人であることは、療養中に何度も聞いた。

 一部のスタッフを除き、言葉が通じずに四苦八苦する事に成った。

 ラベルクとジャックが同時通訳をしていなければ、色々と面倒だった。

 中には、必死に言葉を覚えようとしていたスタッフは居る。


「如何したんだ?藤子」

「葵、起きていたのか?」

「ああ、何か眠れなくてな」


 色々と考えていると、藤子の隣に、葵が座り込んで来る。

 そして、葵は藤子の事を抱き寄せ、なだめる様に頭を撫でる。

 余計なお世話と言いたげな藤子だが、尻尾は素直に左右に動き、嬉しさを晒している。


「何だ?」

「どうせ、難しい事ばかり考えて眠れないんだろ?」

「まぁな」

「何考えてんだ?」

「……わらわは、怖い、ア奴らの存在が」

「そうかもな」


 藤子は恐怖していた。

 ジャック達連邦軍という存在の持っている文明の高さに。

 完全に自立し、人間と区別付かない人形。

 かなりの重症であっても、低いリスクで治す技術。

 身体の一部を機械に置き換え、失った体を補う技術。

 とても人間の手には余り過ぎる技術としか思えない物の数々だ。


「考えただけで、おぞましい物だ、高くそびえた文化という物は」

「高くそびえた文化か」

「あまりに発達しすぎた文化は、いずれ文明や人間だけでなく、自然まで破壊してしまうものじゃ、あの巨人のようにな」


 あまりにも発達しすぎた文明。

 それは、住まう世界其の物を破壊しかねない。

 もし、ジャック達の世界が、自分たちの築き上げた文明に押しつぶされたら。

 その反動は、巻き込まれている藤子達の世界にも影響を及ぼすことだって有る。


「全く、戦ならば自分たちの世界でやれという物じゃ、おかげでこっちは、とんだ貧乏クジじゃ」

「相変わらず考え過ぎなんだよ、折角だし、此処はアタシ達が世界を救った勇者に成れる、みたいな事考えてりゃ良いんじゃね?」

「……お主の楽観姿勢は、本当に羨ましい、夜は何時も可愛いというのに」

「だ、黙れっての」


 顔を赤くした葵の不意を突き、藤子は葵と唇を重ねる。

 何時も小難しい事を考え、不安に成っている中でも、葵の楽観姿勢に何時も救われてきた。

 自由奔放で快活、今も昔も変わらないと、藤子は思う。


「(わらわには無い、自分をさらけ出せる自信が……上手く行くと、何とかなると、わらわは簡単に思えない、そんな事を簡単にやってのけるお主が、わらわは羨ましかった)」


 不意に昔の事を思い出しながら、藤子は唇を離す。

 何時もの凛々しい葵ではなく、恥ずかしさで顔を真っ赤にする葵が目に留まる。


「(このような乙女が、何時もわらわの盾であり、矛であるとはな)」

「な、なぁ、此処では止そうぜ、その、周りに迷惑かかるしな」

「そうじゃな、わらわはもう寝る、お主と話していたら、色々と考えていた自分が馬鹿らしくなったわ」

「そいつは何よりだよ」


 そう言って、ベッドに入り込んだ葵を見送った藤子も、明日に備えて眠りについた。


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