決意と真実と何か 前編
シルフィがジャックへ決意を進言して数分後。
一先ず壊した扉は応急処置させ、シルフィの方はチナツに任せ、一旦シャワーを浴びてもらう事にした。
ジャックは、少佐の部屋へ赴き、シルフィの扱いについて、話を始める。
「で、アンタはシルフィを連れて行くつもりだったのか?」
「ああ、だが、それは君も同じ事だろう?」
「まぁな、あんな元気だとは思わなかったけど」
「ま、私も、まさかあんなに成るとは思わなかったが」
「それで、既に俺の部隊に編制済みか(偽装だけど)」
色々と思う所は有ったが、どうやらシルフィの編成は、既に完了していたようだ。
とはいえ、正規の入隊ではなく、偽装を施してある。
恐らく、体内に注入するナノマシンも、同様の処置を施すつもりだろう。
「で、出撃にはどれくらいかかる?訓練は、部下達と何とかする」
「……君の見立て通り、三か月以上はかかる」
「そうか、で、俺はどうすれば良い?」
「君にはまず、シルフィのケアを行ってくれ、訓練の方は、あの三人に任せ、引き続きエーラ君の支援に回ってくれ」
「りょーかい、で、ラベルクの方は如何する?」
「何にしても、先ずは他の隊員からの理解だな」
「だな」
話を終えたジャックは、少佐の執務室を出る。
先ずは、心配事が有るので、シルフィの元へと向かう。
その心配事は、チナツというアンドロイドだ。
少佐の付き人であるチハルの姉妹機で、ジャックのオペレーター兼付き人だ。
廃棄寸前だった所を、安く買いたたき、エーラの技術で、違法寸前までの性能を持たせた機体。
姉妹の中では、最も女子力が高い部分が有り、ファッションの類には目が無い。
女性スタッフとも、その手の話で盛り上がる事が多い。
「(それで、シルフィが色々とされていないと良いが……)」
等と、嫌な予感を募らせていると、シャワールームの方から悲鳴が聞こえて来る。
「イヤアアア!!」
「待ってくださいよ~!」
「……やっぱりか」
声からしても、完全にシルフィとチナツだ。
やっと到着したシャワールームの入口、其処からシルフィの腕が出て来る。
そして、数秒程後、物凄い剣幕で、シルフィが顔を出す。
「おーい、大丈夫か?」
「ちょっと!助けて!」
「待ってくださいって!これ絶対シルフィさんに似合いますから!」
「……こらチナツ、嫌がってるだろ」
「うえ~、だって、シルフィさん髪の毛のケアが全然なって無いんですよ!シャンプーしただけで終わってますし!!」
「……とりあえず、トリートメントだけにしておけ」
ジャックは、全裸のシルフィをシャワールームへ引きずり込もうとするチナツを抑える。
大方、彼女なりに気を使って、髪のケアのやり方をレクチャーしていたのだろう。
とりあえず、小難しい事は抜きで終わる様に釘は刺しておいた。
――――――
チナツを抑え込んだ後。
着替えたシルフィは、ジャックと共に食堂へ向かっていた。
ジャックの頼み通り、チナツは適当な所で切り上げてはくれた。
だが、かなり中途半端な所だったので、本人は不満げだった。
絶食以外のことで、随分と疲れてしまっているシルフィは、進みながらチナツの事を聞き始める。
「は~、ねぇ、アンドロイドって、皆あんな感じなの?」
「あんな感じ?」
「えっと、何か、自分の欲望に素直って言うか」
「ああ、元々プログラムに忠実に従う機械だからな、欲望を抑え込むっていう部分が欠如しやすいんだろ」
「成程」
どれだけ人間に近い思考回路を持っていたとしても、大元は機械。
巡ってきた思考に素直になり易いという部分が有る。
ラベルクを見ても、それは明らかな所が有る。
シルフィも、ジャックの言葉を聞いて、リリィの言動も少し解ってしまった。
「そう言えば、ラベルクさんは?」
「アイツなら独房さ、元々俺達は敵同士だし、変に動かしていると、イザコザになりかねん」
「そっか」
「ま、安心しろ、手荒な真似はしないさ、ちょっと閉じこもってもらうだけだ」
「解った」
「さて、そういう事よりも先ずは、飯だ、腹が減っては何とやらだしな」
いじけていたとは言え、シルフィは水さえも拒んでいた。
生命力は異常なまでに高く成っているおかげで、死にそうな思い出なくても、空腹感は辛い。
とりあえず今は、水を飲んで気を紛らわせている。
「それはありがとう、三日も何も食べなかったから、お腹空いちゃって」
「自業自得だ」
「あはは」
適当に話ながら、二人は食堂に到着する。
既に夕食の時間は過ぎ、他の兵士は皆いなくなっている。
その筈なのだが、食堂で食事をする影が四つ見られた。
四人の正体は、二人もよく知る人物たちだった。
「お、シルフィじゃねぇか!随分さっぱりしたな」
「久しぶりやなぁ、まさかこんな形で再開する事になるとは思わんかったわ」
「え、何で……そっか、藤子さん居たもんね」
「何でお前ら此処に?病棟で療養中の筈だろ?」
その四人は葵達。
カルミアと戦闘を行ってから、この基地で療養を続けていた。
思いがけぬ再開に、シルフィ達は喜び始める。
ジャックとしては、療養中の筈の四人が何でこんな所に居るのか解らなかった。
とはいえ、葵の腹部は完治しており、他の三人も、それほど悪い状態ではない。
だからと言って、勝手に出歩いて良い訳ではないが。
「えっと、実は、その、アリサさん、じゃなくて、リリィさんのお姉さんから、お礼をと言われまして」
「え」
「え」
ヘレルスの言葉に、ジャックとシルフィは一緒に首をかしげる。
リリィの姉と言えば、ラベルクの事しかない。
だが、今頃ラベルクは牢の中の筈だ。
等と思っているとカツカツと足音と共に、少女が一人歩いてくる。
「おや、シルフィ様、立ち直られたのですね」
「何でいんだよ!?」
「何でいるの!?」
呑気に料理を運んでくるラベルクを見て、ジャックとシルフィは同時にリアクションを取る。
因みに、彼女の手には、カレーだったり、ソバだったりと、安定しない種類の料理だ。
「お部屋に籠っていても、退屈でして、それに、此方の方々へのお礼も、まだ済んでおりませんし、味気ない病人食より、おいしい物をと思いまして」
「いや、それは解るけど、良いのかよ、正昭の奴、何も言わなかったか?」
「最初は少し仲たがいを致しましたが、やはり料理というのは、人とアンドロイドさえ結びつけるようで、三十分ほどで意気投合いたしまして」
「あの職人気質で、頑固者の正昭がか!?」
四人の座るテーブルに料理を置いて行くラベルクの口から、にわかに信じ難い言葉が出て来る。
ジャックの部隊の糧食班の一人、正昭伍長。
何時かは自分の店を持つ為の資金を集める為、という名目で入隊した人物だ。
かなりの頑固者でもあり、中々心を許す事も無い。
ましてや、敵のアンドロイドに心を許すなんて、決してないだろうと思っていた。
驚くジャックの横で、ラベルクの持ってきた食事を、葵達は存分に楽しみだす。
「いや~感激だな、こんな辺境で、故郷の味にありつけるなんて」
「全くじゃ、それに、良い米を使っておる」
「ホンマやぁ、ちょっと甘めやけど、此処のカレーもおいしいわ~」
この大陸出身のヘレルス以外は、ラベルクと正昭の用意した食事に歓喜する。
葵は大盛りの天ザル蕎麦、藤子は寿司、クレハはカレー。
この辺りでは食べる習慣の無い物ばかりで、故郷を離れてから、口にする機会は無かった。
そのおかげで、喜びも倍増している。
「そ、そんなに嬉しい物なの?」
「ま、まぁ嬉しいだろうな、俺もよく米やら味噌やら、恋しく成る事が多かったしな」
「へ~」
「さて、お前も座ってろ、飯作って来てやるから、ラベルク、折角だし手伝え」
「はい、可愛い妹の為でしたら、満漢全席でもお作りいたします!」
「え、あ!ちょっと待って!」
「ど、如何かなさいましたか?」
ラベルクも手伝う。
それを聞いた途端、シルフィの脳裏を過ぎったのは、リリィの料理。
未だにあの劇物の苦しみを忘れた事は無い。
突然のシルフィのリアクションに、一瞬戸惑ったジャックだが、すぐにその理由を理解する。
「……安心しろシルフィ、大方リリィの奴の飯で、地獄を見たんだろうが、此奴の料理は三ツ星レストラン並みだ」
「だ、大丈夫だよね!?できるんだよね!?信じていいんだよね!!?」
「お前意外と苦労してたんだな」
何とかシルフィをなだめたジャックは、改めてラベルクと一緒に厨房へと入る。
其処では正昭と、その部下数名がシルフィ用の料理の準備をしていた。
包丁を丁寧に研ぐ正昭の横で、ジャックも準備を始める。
「どういう風の吹き回しだ?お前がアンドロイドに気を許すなんてな」
「……大尉は、料理を作る時、何を一番に考えますか?」
「……(成程)食ってる奴が、喜んでる姿、だな」
正昭の言葉を聞いて、ジャックは納得する。
彼の理屈を言葉にするのであれば、料理には、その人間の内面が出て来る。
恐らく、厨房に立ったラベルクを見て、何処か共感できた部分が有るのだろう。
ラベルクは、感情の無いアンドロイドとは違う。
食べてくれる人の事を第一に考え、料理を作る。
その姿だけで、正昭は、ラベルクという人物を認めたのだろう。
「今まで、アンドロイドの料理は、いくつも食べてきました、だが、そのどれもが、綺麗すぎた」
「良い事じゃねぇか、綺麗なもん提供すんのも、料理人の務めだろ」
「ええ、ですが、レシピ通りでは、見せかけだけ、自分の思い通りの料理ではなく、相手の思い通りの食事、それを作れる奴を、私は蔑んだりはしません」
「そうか、その言葉、アンドロイド冥利に尽きるだろうな」
―――――
ジャック達がシルフィの食事を用意している中で、シルフィ達は、久しぶりの再会で、会話に花を咲かせていた。
「しかし、見違えてもうたわ、髪まで切っちゃってぇ、失恋でもしたんか?」
「クレハ、妙な事を聞くものではない」
「良いよ藤子さん、フられちゃったの事実何だし」
「やっぱり、藤子さんの話、本当なんですね」
「うん」
当事者であった藤子から、ある程度の事は聞いていた三人は、少しだけシルフィの事を気にかけていた。
だが、今のシルフィは聞いていた以上に元気と成っている。
しかも、髪も切っている辺り、完全に吹っ切れているような気がする。
「で、お前としては、此れから如何するんだ?新しい恋でも探すか?この異世界人共と」
「ははは、そんな事しないよ、だってあの子は、私の心に深く刺さり過ぎたもん」
「そうか、だが、あの者が大人しくこちらの軍門に下るかどうか」
「大丈夫だよ藤子さんそんな時は」
「そんな時は?」
「ぶん殴ってでもこっちに連れ戻すから」
笑顔のまま、血管が浮き出る程、拳を握り締めるシルフィを見て、四人は思わず引いてしまう。
とても恋に悩み、頼りない感じに成っていたシルフィと、同一人物とは思えなかった。
「恋愛は人を変えるが、お主程極端な奴は滅多にいないだろうな」
「せやな」
「話の途中で悪いが、一品目できたぞ」
「あ、ありがとう」
シルフィの変わりように四人が驚いていると、ジャックがコーンスープを持ってくる。
三日ぶりの食事なので、お腹に溜まる物より、胃腸に負荷のかけにくい物を望んでいたので、丁度良かった。
「ん、おいしい」
「……のう、シルフィ、一つ良いか?」
「ん?何?」
「お主、あのリリィという者や、ラベルクとやら、こ奴らが機械仕掛けの人形だという事、しっておったのか?」
「え、えっとね、リリィがアンドロイドって事は、随分前から知ってたけど、異世界から来たって事は、貴女達と別れた後に知ったの」
「そうか」
「ほれ、二品目の野菜スープ」
「ありがとう」
色々と話していると、シルフィの前に二品目が運ばれてくる。
特に何の疑問も持たずに、シルフィはスープを飲み干す。
「ふぅ」
「三日ぶりと聞きましたけど、凄い食欲ですね」
「うん、何かお腹空いて仕方なくて」
「(何か、一品目との間隔が短い気が)」
「ほれ、三品目のポトフ」
「え、うん」
三品目が運ばれ、それも食べ終える。
僅か十分程の時間で食べ終えた後、すぐに四品目のシーザーサラダが運ばれる。
この時点で、シルフィは違和感に気が付く。
あまり気に留めていなかったが、厨房側が妙に騒がしいのだ。
しかも、見なかったふりをしたいレベルの量の料理が、次々と出来上がっている。
「……ねぇ、あれ、作ってる人達の分、だよね?」
「あ、ああ、きっとそうじゃろう」
「で、ですよね、あんなに食べきれませんよね」
だが、三人の予想は裏切られ、目に留まった料理のほとんどが運ばれて来る。
流石に作りすぎだと思うシルフィは、ウエイトレスも兼任しているジャックを呼び止める。
「な、何?この量」
「人間の大人一週間分のカロリーの料理だが?」
「多すぎだよね!私フードファイターに成ったつもり無いよ!!」
「安心しろ、三日も絶食貫いたんなら、行ける」
「何処に!?」
この後メッチャ頑張って食べた。




